あかし
隣を歩く、その服裾をそっと掴んでみた。掴まれた方は、チラリとこっちに視線を流したけれど、また前を向いた。
「なあ」
「う、うん」
人混みの中、ぶつからないように前を向いたままに質問が飛んできた。
「それ癖?」
「それって?」
それ?どれ?なんのことか分からずに、少し前を歩く表情を伺おうと、少し足早になって横に並べば、なんとも言えない表情をしてる。
「裕行?」
「………服の裾、掴むよな」
「あ、ご、ごめん」
慌てて手を離す。癖………だった。前の彼氏が手を繋ぐことを嫌がる人だった。そっか、服裾掴むのもダメ…なのかな。
「奈々子?あのさ」
「我慢、できるよ?大丈夫。はぐれないように頑張るし」
「ちげーし。手出せ」
道端に寄って足を止める。向き合ってから、言われた通り、両手を出す。
「わかった。奈々子、俺の言うこと良く聞いとけ」
「うん、はい」
「無意識に首傾げて聞き返すな、特に他の男に。それから、服の裾掴むより俺の手を掴め」
「首、傾げてるかな?」
「いま正に」
慌てたら、落ち着け、と宥められる。
「俺の前なら許す」
「あ、ありがとう」
「んで?手は?」
「手?」
裕行の頬が少し赤く、なった?
「繋ぎたいんじゃないのかよ?」
「………!繋ぎたい」
答えると同時に、手を引かれてまた歩きだす。人を避けながら歩いて、街のざわめきで聞こえるか聞こえないかの音量で裕行の声が聞こえてくる。
「むかつくっつーの」
「…なあに?」
「他のャローに仕込まれた癖とか、むかつくんだよ」
ああどうしよう。顔が熱いよ。
fin
- 36 -