気のせいだとしても


一歩踏み出した足が沈んだ。否、地面が、周りの景色が沈んだ、んだと思う。だって、自分はまだ踏み出せる。周りだけがスローモーションに流れていって、グニャリと世界が歪む。沈んでゆがんでを繰り返して、私はどこに連れていかれるのか。行き先を確信もって踏み出した足は、気付けばとんでもない所で踏み込んでる。

ああ、きっと月のせいだ。

もしかしたら沈んだ地面は、減った地球は月に吸い込まれていているのかもしれない。ザァっと風が横を駆け抜けていく。捕まえれば、もしかしたら行きたい所に辿り着けるかもしれない。そう思って伸ばしたては何も掴むことができずに、伸ばした対象を見失った。

夏の夜独特の熱さが体を撫でる。

足を止める。ああ、そうだ。忘れかけていた行き先を思い出す。周りと同様に沈みかけた足を引きずり上げる。進めば、沈みっこないんだ。まだ、大丈夫。もう少し。
ぼんやりとしてきた頭から熱さを追い出そうと、頭を振る。喉元を一筋、汗が流れた。

月が明るすぎるんだ。

自分の影さえ作り出してくれる月を怨みがましくも見上げる。足は止めない。月に捕まってなるものか。乱暴に歩けば、手に持ったビニール袋がガサリと揺れた。なんだっけ、これ。覗き見ようかと思ったけど、首を下に向けることが面倒でそのまま歪んだ前を見た。右から左に掛けての坂道。体が袋を持っている左に傾く。なんて変な道なんだろう。そうかと思えば左の平垣は右に傾いて、思わず笑う。まるでアリスの話に出てくる森みたい。これで振り返れば私が進んできた道は消えていっているのだろうか。好奇心。

道は沈んで、歪んで、まるで、蛇みたい。

その向こうからは蛇を退かしていく箒が見えた。

「奈々子!遅ぇ!」
「……箒、」
「はぁ?」
「あれ?裕行だ」
「あれ?じゃねぇよ。コンビニ行くのにどんだけかかってんだよ。バカ」

周りを見れば、なにも歪んでない。沈んでない。変わらない。

「奈々子?おい、奈々子。聞いてんのか?奈々子!」
「なに?」
「なに?じゃねぇ。帰るぞっつってんの」
「あ、うん」
「あと帰ったらすぐお前なんでもいいから水分取れ」

ああ、歪んでたのは、月のせいじゃなくて、熱のせい、だったんだ。

「奈々子?ったく。おら!手っ!」

大人しく差し出された手を掴む。
それはどことなく、ヒンヤリ心地よかった。



fin


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