匂い立ちて
ベッドの上で枕を抱きしめてい丸まる。ウトウトと眠りに手招きされながら、台本に集中してる渉をかっこいいなぁ、なんて思いつつ眺める。ただ眺めているだけなのに胸の鼓動が速くなる。慌てて枕を抱きしめる腕に力を込めた。ウトウトと睡眠欲が主張し始めているのに、この動悸では落ち着いて眠れそうにない。
しばらくそうしていれば、渉が片手で髪をかきあげた。頭上に置かれた手は、何秒かそのまま大人しかった。なんか苛々してる?でもせっかく台本に集中してるみたいだし、声かけるの止めておこうかな。そう思った、まさにその瞬間だった。
「奈々子ちゃん、ベッドから降りて」
「へ?あ、うん」
「枕離して」
「……はい」
また黙って台本に集中?し始めてる?
「渉?」
「…奈々子ちゃん」
「うん」
「シャワー浴びておいで。ついでに僕の服貸すから、今着てるの洗濯機。」
服、汚れてたかな?ゆくわからないけど、渉がご機嫌斜めなのは確かだ。…シャワー浴びてこよ。浴びてる間に置いといてくれたのか、着替えが用意されてた。着ればふんわりと渉の匂いがした気がする。
「浴びてきた、よ?」
「こっち、来て?」
ご機嫌斜めは治ったのか、いつもみたいに少し照れながら、座ってる横を叩いてる。呼ばれたことがなんとなしに嬉しくて、大人しく従う。
「どうしたの?」
機嫌が悪かった理由を聞こうとしたら、返事より先に抱きしめられた。耳元でポソリと「消えた」なんて言うのが聞こえた。背中に回した腕はそのままで、少し体を離して顔を合わせる。
「渉。なんだったの?」
「言わなきゃダメ?」
気まずそうに渉は視線を逸らせた。や、恥ずかしがってる、のか。
「渉」
「う…はい」
背中に回してた腕を放す。同じように回されてた腕が離れた。改まって手を握られた。
「匂いがね、いつもと違ったんだよね」
「匂い?」
「今日午前中、仕事だった?」
「事務所には行ったけど」
「事務所で誰かに会った?」
「会っ、た」
「その人、たばこ吸う?」
「吸う、ね」
「抱きつかれとかした?」
「すいません。抱きつかれました」
浮気尋問?後ろめたいことは何もないけど、なんだか焦る。また渉黙っちゃうし。
「奈々子ちゃん!」
「はい!」
「…ダメだからね!」
「…ダメ?」
「えっと、そのね、だからね、僕か奈々子ちゃん以外の匂いさせないで?」
そんな可愛く言われたら、勢い余って渉を押し倒してしまったけど。抱きついて、
「うん、ごめんね」
謝るしかないんだ。
fin
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