男前


合鍵を、合鍵を使うべき場所に忘れてきてしまった。だからチャイムを押すしかない。人様の家のチャイムを押すなんて事は久しぶりなわけで、それなりに緊張する。勇気をだして押した、ものの、いや、反応がないわけではない。その、反応が良すぎる?玄関の奥の、さらにドアを隔ててるであろう奥から、ちょっと待って!という叫びが、うんコレは最早チャイムに対する返答なんかじゃなくて叫びだね!そんな叫びが返ってきた。真の言うちょっとは、本当にちょっとだからなー。なんて考えはやっぱり正解だったらしく、2分待ったか待たないかで玄関が開いた。

「お待たせ」

3日ぶり?実に3日ぶりじゃない!?いや、たかだか3日なんだけど。それでも、それでも、3日っていうのは「やあ!久しぶり!」っていうのに値するよ!だって相手が真なんだもん。無性に堪らなくなって、玄関先だというのに抱きついた。もちろん、玄関のドアはちゃんと閉めてからにしたけど。勢いよく、しかもいきなり抱きついたせいで、真のバランスを崩させるに至ってしまった。真はそれでも倒れまいとして、壁に背中をつけた。

「ど、どした?」
「………石鹸の匂い」
「あ、うん。厚着してったら今日予想以上に暑くて汗かいてさ」
「石鹸の、匂い」

我侭に抱きついたのに、いや、真の場合無意識なんだろうな。腰を抱き返された。汗をかいたからシャワー浴びたのか。石鹸の匂いも嫌いじゃない。というか、石鹸の匂いが嫌いな人に身辺で出会ったことがない。石鹸の匂いは好ましいけど、それでも、それでも。

「奈々子?石鹸の匂いが、どした?」
「バカ真。真の匂いが、」
「は?俺の匂い?」
「真の匂いがしない」

こんなあっさりな匂いじゃなくて、もっと、こう、なんていうの?あったかくなる匂いがするのに。

「えーと、」
「真のばか」
「あの、奈々子サン?」
「なに?」
「それ、もしかして、誘ってんの?」

たっぷりとした沈黙を作る。予想通りにソワソワと落ち着きなくなる真。腰に回してきてる腕はちゃっかりとそのままだけど。でも視線はあっち行ったりそっち行ったり、足は右足を横にスライドさせたり戻してみたり。左足もまた然り。

「誘ってはない」
「あ、ソウデスカ」

あ、すっごいシュンとなってる。すっごい項垂れてる。うーわー、大型犬に例えたい。すっごい今例えたい気分。そんでもって。

「襲いたい気分だけど」
「ソウデスカ……って、え?や、え?」

自分が凄いこと言った自覚はあるけど、目の前でこっち以上に照れて照れまくっている真を見てたら、自分が照れる必要ない気がしてきた。むしろ今の自分には強大な余裕がある気すらしてきた。にっこりと微笑んで体を離す。真は外れた手の片方で顔を隠したけど、真っ赤になってるっていうのが、隠しきれない耳から伝わってきちゃってる。

「今日は甘やかしてもらおうと思ってきたけど、いいや。真、真」

部屋の中まで進んで座って、立ち尽くしてる真を手招き。大人しく近寄ってきた真にも座るように言って、二人しかいないけど耳打ち。

「今日は私が真を甘やかしてあげる」
「奈々子………俺より男前だぜ」

切なさと諦めの声で言われて、私は勝者の余裕の笑みを浮かべてあげた。



fin


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