可愛いあの子は


ため息をつく。あれ、今日で何回目だ?なんて馬鹿みたいなことは数えちゃいない。

「おい、渉。いい加減起こせば?」
「え?ダメだよ!せっかく気持ち良さそうにしてるのに」

あー心底うぜー。ガチうぜー。

「だったらベッド運んでやればいいだろ」
「だって…寝顔見てたいし」
「………は?」
「あ、あの!じゃなくて、ね!動かしたら起きちゃいそうじゃん!」
「……帰る」

さっさと帰るに限るな、これは。



「帰っちゃった…」

帰る。と宣言して、ものの数秒で本当に帰っていっちゃった。奈々子ちゃん、起きないかな。いや、うん。起きなくてもいいんだけど、僕が保つのかな?膝の上に乗った頭。長く伸ばされた髪はいつも纏められているけど、今日は解かれたまま。

「あーあ。髪食べちゃってるよ?」

そっと手を伸ばして、口もとの髪をどける。余計真っ直ぐ視界に入るようになってしまった奈々子ちゃんの寝顔を見て、体温が上がった気がする。

「動け…ないんだよね」

火照ってしまった体を冷やすのに、冷たい飲み物でも飲もうか、シャワーでも浴びてしまおうか、考えたけど、やっぱり奈々子ちゃんの寝顔と重みに負けて、動くことができない。

「奈々子ちゃん」

そっと名前を呼べば、不意に奈々子ちゃんが身じろいだ。

「んん……わひゃる…」
「起きたの?おはよう」
「……おうよ」

今のはおはよ、って、言いたかったんんだよね?返事をしたら、渉は髪を撫でてくれていた手を止めて、ちょっと固まった。なんか今私も変なこと言ったような気はする。寝起きに喋るものじゃないのかもしれない。

「渉?おはよ」
「あっ、そうだよね!」
「そうだよね、って、なにが?」
「きききききき、気にしないで!」

降参!とばかりに両手を挙げる渉がおかしくて、笑いを抑えきれなくなった。

「渉…動揺、しすぎだから」


お腹が痛いぐらい笑って起き上がる。

「だって奈々子ちゃんが心臓に悪い返事するから」
「え?私普通におはよ、って言っただけだよ?」
「うん。そうだよね」

少し遠い目をした渉の正面に立って、不意打ちでキスをした。

「……もっと、しよ?」
「渉の甘えん坊」
「奈々子ちゃんにだけだから許して」
「はいはい。いいですよー」

甘えられた通り、もう一度、キス。繰り返してキス。

「あれ?そういえば、今日達央くんご飯一緒じゃなかった?」
「それが、来てたんだけど帰っちゃった」
「私が寝てたからかな?悪いことしちゃったなー」
「明日僕から謝っておくから気にしないで」

今度は渉から額にキスされた。

「わかった。じゃあご飯食べに行きますか」
「そうしよ」

腕を絡めて達央くんに悪いけど、渉と久しぶりの二人だけのご飯。今日はいつもより美味しく感じれそうだよ。



fin


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