してやられ


むぅむぅ、と唸りながら空になった相手のグラスにビールを注ぐ。周りでは、既に気分よくおおらかに出来上がった方々が、それはもう、それはもう楽しそうにしていらっしゃる。

「あの、浩輔さん」
「ん?なに?どしたの、奈々子ちゃん」
「なんで私はひたすら浩輔さんのお酌係りなんでしょうか?」
「いや?」

にっこりと笑って見せる。相手も、つられたかのようににっこりと。そのちょっとの油断が命取り!額をいい音をさせてたたいて、席を立つ。

「いい加減、自分で、お酌しやがってくださいね」

ちょっと不機嫌そうにふくれた相手をスルーして同期のいる所に近づく。

「あれ?無事?」

唐突に意味のわからない質問を投げられたて、疑問で返す。それに返ってきたのは苦笑い。

「ああ……無事に決まってるじゃん」

大体、こんだけの人がいる中で無事じゃないって、それどんな状況よ。それでも、以前ちょっと危なかったことがあるのを思い出して、心臓が跳ねる。

「奈々子」

名前を呼ばれて振り返ると、笑顔で手招きされている。え?つかの間の自由?

「な、なんですか?」
「グラス空〜」
「………はい」

なんで再びお酌しちゃってるの、私!

「奈々子は素直だねぇ」
「だからって悪い大人にだまされるほど、純真無垢っていうわけでもないんで、心配しないでください」
「心配って、誰が言ったのかなー?」

っ…こ、の、男は!

「でも俺は奈々子を心配してるけど」
「え?……!!!」

なに?今、何が起こってらっしゃっています?私の唇に何かが。リピートアフタァミー?私の唇に何か、が?!

「ごちそーさま」
「ななっな!」

周りを見れば、皆さん見なかったオアなかったことにする気なんですね、そうですね!一人上機嫌な男に、もう素直な対応なんてしてやるものか、と決意をしてみるものの、付き合い始めてから何度この誓いを胸に仕舞い込んだか。まず自分に対して素直にならないことが先かもしれない、なんて思ってしまった。



fin


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