でも、不思議なことにあなたを待つのは嫌いじゃないの
しぶとく、甘く
かっちこっちかっちこっち
時計の針は盤上の上を黙々と進んでいく。私の気持ちも知らないで。
「……遅い、なぁ」
頬杖を付いたまま思わず溜め息。
目の前には、いつもよりちょっとだけ頑張って作った夕食。出掛けに真が「今日は早く帰るから」って言ってくれたからうっかり気合いを込めてしまった。
なのに、当の本人は未だ帰らず。
折角のあったかスープも冷たくなってしまってる。
「早く帰ってくるって言ったじゃんかよー…」
広い部屋に落ちた私の言葉がCMの音に紛れてかき消される。
ひとりで居るのが寂しくて、真のことばっか考えてるのが悔しくて付けたくせに、見る当てがない上に付いてたってこうして「真、そろそろこっちに向かってる頃かなあ」とか考えてしまうから殆ど効果は薄い。
「…仕事、押してるのかも」
それなら尚更疲れて帰ってくるよね、と思い至ってそれならばやっぱりしっかり待っていよう!と気合いを入れ直す。
冷めてしまった料理を温め直しながら、テレビから流れてくる曲に合わせて鼻歌を歌っていたら、ガチャガチャと鍵を差し込む音。
「あ、真!お帰りなさい」
外寒かったでしょう?と問い掛けようとした言葉は、驚きで目を見開いた真自身に遮られた。
「奈々子!?なんでまだ起きて…しかも飯食ってないの?」
え…?
思考が一瞬、止まる。
真の言葉を頭の中で再生して何を言われたか考えてみる。
「…うん、食べてない、けど」
考えて、それでも返せたのはその言葉だけで。
さっきまでのうきうきしてた気分が一気に萎んでいく。
それなのに
「俺が遅いときは先に食べてていいから。待ってる必要、ないからね?」
更に追い打ちを掛けられて。止まらなくなった。
「…だって真が早く帰ってくるって言ったじゃん」
震える声を、絞りだす。
悔しくて悲しくて腹が立って。足に力を込めて、私は全力で言葉を紡いだ。
「真の顔見て、真と喋って、真と笑って、真とご飯が食べたかったから待ってたの!悪い?」
「あ…奈々子、あの」
「真の馬鹿!鈍感!ろくでなし!真なんかハゲちまえ!!」
思いつくかぎりの言葉で罵倒してダッシュで寝室へと閉じこもる。
真なんかソファーで眠ればいいんだ!
「奈々子」
コツコツとドアをノックしながら真が私を呼ぶ。
穏やかで控えめな声がこんなときは癪に障る。
…これじゃあまるで私が子供みたいじゃない!
「奈々子、開けて」
知らない。
絶対開けない。返事だってしてやらない。もっと困って私の気持ちを少しは思い知ればいい。
「………」
はあ、と溜め息が聞こえた。
な、なによう。私が悪いわけ?
「…………」
あれ?
そうっとドアに耳を近付けてみる。…やっぱり何も聞こえない。
もしかして、さっきの溜め息…怒った?
ど、どうしよう!?
私やりすぎたのかな?
確かに怒りすぎたかも…で、でもあんな言い方することなくない?…そりゃあ真は私を心配してくれたんだってわかってるけど…
「……」
謝るのは絶対嫌だけど、ちょっと様子見るくらいはいいよね?
…ホントに怒ってたらよっちんに電話かける必要があるし。
ドアノブをゆっくり回せば白い電光が視界に入る。隙間から漏れていたそれは徐々に幅広の光の道筋になっていって…と思ったら急に腕を引っ張られて前につんのめる。
「ちょっ!?」
転ける!と思ったのに飛び込んだ先は慣れた体温と大好きなにおい。
「はい、奈々子捕獲」
「……騙された」
むすっとしたままそう告げれば真が苦笑する。
「…ごめんね?」
「我ながらちゃちい手に引っ掛かってしまったわ…奈々子さん、不覚」
「あー…それもそうなんだけど、そっちじゃなくて」
抱き締められてる体から温もりが伝わる。
困ったような、少し罰が悪そうな様子で真がゆっくりと言葉を繋げる。さっきはイライラしたはずなのに嫌な感じはどこにもなくて、むしろ心地いい。
「待っててくれると思ってなかった。すごく嬉しい」
最初に言う言葉が間違ってたよね、ごめんと続けながらあやすようにぽすぽすと背中を叩かれたら、素直にならざるを得ない。
「私も、ムキになりすぎた。…ごめん」
ちらりと目を合わせたら、なんだか可笑しくなって同時に吹き出した。
「食べよっか?」
「うん!そうしよ」
今度こそ笑い合って席に着いて。遅ればせながらやっと夕食が始まる。
「今度からは先に電話するよ」
真は優しいからそう言ってくれるけど。
私のモットーはしぶとく、甘く
寂しさに負けて会いたくなったら、またこうして待ってるから。
今度は真っ先に「ただいま」を頂戴?
心の中でそんな問い掛けをしながら私はにっこり頷いた。
「うん。お願いします」
*Fin*
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