呑んでも呑まれるな?
ごめんね!と言い、ヤスくんが家に来た。今日来る予定のない荷物を置きに。そしてやっぱり、本当にごめんね!と言い残して、ヤスくんは去っていった。できるならこの荷物にも自力で去ってもらいたい。玄関で靴を脱いで上がったものの、床にへたり込んでいる肩を揺らす。
「裕行?裕行ってば!ほら、おーきーてー!ね、水飲む?」
「は?奈々子?」
「うん。大丈夫?どんだけ飲んだの?自分の家帰るか、ヤスくんち帰るより、うちのほうが近かった?」
座り込んでいる裕行に合わせて、四つん這いになって顔を覗き込んでいた。矢継ぎ早に質問をしても、どれもこれも明確な答えが返ってこない。
「お酒の入ってる人をお風呂に入れるのは危険らしいしなぁー」
相手は居れど、返事をしてくれないから独り言。しょうがないから、答えを聞くより先に、水を用意してしまおうと少し体を引いた。
「奈々子」
「きゃっ!ひひひ裕行?!」
酔っているにも関わらず、俊敏に腰に回された腕に抱き寄せられた。
「奈々子、奈々子」
耳元で譫言のように名前を呼ばれて、自分の意志お構いなしに体温が上がってしまう。
「奈々子」
とうとう我慢が出来なくなって、力が緩んだ隙に腕から逃れる。立ち上がったのもつかの間、後ろから肩を引っ張られてバランスを崩す。
「どこ行くんだよ?ここに居ろ」
裕行が胡座をかいて座ってたりするから!その足の上に座る形になってしまった。つまりは後ろから抱きしめられているわけで。つまりは二人の間に距離なんてないわけで。息が、首筋に、かかる。
「裕行、離し」
「大人しくここにいろ」
「そんなこと、言われてもっ」
「奈々子」
名前を呼ばれて、体から力が抜けていってしまう。ようやく甘えられているのだということに結論が達して、また更に心拍数が跳ね上がる。
「好きだ、奈々子」
普段ストレートになんて言ってくれない癖に。コレが酔ってなければどんなにいいことか。
「ね、裕行。水、せめて水飲も?」
「いい。いいから、離れんな」
より力を込めて抱きしめられる。酔ってるのに、こんなに力が入るなんて。
「奈々子、なぁ……まだ俺が酔ってると思ってんの?」
……………は?
「でも、マジでもう暫くこのままで居ろ」
こんな展開、頭が付いていけるわけない。体温だけが無意識のうちに上がっていった。
fin
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