許せない
なんかいい夢を見て、フワフワした気分で起きた。今日はいい1日になるかもなんて、甘い期待をして家を出た。仕事は珍しく2本重なってる。まずは1つ目午前中。その現場で一番仲が良いのは、タバコの匂いを纏う人。
「私まで服がタバコ臭くなったのは気のせい?」
「あーまぁねー。朝っぱらから昼飯まで一緒だし?仕方ないんじゃない?」
「それはそうなんだけどね」
お昼ご飯を食べ終わって、私は次の仕事に。元気な現場。
「奈々子ちゃん?お疲れ?」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
そこで割り込んできた声たちはいつも通りの賑やかさ。
「遊佐さんもそう思う?」
「中村、敬語敬語!」
「は?圭吾?」
「誰だよそれ!」
私も遊佐さんも、ワンテンポ遅れてしまった。
「中村さんも安元さんも鈴村さんも元気ですねー」
「あいつらは放っておけばいいんだよ」
笑顔なのに、笑顔になれないオーラが溢れ返ってますから、遊佐さん。さっさと帰ろうとして、上着を探した。誰が置いたのか、上着の上に置かれた誰かの上着。とりあえず、そんなむさ苦しい中にいて得たのは、その上着にひっついた香水の匂い。
家に帰れば、鍵が開いてる。
「裕行ー?」
「おー」
こっちからじゃ見えないけど、どうやらソファーの上寝てるらしい。正面に回る。
「ただいま」
「おかえり。……お前、」
「え?」
穏やかだった表情が一瞬で曇った。
「奈々子……」
むくりと立ち上がる。表情は依然として険しいまま。な、なんで、というか、どうして?
「裕行?」
「服…今すぐ脱げ」
脱げ、と言いつつ脱がせてくる。
「なななっ!ちょ、裕行?!」
「ふざけんな」
なにが?だから何が?私が?!
「冗談じゃねーし。つーか、お前ガチむかつく」
「なにがっ、ね…止めっ……」
「あの香水、なに?」
「こーすい?」
はたり、と手が止まってくれた。それでも、脱がされかけている間にソファーに押し倒されたままなのは、逃げようがない。
「男物だろ。どっかで嗅いだことあんだよ。あと煙草」
「煙草?って?」
「とぼけんな」
ぴしゃりと言いきられて、なんとか言われた言葉を整理する。煙草、香水…あ、えっと、ちょっと思い当たる節が。
「仕事で…」
「仕事?」
「煙草、鳥海さん今日一緒で、香水、上着重ねられて、それは遊佐さんで」
「あっそ。でも気にいらねーもんは気にいらねーし」
押し倒されて、すでに近かった距離がより近くなる。煙草の匂いでも香水の匂いでもない、裕行の匂いが濃くなる。首筋に落ちてくる唇の熱が痛いぐらいに熱い。
「俺以外の匂いさせんな。奈々子に近いのは俺だけでいいんだよ」
顔が見えないのがたまらなく寂しいと思った。
fin
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