お友達から | ナノ

  合同授業


『あんまり髪型とか気にすんなよ』

今朝、一緒に学園まで行く途中で言われた玄弥くんの言葉がまだ頭の中で反復されている。

教室に着いてからの玄弥くんはいつもと何ら変わりない様子でいるし、彼からすればあの言葉に特に深い意味はなかったんだろうと思うけど、彼なりに僕を励ましてくれたのかなって考えると少し嬉しかった。

それからは嬉しさのあまりに授業中何度も玄弥くんの方をチラチラと見たりしてしまったけど、やっぱり彼は僕なんか見向きもせずに普通の顔で授業に取り組んでいる。その何でもない言葉が嬉しかったって言えたらいいのだけど、ヘタレな僕にはそんな勇気はない。
臆病者はこうして必死に視線だけでお礼を伝えることしか出来ないのだ。



「では、各自準備を進めておくように」

悲鳴嶼先生の授業が終わって教科書を片付けている玄弥くんの横顔をひっそりと眺めていたら、急に彼が僕の方に顔を向けて不意に目が合った。本当に不意打ちだったので、目が合った瞬間驚いて心臓が口からまろび出るところだった。

「何ぼうっとしてんだ?」
「えっあっ、いやっ……」
「早く着替えねぇと次の授業間に合わねぇぞ」
「えっ?」
「えっ、じゃねーよ。次体育だろうが」
「あっ」

そうだった、すっかり忘れていた。
ということは、次の体育では冨岡先生と強制的に会う羽目になるよな。

「…………」

──丸坊主にされてしまう。

「ぁ……どうしよう……」
「何だよ……またジャージ忘れたのか」
「ぇっあ、違う、あっ違くて、あの、ジャージは、あるんだけど……」
「じゃあ何だよ」
「いやあの、ほら、あの……髪、ほら……」
「…………」

吃りながらも慌てる理由を伝えたら玄弥くんは呆れた顔を見せた。

「だから……髪型なんか気にすんなって言ってんだろ」
「いや、でも……」
「それに今日の体育あいついないぞ」
「えっ」
「お前……悲鳴嶼先生の話ちゃんと聞いてなかったのか?」
「ぁっ……」

──君の顔をこっそりと盗み見ることに集中していたなんて口が裂けても言えない。

僕は口角を引き攣らせながら黙って首を振った。

「出張で朝から居ないって言ってただろうが」
「そう、なんだ……」
「早く着替えろよ」
「あ、うん……ありがとう」

お礼を言って慌てて着替え始めたけど──あの目は絶対呆れられたよな。

さっきまで食い入るように玄弥くんを見ていたけど、今度は情けなさと恥ずかしさで見ることができない。というか顔を向けることができない。

顔が熱くなるのを感じながら着替えていたら、何故か隣のクラスの男子達が教室の中に入ってきた。そしてそのままジャージに着替え始めたので僕は困惑したまま固まってしまった。

──えっ、何故筍組の男子がこっちでジャージに着替えているんだ?

「おい」
「えっ」

呆然としていたらまた玄弥くんに呼ばれた。びくついて顔を向けたら、既に彼はジャージに着替えていた。

「次合同だから急げよ」
「えっ」
「だから、次合同──……お前」
「あっ、えっ」

ズンズンと詰め寄って来た玄弥くんは額に青筋を浮かべて僕を睨んだ。

「次の体育、筍組と合同授業だって話すら聞いてなかったのかよ」
「えっ……と」

そんな話聞いてないです──なんて台詞は僕の口から出ることはなかった。むしろ出したが最後殺されるのではないかと思うほどの覇気を感じる。

「お前ホントに……っ普段からぼうっとしてんだからもっとしっかりしろよ」
「ご、ごめん……」

怒鳴ろうとしたのを寸前で抑えたように玄弥くんは言葉の後に深いため息を吐いた。僕はもう情けなさと恥ずかしさに申し訳なさがプラスされて今すぐ消えてしまいたくなった。

「もういいからさっさと着替えろよ」
「あっうん」

ノロノロと着替える僕を隣で急かすけど、玄弥くんは僕が着替え終えるまで何故か教室に残って待ってくれた。



◆◆◆



出張で不在中の冨岡先生の代わりに、合同授業には何故か体育とは無縁そうな美術の宇髄天元先生が来てくれた。

宇髄先生のイケメンっぷりに、女子達はそりゃあもうキャアキャアと黄色い悲鳴を上げて盛り上がっていたけど──

「はぁーっ……はぁーっ……」
「おい大丈夫かお前……」

僕は合同授業で一緒になった筍組にいる竈門炭治郎くんに、一人で勝手に盛り上がっていた。興奮のあまりに呼吸が荒くなって、隣にいた玄弥くんに心配されてしまった。

だってあんな、尊い推しが、すぐ近くにいるというのに、興奮しない訳ないだろう。

「おーしお前ら、耳の穴かっぽじってよく聞け。出張中の冨岡から体育はひたすらマラソンさせろって言われたが……」

その内容に辺りから一斉にブーイングが出た。先生は「だから聞けって」と一度みんなを宥めると、形の良い唇の端をゆるやかに上げて悪戯っぽく笑った。

「んな地味でつまんねーことクソ真面目にやってられっかってことで、今回はお前ら全員合同でドッジボールしやがれ」

瞬間、湧き上がる筍組とかぼす組の生徒達。中には「流石宇髄先生!」とか「宇髄先生サイコー!」とか称賛の言葉を投げかける者もいる。みんなそれだけドッジボールが好きだということだ。

だけど、僕は違う。
僕はドッジボールが大の苦手だった。

ボールを受け止めるのも、投げるのも、当てるのも、避けるのも、全てが苦手だ。というか運動そのものが苦手なんだからドッジボールなんて好きになれる訳ない。
なので歓声の中絶望に打ちひしがれているのは僕だけで、後はみんな大喜びでドッジボールの準備を着々と進めている。

「おい……顔色悪いぞお前」

気持ちがよっぽど顔に出ていたのか、玄弥くんがまた心配して声を掛けてくれた。

「大丈夫……」
「具合悪いなら休めよ」
「あ、いや……具合悪いとかじゃなくて……あ、そういうことにしとこうかな……」

ちょっとずるいけど、具合が悪いフリをしてドッジボールを休むという手もある。なにも無理して参加しなくてもいいじゃないか。

「おい、不死川はどうすんだ?」
「あ?」
「内野と外野どっち入るのか訊いてんだよ」
「別にどっちでもいい」
「じゃあ不死川は内野だな。継国は……」
「ぁっ、僕は……あの、あ、あの……」
「こいつ具合悪そうだから休ませたほうがいいんじゃねーか?」
「……!」

玄弥くん──!!
後ろめたさを感じて休みたいと素直に言えない僕の代わりに言ってくれるだなんて!
君はなんて優しくていい人なんだ!

「じゃあ継国は外野な」
「えっ」
「おっし、やろーぜー!」
「えっ……」

困惑しているうちにドッジボールが開始され、高い笛の音がグラウンドに響き渡る。僕のことを気にかけてくれたのか、玄弥くんが「おい……」と声をかけようとしてくれたけど、彼はすぐにクラスメイトの男子達から引っ張られて内野の中へと連れ込まれてしまった。

始まってしまった。
しかもすごく唐突で強引な始まり方で。

「何でだよぉ……!もぉ……!」

今更休みたいなんて言い出せるわけもなく、僕はせめてボールが飛んでこないような端っこの方にまで逃げた。

合同で始められたドッジボールなだけに外野にも人数は多い。適当に逃げていれば僕の方にボールが飛んでくることはないだろう。

僕は自分の安全地帯を決めるとそこで立ち尽くし、あとはぼんやりと試合の流れを傍観することにした。試合が始まってしまえば玄弥くんももう僕の方に気を向ける暇もなくなって、今ではすっかりドッジボールに夢中だ。

いいなぁ、運動神経がいい人は。こういう試合の時、味方にいるだけで頼もしく感じるし常に輝いて見える。あんな風にみんなから尊敬の眼差しを向けられて頼りにされるなんて──僕とは全然違う世界に生きてるみたいだ。

「あれ? お前も外野?」
「えっ?」

端っこの方でぼんやりしていたら横から声を掛けられた。顔を向けたら、そこには同じジャージ姿の善逸くんがいた。

「あっ、善逸くん……!」
「あー……合同だもんな、そりゃそっか」
「善逸くんも外野なんだね」
「当たり前だろ。あんな野蛮なだけのボールのぶつけ合いに参加してたら全身痣だらけになる」
「言えてる……」

どうやら善逸くんも僕と同じ考えだったらしい。やっぱり彼とはよく気が合う。このまま授業が終わるまで善逸くんとここでおしゃべりしていようかな。

「俺、あんまりボール受け止めるの上手くなくてさ……特に伊之助からのパスとか指の骨粉砕される気かってくらい強くて、本当あいついつも加減知らずで──」
「ぁっ……ごめん、伊之助って……?」
「え? あーそっか、お前もあいつのこと知らないのか。ほら、伊之助はあいつ」

そう言って善逸くんが指差した先には、生き生きとした笑顔で勢いよくボールを投げ付けている男子生徒がいた。あの生徒は今朝善逸くんと一緒に登校してきた生徒だ。

相変わらず綺麗な顔をしている。一瞬ちょっと女の子みたいだなって思ったけど、何故か上半身だけ裸なので嫌でも彼が男だということがわかる。

「嘴平伊之助っていうんだけど、あいつあの顔で凄い怪力で性格も荒っぽいから気をつけた方がいいぞ」
「気を付けようがないと思うんだけど……」
「まあ、クラス違うからな。そこまで心配する必要もないか」

そう言って伊之助くんを眺める善逸くんの目はどこか遠い。今朝の二人の様子から察するに、善逸くんは普段から彼に苦労させられてるんだろうと思う。

「はぁ……何で俺あいつと同じクラスになっちゃったんだろう……」

「悠のクラスは平和でいいよなぁ」なんて深くため息をつく善逸くんに苦笑いしか出来ないが、僕はむしろ善逸くんのクラスの方が羨ましいと思った。

「僕は……筍組の方がいいなぁって思うけど……」
「えっ? 何で?」
「それはほら……だっ、てぶッ!!」
「!?」

話している途中で突然顔面に強い衝撃を受けた。耳がキィンとなって、鼻が熱くなったと思えばじわじわと涙が溢れてきていた。

その直後、僕は“痛い”と自分の身の異変をハッキリと感じた。

「悠!!」

玄弥くんの声が聞こえる。でも彼の顔を見る暇もなく僕は後ろに倒れ込んでしまって、何が起きたのかもわからないまましばらく青い空を呆然と眺めていた。

「悠おい!大丈夫か!?」
「…………」

目の前に広がる青空に、玄弥くんの焦った顔が現れた。何か言わなくちゃって思ってもうまく声が出なくて、僕は口をパクパクさせながら玄弥くんの顔をじっと見つめた。

「ちょっ、大丈夫!? うわっ!血ィ!血ィ出てる!」
「おい、退け!」

その内善逸くんや宇髄先生まで現れて、僕の視界はあっという間に混雑する。

「おい」
「…………」
「おい!」
「ぁ……」
「聞こえてるか?」

宇髄先生にほっぺたをペチペチ叩かれてようやく僕は声を出せた。それも蚊の鳴くような小さな声。

「嘴平の投げたボールがお前の顔面に当たったんだが──……鼻血出てるな。眼鏡は幸い割れてねーようだが……おい、起きれるか?」
「ぅ……」

起きれるか、なんて訊くのに先生は僕が答える前に腕を引いて体を起こしてきた。じんじんと痛む鼻を押さえるとぬるりとした感触がして、つい手を離して見てみたら──

僕の手のひらは真っ赤に染まっていた。

「ヒュッ……」
「あっ、おい!」

自分の血に驚いて倒れかけた僕を先生が背中に手を回して慌てて受け止めてくれた。

「えっ……死んだ?」
「馬鹿。鼻血出したくらいで死ぬわけねーだろ。我妻、お前とりあえずこいつ保健室連れてけ」
「えっ、あ……はい。ほら、行くぞ悠──」
「大丈夫か!?」

今頃? ってくらいのタイミングでまた誰かに声を掛けられて、僕は自分の鼻を押さえたままそっと顔を上げた。

「!!」

そして、目の前にある顔に再び気を失いそうになった。

「たっ、たたたた……」
「血の匂いがしたけど……うわっ、それ鼻血か!? すごい量だぞ!早く保健室に行こう!」

これは夢だろうか。僕の目の前で、あの竈門炭治郎くんが、心配そうな顔をして、僕の顔を、覗き込んでいるではないか。なんなら僕の肩に、手を、御手を、神の手を、乗せ、乗せているではないか!

僕は咄嗟に顔を俯かせて自分の顔を見られないようにした。こんな情けない姿、憧れの炭治郎くんに見られたくない。

「だ、大丈夫か……?」
……ダ、ダイジョブ、デス……
「えっ?」
ァッ、ダッ、ダイジョブ……デス、カラ……

精一杯の声を出して首を左右に振って見せるが、炭治郎くんは気付かないのか僕の顔を下から覗き込もうとしてくる。僕は必死に顔を逸らして炭治郎くんと目を合わせないようにした。こんなカッコ悪い姿で炭治郎くんの記憶に残りたくない。

「大丈夫じゃないと思うけど……無理しない方が──」
「いい。俺が連れ行く」
「えっ」

俯いていたら不意にジャージの襟を後ろから掴まれ引っ張られた。まるで持ち上げるような感覚で力強く引っ張られたので、僕の体は少しだけ浮いて驚いた僕もつい立ち上がってしまった。

振り向いたら、玄弥くんが炭治郎くんを睨みながら口をへの字に曲げていた。

「玄弥が連れて行ってくれるのか?」
「ああ」
「そっか。同じクラスだもんな。……でもその前に……伊之助!」
「あー?」

炭治郎くんの呼び声に、遠くにいた伊之助くんが不機嫌そうな声で返事をした。

「早くこっちに来て彼に謝るんだ!」
「はあ゙ぁん!? 何で俺が謝んなきゃなんねーんだ!」
「お前が投げたボールが彼の顔に当たったんだぞ!」
「知るか!そいつがそこでぼーっと突っ立ってたのが悪ィんだろ!避けるなり受け止めるなりしなかったそいつが悪い!」
「そんなわけないだろう!」
「ふんっ!謝んねぇぜ俺は!」
「伊之助!」

「ぁっ、あの……」
「ほっとけ。行くぞ」

謝れ、謝らないの押し問答を続ける二人に戸惑っていたら玄弥くんに後ろから襟を引っ張れた。

玄弥くんに引きずられる形で僕はグラウンドから退場となり、もう頭の中はしっちゃかめっちゃかだ。何でこんなことになってしまったんだろう。

「おい」
「はひ……」
「歩けるなら歩けよ」
「う……」

引きずるのも疲れるだろうから言われて当然の台詞だ。だけど僕が前を向いて自分で歩こうとしても、玄弥くんは僕のジャージを掴んだまま離してくれない。流石に掴む箇所は襟ではなく腕の方なんだけど、それでもそんなに掴み続ける必要ある?

「……あの、玄弥くん……」
「あ?」
「ごめん、あの……また、手間かけさせて……」
「…………」

僕が謝った後、玄弥くんはしばらく黙り込んでから「別に」とだけ素っ気なく答えた。

どうでもいいって意味かな──なんて、割とショックを受けながらぐるぐる考えていたらいつの間にか保健室に辿り着いていた。

「お前体育終わるまでちょっと休んどけ」
「ぇっ、あ……でも……」
「いいから大人しく休んでろや……」
「ひぃっ!」

鼻血くらいで休むなんて、と後ろめたさを感じて言い淀むと、玄弥くんは般若のような恐ろしい形相で凄んできた。

「おら、コレで押さえとけ」
「ふぐっ」

あまりの恐怖に返事も返せず怯えている僕に、彼は保健室にあったティッシュ箱からティッシュを数枚引っこ抜くと僕の顔面に押し付けてきた。さっきから色々と手荒過ぎじゃないかキミ。

「絶対授業出てくんじゃねーぞ」
「う……」

最後にギロリと睨まれて、僕はもらったティッシュで鼻を押さえながらコクコクと必死に頷いて見せた。それに満足したのか、彼はそのまま何も言わずに保健室から出て行ってしまった。きっとグラウンドに戻ったんだろうけど──

「……また、体育でやらかした……」

そして二度も玄弥くんに介抱させてしまった。僕は保健室で一人撃沈し、自分の不甲斐なさに嘆いた。

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