勝ったつもりが
せっかく一緒にいるのに、ほったらかしで雑誌広げてる背中に、自分の背中を合わせる。普段なら重いだとか、また太っただろとか、それこそいらないぐらいのバリエーションの豊さで、憎まれ口ばかりを叩いてくるのに。余程熱中してるのか、今日はなんの反応もない。そのことに気を良くして、背中越しに伝わってくる温もりに、眠気という名の海原で舟を漕いでいた。いい加減に構えよー、なんて書いたオールは岸に置いてきてしまったみたい。
「奈々子」
そのせいで。もあるけれど、まさか雑誌に熱中しているであろう相手から、名前を呼ばれるとは思っていなかった。反応が遅れた。
「奈々子!」
「あ、はい!」
反応が遅れた微かな罪悪感でか、敬語が出てきた。
「なんでしょうか?」
せっかく下手に出てあげたのに、名前を呼んできた相手は言葉を続けない。
「裕行?もしもーし?なぁに?」
訊ね返してもだんまりな相手に、ちょっとだけ苛立って、首だけで振り向く。赤い、赤い耳が、見えた。
「裕行?」
「なに?」
「こっちのセリフだし、それ」
「うっせ」
「耳赤いよ?」
からかいのつもりで言えば、裕行は人間の出せる反応速度として、かなり良い速度で耳を隠した。からかい、より、好奇心。
「ね、耳赤くしてどうしたの?」
「…は?んなことねぇし」
「ひーろーゆーきー」
「奈々子には関係ないっつの」
「じゃ、なんでこっち見ないの?」
顔を覗こうとして正面に回ったら、がっちりと頬を挟まれた。以前裕行は下を向いたままだけど、こっちは顔を背けるどころが、揺らすこともできない。
「やっぱ理由教えてやる」
裕行が顔を上げた。できればこの状態でその笑顔は見たくなかった。
「ちょと、裕行!裕行さん!顔!顔近い!」
「キスするときのが近いだろ」
「そうなんだけど、そうではなくて!」
「りゆー」
今にも唇の触れそうな距離に、言葉を発する余裕もない。
「奈々子が後ろにいたら顔見えねー。って考えた自分が恥ずかったから」
男前が過ぎるほど、堂々と答えてくれて、しかも、裕行からそんな言葉が出てくるなんて。益々なにも言えなくなりそうになりながら、それでも何かを、と口を開閉させれば。
「お前も、雑誌読むの止めて構え、とか言え」
気付いていたらしいセリフと共に、予想通りのキスが降ってきた。
fin
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