もっ、と?
「へぇ」
優しく、とも柔らかくとも違う笑顔を浮かべて達が背後に忍び寄ってきた。こっちはキッチンでココナッツミルクを作ってたところで、作りながら達央と話してたわけで。話してたのは、なんのことはない。今日の収録で面白いことがあって、その話をしてただけ。それなのに、なんでこの人いきなり機嫌氷点下まで下がってるの?!
「なぁ、俺以外といるほうが楽しい?」
寂しそうに言うから、そんなこと絶対ない!と振り向いて、自分の迂闊さを呪いたくなった。声はお互い仕事道具じゃないか。寂しそうな声とは裏腹に、すっごい楽しそうな、変にたのしそうな笑顔しちゃってるよ、この人。
「た、つ?」
「な、俺以外といるほうがいい?」
「そんなことなっ?!」
突然キスされた。キス、というよりも、噛み付かれて、このまま食べられそうで。酸素は間違いなくどんどん食べられていってる。ギュときつく目を閉じたら、生理的に涙が出てきた。それでもキスは止められることはなくて、ぬるりとした感触が口の中で動き回ってる。自分の舌はそれから逃げようと奥に引っ込もうっとするのに、その度にタイミングよく絡め取られる。
「んっ…んん……はっ、もっ」
止めてと言いたいのにそれも言えなくて、さらに最悪なことに、もういい加減力の入らない足は今にもグズグズと床にしゃがみ込みそう。それでも、達央は支えてくれない。
「自分でどうにかしてみろよ」
言いたいことが伝わったのか、やっと唇を開放されて、これも伝わったのか、どうにかしろ、と言われた。って、どうにか?なんてことをボーっと考えてる間に、また唇を塞がれた。そんな僅かな間で呼吸を整えることなんて出来ない。すぐに息は切れてく。白くなっていく思考をギリギリ踏みとどまらせて。考えて、考えた結果。達央の肩に腕をかけて、首に回す。身長差のせいで、ぶら下がる体勢になるけど、仕方ない。これでしゃがみ込んでしまうことは免れた。回した腕にギュッと力を込めれば、達央が満足気に笑ったような気がしたけど、目を開いて確認する勇気はない。
それでも、ほんともうダメだと思った時、あっさりと達が離れていった。
「なんか作ってる途中?早く作れば?」
今の今のキスなんて無かったみたいに、あっさりとリビングに戻っていく。ぽっかりと寂しくなった。いや、この場合、達央が機嫌を直してくれたと喜ぶところかもしれないけど。
「奈々子?どうしたんだよ」
あとはコンロで火にかけるだけのココナッツミルクは、そのまま放置。達央の前に座る。前に手をついたら、自然と下から覗き込むような体勢になった。
「んだよ、奈々子。言いたいことあんなら、ちゃーんと、その口で、言えよ」
「……と」
「聞こえねー」
「…もっと」
「もっと?もっとなんだよ?」
「もっと、キス……して」
恥ずかしすぎる。恥ずかしいのを我慢して言ったのに、のに。
「お前から好きにすれば?」
達央の両頬に手を添えて、唇を重ねる。でも、ただ触れるだけじゃ足りなくて。でも、自分からなんて、したこと、ない。困りに困って、達を見る。
「なんだよ」
「く、口っ、開けて」
「お前が開けさせてみればいいだろ」
更に困った。とりあえず達がしてくるみたいに唇を重ねて、その唇を舐めてみる。猫みたいに舐めて、隙間を開けさせるように横に舌を動かす。
「ま、キスはこのぐらいで許してやるよ」
キス「は」?そんな疑問を出す前にまた口を塞がれた。また、食べられていく。
fin
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