ゆっくりと想う



新しく開けたから、お気に入りの一つを探しに。
久しぶりの買い物。古くなったポーチにお疲れさま。アンティーク調のペンダントにこんにちは。素敵な色のバックに出会って、履き潰した靴にさよなら。

人。雑踏。群集。ざわめき。

引っ越す前に聞こえてた潮騒は、遠くなってしまった。
代わりに聞こえてくるのはノイズ。耳を塞ぎたくなる日は、まだ、時折やってきては心を荒立てていく。

手にした物を元に戻す。あれではなかった。

「この店好きだよな」
「裕行…」
「ぜってーここには寄ると思ったんだよ」
「探させ、ちゃったね」
「こんなもん許すなんてぇの、奈々子だけだって、わかってんのかよ?」
「うん。ありがとう」

手を繋げば、感情が膨らむ。ノスタルジィに萎んでいた感情が、膨らむ。
探している一つは、見つけた時、こんな気持ちになれるものがいい。

「あとどこ見んだよ」
「上の階、見たいんだ」
「奈々子の定番コースだな」
「だめ、かな?」
「べーつにぃ?」

この店もあの店も、好きそうだったって、最初に連れてきてくれたのが裕行。いっぱい考えて、教えてくれたから。だから、つい、足を運ぶ。

逆らう人の波もなく、聞こえるBGMは流行りの歌じゃない。けれど、耳障りがいい。哀愁、恋情、歓喜、怒涛。色々な感情を沸き上がらせるような。
どこか、どこか、懐かしい。

「んで、なに探してんだよ?」
「うん。見て」
「…痛くね?」
「もう大丈夫」
「一個?」
「うん。」

一個で充分。
面白くなさそうな裕行の顔。

「いつ?」
「一昨日」
「へー」

最後のお店に希望を残して。

ふと目に飛び込んできた一個に手を伸ばす。色が、綺麗で。まるでなにかに、誰かを、連想させる気がした。

「それ?」
「変、かな?」
「いや。奈々子っぽい」
「……ありがとう」
「なっ!照れてんな!」
「そういう裕行さんだって」
「お前のが移ったんだよ」

レジに行こうとした足は止められる。

「次勝手に増やしたら怒るかんな」

それはなんで?と考え込む間に、手の中の一個は裕行によってお買い上げ。
渡されないまま、腕を引かれてお店を出る。そんなに長時間いたのか、と改めて思わざるを得ないほど、太陽は沈んでる。微かな橙の光がビルに反射をしている。
波に反射して、一面がキラキラと、夜の星空だと思った。その絵はすぐに見れる場所にはないんだ。

「どした?」
「波の音がしないね」
「ホームシックか?」

緩く首を振る。潮騒は遠くなったけど、海風にはない温かさが近くなった。この温かさが、今は一番愛おしいと知ってしまってる。
耳を触る。透明の一個が刺さっていることを確認する。今日選んだ一個が嵌まることを想像した。

「裕行」

名前を呼びたくなった。



fin


- 15 -

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -