不安になるのは
笑顔を見てたら、声を聞いたら、傍にいたら不安になった。お昼頃に掛かってきてた電話に気づいたのは夜中。いつもならなにも考えずにコールバック。でも不安のせいか、怖くで出来なかった。次の日の朝、メールを送った。やっぱり、お昼頃に電話があって。繰り替えしだ。すれ違い、すれ違って一週間。笑顔は思い出に、声は記憶に、傍にいたことは幻になりそうで。いいかもしれない。そうすれば、不安にはならない。不安の原因が自分でわからない。
「んんっ…」
なにかで起こされた。まだぼんやりとしたままの頭を必死に回転させる。なにで、起こされた?そもそも今は、何時?耳に響いてきたのは、インターホンの音。そうか、これで起こされたのか。音が止んで、次は携帯が鳴り出す。携帯を手に取り、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「もしかしてまだ寝てたか?」
「…………」
「……んだよ、まだ寝てんのかぁ?」
携帯を耳元から離して、画面に表示されている名前を見る。朝に掛かってくるはずのない名前。
「奈々子、寝ても許す。だけど、その前に玄関の鍵外せ」
フラフラと立ち上がって玄関に向かい、鍵を外す。はっきり響いた音と、同時に包み込まれる温もり。
「はよ」
頭上から響く声が、ひどく懐かしく感じた。
「お、はよう」
喉から限界まで力を振り絞って声を出す。自分が立っているのかどうかすら危うい。
「つか、なんで掛けてこないんだよ、電話。オイ、奈々子?聞いてんのか?」
とうとう自分は床の上に座り込んだらしい。温もりを滑って、足は冷たいフローリングを暖めようとしている。いきなり抱きしめられたことで、目に映す余裕もなかった相手を見る。会ったのは、一週間よりも前のことで。いつのこと?三週間前、ぐらいだ。
「奈々子ー?いい加減。起きろっつーの」
「裕行」
「おう。なに?お前そんな寝起き悪かったっけ?んなことねーよな」
相手を認めたら、涙が溢れ出す。なんでだろう?自分でコントロールできないし、泣く意味も分からない。
「はぁ?なんで泣くんだよ。泣きたいのはこっちだってぇの」
「な、なんで、裕行が、泣く…の?」
「なんで、って、いつも夜中でも掛けなおされてた電話が、一週間なかったんだぞ?」
「うん」
「うん、ってな。俺だって不安になんだよ」
不安?と繰り返す。ジッと見下ろしてきていた裕行も、深く息をついてしゃがんでくれた。視線の高さが一緒になったぐらいで、安心できるのも不思議だと思う。
「俺が、奈々子を、好き過ぎるみてーじゃん?一方的に」
またオウム返しで、好き過ぎる?と繰り返す。言葉に出して、やけに自分の胸にその言葉がストンと落ちてきた。そうなんだ。
「奈々子?泣き止んだと思えば放心すんのかよ」
前に倒れるように、裕行の腕を掴む。驚いたらしい裕行は、そのまま床に座り込む。その動きに前に倒れるような勢いだった私が耐えられるはずもない。裕行を押し倒す格好になった。
「は?!奈々子?!」
「裕行!あのね、あのっ。私ね。私もね」
「いいから落ち着け。ゆっくり話せ。ついでに掴んだ俺の腕も放せ」
言われた通りに落ち着いて、腕を放す。そうしてから、自分に確かめるように話す。
「私も不安だったの。この一週間、不安で」
「おう」
「裕行と一緒だった」
背中をあやすようにポンポンと撫でられる。
「裕行が好き過ぎて、怖くなった」
しばらくそのまま抱き合って。やっと体を二人起こして。ポツリと裕行が呟いた。
「それなら、今日からまた夜、どんな遅くてもいいから電話しろ」
何度も何度も、裕行が苦笑するぐらい首を縦に振った。
fin
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