お友達から | ナノ

  お昼ご飯


僕、キメツ学園一年かぼす組の継国悠は、同じ学年で筍組の竈門炭治郎くんとお友達になりたいと常々思ってる。

炭治郎くんは竈門ベーカリーというパン屋さんで朝早くからパンを焼いているそうで、僕はそこの餡パンが大好きだ。なので毎朝学園へ行く前にそのパン屋さんに寄ってよく餡パンを購入するんだけど、未だ炭治郎くんと話せた試しがない。

と言うのも、僕は昔から自分でも気にしているくらい根暗な性格で、自分から気になっている人に声をかけに行く勇気がないのだ。それが原因で小中高はクラスでもぼっちなことが多かったのだけれど、こんな僕にも一人だけ話しかけてくれる人がいる。

それが、同じクラスの不死川玄弥くん。
不死川くんは数学の不死川実弥先生の弟で、小学校から一緒にいる幼馴染みだ。幼馴染みと言っても、単に小中高が一緒だったってだけでそんなに仲が良いわけじゃない。むしろ中学に上がってからは睨まれることが多くなった気がする。彼はもしかしたら根暗な僕のことを疎ましく思っているのかもしれない。

でも不死川くんは係活動や学校行事では僕とペアになることが多いから、そのせいもあってか話す頻度はまあまあ高い。用件があればきちんと普通に話しかけてきてくれるから、その辺は助かっている。

不死川くんはよく顔とか言動とかで周りの人から怖い人だって勘違いされがちだけど、本当は家族思いのいい人だ。僕が不死川くんと知り合うきっかけになったのも彼の家族が絡んでいる。

あれは僕が小学生になって間もなくして、下校途中に迷子の男の子を見つけたのが全ての始まりだ。泣きながらお兄ちゃんを探している男の子を必死にあやしながら、なんとか男の子の自宅にまで送り届けたんだ。

その時、男の子を玄関で出迎えてくれたのが不死川実弥先生だ。不死川先生は子供だった当時からすっごく怖い顔をしていたから、最初見た時はおしっこ漏らしそうなくらいビビったけど、実際は不死川くんと一緒ですごく家族思いないい人だった。

どうやら僕が見つけた迷子は不死川先生の弟だったらしく、弟の不死川玄弥くんと一緒におつかいに行かせていたらしい。血相を変えて戻って来た不死川くんに不死川先生がゲンコツを食らわせていたから、たぶんあの頃から不死川くんはお兄さんに敵わなかったんじゃないかと思う。

そういうことがあってから、僕と不死川くんは学校で会うとたまに話すことが増えてきた。でも特に何か用でもない限りは話しかけてはもらえなくて、友達というよりはただのクラスメイトと言った方が表現が近いと思う。

結局、キメツ学園の高等部に入ってからも不死川くんと僕はそんな関係が続いている。たぶん、今僕が一番話しかけやすい人は不死川くんじゃないかと思っている。僕と話していても嫌な顔は見せないし、少し素っ気ないけどちゃんと返事はしてくれるから。

でも、最近はなんだか避けられているような気がしてる。話しかければ答えてくれるけど、話しかける前に逃げられたら話しかけようがない。だから僕は最近またぼっちになりかけている。

いや、元々ぼっち体質だからこうなるのは仕方ないことなんだけど、せめてもう少し長く話せるクラスメイトが一人欲しかった。高等部に上がってからはみんなそれぞれ仲良しのグループを作っちゃっているし、僕はもう完全に出遅れてしまっている状態だ。

今更あの輪の中に入っていけるほど僕は勇気のある男じゃない。今日も一人で朝に買った餡パンを携えて男子トイレに向かうのだ。


「……ん? おい、悠!」
「ひゃい!」

餡パンが入った袋を抱えて教室を出ると後ろから大声で呼びかけられた。驚いて肩が跳ね上がり、裏返った声で返事をしながら急いで背後を振り返った。

「あっ……」

不死川先生だ。
なんか肩に担いでる不死川先生がこっちに来て──でっか!何あれ!えっ、三角定規!? でっか!!不死川先生の等身大レベルくらいある!

「玄弥見なかったかァ?」
「ひっは、はい!見てません!」
「チッ……そうかァ。悪かったなァ、急に呼び止めて」
「いえ……!」

舌打ちした。今絶対舌打ちした。どうしたんだろう、不死川くん先生に何か怒らせるようなことでもしちゃったのかな。そうでなくても不死川先生はいつもこんな感じで怒ってるみたいな顔してるけど。

「ん……お前今から飯かァ?」
「あっ、はい!」
「ちょっと見せてみろ」
「えっあ!」

凄まじい速さで不死川先生は僕が抱きかかえていた餡パンの入った袋を奪い取った。何故見せなくてはいけないのか──疑問に思うのと同時に取り返そうと手を伸ばすが、僕なんかが不死川先生に敵うわけがないのでせっかく伸ばした手も行き先を失って宙で彷徨わせるだけになった。

不死川先生は僕から取り上げた袋の中身を開けて上から覗き込むと、突然その目をギロリと僕の方へ向けた。思わず悲鳴が漏れてしまった。

「おい悠……何だこれはァ」
「あっぁっ……あっ……パン、です……」
「あ゙ァ?」
「ひいっ!餡パンですごめんなさい!」
「育ち盛りがこれっぽっちで昼飯済まそうとすんじゃねェ!」
「ごめんなさぁい!!」

何かよくわからない理由で怒られた。普段から怒鳴ってばかりなのに、こんなところで僕なんかに怒鳴って不死川先生は疲れないのか。というか早く餡パン返して欲しい。

「ったく!おい悠!」
「はいっ!」
「お前金は持ってんのかァ?」
「持ってません……すみません」
「チッ……ちょっと待ってろォ」
「へぁ……い」

怒りは収めてくれたようだけどまだちょっとイライラした様子の不死川先生は突然その場から離れてしまった。僕の餡パンを持ったまま。

えっ、何で。何で何で。何で僕の餡パン持ってっちゃうの。えっ、返して? 返して下さいよ先生。

何で餡パン没収されなくちゃいけないんだ。僕が早起きしてゲットした特別な餡パンなのに。炭治郎くんの手作り餡パンなのに。一体僕が何をしたと言うんだ。待ってろって言われたけどいつまで待ってればいいんだ。

終わった。購買部だってもう絶対食べるもの売り切れてる。まさか先生に食べ物カツアゲされるなんて。予想できるわけないだろう。どうしよう。絶対午後の授業お腹空く。授業中お腹が鳴ったらどうしよう。めちゃくちゃ恥ずかしい奴じゃん。僕の印象に根暗と別に食いしん坊がプラスされちゃうじゃん。最悪過ぎる。僕の高校生活終わった。

「継国」
「へっ?」

この世に絶望していたらまた呼び掛けられた。それも、さっきとは別の声。

「不死川くん……?」

顔を向けたら、少し離れた位置に不死川くんが立っていた。何故彼がここに居るのか疑問を感じたけど、お弁当箱っぽいものを片手に持っているのでおそらくこれからお昼ご飯なのだろうと思う。

ああ、僕が邪魔なのか。そっか、廊下のど真ん中で絶望してる奴は普通邪魔だもんな。呼び掛けられるまで気が付かなかった。

「ご、ごめん……」
「……? 何してんだ?」
「え?」

邪魔なのかと思って廊下の端っこに寄ったら不死川くんは怪訝な顔で首を傾げた。その反応に僕が困惑してると不死川くんは「行くぞ」と言って今度は僕の制服を掴んで引っ張りだした。

「えっえっ!なに、なんで?」
「何って……飯食うんだろ」

意味がわからなくて後ろから問いかけたら、不死川くんは僕の前を歩きながら答えてくれた。でもやっぱり意味がわからない。

「えっ何で? だって、えっ……ちょっと、ちょっと待って、僕お昼ご飯今持ってない……」
「知ってる。兄貴が取り上げたんだろ」
「えっ、うん……」
「お前と飯分けて食えって兄貴から言われた」
「えっ!?」
「ほらこれ、お前の分の弁当」
「何で!?」

不死川くんは冷静な様子で僕に持っていた弁当を押し付けた。押し付けられた僕は突然のことに動揺してしまって危うくお弁当を落としそうになりながらもなんとか腕に抱えた。

「えっ待って!だってこのお弁当……不死川くんの分は?」
「俺はもう食った」
「えっ!?」
「二個あったから、俺の弁当。もう一個食べようとしたところで兄貴に見つかってお前と食えって言われた」
「えっ……じゃあ、いらない……」
「おい!返そうとすんな!」

だって申し訳ないじゃないか。そんな、食べるつもりだったお弁当をもらうなんて。そもそも僕はあの餡パンが良かったのに。アレで充分満足できたのに。足りないとかそんなこと一切ないのにどうして取り上げられなくちゃいけなかったんだ。

「あの……お弁当は、申し訳ないし……不死川くんが食べた方がいいと思う」
「はあ?」
「あっごめ……いや、だから……えっと、僕は……あの餡パンが……良くて……」
「……ウチのお袋が作った飯は食えねぇってのか?」
「いやっ!そんなことはないけど!」
「なら遠慮しねぇで食えよ」
「はい……」

ずるいよ。そんなこと言われたら断れないじゃないか。

拒否することも出来なくなって大人しくなった僕を不死川くんはぐんぐんと引っ張っていく。どこに連れて行かれるのかと思っていたら、段々と周りに人の数が増えてきて──

「……えっ」

最終的に連れて来られたのは、高等部の生徒が多く集まる食堂の中だった。

「えっ……」
「お前何か飲み物あるのか?」
「えっ帰ろう?」
「何でもう帰る気なんだよ!」
「だってめちゃくちゃ人が多い……」
「食堂なんだから当たり前だろ!」
「無理。怖い。死んじゃう」
「何でだよ!」
「だって僕……人に見られながら食事するのすごく苦手で……」
「はあ? 何だそれ? 誰もお前なんか見てねーよ。自意識過剰なんだよ」
「うっ……」

そりゃ、そうだろうけど。でも、ちらりと視界に入るかもしれないじゃないか。それだけでも僕は緊張しちゃって食事が喉を通らないんだ。だからいつも男子トイレで一人で黙々と食べているのに。

「お前どっか空いてる席見つけて座って食べてろ」
「えっ」
「その間に俺が何か飲み物買って来てやるから」
「えっやめて!怖い!」
「だから何でそう怖がるんだよ!」
「だって僕今お金持ってない……!借金怖い!」
「借金って……大袈裟なんだよてめぇは!そんくらい奢ってやるから一々怖がんな!」
「ひいっ」

すごい形相で怒鳴られて、怖がるなって言われてもつい反射的に怖がってしまった。不死川くんはそのまま僕を置いて購買部の方にまで行ってしまうし、これから僕にどうしろと言うのだ。

席を見つけて座ってろって言われたけど──

「……絶妙に埋まってる……」

ぽつぽつと空いている席を残して、どのテーブルも人で埋まってしまっている。これはどこに座っても誰かの隣になってしまう配置だ。はい詰んだ。

「あーもうまた売り切れてたー!」
「ッ!」
「善逸はよっぽどあれが食べたいんだなぁ」
「あ……」

後ろから聞こえてきた大声にびっくりしていると、僕を避けるようにして両側から二人の生徒が通り過ぎて行った。目の前を歩くその生徒の横顔に、僕は息を飲んで立ち竦んだ。

──竈門炭治郎くんだ……!

一年筍組で誰よりも優しく礼儀正しい男子生徒。あの年で毎朝美味しいパンを手作りしている神の手を持つ人だ。

こんな近くで、しかもすれ違って、僕の目の前に存在している。尊い。無理。声掛けたいけど僕には絶対無理だ。せめて目に焼き付けておくことしかできない。モブだからこそのこのありがたみを堪能するしか他ない。

「おい」
「へあっ」

遠ざかる炭治郎くんの横顔をいつまでも拝んでいると突然頸に冷たい感触が触れた。驚いて首の後ろを押さえながら振り返ると、ジト目の不死川くんがお茶の缶を持ったまま立っていた。

「座ってろって言ったろ。何してんだ」
「ごっごめん!席、あの、みつかんなくて……」
「あー? ……あるだろ、あの辺とか」
「えっ、でも……人がいる……」
「当たり前だろ。つーか丸々空いてるテーブル探してたら昼休み終わっちまうぞ。ほら行くぞ」
「えっちょっと……!」

ゴニョゴニョ言い訳していると、不死川くんは不機嫌な様子で僕の制服をまた引っ張って歩き出した。抵抗しようにも相手は僕よりうんと強い不死川くんだし、されるがままで僕も後をついて行っていたら──

何故か、炭治郎くん達が座るテーブルの隣のテーブルまで引っ張ってこられた。しかもそのテーブルの席に強制的に座らされた。

「待ってぇ……!待って待って待ってぇぇぇ……!無理無理……死んじゃう……!目が合っちゃう……この距離感半端ないって……!」
「何ぶつぶつ言ってんだよ。さっさと食えって」
「いやぁぁぁぁ……!」

身を硬くさせながら俯いている僕の前で不死川くんはお弁当を開けようとした。僕は激しく首を左右に振ってやめて欲しいことを伝えたが不死川くんは一切見てくれなかった。僕の目の前で無慈悲にお弁当箱が開かれる。

「わっ、美味しそう……」
「感想言ってねぇで食えよ」
「えっ、でも……」
「あ? 何か嫌いなもんでもあるのか?」
「いや、そうじゃなくて……」

隣に座っている不死川くん越しにチラチラと横を見ると、クラスメイトと楽しそうに談笑している炭治郎くんの笑顔が見えた。その笑顔を見ただけで僕はドキッと心臓が跳ね上がってしまって、顔が一気に熱くなってしまった。

「……あの、お弁当……」
「?」
「……本当にここでないと、食べちゃダメなのかな……」
「はあ? 今更何言ってんだ?」
「いやうん……ごめん、何でもない……」

恥ずかしくて一刻早くここから逃げ出したかったけど、不死川くんは「早く食べろ」とでも言いたげな目付きで僕を睨んでいるからそれ以上もう何も言えなくなってしまった。

僕は意を決して、不死川くんのお弁当を食べるため箸を手に持った。

「……ん? あ、玄弥じゃないか!」
「ッ!!」
「おーい!」
「あぁ?」

いざ!というときに、隣のテーブルの方から炭治郎くんの明るい声が飛んできて僕は手に持ったばかりのお箸を落としてしまった。

まさかそんな、不死川くんが炭治郎くんと知り合いだったなんて、思わなくて、僕は、僕は──

「ひっ、ひつれいしまひゅ!」
「あっ!おい!」

僕はその場から勢いよく立ち上がって、全速力で食堂から出て行った。



◆◆◆



勢い余って逃げてしまったけど──

よく考えたら、僕と不死川くんは同じクラスだから後々必ず会うことになるよね。ということは置いて行ってしまった不死川くんは急に逃げ出した僕を追ってコテンパンにしに来るはずだよね。

「うーん!」

こ、こここ殺される!
どうしようどうしようどうしよう!

逃げてる途中で気が付いたから慌てて行き先を教室から変えたけど今コレどこに向かって走ってるんだ僕。どうするつもりなんだ僕!

いやだってそもそも炭治郎くんがあんな近くにいてご飯食べるなんて無理が過ぎる話だ。僕は最初から無理だって言ったのに不死川くんが強引に連れ行くから──

「こら、待ちなさい」
「ぐえっ!」

走っていたら突然首根っこを掴まれた。ぐんっと締まった首に潰れた声が漏れてその場で咳き込むと、そっと背中を優しく誰かに撫でられた。

「廊下は走ってはいけない」
「あっ……」

悲鳴嶼先生だ。たしか、筍組の担任の先生だったはずだ。

「す、すみません……!」
「急用でもあるのか」
「いえっ……そういうわけじゃ……」
「ならそんなに急ぐ必要はないだろう。誰かにぶつかると危険だ。廊下は走らず歩くようにしなさい」
「はい……すみません……」

ごもっともなことを言われてしまった。もう高校生なのに。恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だ。

項垂れて反省していると悲鳴嶼先生もそれ以上僕に何か言うこともなくその場から立ち去ってしまった。叱られちゃったけど、引き止められたおかげで少し冷静になれた気がする。やっぱりいきなり逃げ出したのは良くなかった。

謝るべきだ、不死川くんに。でも今更食堂に戻る勇気もないし、もし炭治郎くんがまだ食堂にいたらそれこそ僕はまた逃げ出してしまうだろう。

──というかここどこだ。

がむしゃらに走っていたらいつの間にか全然知らないところにまで来てしまった。高等部に入ってからまだ半月程度しか経ってないから、僕はまだそんなにこの辺のことをよく知らない。移動教室だってみんなの後をこそこそついて行ってたくらいだったし。

「え、うそ……どうしよう」

今日はそればかり言っている気がする。
でも本当に困った。この学園すごく敷地が広いからすぐに迷子になっちゃうんだよな。

中庭は通った記憶があるから、たぶん家庭科室の奥か──いや、家庭科室は下駄箱側の方だから真逆だ。じゃあ生徒会室、は三階か。廊下の向こうに放送室が見えるからやっぱりここは中庭の奥側だ。教室とは逆の方向にいるのか。

頭の中でオリジナルの地図を作り上げていると、突然校内にチャイムの音が鳴り響いた。

マズい、昼休みが終わっちゃう!

あと十五分以内に教室まで行かないと午後の授業に間に合わなくなる。適当に走ってでも教室に行かないと──あ、ダメだ。走ったらまた悲鳴嶼先生に叱られる。たぶんその辺をまだウロウロしてるだろうから走ってたら見つかってしまう。

いや、待てよ。見つかった方が好都合じゃないか。叱られるだろうけど絶対教室の場所まで案内してもらえるし。そうだそうしよう。

即決して僕は廊下を駆け出した。入ったこともない教室を次々と通り過ぎていくと、少し先に中庭が見えてきた。あそこを抜ければ教室までたどり着ける。良くやった僕!

「っうわ!」
「むっ!」

そのまま突き進もうと走っていたら、中庭に抜ける開き口の死角から突然人が出てきた。急には止まれなくてそのままぶつかりそうになったけど、相手はいち早く僕の存在に気付いたらしく片腕で受け止めてくれた。

「危ないぞ君!」
「すっすみません!」

慌てて謝って顔を上げたら、何度か見た覚えのある顔がすぐ目の前にあった。この人はたしか歴史教師の──あ、そうだ、煉獄先生だ。めちゃくちゃ熱血で声がデカい人だ。

「そんなに急いでどうした!元気があるのは良いことだが廊下を走るのは褒められないぞ!」
「あのっ、すみません!僕あの、教室の場所、わかんなくて……!」
「む!なるほど、そうか!では俺が教室まで連れて行ってやろう!」
「えっ!いいんですか!?」
「うむ!ついでだからな!」
「ありがとうございます!」

なんて良い先生なんだ。悲鳴嶼先生じゃなかったのは予想外だったけど、この学園の先生は基本的に良い先生ばかりだから本当に助かった。これで授業に遅れずに済む。

「君のクラスはかぼす組だな!」
「えっ、お、覚えてるんですか……?」
「もちろんだ!早く名前も覚えられるように君達一年生が入ってから毎朝出席簿を確認しているからな!」
「す、すごい……」

熱血なのは伊達じゃないらしい。そういえばクラスの女子生徒からも人気が高かったし、この性格だからもしかしたら女子からだけじゃなくこの学園内でも結構人気な先生なのかもしれない。

「先生って凄いんですね……。僕、覚えるの苦手だから勉強も得意じゃなくて……」
「そうか!ならば人一倍努力するしかないな!」
「あっはい……」
「俺も天才ではないからな!君達新入生の名前を一度で全て覚えることはできない!だから毎度確認して覚えるよう努力している!」
「はぁ……努力ですか……」
「うむ!それが功を成して俺は今君を正しいクラスに案内することができている!努力することは無駄にはならない!だからこそ君も努力するべきだ!」
「はい、がんばりま……えっ、どこ見てるんですか……?」
「よし!着いたぞ!」

ひたすら真っ直ぐ前を見据えて歩いていた煉獄先生が足を止めたのは、僕のクラスの一年かぼす組の前だった。先生との話に気を取られて全然道筋覚えられなかったけど、これも努力で覚えるしかないのか。

「ところで迷子の少年!」
「…………えっ、僕ですか?」
「そうだ、君だ!次の授業は数学のようだからしっかりと励むと良い!」
「迷子って……えっ、数学?」

相変わらず僕の目を見て話そうとしない煉獄先生の視線の先に僕も視線を向けると、僕のクラスの教卓に恐ろしい形相で待ち構えている不死川先生がいた。ついでに不死川くんもいた。二人とも僕の方を一心に睨んでいる。

「ヒェッ……」
「不死川は特に手厳しいと聞く!だがめげずに頑張るんだ!」

無理です。そう伝えたかったけど伝えたところでどうにかなりそうな状況ではなかったので、僕は泣き出しそうになりながら無言で頷いた。煉獄先生は「その意気だ!」と最後に僕を励ますとそのまま隣の教室にまで行ってしまった。ああ、いいなぁ、筍組。僕も筍組に入りたかった。

ギギギと音がなりそうなくらいカチコチな動きで隣の教室から僕の教室へ再び顔を向けると、教卓の方で不死川先生が不穏な表情で僕に向かっておいでおいでしている。地獄からの手招きだ。殺される。

それでも僕は殺される覚悟で自分の教室へと入った。逃げられないと悟っているからだ。


──そして予想通り、次の授業が始まるまでの数分間は不死川先生にこっひどく叱られた。お昼ご飯を抜いたことと不死川くんを置いて行ってしまったことを。

その日の放課後、不死川くんは僕のことを余計に避けるようになった。

僕はその日、完全にぼっちとなってしまった。

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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