きっかけ


「ごめんなさい!」

駅の階段を踏み外したら、ちょうど横に居た人が手を差し伸べてくれた。おかげで顔面からこけることも、足を挫くこともなく、無事でした。

「すいません、ありがとうございます!」
「や、平気?」
「あ、はい。おかげさまで…ん?おかげさま?」

自分で言ったことなのだけど、おかげさまって、なんか変でしょ?と考えてしまうと、笑われた。なんだか恥ずかしいのに、不思議と思い切り笑われて不快感はなかった。

「気をつけてくださいね」
「あ、はい!本当にありがとうございました」

次の週、また同じ階段で、今度は階段を降りてくる人と肩がぶつかった。ただでさえ細く、上り専用の手すりの内側を通っていたのに、なんたることだとは思った。思ったけども、怒りをぶつけるべき相手は猛ダッシュとも言えるスピードで見えなくなっているのだろう。そんなことを考えながら、重力で後ろに引っ張られていく体を自力でどうにかすることはできない。こんな日に限って、仕事のお使いで両手は塞がっているのだ。覚悟するしかない。目を閉じて衝撃を待ったけど、そんなものは来ない。その代わり温かい何かに受け止められたのがわかった。例えるなら…布団系?

「今回は気を付けろとか言えないですよね」
「あ、先週の」
「覚えてました?」
「はい。命の恩人ですから……二度もの」

頑張って体勢を立て直す。後ろから抱き込まれるようにして助けてもらったのか。冷静に考えてるけど、意識すると、これすっごい恥ずかしい?!
手すり越しに恩人様が隣に並ぶ。

「せめてコレぐらいの幅持って手すりつけてほしくないですか?」

なんて言いながら、片手分の荷物を持ってくれた。名も知らぬ恩人様に甘えすぎじゃない?それはさすがに。

「大丈夫ですよ」
「せっかくなんだから甘えとけばいいんじゃないですか?」
「いえでも、助けていただいたのに、そこまで」
「ついでだと思ってくれればいいんじゃないですか?」

なんだろう、この断れない感じ。でも、先週笑われた時みたいに、嫌な感じはまったくしない。不思議。先週はそこまで意識してなかったんだけど、男オトコしすぎないかっこ良さがある。だからかな?いや、でも、なんだろう、こう、猫?警戒心が少ない猫を相手にしてる感じもあるんだよね。そうなると、かっこいいと可愛いはぐるっと正反対なわけで、えっと。

「名前聞いてもいいですか?」
「なんか不思議な人ですよね」

なんででしょうね、と曖昧に笑ってみて、速攻で笑うのを止めた。本人様に向かってなに言ってるの自分!言われた相手は、は?と一瞬固まって、

「やっべー、かなりツボなんだけど」
「また私笑われるのですね…」

笑い始めてしまった相手は、ようやく笑いを止めて、質問を繰り返してくれた。

「名前、聞いてもいい?」
「奈々子です。えっと、」
「ああ、俺裕行」
「裕行さん」
「そ、裕行さん」

携帯の番号とアドレスまで交換してしまった。それでも、なぜか裕行さんに惹き付けられていくようで。カリスマなんですか、なんて間抜けな質問をして、また裕行さんに爆笑されることになった。



fin


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