おじゃまします


これが緊張ならずしてなんだというのか。付き合い始めて、まだ1ヶ月にも満たないことにすら緊張は解けないのに。つまり、その、初めて、相手の家にお呼ばれをしたわけで。

「おっ、おじゃまします」
「はいどーぞ」

そうやって玄関から部屋の中に通される。その段階で手と足が一緒に出ていることを指摘され笑われ、あまつさえ自分の足に自分で引っかかりこけ掛け。とっさに伸ばされた手に助けられ。

「あ、穴があったら入りたいです」
「残念だけどこの家には穴ないんだよね」
「………ほ」
「掘るとかはなしね」

いたってお互いに真面目な会話なはずなのだけど、きっとこれは他人が聞いていればコントかよ!という突っ込みを頂いても致し方ないと、冷静なもう一人の自分もいる。それでも表の自分はだいぶ挙動不審だ。

「岸、岸尾さん」
「岸きし男さん?」
「岸尾さん」
「名前で呼んで?」

どもった。どもったついでに訂正された。しかも自分以上に可愛らしいお願いのされ方をした。小首を傾げるな、と突っ込みたい。でも憎らしいかな、似合ってしまっているがためにそれが出来ない。

「だいすけさん」
「なぁに?」
「ど、どどどこに落ち着いたらいいですかね?」
「とりあえず気持ちから落ち着けばいいと思う!」
「そっそう、そうですか!」

あたふたしてるこっちとは正反対に、なんでだいすけさんはそんなに冷静でいられるのかわからない。おまけに、こっちを見つめてくるその目の輝きの中には、珍妙なものを見るようま、それでいて、微笑ましいものでも見ているような、どちらにしろ、こっちにとっては居た堪れない感じのものが映っている。

「ソファーにでも座れば?」
「………ハイ。ソウシマス」
「なんで片言?」

もう突っ込まないでください。舌でも噛みそうな気がしてきた。

「なにか飲む?っても午後ティーか麦茶緑茶のどれかだけど」
「緑茶ください」
「なんか一番渋いとこいったね。───奈々子ちゃん、平気?」

いつの間にか二人分のコップを持って、だいさくさんがすぐ横に立っていた。聞こえてきた声が近くて思わず……咽た。

「奈々子ちゃん?!」
「だ、いじょうぶです」

深呼吸。とりあえず深呼吸。とにかく落ち着くといいよ、自分。隣にだいすけさんが座ったっぽいけど、そのことに鼓動は速くなったけど、落ち着け!

「………かわいい」
「だいすけさん?今、何か言いました?」
「可愛い。奈々子ちゃん可愛い!」
「はいっ?!」

ソファーに押し倒されるようにして抱きしめられた。重い!多分これ、可愛いっていう想いが今は重いんだと思いたい。

「だい、すけ…さん」
「あ、ごめんごめん」

体を起こしただいすけさんによって体を起こしてもらう。頭を撫でられる。

「そんなに緊張しなくていいのに」
「緊張、しますよ。だって、」
「奈々子ちゃんがなにやらかしても俺はいいのに」
「でも!好きな人に家に来たときぐらいしっかりしたいじゃないですか!」
「この状況でもまだ?」

やっぱり反対を押し切って穴ぐらい掘ったほうが良かった。

「ごめんって。奈々子ちゃん相手だと、どうしても苛めたくなるんだよね」
「だいすけさん………それ、嬉しくないです」

カラカラと笑うだいすけさんを見ていて、いつの間にか肩から力を抜いてる自分がいる。あぁ、悔しいかな。1ヶ月の内にだいすけさんだけがこっちの扱い方を網羅してしまったらしい。不貞腐れて緑茶を一口飲みこむ。ここから逆転を、狙ってやるんだ!



fin


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