慣れとは
*吉野裕行*
「いい加減慣れろ」
そんなこと言われても、と口ごもる。さらに指摘されたせいで、余計に意識してしまう。
「だーマジ、キスぐれー慣れろっつーの!」
「裕行さんみたいにはいかないんです!」
「その敬語も止めろ!」
「だから無理です!」
付き合い始めて、2週間?デートするのは、き…今日が、5回目?慣れる訳ない!
「そもそも裕行さんが慣れるの早すぎなんです!」
きっぱりと言い切って見せたら、今度は相手が口ごもりながら、
「奈々子が、お前が、好きなんだから仕方ねーし」
突然の甘いコトに慣れるわけがない。
*谷山紀章*
「いい加減慣れろ」
うぅー、ドSだ。究極のSがいるよ、と泣き言を漏らせば、何を今更、と素敵な笑みが返ってきた。
「紀章くんのバカ。バーカ」
「へー…いい度胸じゃん?」
しまった、と口を押さえたところで意味はない。せめても、と笑い返してみたけども。
「誤魔化されると思うか?」
「…オモイマセン」
にんまり、と笑みを深くしてくれた相手。
「紀章くん…やっぱり止めよう?」
「奈々子の困った顔が見たいから却下」
もう既に困りきっているのに。紀章くんのドS。バカ。心の底でこっそり呟いた。
*諏訪部順一*
「いい加減慣れろ」
「無理です。無理無理無理。絶対…無理」
「はぁ…」
「諏訪部さん…」
「だから、それだとどっちかわかんないぞ」
私の苗字が変わったらしいです。らしい…って、他人事ではないんだけど。でも、だからといって。
「慣れないものはなれないんです〜」
「はぁ。早いうちから名前で呼ばせとけば良かったな」
これで許されたのか、と思いきや。にっこり、それはもうにっこり笑って。
「ま、すぐに慣れさせてやるさ。な、奈々子」
それはどうやって、なんて聞けなかった。
*森田成一*
「いい加減慣れろ」
「いや、でもさ」
「いやも、でもも、ない」
グッと襟首を握って顔を寄せる。たじろいだみたいだけど、気にするもんか。
「成一」
顔が近いまま睨んでみる。それでも言い訳を続けようとするから、さっきよりもゆっくり、名前を繰り返し呼ぶ。
「だってさ、可愛かったし」
「だからって、毎朝、寝起きを襲う馬鹿が、どこにいる?」
「奈々子可愛いーって思っちゃったからさー」
「……ベッド、ダブルで一緒に寝るようになってどれだけたった?」
「可愛いよ、『森田』さん」
小憎たらしいってまさに成一のことだよ……。
*市来光弘*
「奈々子、いい加減慣れろ」
「ななな慣れた、よ?」
「はい嘘ー」
ペシリ、と額を叩かれた。痛い、と文句を言えば、愛込もってっから平気、と返された。
「みっちゃんのばか。ばーか」
「ほら、また。やっぱペナルティつける?」
「いらない」
むー、と唸る。だって幼なじみかのように仲良くしてた相手が彼氏になって、そんな簡単に呼び方を変えられない。
「ミツはずっと私を名前で呼んでたから、大変なのわかんないんだ」
「名前で呼ぶの、普通に呼べたと思ってんの?」
あっさりと言われて、分かった。光弘のほうが早くに大変だったんだ。
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