沈黙=我慢です


仕事が終わって、疲れたと電話をしたら迎えに来てると言われた。別に、呼び出したかったわけではないのだけれど。それでも迎えに来てくれてしまっているのを、待たせるわけにもいかない。だってだって。

「遅い。俺を待たせるとはいい度胸してんじゃん」
「ど、どこぞの悪者ですか」
「うるせーよ」

そんなやりとりを、共演者の方々に苦笑されながら家に向かう。意識していなかったつもりなのに、足早になっていることに気付き、小さく笑う。あぁ、本当自分はどうして。

「なに笑ってんの?」
「え?な、なにが?誰が?」
「奈々子が。それ以外にどこに誰がいんだよ?」
「笑ってなんて、いないよ?笑ってないない」
「…へー。そう言っちゃう?」

家まであと少し。誤魔化していいことがあるのかわからないけど。ニッと笑顔をしてる裕行わ見て、ちょっと後悔気味だけど。

「とうちゃーく。奈々子、お帰り」

裕行の家ではないけど、二人で住んでるわけでもないけど。私がいるのに、わざわざ合鍵を使って先に家の中に入った裕行が、靴を脱ぐと玄関に向き直って、わざわざ両手を広げてきた。

「……ただいま」

恐る恐るではあるけど、ぽふり、と自分も靴を脱いで裕行に凭れるように抱きつく。あったかい。

「なに警戒してんだよ。せっかくわざわざ俺が、迎えに行ってやったのに」

抱きついて回した腕に少し力を込める。軽い溜め息と同時に浮遊感。女性の平均身長よりはるかに小さい自分が恨めしいような喜ばしいような。

「ま、奈々子のそんなとこも可愛いとか思ってんだけど?」

おどけて言われた言葉も、裕行の目を上からだけど、じっと覗き込めば冗談ではないらしい。抱きかかえられたままリビングへ。残念ながらソファーはなくて、床のカーペットにクッションが置かれてるだけ。そこに座った裕行の膝の上に自然に座る形になった。

「奈々子、わかってんの?わかってねーだろ?」
「な、にが?」
「わっざわざ迎えに行くっつーのは、早く逢いたいからに決まってんだろ」

ビクリ、と肩が揺れる。

「帰り道、奈々子、笑っただろ?」
「そ、ういえば、そうだね、」
「理由わかったんだけど。俺が好き過ぎるって、改めて考えたんじゃねぇの?そんで、」

顔に熱が集まっていく。見られたくなくて、離れるよりも逆にしっかりと裕行に抱きついた。顔が見られないように。そうしたら、裕行の匂いに包まれた。安心するどころか、今はその匂いに緊張するわ落ち着かなくなるわの限りなんだけど。

「その後、ぎこちなく手も揺れてたじゃん?あれさ」
「うー」
「おい、なに耳塞いでんだよ?ちゃんと聴けっつーの」
「裕行の意地悪…」
「今さらだろ」

悔しいから首に噛み付いてやる。もちろん甘噛みだけど。

「ったく。手、揺れてたのって、」

喉を噛まれたお返しか、唇に噛み付かれた。これももちろん甘噛みだったけど。

「手繋ぎたかったの、我慢しちゃった?」
「……エスパー?」
「奈々子に関しては。そもそもここ最近ずっとだろ?」

手を繋いだら、抱きつき離れられなくなると思ったということは絶対内緒にしておこう。バレるまでは。



fin


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