…にサヨナラ告げて



ゆらゆら揺れて、あっち付かずにこっち付かず。私が風になればいいのかもしれない。吹き飛ばして近付いてこられないように───


連絡を絶った。私がいなくてもあの人は平気。一週間、二週間、一ヶ月。いくら何でもここまで会わないのは初めて。最初の一週間、けたたましく鳴っていた電話もメールも一ヶ月経てば鳴らなくなった。こういうのを『自然消滅』とでも言うのだろうか。それとも私が『振った』ことになるのだろうか。あの人はもう別の彼女がいるだろう。私も『彼女の中の一人』だったはずだから。忘れ…られているだろうか。それならそれでいい。あの人を思い返す私の心はまだ悲鳴を上げるけど。
色々な表情も思い返して、怒った顔を知らないことに気がついた。私がメールを『間違えて』見てしまった時も怒らなかった。自分は、と考えてみる。よく怒ったかもしれない。待ち合わせ遅刻したとかCD借りたら返せとか、だらしなさすぎると。最後の方──別れよう、と言われたくなくて、ただ…笑ってた。そういえばあのCDは結局返してもらっていない。気に入っていたのに。覚えるぐらい聞いていたのに。でも、もう聞けない。────あの人を思い出したくない。

二ヶ月。あの人の名前を他の人から聞いても大丈夫になった、と思う。携帯にはまだ番号もアドレスも入ったままだけど。まだ消せない。

三ヶ月。髪が伸びて肩よりも長くなった。もう大丈夫。なわけがない。

収録が終わって家に帰る。玄関の横。疼くまっている人。心臓が大きく跳ねた。鍵を開ければ横でその人が立つ気配。ドアを開ければ掛かる声。

「奈々子っ!」

構うことなく中に入る。なんて今更。ズルズルドアに背中を預けて座り込む。ドアの向こう。

「奈々子?いる?聞いてる?聞いてよ」

震える体を自分できつく抱きしめる。

「ごめん。遅いけど、もう俺を嫌いかもしれないけど、ごめん」

「怒らなくなったのいつだったかなぁーとかさ。いつから無理させてたのさなぁーとかさ」

「謝りたくて」

「今更だし、卑怯とか、信じてもらえないかもだけど、言いたくて」

「愛してる。奈々子じゃなきゃダメなんだ。どうしても」

「怒れなかった。嫌われたくなくて。一回ぐらいは喧嘩しとけば良かったな」

「俺ね、あの後携帯捨てちゃった。谷折りって意外に簡単だね。そしたらさー、今野郎ばっか」

「明日、夜の9時にさ、初めて待ち合わせした場所で待ってる。ベタでしょ?」

「仲直り、しよ?」

「じゃあ…おやすみ」



マンションに響く足音が聞こえなくなって、しゃくり上げた声が悲鳴のように上がった。
……浩輔───

突然の訪問と告白は私を眠らせてくれるはずもなく、空は明るくなっていた。
仕事中も油断すればあの声がなんでも頭の中でリピートされて、その度に見ていないはずの悲しげな顔が浮かんでくる。携帯を見てしまった時と同じ顔をしてた気がする。諦めたような、悲しげな、切なげな顔。私はどうしたらいい?そうやって揺れている自分の心。でも、あれが嘘なら?『声』は彼の仕事道具なんだから。ノコノコ言った私を笑うものだとしたら?…わからない。

約束の時間。自分の家。落ち着かない。本当に待ってるなら?でも…
簡単に時間は過ぎて日付が替わる。

家をでる。足が震える。いつもなら15分の駅までの道を倍の時間をかけて歩く。これでまだ待ってたら?ベタなことしたがるからな…。いてほしい、いないでほしい、入り混じった感情がどんどん不安を作り出してくる。初めて待ち合わせた駅前広場の前。あの時は私が1時間待った。すっぽかされた?と不安になったときに走ってきて、躓いて。コケなかっただけ偉くない?って苦笑い。

いない、よ。踵を返して帰ろうとして、名前を呼ばれた。気付いて振り返る前に腕を引かれた。少し遅れて、下に引っ張られた。しゃがみ込んだ背中。

「なんでこの駅地面突起してるんだよ。あーカッコ悪ぃ」
「浩輔……」
「…良かった。…ありがとう。…愛してる。大好き」
「そっ、そういうのは相手の目を見る!」
「ん。そ、だね」

絡んだ二人の目は涙ぐんでいて、カッコ悪いね、と二人で笑った。



fin


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