信じて。


滲み出てくるアカが、綺麗だとは思えなかった。生きているんだな、という気持ちにはなれたけど、それでもやっぱり、自分の中から出てくるものを、綺麗だとは思えなかった。だって、自分は、きっと、汚れているから。
学校が嫌いでしょうがなかった。友達がいないっわけではなかった。ただ、集団の行動に意味が見出せないで、嫌悪感だけが募った。だから女の子が作りたがるグループに、好き好んで入ろうとは思わなかった。だから、なおさら、普段仲良く見せている女の子たちの裏の気持ちをよく聞かされた。聞かされるたびに、自分が汚れていくような気がした。
でも、なにより一番嫌いだったのは、先生や両親。年上の人だった。世間体を慮っているのが、真っ直ぐに伝わってきて。奈々子ちゃんは素直だからね、なんて有り体の言葉で、でも学校に行きましょう、なんて本音を見せて。学校に、また汚れに行けと言われて、それでも勉強は嫌いじゃなかったから行って。
学校が終わると、真っ直ぐに帰る場所は家じゃなくて。合鍵をいつも握り締めて行った。

「今日も、いない、よね」

いないことを残念に思うのか、それに安堵してるのか、自分でよくわからない。リビングのソファーに座り込み、鞄の中からカッターを取り出した。もしかしたら、アカを全部出してしまえば、自分の中に溜まった汚さも全部、消えてくれるような気がした。汚さを出し切って、自分は、生きたいんのか、とどこか他人事のように思った。チリッとした痛みにはもう慣れた。そのまま刃を引けば、引いたさきからアカが出てきた。
その時、なにか音がした。気になった先を何となく目で追えば、寝室だった。
アカの線が一本では足りない気がして、もう一本入れようか、とまたカッターの刃を出す。カチカチと押し出す音が、やけに安心できた。包帯も、リストバンドも、絆創膏も、すべて逆に目立ってしまうから、したことはなかった。いつでも露になっている手首に視線を落とす。右も左も、横に入った線が、何本も残っている。もう一本、と刃を当てる。横に、引くイメージが頭の中で先行していく。そのイメージに沿うように、刃を引こうとした。瞬間、手首を掴まれた。心臓が跳ねる。

「紀章、さん……いたん、ですか?」
「寝不足で昼寝してた」

見つかった。見つかってしまった。そのことだけが頭の中をグルグル回る。

「前より増えたよな」

紀章さんの言葉に同意するように、その後ろに居たゼロが鳴く。紀章さんを君は呼びに行ってたんだね。力の抜けた手から紀章さんがカッターを取り上げた。

「やるな、とは言わない。余計苦しくなるだけだろ?そんかわり、こんなものよりもっと恋人を頼れよ」

そう言って、紀章さんが自分の手首にカッターの刃を当てて、横に引いた。手首に入ったアカの線。慌てて、その腕を取る。

「紀章さん!な、なに、してるんですか?」
「これで奈々子と揃いだろ?」
「そういうこっとじゃなくてです!」

言葉はなく、その代わりにしっかりっと抱きしめられた。心臓の音が、紀章さんの心臓の音が聞こえてくる。急速に“生きてる”という単語が頭に浮かんだ。アカを見ることでしか、感じれなかったのに?

「血に頼るんだったら俺の所に来いよ。生きてること感じたいんなら、いつでも抱きしめてやる」
「生きてる?」
「それを感じたいんだろ?」

それも、それもあるけど、

「私、汚れて、る、から、汚れを出さないといけなくて、」
「奈々子は汚れてねぇよ。大人の方が汚い」
「紀章さんは違う!綺麗だよ!だから、こんな傷、傷一つだってつけちゃいけなくて!」

ポンポンと背中を撫でられる。

「奈々子は綺麗だ。大人がそう言うんだから信じろ」
「……大人は、信じれないよ」
「だったら恋人を信じろよ」

カッターがゴミ箱んい投げ捨てられた。でも、もう、拾おうという気持ちはなかった。紀章さんを、信じることに、決めたから。



fin


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