藤色の焔 | ナノ


宇髄から捕捉されながら説明を受けて、話の内容がようやく理解できた。

彼の話によると、任務先である遊郭にて鬼の捜索をしていたがその最中で遊女が次々と行方不明になっているらしい。そこで彼が消えた遊女を抱えていた店に尋ねると、遊郭で変わったことについてある二つの共通点が判明したとのことだ。

一つ目は見目麗しい女ばかりが姿を消しているということ。そして二つ目が、容姿が皐月に似た若い青年や少年達が遊郭に増えてきたということだ。

宇髄によると、遊郭のとある一角では男娼として男を引き入れる店もあるらしく、そこに最近若い男が次々と売り飛ばされているそうだ。そしてそれが何故か皐月と似た華奢で体つきの細い色白の男達であるという。

「金払ってその男共に話を聞こうとしたが、あいつら全く話が通じねぇんだよ。自分は望んでここに来たんだって言い張って、やたらと体関係を求めてきやがる。ありゃまるで洗脳だな。薬か何かで頭ん中派手に弄られてるに違いねぇ」
「なるほど……。売られた人間は皆皐月に似ているというわけか……」

鬼も皐月を探していたとなると、売人は外で捕まえた人間が皐月でないとわかった時点で遊郭に売り飛ばしているのかもしれない。それもご丁寧に、情報を吐かせないためにしっかりと手まで回してある。

そうなると人喰い鬼の仕業ではないように思えるが──彼等を遊郭に売ったのはただの人間ということだろうか。

「皐月が鬼ではなく人間に狙われることなど……」

外で人との関わり合いがほとんどない皐月にはあり得ない話だ。しかし俺が皐月の屋敷に居ない間彼が誰と会ったのかなどは俺にはわからないし、記憶を失くした今の彼に尋ねたのころでわかるはずもない。

「どうやらお前にも心当たりはなさそうだな……」
「うーむ……力になれず申し訳ない!だが皐月に似た人間が遊郭に売られているというのはどうにも引っ掛かりを覚えるな!詳しく調べる必要がありそうだ!俺も協力しよう!」
「ありがてぇが無理すんなよ? お前もう鬼と派手に戦えるような体じゃねぇんだからよ」
「否定できないのが不甲斐ないな!千寿郎には生きていてさえくれれば充分だと泣かれてしまったが、やはりどうしても戦えないというのは歯痒いものだ!」
「否定的な考え方ばっかするからそう思うんだよ。生きてりゃお前の家族とだけじゃなくあいつとも長く一緒にいられるだろ? お前は潔く身を引いて先に引退生活満喫してろ」

ぶっきらぼうな言い方だが、俺を気遣う宇髄の言葉にいくらか気が楽になった。やはり彼は信頼のおける良き仲間だ。こうして彼と情報を伝え合えるような仲であることを誇りに思うし、改めて有り難く感じた。

「男を売る売人については俺の方で調べておこう!遊郭については君の方が詳しいようだから現地調査も含めて任せても良いだろうか!」
「おう、任せとけ。嫁の定期連絡がもうじきくるだろうから──」
「遊郭か!それは少し気になるな!」
「!!」

宇髄が話している最中に、彼の言葉を遮るように俺の大声が突如部屋に響いた。宇髄の驚く顔が俺に向いて、怪訝な表情を作った。どうやら今の大声は俺が叫んだものと思っているらしいが──

「俺ではないぞ!」
「嘘つけ!ど派手にお前の声だったぞ!」
「すまん!今のは俺の声だ!!」

服の中から聞こえてきた己と同じ大声に視線が向く。首から掛けてあった、己の命とも呼べる鬼除けが急に熱を持ち出した。この感覚には覚えがあった。

よもや──今から姿を現す気か!

「まっ待て!今出す!」
「何をだよ」

宇髄には珍妙に見えただろうが、説明する暇もなく俺は姿を現そうとする式神に慌てて服の中から鬼除けを取り出した。
手に取り出すとそれはまるで心臓の鼓動のようにドクドクと脈打っている感触がした。

「……それ鬼除けか?」
「ああ!一応そうなる!」

突然鬼除けを出した俺に宇髄も困惑しているようだった。どう説明しようかと考えているうちに、宇髄の視線が俺の目から俺の背後へと向くのが見えた。彼の形の良い口がぽっかりと開いたまま、あり得ないものを見る目で呆然と何かを見つめている。

まさか、と己の後ろを振り返ると──

「先程の話、聞かせてもらったぞ!」
「…………」
「もう少し詳しく話を聞きたいのだが時間はあるだろうか!」

俺と同じ姿、同じ声をした式神が、腕を組んだまま仁王立ちしていた。


その直後──宇髄が今まで聞いたこともないような大声で騒いだのは、言うまでのもない。



◆◆◆



「要するにあんたは煉獄の顔した別人ってことか」
「有り体に言えばそうなるな!」

混乱状態の宇髄に一から説明するのにだいぶ時間を費やしたが、なんとか彼は納得してくれたようだった。しかし俺と同様で彼もまだ違和感が拭えないらしく、俺と同じ顔をした式神の顔をまじまじと眺めている。

「して、話は戻るが先程の遊郭の件、話の内容に少しだけ心当たりがある!」
「それ本当か?」

式神の言葉に宇髄は即座に食い付いた。

「ああ!今はもう数も少なくなってしまったが、琴乃葉家と同様に未だ陰陽師の血を引く人間やそれに関わる家系の人間はこの世に存在している!その中に八雲という薬師の家系があるはずだが、彼等は皆昔から遊郭に身を置き遊女達の診療をしてると聞いたことがある!売られた人間達の記憶を消すことも、その八雲の人間であれば造作もないことだろう!」
「なるほどなぁ……。で、その八雲って薬師が何か知ってる可能性が高いってわけか」
「うむ!しかし俺は八雲の人間が嫌いだ!出来るのなら会いたくはない!」
「こんな時に派手に我が儘言ってんじゃねぇよ」
「そこでだ!」
「聞けって。ホントに煉獄と似てんなお前」
「煉獄杏寿郎!」
「む!何だ!」

黙って会話を聞いていると突然顔を向けられた。やはり何度体験しても自分と同じ顔が突然向けられると少し驚いてしまう。早く慣れなければならないと分かっていてもそう簡単にはいかないものだ。

「君に遊郭へ行ってもらいたい!」
「俺が遊郭へか?」
「おい、お前はどうか知らないがこいつは上弦の鬼との戦いで傷付いて派手に動ける人間じゃねぇんだぞ。無茶なこと言うな」
「なにも鬼と戦えと言っているわけではない!八雲も所在を明らかにして欲しいだけだ!それにうまくいけば皐月の記憶を取り戻せるかもしれないぞ!」
「!!」

式神の台詞に思わず体が反応した。脳裏に過ったのは、皐月の笑顔だった。その時点でもう、俺の中で答えは決まっていたのやもしれない。

「どういう意味だ。俺がその八雲という人間と会えば皐月の記憶が戻るというのか?」
「それは君と八雲の交渉次第だな!しかしもし行く気なら気をつけた方がいい!琴乃葉家の人間と八雲家の人間は大昔から犬猿の仲と言われるほどの険悪な関係だ!今の八雲家当主はどう思っているかはわからないが、もし記憶を取り戻すことに力を借りるのなら八雲以外にうってつけの人間はいないだろう!」

行くか否か──俺と同じ目が問うように俺を見つめている。宇髄は横から口出しせずじっと見守っているが、式神を見る彼の目には疑いの色が含まれていた。まだ式神を信用していないのかもしれない。

たしかに確証がある話ではないし、宇髄が調査しているだけあって鬼が出る可能性も充分考えられるので危険性も高い。

だが皐月の記憶が戻る可能性が、そこに少しでもあるのなら──

「……行こう」
「おい、煉獄……いいのかよ。鬼が出るかもしれねぇんだぞ。俺は俺の任務があるから護衛なんかできねぇぞ」
「うむ!構わない!それに君の手を煩わせるつもりもないので安心してくれ!俺は君と別行動で調査するつもりだ!」
「刀も折れて、折れたものでさえもう手元にないのに行くつもりか? ここにいた方が安全だぞ」
「危険は承知の上だ!刀はどうにかできないか考えておくとする!色々と心配を掛けてしまってすまないな!」

そこまで言えば宇髄も渋々といった様子であったがそれ以外何も言わなくなった。もう何を言っても俺の意思が変わらぬことを察したのだろう。

「では決まりだな!準備が整い次第、皐月を連れて遊郭へ行くぞ!」

お互い何も話さなくなったのを見て、今まで黙っていた式神が口を開いた。しかし危うく聞き流してしまいそうになったそのとんでもない台詞に己の耳を疑った。

「待て!今なんと言った!」
「ん? 準備が整い次第、皐月を連れて──」
「皐月まで遊郭へ連れて行く気か!?」
「当然だ!でなければ八雲に記憶を戻してもらえないぞ!」
「いくらなんでも無理があるだろう!」

同じ顔、同じ声で言い争いが始まった。
皐月を遊郭に連れて行くなど聞いていなかったしそんなことは断固として反対する。

「俺は構わないが皐月を鬼が出るかもしれない場所に行かせるなど危険すぎる!皐月は稀血の人間だぞ!」
「あ? あいつ稀血の人間な──」
「しかし君が一人で行ったところで何にもならないぞ!医者の元に患者いなければ治療はできない!八雲を遊郭から連れ出すことは不可能だ!」
「おい、被せん──」
「しかし俺は皐月を危険に晒してまで記憶を取り戻したいとは思わない!」
「君の気持ちもわかるがこのままでは皐月は──」
「おい!おい!!俺が話してる途中で声被せんな!あと俺の前で派手に口論すんな!お前ら派手にデカい声だからうるせぇんだよ!」

終わりの見えない口論は宇髄が入ったことによって強制的に止められた。言ってやりたいことはまだあったが、冷静に考えるとここで俺と彼が揉めても何の進展もないように思えた。

「とりあえずますはその八雲とかいう人間をとっ捕まえて話を聞きゃいいんだろ? だったら皐月の記憶どうこうは後から考えりゃいい話じゃねぇか。急いだって良い結果が出るとは限らねぇんだからよ」
「宇髄の言う通りだ!皐月を連れて行くにしてもまずは八雲の素性を明らかにするべきだろう!話はそれからだ!」
「なかなか強情な男だ!しかし君がどうしてもと言うのなら致し方あるまいな!皐月は置いて行くとしよう! 」

二対一に分かれた意見に式神はようやく折れてくれた。 宇髄がいなければいつまでも口論が続いていただろう。

「決まったなら俺はもう行くぜ。そろそろ定期連絡がくるはずだからな」
「うむ!君には色々と世話になったな!ありがとう、宇髄!」
「よせよむず痒くなんだろ」

比較的早いうちに話がまとまったので、宇髄も腰を上げて照れ臭そうに笑いながら部屋を出て行った。

そうなれば俺も宇髄が向かう遊郭へと行かねばならないが、皐月にはどう説明すればよいだろうか。皐月には既に一緒に出掛けるという約束を取り付けてあるし、正直に遊郭へ行くと言えば事情を知らない彼に変な誤解を与えてしまうだろう。

今の皐月なら聞き分けも良さそうであるし、理由まで話してきちんと説明すれば納得してもらえるかもしれないが──



◆◆◆



「連れて行ってください!」
「駄目に決まってるだろう!」

皐月の部屋に戻った後、説明した後に皐月の口から出た予想外の返答に俺は即座に却下した。

せっかく式神を説得して皐月を置いて行く方向に話が決まったというのに、本人が行くと言い出せば話し合った意味がない。

「鬼が出るかもしれない場所にお前を連れては行けない!」
「でも僕の記憶を取り戻せるかもしれないんですよね? だったら一緒に行った方がいいじゃないですか!」
「そうかもしれないがお前は稀血の人間だ!鬼に一番狙われやすいんだぞ!傷もまだ完治しているわけではないだろう!血の匂いで鬼を引き寄せてしまうかもしれないぞ!」
「それでも僕は記憶を取り戻したいんです!ずっと忘れたままなんて嫌なんです!」
「気持ちはわかるが大事なお前を危険な目に遭わせたくはない!わかってくれ皐月!」

一歩も引かぬ姿勢の皐月に俺も強気になって説得を試みるが、皐月は泣き出しそうな顔で俺を見上げると唇を噛み締めて顔を俯けさせた。

──泣かせてしまっただろうか。

どっと押し寄せる不安と焦りに動揺が隠せず、なんとか皐月の顔を覗き見ようと下から顔を寄せると、近寄らせた肩を片手で押し離された。

「……もう、いいよ」

そのさりげない拒絶が、己の心臓を一瞬で凍りつかせた。

『お前なんか、好きになるんじゃなかった』

ささくれを撫でられたように、嫌な記憶が蘇ってくる。己の勝手な言動で皐月を傷付けてしまった後にはいつも後悔していた。何故皐月の気持ちにもっと寄り添ってやれなかったのかと。

『お前なんかッ……杏寿郎なんか大嫌いだッ!!』

強烈な苦痛と恐怖の記憶を植えつけられて、いまだに克服できていない。

皐月に拒絶されるのが怖かった。大事にしようとすればするほど空回りして、最後には皐月を傷付けてしまっていた。

俺の判断は間違っているのだろうか。
また皐月を傷付けてしまうのだろうか。

「皐月……」
「…………」

窺うように下から顔を覗き込むと、皐月は思い悩んだ表情をしていた。いつもならそんな表情も隠してしまうほど怒りを露わにするのだが、記憶を失っているだけあってか今だけは感情が素直に顔に出ている。

「……何故そんなに急いで記憶を取り戻そうとするんだ。急かした覚えはなかったが……俺の発言が何かお前を悩ませてしまったのか?」
「……ちがう」

小さい声だったが返事をしてくれたことにホッとした。この調子なら理由を話してくれそうだ。

「何か理由があるのか?」
「……早く、思い出してあげたかったから……」

目線を逸らしながら答えた皐月に、言葉を失った。

「杏寿郎さんが……記憶のない僕にいつも辛そうな顔をして話しかけていたから……早く記憶を取り戻して、お互いに笑顔で話したかった」

溢れてくる愛おしさに目の前が霞み、思わず目元を手で覆っていた。

皐月、お前は──何度俺を惚れさせて溺れさせるつもりだ。あまりのいじらしさに危うく手を出してしまうところだった。むしろ衝動的に口付けをしなかった自分を褒めてやりたい気分だ。

「……気を使わせてしまってすまなかった、以後気を付けよう。……しかし皐月、やはり遊郭へお前を連れて行くのは──」
「お願いします、杏寿郎さん……無理を言ってるのは百も承知です。でも、どうしても僕……行きたいんです」
「…………」

だから──そんな泣き出しそうな顔で『お願い』をしないでくれ。俺はお前のその顔に一番弱いのだ。

「……少し、考えさせてくれ」

素早く判断ができずに悩みに悩んでようやく出せた答えは、逃げたと言っても過言ではないなんとも中途半端な台詞だった。




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