お友達から | ナノ

  養父と養子


「酷い目にあった……」

今日起きた悲惨な出来事を思い出しながら、僕はカードキーを使って自宅マンションのエントランスへと入った。

そのまま奥にあるエレベーターを使って最上階まで上がると、出たところに品の良い廊下がボウリング・レーンみたいにまっすぐ続いているのが見えた。何度見てもホテルのような絢爛さだ。でもその人気のない廊下は僕にはホテルよりも監獄らしい感じを与えるものだった。

──どうせ帰ったって誰もいないし。

とぼとぼと部屋にまで向かうと、頑丈そうなドアの前に立って指紋認証機に指をかざす。一発ですぐに開いたドアを開けて中に入ると、後ろでしまったドアの鍵が自動で掛かった。

スニーカー以外何もない玄関で靴を脱いで家に上がると、愛想のない実務的でこざっぱりとしたリビングまで向かった。黒で統一された家具はどこかのっぺりとしていて重たい印象を与える。僕はその中の真っ黒な革製ソファーに横たわって鞄を床に放り投げた。

「疲れた……」

結局餡パンも食べられなかったし。不死川先生にはガミガミ叱られるし。おまけに唯一話せていた不死川くんに嫌われてしまった。元々あまり仲が良かったわけでもないけど結構ショックだ。

家でも一人。学園でも一人。僕はもう完全にぼっちだ。

──だけどまだ、まだ救いはある。

僕はソファーの上で仰向けに転がると、スマートフォンを手にオンランゲームのアプリを起動させた。『不滅の刃』という今中高生で流行ってるネットゲームだ。僕はそのネトゲにハマっている。

僕の扱うプレイヤーはクノイチキャラの『乙姫』ちゃんだ。レベルはかなり上がっていて、高難易度任務もソロで余裕で達成することができる。

何故女の子キャラにしたかと言うと、その方が自分を投影させにくくできるから。リアルでは根暗だけど、ネットの中でなら明るくいられる。だからこのゲームの中だけなら友達はたくさんいたりするんだ。

『乙姫参上〜』
『おー!』
『乙姫殿だー』
『乙姫ちゃんおつー!』
『どもー』
『イベント手伝ってください〜』
『いいよー!』
『あっ、じゃあ私も参加したいです』
『了解〜。任務誘うの私からの方がいい?』
『お願いします』
『はーい、ちょっとお待ちを……』

メッセンジャーの立ち上がっているサブ画面を消して、メイン画面を前に出した。画面の中の他のクノイチが動き出し、その後から露出度の高い武士の女の子がついていく。手が震えていた。たかだかネトゲだろバカすぎるだろ僕と思うが死ぬほど緊張した。

このネトゲで一緒に組んで任務をやってるボンキュッボンな金髪クノイチの光ちゃんはネッ友で、リアルの顔なんか知らないしどんな相手なのかも知らないのに、イベントにかこつけたネタアイテム作って売り出そうよって言い出したのをいいことに、失敗作としか見えない微妙なアイテム作ってはよく遊んでいた。

息を大きく吐いてソファーから起き上がった。ネッ友相手に動悸が止まらないとか本当末期だ。リアルでは絶対こんな風には話せない。光ちゃんもきっと僕みたいな根暗キモオタクは嫌いだろう。癖毛もひどいし、地味眼鏡だし、背も低いし、声も小さいし、良いところなしだ。こんな僕は誰からも相手にされない。

でも想像してみて、想像上の僕が告白して光ちゃんが「私もあなたの事」とか言い出したらと思うとその場に転がった。やばい。考え方がもうキモい。

でも構わない。そんなこと言われたら嬉死ぬ。もう死ぬ。自分はネトゲ廃人にはならない自信があったけど、その代わり違う廃人になったようだ。おお、乙姫よ、しんでしまうとはなさけない。

あーもう本当になんで僕はこんな地味なんだ。別に派手になりたいわけじゃないけど。ていうか、僕はフツメンでもイケメンでもないですから。ネカマだって時点でないから。

実は男でしたーとかそういうサプライズやったら確実に死にますから。画面上で揺れてるおっぱいは二次元だから。三次元で揺れるのは股間だけだから。死にたい。

僕女の子に生まれればよかった。そしたら振られるにしても何にしてもせめて堂々と恋ができた。本当に僕の人生後悔してばかりな気がする。

『あーそうだ、今度ヒマ?』
『今月はけっこうヒマだから夜は多分毎日行けるよ』
『夜じゃなくて』
『昼間やるほど廃人じゃないよ〜』
『じゃなくて、今度前言ってたお店いかない? 商店街のゲームショップ。オフやろうよ』
『イベントのお礼に茶奢ってあげるから』
『えっ!お金ないよ』
『ダメダメダメ』
『いやそもそもネトゲのイベントでお礼とか何それこわい状態』
『そんな警戒しなくてもいいじゃん〜』
『あと私すごくブスだから普通に顔見られたくない』
『で、いつヒマ』
『えーと』
『ちょっとあとで』
『明日送るから』
『おk』
『じゃあとりあえず落ちる』
『乙』

な、何この展開。イベントのお礼とか何。駄目だ無理。物考えられない。どうしよう無理。

スマホを持ったままゴロゴロとソファーの上で身悶えていると、突然玄関の方から鍵の開けられる音が聞こえた。そして玄関のドアが開けられる音も。

「えっ…うわっ!」

僕は驚きのあまりソファーの上から転がり落ちてしまって見事に後頭部を床に打ちつけた。痛む後頭部を押さえながら床の上で蹲っていると、音が聞こえた玄関の方から足音が近づいてきた。

「……何をしている」
「おっ、あっ……お、おかえり、なさい……」

静かな低音の品位ある声が上から聞こえた。頭を押さえながら顔を上げると、ソファーの後ろ側にスーツ姿の黒死牟さんがいた。床の上に蹲っている僕を黒いサングラス越しから見下ろしている。

彼の本名は継国巌勝と言って、黒死牟という名前はビジネスネームらしい。

こう見えて一応僕の養父だ。小学校の頃に僕は彼の養子としてこのマンションに連れて来られた。だけどそれ以来ほとんど干渉がなくて、会うことも一ヶ月かに一回くらいだった。それも生活や体調に問題がないか確認に訪れるだけで、話したことなんかほとんどないから何一つ覚えていない。いつもどこにいるのかすら教えてもらえなかった。もはや他人に近い存在だ。

「すみません……ちょっと、友達と……」
「……学園の友人か」
「あっはい。……あの、体調とかは別に問題ないです。生活費も、余るくらい足りてますし……」
「……十分以内に出掛ける」
「えっ」
「準備を済ませろ」

高そうな腕時計を見下ろしながら黒死牟さんは淡々と言った。そんないきなり準備しろって言われても、どこかに行く予定でもあるのか。

僕はまだ制服姿で着替えてすらいない。だって黒死牟さんは帰ってくることを事前に伝えたりはしないから何もかもが急な話になる。
じっと腕時計を見つめ続ける黒死牟さんに僕は慌てて自分の部屋にまで走った。

「……まだか」
「まっ、待ってください!今着替えますから!」
「その格好でも構わない……」
「僕が構うんです!身なりくらい整えないと……!」

制服姿で今の黒死牟さんと並ぶと明らかに怪しく見られてしまう。バリバリのエリートビジネスマンっぽい彼がこんな地味で冴えない子供と一緒だなんてどう考えても変だろう。

ただでさえ僕はこの自分に不釣り合いな裕福過ぎる生活が苦手なのに。常にキッチリとしている彼と並ぶなんて自分がゴミカスに見えてしまう。自分で表しといて泣きたくなってくる。

「……遅い」
「えっそんな掛かってます!?」
「二分経った……」
「二分!? そんだけで遅いんですか!?」

根っからのエリート気質だ。彼は政治家の秘書を務めているらしいけど、時間に厳しいのはそのせいもあるかもしれない。
僕はもうとにかく急いで、なるべくフォーマルな服装に着替えて彼の前にまで出た。

「す、すみません!遅くなりました!」
「……行くぞ」
「えっどこに?」

ネクタイを結びながら現れた僕を一瞥して、黒死牟さんは踵を返すと玄関まで歩き出した。僕もその後を慌てて追いかける。

「あの、どこに行くんですか?」
「……外食だ」
「えっ!? 外、食……?」

そんなところ今まで一度も行ったことがない。テレビとかアニメとかでたまにファミレスとか見るけどあんな感じに近い場所なのかな。でも何でいきなり外食しに行こうと考えたのか。

疑問が頭の中をぐるぐると回っていて、かと言って聞き出そうにも黒死牟さんが怖くてなかなか声を掛けられなくて、僕は結局何も言えないまま彼の後を追ってマンションの地下駐車場にまで来てしまった。

普段なら入ることもない地下駐車場は空気がひんやりしていて、明かりが灯っていてもなんだか雰囲気的に薄暗い印象を与えた。

「乗れ」
「えっ」

しばらく進んでいたら黒死牟さんが突然黒い車の前で立ち止まった。彼が運転席のドア付近に寄っただけで何故か車の鍵が開く音が聞こえた。めちゃくちゃハイテクだ。やばい、凄くカッコいい。

「この車……もしかして黒死牟さんのですか?」
「ああ」
「うわ、カッコいー……」
「……早く乗れ」
「あっはい!すみません……!」

惚れ惚れしてたら急かされた。慌てて助手席の方のドアを開けて僕は恐る恐る中に乗り込んだ。

座り心地も最高とか半端ない。ふかふかだ。革製シートの手触りもいい。ここに住みたいくらいだ。

あ、でも──この車の中、黒死牟さんの匂いが凄く濃い。マンションの部屋の中はもうそんな匂いもほとんどしなくなってたけど、この車は彼も普段から使ってるだろうから匂いが染み付いている。ほんの少し、大人の香りがした。

「……シートベルトを締めろ」
「あっすみません!」

運転席に座った黒死牟さんがこちらに見向きもせずに指摘した。ぼーっとしていてすっかり忘れてた。さっきから慌ててばかりだ。

僕がシートベルトを締めたのと同時に車は発進した。タイヤがコンクリートに擦れる音が地下に響く。やがて車は警備員がいる出入り口を過ぎて、夜の街中へと繰り出した。



◆◆◆



車の中でも終始無言だった。
いや、黒死牟さんだし全然会話には期待してなかったけど。窓の外をぼんやり眺めていたらいつの間にか目的地らしき場所に到着していた。

「降りろ」
「はい!」

言われた通りに助手席から降りると、目の前には大きなホテルのようなビルがあって──僕は高い高いてっぺんを見上げながら口をあんぐりと開けていた。

「……何をしている。来い」
「へっ、はっはい!」

呼ばれたのですぐに正気を取り戻して黒死牟さんの元まで駆け付けた。黒死牟さんは車の鍵を寄ってきた男の人に渡してそのままビルの方へ向かって行った。

あの人は黒死牟さんの知り合いなのかな。大事な車の鍵を渡してもいいのかな。チラチラと後ろを振り返りながらも僕は彼の後を追いかけた。

「うっ!」

その時、前をよく見て歩いていなかったから何かにぶつかってしまった。転びそうになりながら前を向いたら、目の前には無表情でこっちを向いている黒死牟さんがいた。

「っあ、すみません!」
「……こっちに」
「え?」
「いいから……来い」
「わっ」

今度は腕を掴まれ引き寄せられた。僕よりうんと背の高い黒死牟さんが目の前に立つと僕はどうしても上を見上げなければならない。黒死牟さんも背の低い僕をじっと見下ろして、その両手を僕の首元まで伸ばした。

「えっあの……!」
「ネクタイが曲がっている……」
「あっ……」
「恥を晒すな……」
「……すみません……」

恥ずかしさと申し訳なさで顔が熱くなった。見上げていた顔を咄嗟に俯かせて小さく謝る。黒死牟さんは何も答えず、手早く慣れた手付きで僕のネクタイを結び直してから手を離してくれた。

「……よし。行くぞ」
「はい……」

居た堪れない気持ちで前を歩く黒死牟さんの後をついていく。

そして俯きながら進んだ先には、豪華絢爛な広いロビーがあった。やっぱりホテルじゃないのかと思いながら辺りを見渡していたら、前を歩いていた黒死牟さんから「キョロキョロするな」と叱られた。反省してまた俯く。

しばらく歩いてから、黒死牟さんと二人でエレベーターに乗るとなかなか高い階層でエレベーターが止まった。黒死牟さんはそのまま止まった階に降りたので、僕も黙って後をついて行くと今度はレストランのような会場に辿り着いた。

えっ? 外食って、もしかしてここの事なの? この高級感溢れる煌びやかなレストランの事なの?

テーブル席を占めていた客の大半が、仕立てのいいスーツやブランドもののドレスをまとった、スノッブな感じのする大人たちばかりだった。僕には遠い世界の人たちだ。眩し過ぎる。無理だ、詰んだ。もう死にたい。

「黒死牟さまですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「……行くぞ」
「えぅっ……はい……」

すっごくスマートでイケメンなウェイターっぽい人に案内されて、僕と黒死牟さんは大きな窓際の席まで連れて行かれた。窓から見える夜景が凄く綺麗で、僕は席に着くより早く窓にへばりついた。

「凄い!夜景だ!綺麗!」
「…………」
「…………」
「……っぁ、すみません……」

無言で見つめてくるウェイターさんと黒死牟さんに、僕はようやく己の恥ずかしい行為に気付いて身を縮めながら席に着いた。すると気を取り直したようにウェイターさんがメニュー表を渡してくる。受け取った僕は重要な契約書を読むときのような鋭い目つきで、メニューに書かれている内容を隅々まで二回ずつ読んだ。

うん、なるほど、わからん。

「……決まったか」
「……わかりません……」
「……ならコースにするぞ」
「はい……」

情けなくて消えてしまいたい気持ちで僕は小さく頷いた。黒死牟さんはメニュー表を返しながらウェイターさんに料理の注文をした。なんでも卒なくこなしちゃうんだなぁ、黒死牟さんは。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの」
「……何だ」
「あの、えっと……何で、急に、外食をしようと……?」

言葉の一つ一つを噛み砕きながら丁寧に尋ねると、黒死牟さんはワイングラスに注がれたお水を眺めながら口を噤ませた。

「……お前に、聞いておくことがあったから……」

何か喋ってよ、と思ったのと同時に黒死牟さんは語り出した。

「学園のこと……友人のこと……普段の生活のこと……何でもいい。……思いつく限りのことを話せ」
「えっ……そんな急に、言われても……」

学園のことなんか、いつもぼっちですとか、友達だって今日唯一話せていた幼馴染みに嫌われましたとかしか話すことないし、そもそも普段の生活なんて何の代わり映えのないつまらない毎日だったし──

今更この人に話すことなんか、何もない。

「…………」
「……何もないのか」
「……ネットゲームに、ハマってます」
「ネットゲーム……?」
「はい、あの……スマホのゲームアプリで……今流行ってるゲームなんです。不滅の刃って言うんですけど……」
「くだらない……」
「えっ」
「そんなことが聞きたいわけではない」

──何でもいいって、言ったじゃないか。

無意識のうちに、膝の上に乗せていた手が拳を握っていた。顔は俯かせていたけど、油断すると泣いてしまいそうになる。何が悲しくてこんな他人みたいな人と中身のない会話を無理矢理させられなくちゃいけないんだ。

どうせ明日には居なくなってるくせに。仕事ばっかで今まで僕の誕生日すら祝ってくれたことなかったのに。たまに会えたと思えばこんなのばっかり。もう、うんざりだ。

「…………たい……す……」
「……なんだ。聞こえん」
「……帰りたい、です……」
「…………」

僕のワクワク感を返せ。初めての外食でドキドキしていたあの時の僕の純粋な気持ちを返せ。せっかく少しは話せると思ったのに。もうこの人のことがわからない。疲れた。もう帰りたい。

「……店が気に入らないのか」
「違います……」
「では和食が良かったのか」
「違います……」
「……中華が食べたかったのか?」
「違います!この際料理の種類なんか和洋中どうでもいいんですよ!あなたがッ……あなたが、くだらないとか、言うから……っ!」

大きな声で叫び過ぎて周りのお客さん達がざわざわとし始めた。こんなに注目を浴びてしまうのは僕だって嫌だけど、今はなによりも、この人と話していることが嫌だ。虚しくなるだけだ。

「……ごめんなさい。大きな声出して……」
「……………」
「今日ちょっと……疲れてて、早く休みたくて、つい……」
「……帰るか」
「えっ」

驚いて顔を上げたら黒死牟さんはもう既に席を立っていた。そのまま彼は受付カウンターの方にまで向かって行って、ウェイターさんと何かを話し始めた。僕は急いで席を立って彼の元まで駆け付けた。

「待ってください!あの、違うんです!すみません!帰りたいとか言ったのは本当は疲れてただけで、別に嫌とかじゃなくて──」
「疲れているのなら無理に誘わなかった。……体調に問題がないとお前が言っていたから……あの言葉を鵜呑みにした私も悪い」
「えぇっ!じゃあ余計に僕が悪いじゃないですか!問題ないとか最初に言ったのに!」
「もう良い……支払いは済ませた。……帰るぞ」
「そんな……」

僕の中で罪悪感という重荷がどんどん積み上がっていく。最後までスマートに支払いを済ませてしまった黒死牟さんは、呆然としている僕の腕を引いてビルの外にまで連れ出した。



◆◆◆


結局、あれから黒死牟さんにマンションまで送られて僕と彼は食事も何もない部屋の中で気まずい空気のまま過ごす羽目になった。

黒死牟さんはスーツの上着を脱いだだけの姿で黒い革製のソファーに座っている。テレビもつけずにじっとしている彼は今どこを見ているのかわからない。僕はとりあえずコーヒーだけ出そうと思ってキッチンまで向かった。むしろ何かしていないと気まずくて仕方なかった。

「……あの、黒死牟さんもコーヒー飲みますか?」
「……その呼び方……」
「えっ?」
「どうにかならないのか……」
「えっ……呼び方?」

呼び方って、黒死牟さん、のことを言ってるのだろうか。どうにかならないかなんていきなり言われても、今までずっとそう呼んできたしそれが当たり前みたいな感じになってるから今更そんな急に変えるなんて難しいよ。

「えーっと……たとえば?」
「……私は……お前の養父だ」
「あ……はい。そうですね……」
「……仮にも父親だ……。もっと……それらしく呼べないのか」
「父親……はぁ、父親……」

黒死牟さんを父親として意識したことなんてあまりないような気がする。貰われた時もあんまり交流がないままでずっと放置されてたし、授業参観に来た試しだって一度もない。そもそも学校行事に来たことが今まで一度もなかった。そんな人をこれから父親と呼ばないといけないのか?

「……ちょっと、まだ……実感というか……違和感が拭えなくて……」
「……認められないか」
「いえっ!そういう意味で言ったわけじゃ──」
「ならお前の好きなように呼べばいい」
「へっ、はい!……えっ?」

黒死牟さんはそのままソファーから腰を上げると黙って玄関の方にまで向かった。傷付けてしまったのかもしれない──僕は慌てて彼の後を追った。

「あのっ……待って!こくし、ぁっ……ッパパ!」
「!!」
「あっ……」

どう呼べばいいのかわからなくなって、咄嗟にとんでもない呼び方が出てしまった。いくらなんでもパパはないだろう、パパは。

黒死牟さんは珍しく驚いた表情をして僕の方に振り返った。僕は顔に熱が集まるのを自覚しながらぎこちなく笑顔を浮かべて見せた。

「えっと……すみません。咄嗟に出ちゃって……嫌ですよね、もっと別の考えときます……」
「……いや」
「え?」
「……それでいい」
「えっ?」
「腹が減ったらデリバリーでも頼むといい。……金は好きに使え」

黒死牟さんはぽつりとそう言い残すと今度こそ僕に背を向けて玄関から出て行った。

静まり返った部屋にはオートロックのかかる音だけが響いた。

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