もっと、足りない、もっと
寝返りを打ったら、すぅすぅと寝息を立てて、いかにも安眠しちゃってます、という顔が視界に広がった。そっと手を頬に伸ばす。触れた途端に、相手はもちろん無意識なんだろうけど、自分の手に頬を摺り寄せてきた。なんだか嬉しくなって、もう片方の頬にも手を伸ばす。両手で包み込むように触れて、ジッと相手の顔を見つめる。もしかしたら、もうすぐ穴が開いてしまうのかもしれない。
「キス、していい?」
了承を得ようにも、眠っている相手には無茶なこと。それでも、我慢できなくて、額に、頬に、鼻の頭に唇を落とす。なんとなく唇を避けてしまった。もっと、もっと相手に触れていたくて。唇にキスしてしまったら、それで自分が満足してしまいそうで、嫌だった。
「もっと、もっと、真守をちょうだいよ」
目蓋に、耳に、鼻筋に唇を落とす。余すとこなく、全部、全部欲しくて。だから、自分が抱きしめられることに気付くのに、数秒かかってしまった。
「なにイタズラしてるの?」
「…おはよう、真守」
「おはよう。ってまだ夜中だよ?」
「起きたらおはよう、でしょ?」
「…確かに」
首筋に、顎下に、目じりに唇を落とす。もっと、全部。
「それで奈々子は何してるの?」
「真守を食べようと思って」
「奈々子が俺を食べるの?」
「うん」
「それは、光栄だね」
抱きしめてくれる腕の力が強くなった。さっきまでも暖かかったけど、それ以上に暖かくて、さっき以上に安心する。不安だったわけじゃないのに。
「ねぇ。俺は食べ終われた?」
「足りないよ」
「そっか。でも交代。今度は俺に食べさせて。ね?」
額に、頬に、鼻の頭に、目蓋に、耳に、鼻筋に、首筋に、顎下に、目じりに、唇が落とされていく。点々と触れていった場所が、食べられてしまったみたいで、自分から減っていったような気がする。
「確かに足りないね」
「でしょう?」
少し見つめ合ってから、どちらからともなく唇を合わせる。ただ触れるだけのキスを繰り返す。
「奈々子」
「うん」
抱きしめられるだけだった体から、真守の背中に腕を回す。
「なんか、幸せ」
「それは良かった。奈々子がそう思ってくれるなら俺も」
じっと相手を見つめる。視線に反応するかのように、真守がキス一つくれて、また目蓋に唇を落とされる。自然に閉じた目蓋に眠かったのか、と納得した。
「おやすみ、奈々子。良い夢を」
fin
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