御機嫌?不機嫌?


ニコニコと笑ってる。機嫌いい?

「どうしたの?奈々子」
「ううん。潤くん笑ってて。いつもここ来ると不機嫌そうだから」
「そう?」
「機嫌いいのかなって思ったんだけど、違うの?」
「さぁ?」

奈々子ちゃん、と呼ばれて声のした方を振り向く。見れば同期の男の子で、手に持った紙をヒラヒラと振っている。あ、そうだ。オーダー残り1個あるんだった。キッチンに入らなきゃ。アレの味付けは店長から私に任されてる。

「潤くん、ゴメン。仕事残ってるの忘れてたの」
「デザート?」
「うん。お客様の食事終わりそうだからそろそろ作り始めないと」
「そ。行ってらっしゃい」

片手を取られて甲に口付けられる。

「頑張ってなおまじない」

ニッコリとされる。やっぱり今日はなんだか機嫌がいいみたい。キッチンに入らなきゃ、とキッチンに踵を返せば、同期の男の子がなんだか苦虫を噛み潰したような表情をしている。どうしたんだろう?とりあえず歩き出しながら、今度は潤くんを振り返ってみる。……笑顔だ。

満足のいく甘酸っぱさを再現させて、ケーキをお客様へと運ぶ。今日のランチは潤くんを除いて今のお客様で最後だよね。キッチンに戻ればチーフから休憩の合図が入った。潤くんが居残っているのは、チーフにも既に暗黙の了解と見なされてる。1つ上の先輩にからかわれて頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、チーフにすらからかわれ、同期の男の子と2、3言葉を交わして慰められ、潤くんの隣の席に腰掛ける。

「仲いいよね」
「ん?このお店?そうだね…少数精鋭だから、他のお店よりそうかもしれない」
「なんかさ、面白くないよね」

ニッコリと、それはもうニッコリと微笑まれながら、何か聞いてはいけないことを聞いた気がする。

「奈々子は俺だけのものだっていうのにね」
「潤くん?」

「この店の男共、総じて辞めればいいのに」

笑顔だ。それはもう眩しいほどに、突っ込みどころのない完璧な笑顔だ。そんなことになったらこの店、アルバイトのフロア専門の女の子1人と私だけになっちゃってお店回らなくなっちゃうし!

「潤くん、さすがに、」

チーフと一つ年上の先輩は事務所に引っ込んでいるみたいだけど、そんなお二人と自分の分のまかない食を作っている同期の男の子は、まだすぐそこのキッチンにいるんですけど?チラリと窺えば、すっっっっごい、眉寄っていらっしゃるんだけど?

「特に奈々子狙ってるタメっぽい男」

この状況怖いよ。別に狙われてはいないと思うんだけど?瞬間、潤くんの横を凄い勢いで何かが横切っていった。銀色っぽいなにか。壁にけっこうな衝突音を上げてぶつかって床に落ちた。………食事用ナイフ。………はい?

「うわー。図星指されて暴力に走る男って最低だよね」

そう言う潤くんはまだ笑顔。今のは狙ってる云々よりそれ以前の辞めればいいのに、にご立腹だったんだと思うんだけど。同期の男の子に視線を向ける。

「奈々子ちゃん。今の時間、この店の中で、俺以外の男なんか視界に入れないでよ」

強制的に顔の向きを変えられた。掴まれた顎がちょっと痛い。

「潤くんっ!ちょっ!ダメだよ!」
「なんで?」
「なんで、って、辞めたらいいとか、失礼でしょう?」
「奈々子はわかってないよ」
「なにが?なんで?どうして?」
「奈々子のそういう所も好きなんだけどね」

ん?よくわからない。聞き返そうとして、口を開きかけたら潤くんが立ち上がった。

「午後仕事だから、そろそろ行くね。奈々子、午後も頑張って。夜また向かえに来るから」

怒ってはいるけど、わざわざ迎えに来てくれるというから、ありがとうと言えば抱きしめられた。抱きしめられたついでに首にキスされた。オマケに痛みが走る。

「じゃあ、また夜に」

爽やかっぽく笑ってお店を出て行く潤くん。恐る恐る同期の男の子へと振り向けば。

「奈々子、速攻でアイツと別れろ」

ですよねー。辞めればいい、とか本当に失礼な暴言をさらっと笑顔で吐かれて、そりゃあ怒りますよね。

「人の図星指すは牽制までしてきやがって」
「なにか言った?」
「べーつーにー」

今何言ったんだろう?聞き取れなかった。それにしても今日の潤くん笑顔だから機嫌良いはずだったのにいつもより毒舌だったな。夜に会った理由聞いてみよう。………夜ではなくて夕方5時という早い時間に来て、お昼と同じやり取を始める潤くんに焦る羽目になるまで、時間が過ぎるのは早かった。



fin


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