お友達から | ナノ

  急接近


玄弥くんに着替えたら屋上に来いと言われたので、僕はもうみんなが着替え終えている中で一人だけトイレの個室で着替えてから教室に戻った。

僕が教室に戻る頃にはみんなお昼ご飯を食べ始めていて、戻って来た僕に気がつくとみんな食事の手を止めて僕をじろじろと注視し始めた。きっと体育での僕の失態を見たんだろう。注目されることが大の苦手な僕にはまさに地獄だった。

こんな中で食事だなんてとても無理だ。もしかして玄弥くんはそれを気にして食べる場所を屋上に変えてくれたのかな。やっぱり玄弥くんは優しく本当にいい人だ。

彼の思いやりに泣き出しそうになりながら、僕は今朝買った餡パンを抱えて屋上まで走った。



◆◆◆



屋上へと続く階段を上り切ってドアを開ける。立ち入り禁止にされていないこの屋上スペースにはある程度の生徒がいるが、かなり広い学園なので集まった生徒達で混雑することは滅多にないと聞く。

「うわぁ……」

屋上に出るとまず真っ先に青い空と白い雲が目に飛び込んできた。学園にいる間には決して感じられないような開放感を得た。

食堂程ではないにしろ、ここにはいろんな学年の生徒が集まるから教室とは違って先輩後輩と気兼ねなく交流できる。だから学園の中でも割と人気スポットとして有名らしい。

空気は美味しいし、人気になるのも納得の居心地の良さを感じた。ここなら食事もゆっくりと楽しめそう──

「あ、おーい!こっちこっち!」

新鮮な空気を吸っていると背後の方から聞き覚えのある声が聞こえた。そしてその声が、僕の最推しである竈門炭治郎くんのものだということにもすぐに気がついた。

僕は、錆びついて固まってしまったバルブを回すように自分の首を動かした。

「こっちだよ〜!」
「ッ……!!」

その先には、爽やかな笑顔でこちらに手を振る炭治郎くんの姿が──

って何でここに炭治郎くんがいるの!!!
あれっ!? っていうか何か玄弥くんと善逸くんまで居るんだけど!? どういうこと!?

よく見ると少し離れた位置には伊之助くんの姿も見える。不貞腐れた顔で腕を組んだままそっぽを向いていた。

四人で集まって座っている意味がわからなくて、何であんな状況になってるのかもわからなくて思考が働かずに足だけが竦む。一人でパニックに陥っていると、僕の挙動に何か感じ取ったのか玄弥くんがおもむろにその場から立ち上がってこっちまで近づいてきた。

「おい」
「ひっ」
「いつまで突っ立ってんだ。こっち来いよ」
「ぇっ、ぁっ、むり……」
「あぁ?」
「ひぇっ行きます……」

断ろうとしたが玄弥くんが顔付きを険しくさせたので僕はすぐに訂正して、先に歩き出した彼の後について行った。

あまりの予想外な急展開に一瞬夢なんじゃないかとも思ったが、俯けていた顔を上げると視線の先にはやっぱり炭治郎くんがいて──

「ヒィッ!笑ってる!」
「はぁ?」

ダメだ。炭治郎くんの笑顔があまりにも眩しくて僕の目では直視できない。恥ずかしさもあって僕は自分の顔を咄嗟に腕で隠した。

「何で顔隠してんだよ」
「直視できない……」
「意味わかんねーこと言ってないで早く来い」
「あっぁ」

顔を隠しながら棒立ちする僕の腕を玄弥くんが無理矢理引いてくる。崩れそうになる体勢をなんとか保ち少し歩くと、今度はぐっと肩を上から押されて無理矢理座らされた。ちょっとさっきから強引過ぎやしないかい玄弥くん。

「何で顔隠してんだよお前」

いつまでも顔を隠していたらまた同じような質問をされた。恐る恐る腕の隙間から覗くと、目の前には善逸くんが呆れた顔で僕を見ていた。

「ぇっあの……何で……?」
「いや、それ俺が訊いてんだけど」
「ぁっいや、あの……何で、善逸くん、たち、が……ここに……?」
「あ? あー……」

尋ねると善逸くんはぐるりと視線を回して気まずげに隣を見た。僕も視線を向けてみると、そこにはすんごく不服そうな態度で腕を組んで座っている嘴平伊之助くんがいた。顔をそっぽ向けてこれでもかと眉間に皺を寄せている。

「伊之助、ほら……」
「うるせぇ!そいつが悪いんだから俺はぜってぇ謝んねぇ!」
「まだそんなこと言ってるのかお前は」

炭治郎くんに促されても伊之助くんはムキになるだけで一向にこっちへ顔を向けようとしない。もしかして、まだドッジボールの件で炭治郎くんから色々言われていたのかな。

「炭治郎、こいつ微塵も自分が悪いって思ってないから口で謝らせても意味ないと思うぞ」
「悪い悪くないとかじゃなくて……あれは故意がなかったにせよ、実際当てたのはお前だろう、伊之助」
「ふんっ!」

謝る気なんかさらさらありませんって感じがすごく伝わってくる。でも僕は当てられたことに対してそこまで怒っているわけでもないし、彼が自分は悪くないと思っていて謝りたくないと言うのならそれは別にもうどうでもいいと言うか──

「おい」

そこで割り込んできたのは、玄弥くんの低い声だった。

「謝る気がないならこいつ連れて帰るぞ」
「えっ?」
「あっ、待ってくれ玄弥!」

ムッとした顔で玄弥くんがそう言うと炭治郎くんが慌てて引き留めてきた。連れて帰るとは一体何の話なんだ。

「伊之助!ほら、いつまでも意地を張っていないで謝ろう!」
「断るッ!」
「……帰るぞ、悠」
「えっえっ」
「あぁーっ!待って!」

立ち上がろうとする玄弥くんの制服を掴んでまでして引き留めてきた炭治郎くんの顔はもう必死で──どうしてそこまで僕に謝らせようとするのかちょっと理解できなかった。僕が一言「気にしてない」と言えばいいのだろうけど、そんな勇気はなくて僕からは何も言えない。

「……俺は、嘴平がこいつに謝るからって聞いてこいつをわざわざここに連れて来たんだ。その気がないなら帰る」

えっ、そうだったの? 全然聞いてない話なんですがそれは──

「ごめん玄弥!まだちょっと……伊之助は納得してないみたいで、でも謝りたい気持ちはちゃんと──」
「おいちょっと待て!何で俺が謝んなきゃなんねぇんだ!」
「お前が悠にボールぶつけたからだろ。何回同じこと言わせんだよお前……」
「はぁ!? 何だそりゃ!ボールぶつけて勝つのがルールなんだろ!ぶつけて何が悪いってんだよ!」
「お前がぶつけたのはぶつける必要がない外野の人間なんだって」
「外野だぁ? 知るかそんな事!」

おそらく彼はドッジボールを単純にボールをぶつけ合うものだと勘違いしているんだろう。善逸くんも呆れているのか、それとも伊之助くんの怒声に圧倒されたのか、それ以降口を開けたまま何も話そうとしない。

玄弥くんに至ってはさっきからかなり不穏な表情で伊之助くんを睨んでいる。これは「勘違いならしょうがないかな」なんて思っている顔ではないだろう。湧き上がる怒りを抑え込んで抑え込んで、今にも爆発しそうだってくらい恐ろしい形相だ。

「伊之助、いい加減に──」
「っぁ、あの……」

玄弥くんの怒りが大爆発を起こす前に、僕は未だにすったもんだ続けている彼らに向かって勇気を出して声を振り絞った。

「あの、ぁ……ご、ごめんね、伊之助くん」
「あぁ?」
「僕が、ほら、あの……ボールぶつかっちゃったせいで、伊之助くんが、みんなに……せ、責められて……」
「…………」
「あの、僕、全然……気にしてないし、鼻血ももう、ほら……止まってる、し……大丈夫だから……」
「…………」
「……ぁっ、あの、だから…………ボール、ぶつかっちゃって……ごめん、なさい」

何を言ってるんだ、僕は──で結局何が伝えたかったんだ、僕は。

未だに顔を腕で隠しながら謝り始めた僕にみんなの視線が集中しているのがわかる。特に腕の隙間から見えた伊之助くんの表情と言ったら──言葉で表すのなら「はあ?」と言いたげな顔だ。

「……ずれてる……」
「大人だなぁ……」

そう、ぼそりと善逸くんと炭治郎くんが呟いた瞬間だった。伊之助くんの綺麗な顔にビキっと太い青筋が浮かび上がった。

「はあ゙ーーん!? 何だテメェそりゃ!」
「ぇっ……」
「先に謝っていい気になってんじゃねぇぞ!弱味噌のクセに上から目線かコラ!!」
「ぇっぁっ、ちが……」
「勘違いすんなよ!俺が謝んねぇのは謝る必要がねぇからだ!俺が本当に謝んなきゃなんねぇならぜってぇ俺の方が先に謝ってたからな!だから別に先に謝ったお前の方が偉いってわけでも何でもねぇ!わかったか!」
「あっ、ぁ……は、い……」

なんだか凄く意味不明な理由で怒鳴られているぞ。何なんだこれは。僕は別に自分の方が偉いとか全然思ってもいないけど、伊之助くんには僕が偉そうにしていた風に見えたのかな。もしそうだったなら申し訳ないけれど、謝ったらまた怒鳴られそうな気がして僕は口を噤ませた。

怒鳴るだけ怒鳴って満足したのか、伊之助くんは大きく鼻を鳴らして腕を組むとまたそっぽを向いてしまった。

「伊之助、いくら何で酷過ぎるぞ今の態度は」
「文句と言い訳しか言ってなかったぞお前」
「うるせぇ!」
「あっ、お前……」

二人に咎められるのが嫌になったのか、それともお腹が空いていたのか、伊之助くんは僕たちから体を背けて突然お弁当箱を開け始めた。そういえば今はお昼なんだっけ。みんなも思い出したように自分のお弁当の方へ視線を向けた。

「……謝る謝らないはもう置いといてさぁ、とりあえず先に食べようぜ」
「うーん……」

「このままだと昼休み終わるしさ」と善逸くんからの提案に炭治郎くんは渋い顔で唸っていたけど、ふと向けていた視線をお弁当箱から僕の方へ移したかと思えばふわりと柔らかな微笑みを浮かべた。

「ごめんな、せっかく来てくれたのに……。もし君が良ければ……一緒に食べないか?」

そしてその瞬間、僕の中で何かが爆ぜた。

「………………」
「……あの?」
「ぁっ……」
「え?」
「ぁ、あ……それは、つまり……」
「うん」
「つまり、あの……僕に死ね、ってことですか……?」
「ちょっと待ってくれ!どうしてそうなるんだ!」

無理だ。だって無理だろう、そんなの。炭治郎くんと一緒にお昼ご飯を食べるなんて。幸せ過ぎて気が触れてしまう。推しを目の前にして本当は今だって逃げ出したいくらいなのに。それを推しが、炭治郎くん本人が、こんな地味で何の面白みのない僕を誘ってくれただなんて、まるで夢のようで、現実味がなくて、僕は、僕はこのままだと──

「ダメです……死んでしまいます……」
「何でご飯を一緒に食べるだけなのに死ぬ話になるんだ!」
「ぁっ……ぁ、あの……」

いやだって、嬉しいけど恥ずかしいし、僕がモソモソとパン食べるところを推しの炭治郎くんに見られるだなんて──いや、というか僕が持って来たパンって炭治郎くんの家のパンだから袋から出したら絶対バレる。もしバレたら僕が炭治郎くん目当てにパン屋通いしていたのが知られて絶対気味悪がられる。

もしそうなったら僕は本当に今度こそ死ぬぞ。

「……もしかして、君って俺のことが嫌いなのか?」
「えっ!?」
「保健室で会ったときも俺の顔を見て気絶してたし、体育のときだって俺の顔を見ないようにしていただろう?」
「えっ、何でわかっ、っていや、ちっがッ、ちがっ、違う!あっ、違います!あの、全然!そんなこと!絶対!!」
「落ち着けよ。袋潰れてるぞ」
「あっ!」

否定するのに必死になって、いつの間にかパンが入った袋を強く握り締めてしまっていた。玄弥くんから教えてもらうまでちっとも気が付かなかった。

「ぁっ、どうしよう……!」
「……ん?」

中身の餡パンが無事かどうか確認するために袋を開けると、何故か炭治郎くんが僕の方へ顔を近づけて来た。突然の急接近に僕は頭の中が真っ白になって、悲鳴すら出せずに袋を隠すように胸に抱いたが、炭治郎くんはクンクンと鼻をひくつかせて首を傾げて見せた。

「この匂い……もしかして、ウチで売ってる餡パンが入ってるんじゃないか?」

終わった。僕の人生完全に終わった。

「何でわかるんだよ」
「俺は鼻が利くし、毎朝嗅いでる匂いだからすぐにわかるよ」
「だからって……勝手に嗅いで中身言い当てようとするなよ。鼻が利くにしても引くレベルだぞそれ」
「あ、ごめん」

目の前では玄弥くんと炭治郎くんが普通に会話している。なんだかそれが凄くキラキラして見えて、羨ましいような、居心地が悪いような、僕はその時少し変な気分になった。

本当に何がしたいんだろう、僕は。炭治郎くんとお友達になりたかったんじゃないのか。ずっと憧れていて、いつかお友達になれたらって、足繁くパン屋さんに通っていたじゃないか。

でも思い返したらそれって凄く気持ち悪いことなんじゃなかな。やってる事のほとんどがストーカーみたいだし、他の人ならきっと気持ち悪いやつだって思うだろう。

炭治郎くんがそれを知って、僕のことを気持ち悪いやつだって思って、それでもし、嫌われたら──

「……ぅ……」
「ん? ……おい、どうした」
「……きもち、わるぃ……」
「は?」
「吐きそう……」
「おい!」

ネガティブなことばかり考えているとじわじわと強い吐き気が襲ってきた。袋を抱き締めたままうずくまる僕の曲がった背中を玄弥くんが摩ってくれている。それでもこの込み上げる嫌なものが治る気配はなかった。

「だ、大丈夫か!?」
「えっなに!? 吐くの!? 今ここで!?」
「あー? 何騒いだんだ?」
「うぅ……」
「おい、立てるか?」

何も言えずに呻いていると、袋を抱いていた僕の手を玄弥くんがそっと握ってくれた。頑張って顔を上げたら、凄く心配そうな顔で僕を見下ろす玄弥くんの顔が近くにあって──


そこから先のことは、よく覚えていない。

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