伝心
*保村 真*
「好きにゃのに」
「ん?なにが?」
「………ヤスが」
「奈々子、あーた、今さっき噛んだでしょ?」
自分の名前を呼ばれた途端、さっきはツッコまなかった部分をツッコんでくる。変な所でトチった自分も自分だけど、その告白をなかったことにしようとするのか。
「ヤス」
「……………。」
いつもなら、不用意に詰めたりしない二人の距離を詰める。
「ヤス」
「俺じゃあ彼氏にしたらすぐに飽き」
「私にとってのヤスを勝手に評価しないで」
言葉の途中を遮って、息を飲み込んだヤスに、愛してると、伝えてやるんだ。
*鳥海浩輔*
「今日はまだ4月1日じゃないけど?」
「嘘じゃない」
そうなの?なんてわざとらしく驚きやがって。胸の内で毒づく。
「私は浩輔が好き」
「本気?」
どうやっても信じない気か、コイツは。
「逃げないでよ」
「俺を好きになったとこでイイコトないと思うんだけど?」
「なにそれ。自分を卑下してでもいるつもり?」
「奈々子へ忠告のつもりなんだけど?」
ははは、と笑って流してやる。
「私が浩輔なんかに泣かされるわけないじゃん」
「…そんな気はしなくもない」
さ。あと少し。落としてみせるんだ。
*市来光弘*
「好きです」
しっかりと目を合わせたまま言い放った言葉。伝える相手を間違えたわけでも、伝える言葉を間違えたわけでもないのに。
「奈々子?なんだって?」
きょとんと不思議そうな顔をされた。窓の外、すぐ側の道路を駆け抜けていったバイクはすでにいないとわかっているのに、外を睨む。
「みっちゃん!」
「うん」
みっちゃんに対して告白をしようと意気込み実行すること数回。毎回超自然的邪魔が入るのは、偶然かと疑いたくなる。
「す」
<半熟卵のカルボナーラ、ペペロンチーノ、マルゲリータピザお待たせしました>
またなの?!負けない!
*石川英郎*
「す」
きです、と言おうとした唇を、手のひらで遮られた。なぜ、と目で訴えれば、微笑まれた。それだけで、ただそれだけで、
想いを言葉に出来なくなってしまうのに。
そっと手が外された。
「………ズルいです」
「ズルい大人だからね。ごめん、奈々子ちゃん」
口を押さえていた手で、今度は頭を撫でてくる。この温もりの近さだって、涙が出そうなくらい嬉しいのに。好き、と。告げることを許してくれない。
「本当に…ズルいです」
あと5分で今日もサヨナラ。
「ズルいですよ…英郎さん」
*岸尾だいすけ*
「好きですよ」
「よっちんがでしょ?」
「ちがっ」
「じゃあヤスくん?」
羅列される名前に、なんの冗談だ、と笑い飛ばしてしまいたい。それをさせてくれないのだ、正面からぶつかってくる視線は。
「俺を好きなわけがないよね?」
「なっ」
「あの二人といっつも一緒にいるの見せられて、そんなんじゃないって、誰が信じる?」
手首を掴まれて引き寄せられる。
「で、誰が好きだって?」
「だから、」
引かれていた体を肩から押される。壁にそれ以上の後退を遮られる。追い詰めた相手にまた腕を掴まれる。
「ま、奈々子が誰を好きだとしても関係ないけどね」
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