わがままでなく
「なんで、そうやって、」
続きを言いかけて止める。だって、これを言ってしまったら。返される言葉なんて分かりきってる。そんなの悲しいだけだ。自分を守るために、口を閉じる。目の前で不機嫌に聞いていた悠一が、さらに不機嫌になって眉を寄せた。
「言いたいことがあるなら最後まで言え」
「……嫌」
体の横で硬く握り閉めた拳。爪が手のひらに刺さっているような痛み。実際には刺さったりなんてしてない。だって、自分の体は、大事。自分が大事。そんなの当たり前じゃん。
「なんで奈々子はそうやって」
「そうやって?」
「…なんでもない。お前には関係ない」
「私のことなんでしょ?関係あるじゃん」
「俺が関係ないって判断したんだから、関係ないんだよ」
「なに、それ…」
唇を噛む。ピリッとした痛みが走る。もしかしたら唇のどこか、切れてしまったのかもしれない。それはダメだ。守らないと。
「…バイバイ」
背を向ける。ばいばい、バイバイ。これで大丈夫。一安心。体は傷つかないし。心が痛いのもそのうち直る。そのうち、ってどれくらいのことを言うのかわかんないけど。
「奈々子」
腕を捕まれて、強い力で引き戻される。視線がかぶる前に、その距離がグッと近くなって、唇の切れていただろう部分を舐められた。頬に手が添えられて逃げられない。
「ったく。怖がりの癖しやがって」
そうだよ。痛いのは怖い。嫌われるのも怖い。だから痛くないように自分を大事に大事にして守るの。嫌われるより先に嫌いになるの。
「さっきの最後まで言え。毎回毎回途中で止めんな」
「だって、」
「俺の命令だ。聞くしかないんだよ。言え」
ポロポロと零れだした涙も、唇にそうしたように悠一は舐め取っていく。
「それと手、硬く握んな、唇噛むな。ほら、言え」
「なんでっ、そうやって……優しくしてくれないの?!」
「だから言えよ。どうして欲しいんだよ?」
目を合わせようにも、視界はぼやけててどうしようもなくて。どうしようもないから、口を動かすしかなくて。
「優しく、してよっ!いつも、いつだって…悠一だけに優しく、してもらいたいのにっ!」
「言えんじゃん」
頬に触れていた手が離れて、そっと背中に回された。ゆっくりと、抱き寄せられて耳元で低い声が震えた。
「言われたからには応えてやる」
もっと、早く、助けを求めていたらよかったんだ。バイバイ、弱くて一人の私。こんにちは、弱くても一人じゃない私。
fin
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