とらわれ



「好き?」

目を覗き込まれて、頬を手で挟んで、逃げられないようにして、口元に笑みを浮かべて、なにかを期待するように聞いてくるから。私も笑顔を浮かべて、自然に口を動かす。

「大嫌い」

一瞬、傷付いたような表情を浮かべておきながら、笑顔に戻すから。ねぇ、ごめんね。

「ねぇ」
「なに?奈々子のお願いならなんでも聞くよ」
「嫌いになって?」
「無理」

即答。なんでも聞くよ、なんて言いながら、いつも聞いてくれない。それに不機嫌になることもなく、笑う。

「嘘つきは、嫌い」
「ごめん…」
「ふふっ。素直は好き」

シュンとうなだれた顔を直ぐさまあげて、期待の表情。

「君を好きなわけじゃないんだよ?」
「……うん」

期待の表情からまた一変、泣きそうな笑顔。

「ごめんね。嘘つきは私だね」
「奈々子?」

胡座をさらに崩して、背中を丸めている。それに立ち膝をして抱きつく。ゆっくりと体重を預けて、首に腕を回す。

「本当は大好きなんだよ?」
「奈々子」
「でもね、いつか失すものを好きになるのは、怖いよ」

おずおずと腕を回され、抱きしめられたから。だから、肩に手をついて体を離す。

「ねぇ、成一」
「奈々子」
「大嫌い」

にっこりと、笑う。無理にではなくて、自然に。ごめんね、と口に出さずに継ぎ足す。

「いつか…いつか失くすものだからこそ、愛しくて、愛らしくて、好きになるんじゃない?」

必死に言い聞かせるように、紡ぎ出すように、それでいて、泣きそうに。

「哀しそうで、可哀相で、だから好きになるんじゃない?」

続けられた言葉が矛盾していて、首を傾げる。

「哀しそうで、可哀相だから、可愛そうで、愛しくて、愛らしいんだろ?」

何かに、私に、感情に、縋るように見つめてくる視線から逃げずに、一言を放つ。

「違うよ」

残念だけど君を好きになってあげられない。愛してはあげられない。

「奈々子の嘘つき」
「そうだよ。成一は知らなかったとは言わないよね?だって成一は」
「好きだよ」
「そうだね。成一はそう言ってくれるもんね」

たとえ、私がどんなに嘘を、吐いても、重ねても、繋げても、並べても……嫌いになっては、くれないんだね。

「奈々子」
「うん」
「苦しい?」
「………」
「助けてあげようか?」

首を振る。声を押さえて成一は笑う。私はまた嫌い、と嘘を紡ぐ。嘘で、苦しくて。

別れよう、の一言。どうしても言えないのを、君は、知ってるんだね。

止まらない、嘘。



fin


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