お友達から | ナノ

  ひとりよがり


朝起きて来たら、リビングがめちゃくちゃにされていた。

ソファーの上には獪岳先輩がふんぞり返って眠っているし、ローテーブルの上には空き缶と空のお惣菜パックとカップラーメンの食べ残しが散らかっている。

──昨夜僕にあんな真似しておいてよく眠れるな。

呆れながらも床の上に落ちていた僕のお財布を拾って中身を確認したら、もう三千円くらいしか残っていなかった。どうやったら一人の食費だけであの額をここまで使うことができるんだ。明らかに食費以外でお金を使っている。

だけど眠っている彼を叩き起こして問い詰めるまでの勇気は僕にはないし、結局僕が諦めてリビングの後片付けをする羽目になった。

未だにぐっすりと眠っている獪岳先輩は毛布も何も被っていない状態だから、このまま放置していたら風邪をひいてしまうかもしれない。僕は仕方なく自分の部屋からタオルケットを引っ張り出して先輩の体に掛けてあげた。

「ッ……」

足首に走った痛みに顔が歪む。まだ治ってはいないみたいだ。

幸い今日は祝日で学園は休みなので家でゆっくりできる。キリのいいところで手を休めて、今日はもう自分の部屋でゆっくりと休んでおこうかな。

今日一日の過ごし方を考えながらゴミをまとめていると、ふと頭の中で何かが引っかかった。何か大事なことを忘れているような気がする。

必死に思い出そうとしながら僕は自分の部屋に戻ってスマホを取った。カレンダーのアプリを開いてスケジュールを確認すると、今日の日付のところに『光ちゃんとオフ』と書いてあった。

僕はそこで、ようやく思い出した。
今日は光ちゃんと午後に会う約束をしていたことに。

「うわっ!マズい!」

慌てて時間を確認したらもう十時になりかけていた。今から急いで髪型を整えて着替えて歯を磨いて荷物まとめて駅まで行って電車に乗らなくちゃ、約束の時間に間に合わなくなる。

何でこんなギリギリになるまで忘れていたんだろう──準備を進めながら思い出すと、そういえば日程を確認してスケジュールに書いてそのままにしていたんだった。午前中に美容室に行けばいいやとか適当な計画立てていた昨日の自分を殴り飛ばしたい。

「もう絶対美容室は間に合わない……!髪型どうしよう……!ピンで前髪だけでも……ピンがない!」

ピンなんか持ってないんだから着けようがないだろう。もう髪型は諦めるしかない。取り敢えず櫛で整えて少しでも見栄えをよくしよう。不潔に見られるのは一番ダメだ。せめて清潔感のある男として──

「……!」

ちょっと待った。この髪の長さなら、性別を誤魔化すことができるかもしれない。光ちゃんに「男が来た」とガッカリされずに済むかもしれない。

昨日だって獪岳先輩に女の子と間違われたんだからイケるはずだ。マスクして、帽子かぶって、胸は──タオルを丸めて詰めて、その上から更にタオルで巻き付ければ何とかなる。

髪型は後回しにして、僕はまず脱衣所からタオルを三枚を取ると二枚を丸めて胸に充てがい、もう一枚をその上から押さえるようにして体に巻き付けた。

その格好で自分の部屋まで行くと、クローゼットからお気に入りのパーカーを取り出してタオルが落ちないように慎重に着替えた。鏡で一度確認すると、一見では偽乳とはバレない仕上がりになっていた。素晴らしい。行為は決して褒められたものじゃないけど。

スカートは流石に持っていないのでそこはジーンズで済ませた。化粧品もないので顔半分を隠せるマスクをつけてなんとか顔はそれで誤魔化す。

そして最後の仕上げである髪は一番丁寧に手を加えて女の子っぽく形作ってみた。ゲームの女の子キャラをイメージしてふんわりボブっぽく髪型を近付けてみたけど、僕は癖毛なので毛先がどうしてもカールしたみたいに跳ねてしまう。でもこれはもうこれで良しとしよう。そろそろ出発しないと間に合わなくなる。

最後にキャップ帽を被ると、僕はリュックの中に荷物をまとめて急いで玄関まで走った。

「いッ!……たぁ……」

その時、またも足首に痛みが走って思わず屈んでしまった。昨日よりはマシになったとは言えまだ全快ではない。

僕は一度リビングまで戻ると、棚の中に入れていた救急箱を出してしばらく使っていない湿布の箱を取り出した。確認するとまだ中身がある。一枚だけ出してそれを痛む足首に貼り付けた。

「これでよし……!」

今度こそ、と僕は痛まない程度の速度で玄関まで向かった。今から出発すればまだ間に合いそうだ。

マンションを出てからタクシーを使うかどうか迷ったけど、これは僕のお金ではないので無駄遣いはできない。痛みを我慢しながら僕は駅まで急いだ。



◆◆◆



商店街の一角にあるゲームショップ──そこから少し離れた位置に、鬼と侍が対峙する銅像がある。僕と光ちゃんはそこで待ち合わせの約束をしていた。

約束の時間よりギリギリ十分前に到着した僕は、銅像の近くをうろうろしながら挙動不審な様子で辺りを見渡していた。

光ちゃんはもう来ているのかな。会う前にまずは姿を確認しておきたいけどどんな格好をしているんだろう。日程ばかりに集中していてお互いの特徴とか何も教え合わずに来ちゃったから、ここに居ても光ちゃんが誰なのかわからないし光ちゃんも僕がわからないと思う。

僕はアプリのメールを使って光ちゃんに『もう少しで着くけど、光ちゃんってどんな格好? 探すよ』と送った。するとすぐに返事がきて『オッケー、待ってるね!私は金髪だからすぐにわかると思うよ』と書かれてあったので、僕は物陰に隠れながら金髪の女の子を探した。側から見たら完全に不審者だ。

だけどいくら探しても銅像の近くに金髪の女の子は見当たらない。銅像のすぐ側に金髪の男ならいるんだけど──あれ?

「……善逸くん……?」

よく見ると、銅像の近くにいた金髪の男は我妻善逸くんだった。マスクをしているけど会って話した事もあったのですぐにわかった。どうしてここにいるんだろう。

善逸くんはどこに行くわけでもなく、その場でずっとスマホを弄っている。時折顔を上げて辺りを見渡しているようだった。なんだかその姿が誰かを探しているように見えて──僕は嫌な予感に冷や汗を流した。

『乙姫到着〜!光ちゃんどこ〜?』

僕はもう一度光ちゃんにメールを送った。すると善逸くんがスマホを見て目を見開かせ、顔を上げると辺りをキョロキョロと見渡しだした。その反応に僕は確信してしまった。

──善逸くんが、光ちゃんなんだ。

あまりのショックにスマホを落としかけた。硬直したまま善逸くんをしばらく眺めていると、彼はまたスマホを弄り始めた。その内僕のスマホにメールが送られてきて──

『乙姫ちゃんどこ〜? 私も探すから服装教えて〜!』

いっそ逃げ出してしまおうかと思った。
でも光ちゃんは──僕がブスでもいいから会いたいと言ってくれた優しい人だ。僕が男でも光ちゃんは受け入れてくれると思う。だったら僕も光ちゃんを、善逸くんを受け入れなくちゃダメだ。

「……ッ光ちゃん!」
「……!」

大声で光ちゃんの名を呼んで善逸くんの前に出た。彼は僕を見ると目を見開かせて「乙姫……ちゃん?」と困惑した様子で囁いた。

驚くのも無理もない。だって会うはずだったネッ友の女の子が来るかと思えば、同じ学園に通う同級生の男が来たんだから。その反応は何ら間違っていない。罵倒される覚悟で僕は善逸くんの目の前にまで近寄った。

「お……遅くなってごめんね。乙姫、なんだけど……」
「…………」
「あの……ガッカリしたよね。もし期待させてたら……ごめん。こんな……地味な──」
「えっめっちゃ可愛い」
「おと……え?」

善逸くんは少し興奮した様子で僕の手を握り締めてきた。僕は訳がわからず呆然として、詰め寄ってくる善逸くんの顔をじっと見つめた。

「えっ、可愛いじゃん!乙姫ちゃん全然ブスじゃないよ!っていうか何で俺が光だってわかったの? もしかして俺が男だって最初からわかってて来てくれたの?」
「あ……いや……」
「うわぁ感激なんだけど!乙姫ちゃん優しすぎない!? 天使!? 可愛くて天使って最強じゃん!」
「あの……」
「あっ俺の本名我妻善逸っていうんだけど、善逸って呼んでもらってもいいからね!よろしくね乙姫ちゃ〜ん!」
「あっ……うん」

何故だか、バレてない。
マスクのせいなのかな。いやでも僕はマスクをしてる善逸くんを見て一発でわかったのに、どうして善逸くんは僕だと気付かないんだ。そんなにあの時の僕って印象が薄かったのかな。そう考えると悲しくなってきた。

「ねぇねぇ、良かったら連絡先交換しようよぉ〜!」
「えっ……それは、あの……」
「あっ、もしかして本名とか知られたくないとか?」
「そ、そう……うん」
「そっかぁ……乙姫ちゃんの名前だけでも知りたかったけど、それなら仕方ないかなぁ……」
「う……」

連絡先なんか交換したら乙姫が僕だと善逸くんにバレてしまう。でもせっかく正直に名乗り出てくれた善逸くんにこれでは申し訳が立たない。せめて何かしてあげられることはないのか──

「あっ、あの……」
「え?」
「……名前、いいよ……」
「えっ、いいの!?」
「うん……」

僕が小さく頷くと善逸くんは飛び上がるほど喜んだ。

「やったぁ!えっ、じゃあ何て呼んだらいいかなぁ? 教えて教えて〜!」
「……早乙女」
「うんうん、名前は?」
「……悠……」
「そっそっか、悠ちゃんかぁ〜!よろしくねぇ〜!」
「うん……」

心苦しくてつい養子にもらわれる前の苗字を教えてしまった。そして名前までも。

しかし名前を言っても気付かないって相当鈍いんだな善逸くんって。もしかしたらこのまま別れるまで隠し通せるかもしれない。そうなったら二度と会わないようにしよう。

「ねぇ悠ちゃん」
「え?」
「せっかくだからさぁ、ゲームショップの前に一緒にランチなんてどう?」
「え゙っ……!」
「そのあとカラオケとか行ったりしてさぁ〜!悠ちゃんの生歌聴いてみたいなぁ〜!」
「いやぁ〜……それはぁ〜……」

なんかどんどん行き先を追加されている。
獪岳先輩に昨日お金を使われてほとんど残ってないのに色々回れるわけない。誘ってもらって悪いけどこれは断るしかないな。

「……ごめん。あんまりお金持ってなくて……」
「えぇ〜? お金のことなんて気にしなくていいよぉ〜!俺が奢っちゃうから〜!」
「そういうわけには……」
「遠慮しないで、ね? 俺、悠ちゃんと会えるのすごく楽しみにしてたんだ!だから悠ちゃんに良いところいっぱい見せたいし、俺のこともっと知って欲しいし──」
「あっ、あのっちょっと……!」

ぐいぐいと詰め寄ってくる善逸くんの目は完全に本気だった。まるで野獣のようにぎらついている。どうしても僕を誘う気でいるらしい。

そんなに強く迫られると断りにくくて困る。だけど僕が後ろに下がって逃げようとしても善逸くんは空いた距離の分だけ詰め寄ってくる。その内両手を握られて顔を寄せられた。

「お願いっ!俺と付き合って!」
「えぇ!?」
「お願いお願いお願い!一生のおねがぁい!!」
「そんなこと言われてもッ……」

僕と善逸くんは以前にも会ったことはあるけど、乙姫と光ちゃんは今日が初対面だ。そんな出会ったばかりの関係で交際を求められても困る。そもそも僕は男で善逸くんも男だ。知らないままで付き合うなんて無理がある。

「ちょっ……ちょっと待って善逸くん!」
「絶対後悔させないから!」
「聞いて!僕は男!」
「……え?」
「男!男なの!善逸くんと同じ性別!わかる?」

真実を告げた瞬間、僕の手を握りしめていた善逸くんが顔を真っ青にさせて手を離した。ふらふらと覚束ない足取りで後ろへと下がり、震える指先を僕の方へ向けた。

「え……おとこ? オトコ……男? ちんちんついてる、男……?」
「ち……ん、は……ついてるけど……」
「えっ……うそ、嘘だ。あの優しくて明るくて初心な可愛い乙姫ちゃんが……男……?」
「……ごめん」

ショックに硬直化している善逸くんに僕は消え入りそうな声で謝った。こうなるのが嫌だったから誤魔化そうとしたんだけど──誤魔化そうとしたから、余計に善逸くんを傷つけてしまった。全部僕のせいだ。

「僕のこと覚えてる? 前に善逸くんと話したことがあるんだけど……継国悠って名前、聞いたことない?」
「……!」

一応尋ねてみると、善逸くんは僕のことを覚えていたのか名前を聞いた途端にカッと目を見開かせた。

「はあ゙ああああぁぁぁーーッ!?」
「ッ!!」

突然大声を出したかと思えば善逸くんは僕の胸ぐらを掴み上げて何故か涙を流した。

「ざッけんなァァァ!!俺の純情をよくも弄びやがったなゴルァァァ!!俺はなぁ!俺は……ッ冨岡先生にしばかれた日も伊之助に理不尽に突進された日も、全部乙姫ちゃんに励ましてもらっていたからこそ耐え続けてこれたんだ!!いつか絶対乙姫ちゃんに会って二人でアハハのウフフしようと夢見て準備してきたのに!!それをお前はぁぁ!!」

破れるように大きく目を瞠った彼は何度も何度も僕の体を前後に揺らして叫んでいる。気持ちはわからなくもないけど、そんなこと言われても僕が男だという事実は変えられない。

「……ご、ごめん」
「ごめんじゃねぇんだよォォォ!!謝って済むなら警察はいらねぇんだよ!!何なのそのオチ!笑えないんだけど!? 愛しのあの子は隣のクラスの男子でしたとか意味わかんねーしクソのクソなんだよクソがァァァ!!俺のあのときめきと想い焦がしていた時間を返せェェェ!!」
「本当にごめん……」

まさかそこまで好きになってもらっていたなんて全然知らなかった。普通に良い友達同士の感覚でいたから余計に。でも僕も多少は光ちゃんに夢に近い好意を寄せていたし、善逸くんもネカマだったからこれはどっこいどっこいだと思う。

「……でも、善逸くんも男──」
「あ゙ぁん!? なに!? 男で何か文句ある!? お前も男なのに文句言う気なの!? っていうか最初から男として来た俺と違ってお前のは最初から最後まで詐欺だからな!? 調子乗んなよ!? 大体何そのおっぱい!偽乳か!? ふざけんなよマジで!!貧乳でも堂々と無い胸を張って生きてる世の女の子達に謝れ!粗末なおっぱい作ったこと今すぐ謝れェェェ!!」
「ご、ごめんなさい……」

僕は一体何について怒られているのだろう──
怒鳴り散らす善逸くんにタオルで作った僕の偽乳を何度も指で突かれた。その突く力が強すぎてちょっと体がふらつく。僕達を遠巻きに見ている周りの目が痛かった。

「はあぁぁぁ……超ショックだぁ……」
「っ、あの……ほんとに、ごめん……」

深いため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ善逸くんの背中に僕は手を伸ばした。だけど触れてもいいものか迷ってしまって結局その手は宙に浮くだけになった。

「今更何言っても言い訳に聞こえるだろうけど……悪気があって善逸くんを騙そうと思ってたわけじゃなくて、僕が男だと知られて嫌われるのが……怖かったんだ」
「…………」
「だから、あの……光ちゃんをガッカリさせたくもなかったし、誤魔化せるなら誤魔化して穏便にオフ会を終わらせようと思って……でも結局、こんな……騙すような真似になって……」

本当にごめん──僕は消え入るような声で再度謝った。こんなことになるなら最初から善逸くんのようにありのままの姿で出て行くべきだった。どっこいどっこいなんて思っていた自分が恥ずかしい。

保身のために性別を偽った僕より、実際に会いたいという純粋な気持ちだけで会いに来てくれた善逸くんの方が明らかに健全だ。僕は光ちゃんに、善逸くんに最低なことをしてしまったんだ。

「……もういいよ」
「え……」

反省しながら俯いていると、目の前で屈んでいた善逸くんがゆっくりとその場から立ち上がった。

「俺も会う前から乙姫ちゃんは絶対女の子だって勝手に思い込んで一人で夢見てたし……確認しようとしなかった俺も悪い」
「善逸くん……」
「もう二度ネットの女は信用しない。ネットの女プレイヤーはみんな女の皮被ったおっさんだと思って接する」
「あ……うん、そう……だね」

そう言った善逸くんの瞳は仄暗く沈んでいた。
どうやら僕は、彼の清らかな心に深い傷跡を残してしまったようだ。

「えっと……じゃあ……今日はもう、解散する?」
「はあ? せっかくここまで来たんだからゲームショップには行くだろ」
「えっ、行くの?」
「えっ、お前行かないのか?」
「あ……いや、だって……僕、光ちゃんと遊びに行けるなら本当はどこでも良くて……ゲームショップに行きたかったわけじゃないから、特に用はないって言うか……」
「ふぅん……」

理由を説明したら何故か善逸くんは頬をうっすらと赤く染めて顔を逸らした。何でかわからないけど照れているみたいだ。

「……じゃあ、どうせなら一緒に行くか?」
「えっ?」
「だってお前“光”と行きたかったんだろ? 実際に会って身バレした時点でネットとかリアルとか関係ないし、それってもう俺と行きたいって言ってるようなものじゃん」
「あっ……」

ネットとリアルに違いはあれど、光ちゃんは善逸くんだ。善逸くんがこうしてまた僕にゲームショップへ誘ってくれているということは、男であるリアルの僕を受け入れてくれたということになる。

「僕なんかと一緒でもいいの……?」
「お前が行きたくないなら別に……無理にとは言わねぇけど」
「ぁっ……行く!行きたい!」
「じゃあ決まりだな」

さっきまで激怒していた善逸くんはもう笑顔になっていた。辛いことがあってもあんまり引きずらないタイプなのかな。

それでも笑顔で僕なんかを誘ってくれた善逸くんはきっと根がいい人なんだと思う。そういえば以前も髪の毛の長さを見逃してくれたし、そう考えると僕はまた彼の優しさに救われたことになる。

「……ありがとう、善逸くん」
「ん? あーもういいって。ゲームショップ行くだけだし」
「うん……でも誘ってもらえたのが凄く嬉しくて……」
「なんで? 別に普通だろ」
「誰かとこうして遊びに出掛けるのは僕初めてで……」
「はっ? 嘘だろ? お前友達とかいねーの?」
「ゔ……」

導き出された答えを更に追求されて言葉を詰まらせた。そんなハッキリと訊かなくてもいいじゃないか。もうそこまで察したのならそのままそっとしておいて欲しかった。

「……僕、この通り地味で根暗だから……子供の頃から友達いなくて……」
「えっでもお前……ゲームじゃめちゃくちゃ喋ってたじゃん。みんなの不満も愚痴も聞いてくれてたし、高難易度の任務に出てくる面倒な敵も率先して撃退してくれてたし、リアルでもめちゃくちゃ明るくてリーダーシップある奴だと思ってたけど……いや、ああ……うん、何か違うな」

──見ただけで納得された……。

たしかに自分から言ったことだけどそんな哀れむような目で見ないで欲しい。余計に悲しくなってくる。

「でもまあ……ネットだと人の本性出るって言うし、アレがお前の根っこの性格だってわかって俺はかえって好感持てたよ」
「そ、うかな……」
「他のプレイヤーが別のプレイヤーの悪口言っててもお前は便乗したりしなかったし、初心者のミスも怒らないで優しく丁寧に教えてやってたし……俺は“乙姫ちゃん”のそういう優しいところに惹かれて会いたいって思ったんだから、お前もっと自分に自信持っていいと思うぞ」
「……ぁ、ありがとう……」

そんなに褒められると嬉しいけど恥ずかしい。なんだかくすぐったい気持ちになる。リアルで褒められ慣れてないからかな。ここ最近は怒られてばかりだったから余計にそう感じる。

「けどお前流石にその髪は切った方がいいな。明日また風紀のチェックがあるから冨岡先生に見つかったらヤバいぞ」
「えっ!? またやるの!?」
「ああ、休み明けは気が緩んで出てくる違反者が多くなるからって先生が言ってた」
「えぇ……」

それじゃあ結局今日中に髪を切りに行かなくちゃいけないのか。今度冨岡先生に捕まったら本当に髪の毛を切られそうだし、これはもう腹を括るしかなさそうだ。

「……ありがとう。今日帰りに切りに行くよ……」
「うん。そうした方が絶対いい。お前のはまだなんとかなるタイプだしな」

善逸くんも何か苦労した過去があるのか、彼は僕の肩を叩きながら同情の眼差しを向けてきた。なんだか今日は彼とぐっと距離が縮まった気がする。体に触れられても嫌な気持ちに全くならなかった。

──友達と呼んでも、いいのかな。

その後も気さくに話しかけてくれる善逸くんに、僕はひとりよがりな期待を寄せた。



◆◆◆



善逸くんと別れた後、僕は真っ直ぐ駅に向かって電車に乗り込んだ。帰る途中で美容室にも行かなくちゃいけないので帰りは少し遅くなりそうだ。

──そういえば獪岳先輩は大丈夫かな。何も伝えないまま残して来ちゃったけど、今日の晩ご飯とかどうしよう。

満員電車の中でマンションに置いて来た獪岳先輩と今日の晩ご飯について考える。
お惣菜を買うにしても一人分だけ買って帰ったら「気が利かねぇ」って怒られるかもしれない。それは嫌だから髪を切ったら一旦帰って二人で買い物に行こうかな。

「……?」

なんか、お尻に違和感を感じる。
ぐっぐっと押されているような、掴まれているような──

恐る恐る振り返ると、僕のお尻に誰かの手が重なっていた。手の大きさからして男の人の手だ。

誰の手なのか気になって思わず顔向けると、背の高いサラリーマン風の男の横顔が見えた。慌てて顔を逸らして俯くと、お尻に当たる手が更に大胆な手付きになってきた。

──うそ、もしかして僕、痴漢されてる?

そんなはずはない。だって僕は男だし、向こうも男の人だ。きっと手がたまたま当たっているだけなんだ。満員電車だからこれは仕方ないことだ。

「……っ」

今、明らかにお尻を揉まれた。鷲掴まれて、形が変わりそうなくらい強く揉みしだかれた。背後から男の人のため息のような声が聞こえて、背筋がゾッとして顔から血の気が引いた。

どうしよう。声を上げた方がいいのかな。でも僕男だし、万が一間違えてたら向こうに申し訳ないし、僕が恥ずかしい思いをする。周りの人に自意識過剰な男だって思われる。

でも僕のお尻の上を蠢く手は明らかに揉んでいる手付きだと思うし、僕がこのまま我慢しても相手が本当に痴漢だったら嫌がられていないと思わせてしまう。それだけは避けたい。

自分から逃げようと体を捩らせると、突然ガシッと後ろから腰を掴まれた。驚いて振り返りそうになったけど、そこはなんとか堪えて僕は更に顔を俯かせた。下を見ると、下半身に回された手が僕の股間に被さっていた。

「ひっ……」

ダメだ。これはもうアウトだ。
早く「やめて」と言わなくちゃ──そう思って口を開くもなかなか声は出なくて、そうこうしている内に下半身に回された手が股間を撫でるような手付きに変わって僕は声にならない悲鳴を上げた。

嫌だ!気持ち悪い──!

「おい!」
「!!」

静寂に包まれていた電車の中で、突如大きな声が上がった。それと同時に僕の下半身にあった違和感がなくなる。振り返ると、僕の下半身を触っていたあの男の人の手首を、誰かが掴んでいた。

「さっきから何してるんだ!」
「えっ……」

人の垣根の向こうから聞こえてくる声に顔を向けた。そこに居たのは──

「あっ……!」

──炭治郎くん……!?

怒った顔つきで男の人を睨んでいたのは、僕がずっと前からお友達になりたいと思っていた竈門炭治郎くんだった。

「な、何のことだ……!」
「惚けるな!触っているのを見たぞ!」
「ぇっ、ぇっ……」

あまりの急展開に戸惑いが隠せなくて僕が一人で慌てていると、電車が停まったのか隣の扉が開いていった。

「チッ!」
「わっ!」
「あっ!コラ!待て!」

男の人は炭治郎くんの手を振り払うと、目の前に立つ僕を押し退けて電車から飛び出して行った。炭治郎くんもすぐに飛び出して男の人の後を追っていこうとしたから、僕は更に慌てて炭治郎くんを引き止めに走った。

「待って!炭治郎くん!」
「えっ?」

駅のホームまで出てきていた炭治郎くんの腕をなんとか後ろから掴んだ。驚いた顔で振り返った炭治郎くんのピアスが大きく揺れたのが見えた。

引き止めたせいで立ち止まった炭治郎くんと見つめ合うことになって、僕は頭が爆発するんじゃないかってくらい大混乱した。

「あっ……あっあの、もう……いいから……」
「もういいって……良くないだろう!嫌がってたじゃないか!」
「や、でも……間違い、かも……しれないし……」
「間違いじゃない!君の尻が揉まれているところを俺はこの目でちゃんと見た!」
「ひぇっ……」

やめて!こんな人が集まってる場所でそんな恥ずかしいこと大声で言わないで!

「ぁっあ、あの!とにかく、大丈夫だから……!」
「一緒に駅員さんに言いに行こう!常習犯かもしれないし!」
「だっ、でっ、でも……」
「大丈夫!俺が証人になって最後まで付き合うから!」
「ひいっ!」

勇気付けようとしてくれたのか、炭治郎くんは突然僕の両腕を掴んでキラキラとした眼差しを向けて僕に訴えかけてきた。だけど僕はと言うと憧れの炭治郎くんを前にしてもう頭の中が真っ白になってしまって今にも卒倒しそうだった。

「……? 大丈夫か? 何か、顔が赤くな──」
「ごめん!!」
「えっ?」
「そしてありがとうさようなら!!」
「ちょっ……!」

僕は炭治郎くんの手を振り解いてその場から走り去った。その時だけは足の痛みさえも忘れるくらいに慌てていて、無我夢中で走り続けていたらいつの間にか全く知らない場所にまで来ていた。

「はぁ……はぁ……」

──ここ、どこだ。

降りたことのない駅で降りてしまった上に全く知らない土地を走り回って──迷子になるのは当然の話だ。

「……最悪だ……」

空を見上げるともう日が沈み始めていて、辺りは暗くなりかけていた。知らない場所でしばらく途方に暮れてから、僕は何も考えられないままのろのろとその場から歩き出した。

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