手を繋ぐ
目を合わせない。こんなに近くにいるのに。目を合わせたら挫けてしまいそうで、自分の発言を取り消してしまいそうで。そんなに広くもないソファーに二人。私が右、彼が左。私は右を向いて、彼は右を向いて。私の視線の先にあるのは玄関で、だからといってそこを見てるわけではないけれど。
流れていく涙。次々と頬を濡らしてく。それを片手の袖で擦る。
空いてる手は私と彼の間で、きつい位握られてる。私からも彼からも力が篭ってて。熱い。離したい離したくない。願うならずっと、このままで。でもそれじゃあダメ。
仕事が違う。私の休みに裕行は仕事があったりする。合わせてくれてしまうから、甘やかしてくれるから。無理をさせてしまうから。駄目にしてしまう。手遅れになる前に。
離れないと。
最後だし強がってでも笑う。一緒にいれた時間はこれからの何にも変えられないから、せめて笑顔を。前向きな言葉を、せめて。
「また、会おうね。いつか」
一目だけ、と裕行を見る。かちあった目は外れることなく、動けなくなってしまったかのように。
行かないと。
逃げられなくなる。
「また会おう、ってなんだよ。今か過ぎたらいつかなんてないんだろ?」
立ち上がる。繋いでいた手が離される。
「嫌いじゃない、好きじゃなくなったんじゃない。ならどこに別れる理由があるんだよ?」
「……また会えるよ」
そう、いつか。やっとの思いで顔を逸らす。
そう、いつか、お互いに好きな人…私よりもっといい人が裕行に現れるまで。
玄関に向かう足は気を緩めると震えてしまいそうで、立ち止まってしまいそうで、それはダメだと心の中で叱咤する。突如後ろから腕を引っ張られ、反動で回転した背中が壁に当たる。
「納得できない別れない」
逃げたいのに立ち位置のせいで、それができない。
「奈々子」
喉が引きついて言葉を紡げない。名前すら呼べない。
「俺が自分のものを簡単に手放すと思ってんのか?」
それは、思ってない。
「俺のもんは俺のだし、奈々子だって俺のもんだ」
なにか、言わないと、なにか。でも、なにも、言えないよ。
「奈々子になに言われても俺ずっと傍にいるから」
「だって、」
「だっても、でもも聞かねー」
それは、狡いよ、卑怯だよ。
「ごめっ、なさい」
そんなこと言われたら。
ゆっくりと抱き付いた。
fin
- 61 -