お友達から | ナノ

  不器用同士


黒死牟さんが出て行った後、結局夜になっても獪岳先輩は帰ってこなかった。連絡先も知らないので、先輩が今どうしているかなんて知る由もない。

黒死牟さんはちゃんと獪岳先輩から部屋のカードキーを返してもらったのかな。もしまだ持っていたらちょっと、いやかなり怖い。まさか乗り込んでくることはないだろうと思うけど、先輩なら何食わぬ顔して乗り込んで来そうだ。

そんな心配をしながら僕はまた一人きりの朝を迎えて、いつものように支度を始める。時間が勿体無いし面倒だから朝ご飯は食べないままマンションを出た。

きっとこういうのを黒死牟さんは良くないって言いたいんだろうけど、口頭で注意するだけじゃなくて一度くらいは一緒に朝を迎えてほしい。そして手作りじゃなくてもいいから、一緒に朝食をとってほしい。

一人きりの食事がどれだけ味気ないものなのか黒死牟さんはわかってないのかな。僕はもう慣れてしまったけど、黒死牟さんは普段どんなものを誰と食べているんだろう。政治家の人達と一緒に会食とかしてるのかな。

「……関係ないか」

いくら考えたって、もう今後僕の生活にあの人が関わることはないだろう。

『もういい』

──あの時の、あの諦めたような顔はもう僕のことを息子として見るのをやめた顔だ。

というか最初から見ていなかった可能性の方が大きい。普通自分の子供にクレジットカードだけ渡して放置なんかするか? もし僕がソシャゲの課金や玩具に大金を費やしたらどうするつもりだったんだ、あの人は。
それこそ、獪岳先輩みたいなお金の使い方を──

「…………」

どうして僕だったんだろう。
どうしてこんな、地味でつまらない僕を養子に選んだんだろう。

黒死牟さんは政治家の秘書を務めているし、かなりのエリートだと思う。お金だっていっぱい持ってるし、車もカッコいい。カッコいいのは車だけじゃなくて、顔も仕草もそうなんだけど──それだけにどうして、こんな僕なんかを選んだのか理解できなかった。

やっぱり、子供なら誰でも良かったとしか思えない。誰でも良かったから、適当に選んで放置したんだ。僕が大きくなったらきっと何かの跡継ぎか政略結婚か何かさせられるんだ。

長い間放置していたかと思えば急に気紛れで優しくされて、呼び方が気に入らなかったからって勝手に幻滅されて、こっちだっていい迷惑だ。

「はぁ……」

──何で僕って生まれてきたんだろう。

お母さんは、子供が欲しくて僕を産んだんじゃなかったのかな。どうしてお父さんはお母さんと一緒じゃなかったんだろう。離婚したのかな。そもそも結婚してたのかな。

僕の予想としては、子供ができたあとに僕のお父さんにあたる男が行方をくらませて、僕のお母さんにあたる女が望まないまま僕を産んだって流れだと思うけど。

でも──でも本当は、経済的な理由で僕を手放す他なかったのかもしれない。僕がこうして養子に出されたのも仕方ないことで、本当は愛情とかはちゃんとあったんだと、そう思いたい。

そうでないと、僕の生きる意味って何もないように感じてしまう。

「行ってきまーす!!」
「!!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」

いつも通り竈門ベーカリーに寄ろうとしたら、突然大きな声と一緒に人影が店の中から飛び出してきた。

あれは──炭治郎くんだ!

彼の姿を目にして僕は咄嗟に角に身を隠した。この時間はもう炭治郎くんはお店に居ないはずだけどどうしてまだ居たんだろう。炭治郎くんのお母さんが走り去る彼を微笑みながら見送っている。

僕の予想としては今出たら炭治郎くんのお母さんが炭治郎くんを呼び止めて僕を彼に紹介しそうな気がする。
でもそんなの絶対無理だ。彼を前にしたら僕は絶対吃ってしまって気色悪い奴だと思われて嫌われてしまう。

でも実際に呼び止めてまで紹介なんかしないだろうけど、いつか会わせたいって言っていたから油断できない。せめて、彼の姿が完全に見えなくなってから餡パンを買いに行こう。

「悠」
「ひっ!」

とにかく落ち着こうとして深呼吸していると突然近くから声を掛けられた。驚いて顔を向けると、そこには何故か玄弥くんがいた。不思議そうな顔で小首を傾げている。

「そんなところで何してんだ?」
「えっぁっ、あのっ……」
「何吃ってんだよ」
「いやっ、えっと、えっ……と、あの、っていうか、何で……玄弥くん、ここにいる、の……?」

この通学路は玄弥くんが通る道ではなかったはずだけど、どうして彼がここに居るのか気になってしまって、僕はつい質問を質問で返してしまった。

玄弥くんは口を開けて何か言いかけたけど、僕の後ろの方に視線を向けると突然口を閉じた。その眉間には微かに皺が寄せられている。不機嫌そうな顔だった。

「……あの……」
「毎度毎度、どこでパン買ってんのかと思えばここかよ」
「ぁっ」

彼の視線の先にはおそらく竈門ベーカリーの看板があるのだろう。僕はそこで何故か妙な後ろめたさを感じてつい下を俯いてしまった。

「あの……ここの餡パン、美味しくて……だから僕、いつも買ってて……だからあの、そんな別に……変な理由とかなくて……」
「別に何も言ってねーだろ」
「えっ……あ、うん……」
「…………」
「…………」

気まずい。どうしよう。僕はそろそろ餡パンを買いに行きたいのだけれど。玄弥くんはその場から動こうとしないし、何も話そうとしない。これってもう会話終了ってことで僕は動いてもいいのかな。

「……あの、じゃあ……」
「今日も買うのか」
「えっ……ぁ、うん」
「ふぅん……」
「……えっ」

何。何でそんな目でじっと見つめてくるの。そして何でそんなちょっと不機嫌そうなの。

「……えっ……と、じゃあ、僕……買って来るから……」

もうやだ怖い。早く買って絡まれる前にさっさと行っちゃおう。



◆◆◆



「…………」
「…………」

──さっさと行っちゃおうと思っていたのに、餡パンを買って店を出たらすぐ近くに玄弥くんが立っていた。腕を組んだまま壁に寄りかかって、店に入る前と同じように不機嫌そうな顔をしていた。

「……えーっと……」
「……随分親しそうに話してたな」
「え?」
「炭治郎の母ちゃんと」

それは、確かお店で「あら、今日も来てくれたのね」とか「惜しかったわね。さっき息子が出て行ったのよ」とか話しかけられたけど──僕は口下手なので大体どれに対しても「あっはい」とか「えっあっ」とかしか返せなかった。

でもお店の外から見ればそう見えるかもしれない。僕は特に否定せず、いつものように「それはその……」とかゴニョゴニョと言葉を濁しながら俯いた。

「……炭治郎と仲良いのか?」
「!! そ、そんなッ、ちっ違う!」

目線を外されながら問われて、僕は顔が熱くなるのを自覚しながら慌てて否定した。否定したことに玄弥くんは少し驚いた顔をして見せたけど、すぐに「ふぅん」と興味なさげに真顔に戻った。

「何でもいいけど、お前飯それだけで済ませそうようとすんなよな」
「えっ」
「その内ぶっ倒れるぞ」

それだけ言うと玄弥くんは寄りかかっていたお店から離れて歩き出した。彼の言葉にしばらく呆然としていたけど、段々と遠くなる彼の姿にハッとなって僕も慌てて走り出した。

走っている内に前を歩いていた彼の後ろになんとか追いついたけど、隣に並んでまでして一緒に歩く勇気はなくて、僕は少し早い彼の歩調に合わせるように後ろについて歩いた。

「あっ、あのっ……」
「…………」
「もしかして、あの……さっきのって、心配、してくれたの?」

声を掛けてみたけど玄弥くんは返事をしてくれなかった。

──ひょっとしたらコレはただの僕の勘違いで今の発言は相当恥ずかしいものなのでは?

言ってしまった後で感じたあまりの羞恥に顔が一気に熱くなった。玄弥くんの側にいることですら恥ずかしく感じて、僕は段々と歩く速度を遅くさせて彼から離れていった。

「……おい」
「えっ」

熱くなった顔を下に俯けて歩いていたら、前の方から玄弥くんの声が聞こえた。顔を上げると、彼は不機嫌そうな顔をこちらに向けて何故か立ち止まっていた。

「モタモタするなよ」
「えっ……え、でも……」
「一緒に行かねーのか?」
「えっ、えっ」

予想だにしなかった彼の台詞に僕はもう軽くパニックを起こしていてまともに返事すら出来なかった。一人であわあわと吃っていると、彼は面倒そうなため息をついてから僕の方にまで歩み寄ってきた。近付いてきた彼に更に慌てていたら、今度は腕を掴まれて軽く引っ張られた。

「行くぞ」
「あっぁ、うんっ」

別に一緒に行く約束をしていたわけでもないけど、断る理由もなく僕は流されるまま返事をしてしまった。僕の返事を聞いた玄弥くんはそのまま腕を引いて自分の隣に僕を並ばせるとパッと手を離した。

まさか並んで歩かされるなんて思わなくて、僕は困惑しながらも玄弥くんに遅れを取らないよう彼の歩調に合わせて懸命に学園まで歩き続けた。



◆◆◆



「あっ」
「あっ」

玄弥くんと一緒に学園まで歩いていると、校門前で偶然善逸くんと会った。

善逸くんも誰かと一緒に登校していたみたいで、彼の隣には見覚えのある男子生徒が立っている。すごく綺麗な顔立ちをしているから記憶には残っていた人だった。たしか彼も炭治郎くんとよく話していた生徒だった気がする。

「お前……」
「ぁ、お……は、よう……」
「まだ髪切ってなかったのかよ」
「えっ、あ……うん……ごめん……」

呆れた顔で言われて思わず俯いてしまった。あれだけフォローされたのにまだ切っていないとなるとそりゃあ呆れられるだろう。そろそろ何とかしないといけないとはわかっているんだけど、これがなかなかタイミングが合わない。

「何だあいつら」
「隣のクラスの……えっと、継国悠と不死川玄弥」
「知らねぇ」
「だろうな」

善逸くんの隣にいた男子生徒は僕達を一瞥すると、興味なさそうに鼻を鳴らして校舎の方へ行ってしまった。置いて行かれた善逸くんは「おい!」と声を掛けながら彼の後をすぐに追いかけて行った。

「…………」
「…………」

何だろうこの、微妙な空気は。
別に何かあった訳じゃないけど玄弥くんが一緒だとちょっと気まずい。二人して一度立ち止まってしまったというのもあってなかなか動けずにいる。

「……えっと……」
「…………」
「あ……」

どうしようかと考えながら俯いていたら玄弥くんは無言で先に歩き出した。僕も慌てて彼の後を追ってその一歩後ろを歩く。

いやもう本当、気まずい。
玄弥くん何も話さなくなったし、なんならちょっと不機嫌そうだし、原因が分からなくて余計に不安感に襲われる。僕が何をしたって言うんだ。

「……お前」
「えっ」

俯いて嘆いていたら突然前から玄弥くんが話しかけてきた。顔を上げたら、玄弥くんは真っ直ぐ前を見据えたまま歩き続けていた。

「あんまり髪型とか気にすんなよ」
「えっ……」

言われた意味が一瞬分からなくて聞き返してしまったけど、玄弥くんはそれ以降もう何も話さなくなってしまって──そのまま僕たちは気まずい沈黙を保ったまま、かぼす組の教室まで歩いて行った。

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