お友達から | ナノ

  大惨事


「起きろ」という声が頭の中で壊れた拡声器のようにわんわん響く。何だよもう、とか気持ち良く寝てたのに、とか寝ぼけた頭で思いながらまぶたを開けると、ボヤけた視界に人の顔が映った。

「……?」

え、誰──?
何度か目を瞬かせて、眩しいものを見るように目を細ませて見ると、次第にそのシルエットが明瞭になっていく。

しかし完全に目が冴えてはっきりと顔が見えるようになっても、僕の顔を覗き込んでいる人のことは誰だかわからなかった。要するに、知らない人だった。

男子生徒なのはわかる。短い黒髪に、凛々しい太眉。目つきは鋭く、未だ横になっている僕を上から睨んでいるようだった。
本当に誰だろうこの人。制服着てるからたぶんウチの学園の生徒だろうけど──

「いつまで寝てんだ起きろボケ」
「ッ!」

ぼうっとしてたら突然頭を叩かれた。慌てて身を起こして叩かれた箇所を押さえながらしばし呆然としていると、目の前の男子生徒は更に機嫌が悪そうな表情で腕を組んだ。

「ボサッとすんな。帰るぞ」
「えっ……えっ?」
「オラ、立て」
「えっちょ、えっ!?」

今度は腕を掴まれ引っ張り起こされた。掴まれた腕がミシミシ音を立ててそうなくらい痛い。なんて力で掴んでくるんだこの人。初対面なのに。

「えっあの、あのっ、だ、誰ですか?」
「うるせぇよ。黙ってついて来い」

何で。何でなの。意味がわかんない。何で僕誘拐みたいなことされかけてるの。それも同じ学園の生徒に。そもそも誰なんだこの人。

「いやっ、あの……でもまだ授業が……」
「あー? お前なに寝ぼけたこと言ってんだ? もう放課後だぞ」
「えっ!?」

そんなはずはない。それならもっと前に先生かクラスの誰かしら声を掛けに来てくれるはず──っは!

そうか。そうだよな。僕の存在なんかそんなもんだよな。みんななんとも思わないよな。忘れられても仕方ないよな。そう考えたらすごく納得できた。悲しくなるくらい。

「……いやでも、そうだとしても……何で見ず知らずのあなたが起こしに来たんですか……?」
「うっせぇよボケ。いいから黙ってついて来い」
「えぇ……でも……」
「うるせぇって言ってんだろ!」
「ひっ」
「ごちゃごちゃ抜かしてねぇでついて来い!」
「はっはい!すみません!」

めちゃくちゃ怒られた。もう今日は怒られてばかりな気がする。僕がこの人に何をしたって言うんだ。何故こんなに怒鳴られなくちゃならないんだ。

「いっ……!」

ベッドから降りようとしたら挫いた足首に痛みが走った。少し寝たくらいで治るものじゃないみたいだ。

「何してんだよ」
「すみません……足首を挫いてて……」
「チッ」
「ひっ」
「面倒くせぇな……」
「ぁわっ」

舌打ちしたかと思えば急に彼は僕の目の前まで寄って腕を伸ばしてきた。何をされるのかと身構えていたら伸ばされた手が僕の背中と膝裏に回されて一気に持ち上げられた。

──え?

僕いま、全くの初対面で見ず知らずの男子生徒にお姫様抱っこされてる。

「えっ……えっ!? なんっ……ですか急にこれ!」
「うるせぇ。騒ぐな。落とすぞ」
「っ、すみません……!」

いやでもコレは恥ずかしいだろう、いくらなんでも。こんな風にお姫様抱っこされたのなんか今まで一度もなかったし、それも知ってる人ならともかく全然知らない人からされてるんだからこんなの困惑するに決まってる。

男子生徒は僕を横に抱えたまま保健室から出て下駄箱の方にまで向かって行っている。僕はそこで嫌な予感がした。

「……あの、どこ行くんですか?」
「帰るんだよ」
「えっどこに……」
「お前ん家に決まってんだろ!」
「ヒィッ」

嘘でしょこの体勢のまま外出るの?
無理無理無理、恥ずかしくて死ぬ。世間の冷ややかな目に晒されながら死んじゃう。

下駄箱は放課後だから人がまあまあ集まっていて、彼に横抱きにされた僕は当然みんなの注目を買った。穴が開きそうなほど見つめられて僕はもう自分の顔を隠すことで必死になっていた。

「……すみません……下ろしてください……」
「あぁ?」
「恥ずかしくて……あの、自分で歩きます……」
「じゃあ歩け」
「ぐあっ」

自分で歩くと告げた途端床に落とされた。お尻を強く打って僕はみっともなく床の上で身悶える。なんだかデジャブを感じた。

「おい、さっさと立て。歩け」
「っ、はい……」

何でこの人にこんな命令されなくちゃいけないんだ。それで何で僕は大人しく従っているんだ。情けなくてまた涙が出そうだ。

「泣くなよウゼェから」
「ぅ……すみません……」
「行くぞ」
「はい……」

痛む足首とお尻に気を取られながらも僕は懸命にその場から立ち上がった。フラつきながらも自力で下駄箱まで向かって、座りながら靴に履き替えた。やっぱりまだ痛い。靴を履くのも一苦労だ。

「早くしろよ」
「すみません、急ぎます……」
「チッ」

また舌打ちされた。何なんだよもう。

涙を堪えてなんとか立ち上がった。まだまともに歩けていない僕の前を男子生徒が悠然と歩いている。もう僕はとにかく彼を怒らせないよう懸命に歩き続けるしかなかった。



◆◆◆



あれから僕は置いて行かれないよう必死に歩き続けて、ようやく学園に近い駅にまでなんとか辿り着けた。もう足の痛みは限界に近い。少しでもいいから座って休みたかった。

「ちょっ……ちょっと……休みたい、です」
「うるせぇ。たださえ時間かけて歩いてんだから我慢しろ」
「ひどい……!」

鬼畜にも程がある。これだけ痛がってる姿を見てなんとも思わないのか。

「何呆けてんだよ。こっちだ、ついて来い」
「えっ……でもそっちって駐車場──」

行き先を駅の駐車場方面へと変えた彼の方へ顔を向けると、その先に見覚えのある黒い車が見えた。
あれほぼ間違いなく黒死牟さんの車だ。また駅まで車で来てる。何でなの。

そこで僕はようやく思い出した。冨岡先生が足の怪我のことを保護者に連絡すると言っていたことを。

「すみません、ちょっとトイレに──」
「我慢しろ」
「無理がある!」

トイレに行くと言う人にそれはないだろう。漏らしちゃったらどうしてくれるんだ。漏らさないけど。

「何してんだ、来い」
「ちょっ、と……!」

どうやら彼は絶対僕を逃がすつもりがないらしい。困惑して立ち尽くす僕の腕を掴んで無理やり車の方にまで引っ張った。

痛みに顔を顰めながら足を引きずって車の元まで行くと、予想通り運転席に座っていた黒死牟さんが僕たちを見て掛けていたサングラスを外した。

「遅いぞ……何をしていた……」
「こいつがトロいのが悪いんだよ」
「えっそんな……」
「もういい……乗れ」
「おら、来い」
「うわっ」

またも強引に腕を引かれて今度は助手席の方にまで連れて行かれた。ドアを開けた男子生徒に乱暴な手つきで助手席へと押し込められて座らされた。常習化してきた流れにため息をつきながらシートベルトを締める。

すると後ろの方からもドアが開けられる音が聞こえて、振り返るとさっきの男子生徒が普通に後部座席に座っていた。何故君も乗ったんだ。

疑問に思いながら後ろを見ていると男子生徒と目が合ってギロリと睨まれた。僕は咄嗟に前を向いて自分のシートベルトを掴んだ。

そして発進した車の中に気まずい空気が充満し始める。誰も何も喋ろうとしない。
なので僕から黒死牟さんに声をかけることにした。

「……あの、黒死牟さん」
「……何だ」
「えっと……すみません。忙しいのにわざわざ迎えに来てもらって……」
「……足は大丈夫なのか」
「あ、はい。だいぶマシにはなりました」
「さっきまで痛いだの休みたいだのほざいてたくせに……よく言うぜ」
「う……」

そうだこの人のこと忘れてた。黒死牟さんなら知ってると思うけど、誰なんだろうこの人。

「……黒死牟さん、あの人は……?」
「……お前と同じ学園の……三年生だ」
「えっ!じゃあ……先輩、ですか?」
「おせぇーよ気付くのが」
「すみません……!」

三年生だったんだ。どうりで見たことない顔だと思った。

「あの……先輩の名前は──」
「話しかけんな」
「う……」
「……稲玉獪岳だ」
「ケッ」

答えてくれない先輩の代わりに黒死牟さんが教えてくれた。獪岳先輩って言うんだ。めちゃくちゃ態度悪い人だって覚えておこう。

「黒死牟さん、あの先輩とお知り合いなんですか?」
「事情があって……彼のことも…一応面倒を見ている」
「えっ……じゃあ、あのマンションに……?」
「いや……監視してるだけで…住居や生活には…干渉していない」
「あっ、そうなんですね……」

ってことは同じマンションには住んでいないってことか。そうだよね。もし住んでたらどこかしらで会ってるだろうし。

でも面倒を見てるってどういうことだろう。監視ってどういう意味なんだろう。保護してるとか、そんな感じなのかな。家族、には見えないし。彼も養子にしようとか思ってるのかな。

「獪岳……」
「……ンだよ」
「足が治るまでの間……付き添って面倒を見てやれ」
「はあッ!?」
「えっ!?」

突然とんでもないことを言い出した黒死牟さんに先輩も僕も驚きで大声を上げた。

「冗談じゃねぇ!何で俺がこんなボケの面倒を見てやらなくちゃならねぇんだよ!もうこれ以上面倒は引き受けねぇからな!」

ボケってそんな──そんな言い方はないだろう。態度だけじゃなく口も相当悪いなこの人。

「最近また…消費者金融に…金を借りただろう」
「っ、うるせぇな。だったら何だよ」
「闇金にも…手を出していたな」
「チッ……」
「……金利を払ってやる」
「ッマジか……!?」
「ただし面倒を見ると……誓え」
「くっ……」

何か凄い大人な会話してる。映画でしか聞いたことがないような会話だ。っていうか借金してたのかこの人。そもそも学生なのにお金借りられるのか?

「どうする……獪岳」
「っ……わぁーったよ!」
「誓うか」
「要はそいつのお守りしてやりゃいいんだろ。その代わり足が治ったらすぐに帰るからな。金利も全部払っとけよ」

僕の話なのに僕が未参加の状態でどんどん話が進められている。嫌だこんな口も態度も悪い人と同居するなんて。絶対ろくなことにならない。最悪僕から先に折れて家出すると思う。

「悠」
「はい。…………え?」

今、名前を呼ばれた。黒死牟さんに。今まで呼んだことなかったのに。
えっ、聞き間違いとかじゃないよね。

「必要な物は…獪岳に…頼んで…用意してもらうといい」
「あっ、は、はい」
「私はまだ……仕事が…残っている」

黒死牟さんはそう言うと車を停めた。窓の外を見ると、目の前には見慣れたマンションがあった。今回は地下までは入らないんだ。ということは──

「獪岳……コレを渡しておく」
「……? 何だコレ」

ぼーっと窓の外を眺めていたら、黒死牟さんがいつの間にか獪岳先輩に何か手渡していた。カードみたいな──あれは何だろう。

「このマンションは……オートロックだ。入る時は……そのカードを使え」
「フン……クレジットカードじゃねぇのか。つまんねぇな」

どこまで態度悪いんだ。ちょっと信じられないぞ。僕でもドン引きだ。

「……後は任せたぞ」
「わかってる」

車から降りようとしない黒死牟さんとは別に獪岳先輩は車から降りて来た。そしてそのまま僕が座る助手席まで寄って来ると何の声かけもなくドアを開ける。手早くシートベルトを外されたかと思えば、またお姫様抱っこをされてしまった。

「ちょっと……!」
「悠」
「へっ!? あっはい!」
「あまり無茶をするな」
「えっ……」

耳を疑うような発言の後、獪岳先輩によってバン!と強くドアが閉められた。僕が何か言う前に黒死牟さんはもう車を発進させてしまって、それもすぐに見えなくなってしまった。

「いつまで呆けてんだ」
「あっ」
「部屋の番号教えろ」
「あっ、はい!」


結局僕は獪岳先輩に横抱きにされたまま部屋にまで連れて行かれて、指紋認証機は僕の指紋を使って解除した。それを見た先輩は眉を顰めて「変なところに金掛けやがって」とぶつぶつ呟いていた。

「よし」
「うわっ」

リビングまで行くと突然ソファーの上に落とされた。一度大きく跳ねた体はもう少しで床の上に落ちてしまうところだった。

「必要最低限なこと以外で俺を呼ぶんじゃねぇぞ」
「あ、はい……」
「何か食いもんは? 冷蔵庫か?」
「あーあの、冷蔵庫は……」

キッチンへと向かった獪岳先輩の背中に声を掛けるがすでに遅かった。「何じゃこりゃ」と怒り混じりの声がリビングまで飛んできた。

「おい、ろくなもん入ってねぇじゃねぇか!何だよこの……うわ、賞味期限切れのプリンなんか置くな!」
「すみません……普段は買ってすぐ食べるタイプのものしかなくて……」
「買って残したもんを期限切れになるまで置くなって言ってんだよ!このボケ!」

大正論を言われてしまってぐうの音も出ない。反省しきりである。

「もういい!金は? あいつにクレカか何かもらってんだろ。寄越せ」
「えっ……それは、あの……」
「よ・こ・せ」
「ひぃっ!む、無理です!」
「あぁ?」

恐ろしい顔をして詰め寄って来た先輩に思わず縮み上がった。そんなこと言われても、クレジットカードなんて貴重品をそんな簡単に渡すことはできない。アレはそもそも黒死牟さんのクレジットカードだし。僕の勝手な判断では使えない。

「持ってんだろうが!何で無理なんだよ!」
「そんなの……黒死牟さんに訊いてくださいよ……!」
「ざッけんな!金がねぇと食いモンも買えねぇだろうが!カードが無理なら現生寄越せ!」
「げ、げんなま……?」
「現金のことだよボケ!」
「ひっ」

現金ならまだ──僕の財布にいくらか残っていた。

「あ、の……お財布に、入ってます……」
「どこだ」
「あの部屋に……」

自分の部屋を指差すと、先輩はすぐに踵を返して部屋の方にまで行ってしまった。棚の上に置いていたからたぶんすぐに見つかると思うけど──

「何だよ……しけてんな。これっぽっちしか入ってねぇのか」

僕の部屋から財布の中を覗き込む獪岳先輩が現れた。これっぽっちって、たしか一万円弱は入っていたと思うけど。今月の交通費用と食費用とできちんと計算して銀行から出していたはずだ。

「今から食い物買ってくるから大人しくしてろよ」
「えっ……あ、はい……」

それだけ言うと獪岳先輩は僕の財布を持ったまま部屋を出て行ってしまった。着いてから速攻で一人にされてしまった。でも全く動けないわけじゃないし、もう疲れたから今日はシャワーだけ浴びてさっさと寝ちゃおうかな。

「よっこら……しょっと」

痛む足を庇いながら立ち上がって脱衣所まで向かった。お風呂に入るのは苦労しそうだから沸かそうとは思わなかった。先輩はお風呂に入るのかシャワーで済ませるのかわからないけど、とりあえずこのままにしておこう。

そしてジャージを脱ごうとしたところで、僕はあることに気づいた。

──制服、学園に忘れて来た。あと鞄も。

「うわあぁぁぁぁぁッ!!どうしよぉぉぉッ!!」

今更戻るとかもう絶対無理だぞ。黒死牟さんがわざわざ仕事を抜け出して来てくれたのに「忘れ物しちゃいました!」なんてお茶目に言っても絶対許してもらえないぞ。殺されるぞ。どうするんだ僕。むしろどうすればいいんだ。なんにも解決策が思い浮かばない。

一人でわあわあと慌てていると、不意に部屋のインターホンが鳴った。こんな時に誰だろうと泣きそうになりながらカメラを確認しに行ったら、画面には僕のよく知ってる人が映っていて──

「不死川くん……!?」

そわそわと落ち着かない様子の不死川くんがカメラの前に立っていた。しきりに辺りの様子を伺っている。何しに来たんだろう。

「不死川くん、だよね?」
『……!』

僕はボタンを押して声をかけてみた。本人だろうけど念のため。

『その声……継国か?』
「う、うん……え、どうしたの……?」
『どうしたってお前……鞄と制服、忘れて行ってるぞ』
「あっ!」

不死川くんはカメラの死角から、僕の鞄と制服と思わしきものを差し出して見せてくれた。あれはきっと間違いなく僕のものだ。わざわざ持って来てくれたんだ。

不死川くん、なんていい人なんだ君は。感動で涙が出そうだよ。

「待ってて!今取りに行くから……ッ」
『いや、俺が行く』
「えっ、何で……」
『お前足痛めてるだろ。届けてやるから開けてくれねぇか』
「あっ、うん、わかった!今開ける!ちょっと待ってて!」

僕はすぐにエントランスへと続く扉を開けてあげた。カメラに映っている不死川くんが僕の荷物を持ったまま中に入って行くのが見えて心臓がバクバクと鳴り出した。

どうしよう。どうしよう。不死川くんが来た。僕のために、制服と鞄を持って来てくれている。どうしよう、嬉しい。なんかすごく友達っぽい。ワクワクとドキドキが止まらない。

僕いまジャージ姿だけど大丈夫かな。変に見られないかな。髪型とか崩れてないかな。元々崩れてたか。気にする必要なかった。


しばらく落ち着かない気持ちで待っていたら、ついに玄関からチャイムの音が鳴らされた。足の痛みも我慢して急いで玄関まで向かうとすぐにドアの鍵を開けた。

「ぁっ……」

目の前に、不死川くんが立っていた。

「あっ、不死川くん、あの、ありがとう。わざわざ届けてくれて……」
「お前……何で黙って帰ったんだよ」
「えっ?」

ムッとした表情になった不死川くんが、持っていた制服と鞄を僕に押し付けてきた。

「放課後になっても教室に戻ってこねぇから見に行ったらもういねーし……。普通あり得ねぇだろ、制服と鞄置いて帰るとか」
「ご、ごめん……」

ごもっともです。忘れていたのは完全に僕の責任です。謝る他ありません。

僕は制服と鞄を抱き締めながら謝った。不死川くんは後頭部を掻きながら少し気まずそうに視線を逸らした。

「……足はもう平気なのか」
「えっ」
「一人で歩いて帰ったんだろ。少しは良くなったんじゃないのか」
「あ……うん。あの……途中からは、車で……」
「車……?」
「うん……僕の、あの……保護者……」
「……ああ、なるほどな」

黒死牟さんの名前を出していいものかどうか迷って、僕は言葉を濁しながら不死川くんに説明した。不死川くんは何かを察したのか、それきり何も言おうとはしなくなった。

しばらくお互いに俯いていると、不死川くんが急に背中を向けた。

「渡すもん渡したから、帰る」
「ぁ……うん。……ありがとう」

呼び止めようにも何て声をかけていいのか分からなくて、呼び止めたところで何を話せばいのかも分からなくて、僕は結局何も言えないまま不死川くんの遠くなっていく背中を静かに見送ることしか出来なかった。


「……はあ」

ドアを閉じて、深いため息を吐く。
抱き締めていた制服と鞄を自分の部屋にまで持って行って、床の上にぶちまけた。

その足で脱衣所まで行って着てるものを脱いで浴室に入ると、頭から勢いよくシャワーを浴びた。出したばかりの冷たいシャワーはあっという間にお湯になって、僕の冷えた身体を温めてくれた。

「……今度、お礼しよう……」

僕の忘れ物を届けにわざわざここまで足を運んでくれた不死川くんのために、僕は今度何かお礼の品を贈ろうとシャワーを浴びながら考えた。



◆◆◆



シャワーを浴び終えて髪の毛もほどほどに乾かした後、僕はパジャマに着替えてすぐに部屋に戻った。身体が鉛のように重くて眠たくて、部屋に入ると倒れ込むようにしてベッドに横になった。

このふかふかの高級ベッドは黒死牟さんが買ったもので、僕が選んだものではない。だから色ものっぺりとした黒色であんまり好みではないけど、自分のお金で買ったものではないのだから文句は言わない。今はただ、この高級ベッドに甘えて深い眠りにつくだけだ。



──どれくらい、眠っていたのか。

「……ん」

不意に、肌の上に何かが這う変な感触を感じて僕は目を覚ました。なんだろうと思いながら顔を傾けると、暗闇の中で──誰かが僕のベッドに座っていた。

「ッ……!!」
「おっと、暴れんなよ」

声を上げようとした途端、口元を手で覆われ塞がれた。体を起こそうとすれば上から押さえつけられ身動きが取れなくなる。

一体誰が僕の上に乗っているんだ!

「そんな怖い顔すんなよ……お前初めてか?」
「……ッ!」

なんとか顔を上に向けて、ようやく僕は上に乗っかっている人物の顔を確認できた。

「んん……っ!?」

そこに居たのは、出掛けたはずの獪岳先輩──僕が眠っている間に帰って来ていたんだ。でもどうやって部屋に入ったんだろう。

そうだ、カードがあった。忘れてた。
でもどうしてこんな真似をするんだ。意味がわからない。何をするつもりなんだ。

「お前みたいなガキ、別になんとも思っちゃいねぇけど……酒飲んだらちょっとヤりたくなった」
「ん゙ーッ!」
「ちゃんとゴムしてやるからじっとしてろ」
「んんんーっ!!」

体をいくら捩っても、先輩の手が僕のパジャマのボタンを一つずつ外していく。やがて全てのボタンが外されて、僕は肩を掴まれて体を強引に仰向けにされた。晒された僕の胸を獪岳先輩がじっと見下ろしている。

「チッ……ド貧乳かよ。つまんねぇ……まな板じゃねぇか」
「んんっ……!?」
「つーか下になんも着けてねーんだな……。ま、そんな貧相な胸じゃブラ着けたところで意味ないだろうけどよ」
「んーっ!んんー!!」

この人──絶対僕のこと女の子と勘違いしてる!

「んっ!んん!!んんーっ!」
「暴れんな……痛い思いしたくねぇだろ。ちゃんと指で慣らしてやるからじっとし……ん?」
「んぐぅ!!」

獪岳先輩の手が胸元から下に滑り降りて下半身に伸びると、僕の股間に手を置いて突然顔を顰めさせた。ぐっぐっと何度か確かめるように揉まれて、僕はもう涙目で脚をバタつかせながら大暴れした。

「……お前、これ……」
「ん゙んーッ!!んんん!!んぅーっ!」
「ちんこついてんじゃねぇか!!」
「うわあ゙ああああーーッ!!」

ズルッと両手で勢いよく下着ごとズボンを引き摺り下ろされて、誰にも見せたことのない僕の大事な部分を晒されてしまった。暗闇の中だとは言え全く見ないわけがない。僕は大声をだしてズボンを引っ掴んだ。

「何すんですかぁぁぁッ!!」
「ふざけんなボケッ!!クソがっ!あ゙ーマジ萎えた!汚ねぇもん見せやがって……ッこのクソボケが!!」
「ひっひどい……!襲ってきたのは先輩からなのにぃ!うぅ〜……っ!」
「泣くなウゼェな!!チッ……マジクソだな……!お前この事誰かにゲロったらぶっ殺すからな!!」
「ヒィッ!!」

何で僕が怒鳴られなくちゃならないんだ。被害者は明らかに僕なのに。むしろ怒鳴るのは僕の方なのに。

酷い辱めを受けた。もうお婿に行けない。そもそも何でこんな僕を女の子と間違えたんだ先輩は。目が節穴なのか。

「何で僕のこと女の子って勘違いしたんですかぁ……!」
「うるせぇよ!泣き顔こっち向けんな!チビで細ぇし髪も長ぇし……ずっとビクビクしてる上に女子用のジャージ着てたら誰だって女と間違うだろうが!!どう考えてもお前のせいなんだよ!!」
「えぇ!何で僕のせい──」
「お前のせいだ!!わかったか!!」
「ヒィッ!すみません僕のせいですごめんなさい!!」


その後、「胸糞が悪い」と言って獪岳先輩は怒ったまま僕の部屋を出て行った。乱暴に閉められたドアを僕は涙目で見つめてしばらくショックに震えていた。

今度絶対髪切ろう──僕は晒されたままの胸を両手で隠しながら思った。

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