一世一代大仕事
渉の様子がおかしい。なんかもう、尋常じゃないっていうぐらいに怪しい。というか、不審者一直線。警察でも呼んだほうがすっきりするのかもしれない。まぁ、そこで逮捕という悲劇が起きたら起きたで、私も困るから呼んだりなんてしない。いつものようにデートだ、と出掛けてきたのはいいけど、何を話しかけても生返事。この寒空の下、アイスでも食べようか、と言えば、生返事のまま肯定するから、本当にアイスを買ってみた。一口食べて、寒い!と叫んでるけど、横目で見て、無視をしてみた。
「奈々子ちゃん…意地悪だ…」
「渉が話聞いてないからじゃない」
「そ、れは、そのね、えーっと」
「それに、なんでかわかんないけど今日はずっと手ポッケの中に入ってるし」
「うっ…」
「そんなんじゃ、手、繋ぎたいのに繋げないし。渉のほうが意地悪じゃん」
一気に捲くし立てたら。渉が凄い困った顔をした。言い過ぎた。とっさにそう思う。でも、それは、だって。苛々してたのと、混乱したのと、こんな言い方しかできない自分に悲しくなって、もうぐしゃぐしゃだ。下を向いて、ぎゅっと手を握っていたら、その手を片方、そっと渉が持ち上げる。渉のもう片方の手は、私の頭を優しく撫でてくれてる。持ち上げられた私の手。私の握ったままの左手は、頭を撫でてくれている手と同じ優しい手が広げていく。
「ごめん。ずっと迷ってて」
「まよう?」
お互いがお互い、触れ合っている手を見つめる。
「うん、迷ってた」
「……なに、を?」
「決心しなきゃいけないんだってことを」
渉の指が手の甲を撫でる。
「奈々子ちゃんがね、好きだよ」
「うん」
「奈々子ちゃんをね、愛してるんだ。で、ね。えーっと、だからね、」
ずっとポケットに入ったままだった渉の手が、ナニカを握ったまま、ようやく出てきた。なんだろう。
「だから、ね。結婚、してください」
頭の中が一気に真っ白だ。言葉ってなに?美味しい?そんなレベル。いわゆる放心状態ってやつだ。
「渉……」
捻り出した一言は相手の名前で。そんな一言が出てきちゃうぐらい、好きなわけで、えっと、今、なんて?
「奈々子、僕と、あの結婚してください。っあー!もう、月並みな言葉しか言えなくてゴメンね」
繰り返されても。呆然として我に返れずにいれば、渉のポケットから出した手が、丸い、銀色ドーナッツを持っていて。それがスルリと、ぴったり私の指、薬指に填められた。
「奈々子ちゃん、そろそろなんか一言、じゃないと僕緊張で死にそう」
「あのね、渉。あのね、あのね……嬉しい」
嬉しすぎて涙が出そうだよ。
fin
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