短編小説 | ナノ

▽ 幸せと笑顔の食卓


このところ、クラスメイトである名前に避けられている。

いつもなら昼時になれば俺が昼飯を食べる屋上階段に訪れる筈なのだが、最近はめっきり来なくなってしまった。登下校も名前から声を掛けられて共に行くことが多かったが、今では出会うことすらない。

だが一番堪えたのは、同じクラスメイトの不死川実弥と名前がよく一緒にいるようになったことだった。元々そこまで仲が良さそうには見えなかったが、俺を避けるようになってから名前はとにかく不死川の元へ行くようになった。

そして一緒にいるようになったのは不死川ではない。同じクラスメイトである伊黒小芭内や三年の宇髄天元の元にまで行っている。不死川や伊黒だと名前が話しかけても顔を顰めるが、宇髄の方は楽しそうに笑って名前と会話を続ける。

以前まではそこで名前と話しているのは俺だったというのに、これは一体どういうことなんだ。俺は名前に何をしたんだ。何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

考えてみるが全く心当たりがない。話しかけようにも特に用事がないので話しかけることができない。

名前以外の相談相手と言えば、キメツ学園の用務員である鱗滝左近次さんや幼馴染みの錆兎くらいだ。しかし鱗滝さんの仕事を妨げるような真似はしたくない。それに錆兎もテスト勉強中だろうから俺の悩み事などに付き合わせたくはない。

では、どうするべきか──

「…………」



◆◆◆



「……でェ? なァんで俺がテメェなんかの相談に付き合わなくちゃならねぇんだァ?」

顔中に青筋を浮かべた不死川実弥が不機嫌そうな低い声を出して俺を睨んだ。

「……クラスメイトだろう」
「腹立たしいことになァ。だがクラスメイトだったら何だってんだァ」
「名前が俺を避ける理由が知りたいだけだ。お前なら理由を知っていそうだから訊いただけだが……何か問題でもあるのか」

最近二人でよく話しているからという理由で尋ねたと言うのに、何故か不死川は更に顔面に青筋を浮かべて眉間に皺を増やした。どうやらまた気付かない内に怒りを買ってしまったらしい。

「知るかンなこと!知ってたとしてもテメェに話す義理はねェ!失せろォ!」
「…………」

不死川は不機嫌ではあるが嘘をついているようには見えなかった。知らないと言うのなら無理に聞き出す必要はない。俺は踵を返して不死川の元から去った。

「……ッチ!ストーカー野郎が……」

最後の言葉は聞かなかったことにしておこう。



◆◆◆



「名前から避けられている理由……? そんなの決まっているだろう。単にお前が嫌われているだけだ」

不死川が駄目ならとクラスメイトの伊黒小芭内に尋ねてみたが、これも駄目だったようだ。俺は嫌われていないのでこの理由も俺が名前から避けられている理由には当てはまらない。

「……俺は嫌われていない」
「いいや嫌われている。少なくとも俺はお前のことが嫌いだ。大嫌いだ。顔も見たくない。そもそも避けられていると自覚した時点で何故そんな簡単な理由さえも察せないのだお前は。他人から指摘されて初めて気付くような間抜けだと自ら言っているようなものだぞ。全く情けない男だな」

相変わらずネチネチと長く責め立てるだけで真っ当な理由は話そうとしない。どうやら伊黒もハズレだったようだ。

「……そうか。わかった」
「そんなくだらないことを訊くため俺の貴重な時間を使わせたのかお前は。それでお前は自分の用件が済んだらさっさと退散するつもりか。普通一言詫びて行くのが礼儀だろう。そんな常識すら備わっていないのかお前の頭には。蜘蛛の巣でも張っているのではないのか?」
「……邪魔をしたな」

これ以上続けていても時間の無駄になりそうだ。それにまた意図せずして伊黒の顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうことになる。そうなれば更に面倒なことになるだろう。

「……フン。付き纏いめ……」

最後の言葉は聞かなかったことにしておこう。



◆◆◆



「ほぉう。で、最後に俺のとこに来たわけってか」

最後に立ち寄ったのは三年の先輩にあたる宇髄天元の元だった。彼はここ最近一番名前と仲良く接しているように見えたのでおそらく何かしら知っているだろうと思ったのだが。

「さぁてなぁ。名前が俺の周りウロチョロすんのは前からだったしな……。言われてみれば確かに最近話しかけられることが増えたような気もするが……」
「……何か俺のことは話していなかったか」

尋ねると、宇髄は何かを思い出したかのように一度だけ目を見開かせるが、それもすぐに半分ほど伏せると底意地の悪そうな嫌な笑みを浮かべて俺の顔を見つめた。

「……面白くねぇだとよ」

宇髄の言葉に、自分の片眉が微かに動いて反応を示したのがわかった。

「お前といくら話してても派手に盛り上がんねーから地味で面白くねぇって言ってたぜ」
「……戯けたことを言うな。名前はそんな事を言ったりはしない」
「ほー。えらく自信満々じゃねぇか。じゃあお前が名前に避けられてる理由が他に思い付くか?」

改めて問われれば思考が停止してしまう。他に理由が思い浮かばないからだ。それでも、名前に面白くないと思われて避けられているのだけは認めたくなかった。

「……俺の言葉足らずで知らずうちにあいつを傷付けてしまったのかもしれない。何か怒らせてしまったのかもしれない。それで避けられているとしか俺は思えない。……だったら俺がこれから行うことは一つだ」
「やめとけ。どうせ最後は逃げられるぞ」

この場を去ろうと踵を返した瞬間、背後にいる宇髄から淡々とした口調で止められた。その口振りはまるで、名前の事情を全て知っているかのようで──妙に俺の神経を逆撫でた。

「……関係ない」

逃げられれば追うだけだ。どこにも逃しはしない。俺を手懐けようと自ら近付いてきた名前が悪いのだ。執着されたとて文句は言えない筈だ。

「……馬鹿なこと考えんなよ」

最後の言葉は聞かなかったことにしておこう。



◆◆◆



「あれー? トミーじゃん。どうしたの、今帰り?」

放課後──今度こそ絶対に逃すまいと、名前が席を立つ前に彼の元まで向かった。黙って前に立つと彼は何も言わずとも俺の言いたいことを察したように笑顔を見せた。

「じゃあ丁度いいや。一緒に帰ろう」
「……ああ」
「うわ、珍しいね。返事してくれんの」

いつもなら黙って頷くか、頷くまでもなく黙って付いて行くだけの反応を見せ続けていたからだろう。名前は意外なものを見る目で俺を見上げケラケラと笑った。

「あ、じゃあさぁ、ついでなんだけど放課後暇? 暇ならちょっと付き合ってくれない?」

これには黙って頷いた。癖のようになっていたので口で返事をする前にそうしてしまったのだ。しかし名前はそんなことにあまり気にしていないようだった。いつも通りの笑顔を見せて「ありがとう。行こうか」と言った。

まだ教室の席に着いていた不死川も伊黒も、移動を開始した俺たちに見向きもしない。興味などないといった風だった。逆の時だと俺は落ち着かない気持ちで名前と教室を出て行く彼らの姿を見つめていたものだが。気にならないのだろうか。

「あっ、実弥ー。オバニャンー」
「おいその呼び方はやめろと何度も言った筈だろう。殺されたいのか」
「うるせェよ、デカい声で呼ぶな」

教室を出ようとしたところで名前は思い出したように後ろを振り返り不死川達の方へ顔を向けた。

「実弥達も一緒に帰ろ〜」
「冨岡を引き連れた状態で誘うな。虫唾が走る」
「あぁ、俺も珍しく伊黒と同意見だァ。とっとと失せろ」
「何だよ誘ってやってんのに!意地張っちゃってさ!ふんっ!」

「行こう、トミー!」と名前が顔を背けると俺の手を掴んで教室から出た。
名前に手を握られたことにより言いようのない温かな気持ちになりかけたが、そもそも以前名前は不死川達と帰る時に俺にだけは声を掛けていなかったことを思い出した。

温まりかけていた気持ちが徐々に重さを増して冷たくなってくる。まるで触れるもの全てを凍てつかせる氷のようだった。
名前に繋がれている手が唯一、離れ掛けていた俺の気持ちを繋ぎ止めていた。

「……名前」
「ん? なに?」

声を掛けると前を歩いていた名前が廊下で立ち止まった。振り返った名前は微笑みを浮かべて不思議そうに首を傾げている。

「……俺は」
「うん」
「俺は、お前に何かしてしまったのか?」
「え?」

傾げられていた首が更に傾いた。訳がわからないといった不可解な表情を見せている。

「え? 何で?」
「避けていただろう」
「誰を?」
「……俺を」
「別に避けてなんかないけど」
「だったら何故昼休みになっても屋上階段まで会いに来ない。何故不死川達とは帰るのに俺を誘わない」
「昼休みは部活動でずっと調理室にいたよ。ご飯も部活のみんなとそこで食べてたし。まあ、一週間献立って課題で作ってたからちょっと間は空いたけどさ……。あ、それと帰りも別にトミーのこと除け者にしてたわけじゃないよ。そもそも実弥達と帰ろうとしたらトミーすぐ居なくなってたじゃん」
「…………」

それはお前が、あまりにも不死川達と楽しそうに帰っていたから──声を掛けることができなかっただけだ。いつもみたいにまたお前から声を掛けてきてくれるものだと俺は思っていたんだ。

「……トミー、俺に何か用でもあったの?」
「……宇髄に、俺のことを面白くないと言ったのは本当か?」
「え? うん」
「っ……」

本当のことだったのか──あっさりと認められて全身が一気に重苦しくなった。肩に漬物石でも乗せられた気分だ。

「だってトミー、何話しても表情変化乏しいんだもん。ドッキリ仕掛けても反応薄いし。面白くないから今度トミーのこと派手にビックさせてみようって天ちゃん先輩と計画し──っあ!」

パンッと大きな音を立てて自分の口元を両手で押さえた名前が青褪めた顔で俺を見た。今更隠したところでほとんど内容を話してしまっているから意味がないと思うのだが。

「……今のナイショね」
「……俺に言ったところでどうなる」
「もぉー!トミーが誘導尋問するからだよ!これからびっくりさせようと思ってたのに!」
「俺のせいなのか……」

大きなため息まで吐かれて反応に困った。
これは俺が謝るべきなのか。

「もうしょうがないからここでネタバラシするよ」
「今ここでできるものなのか」
「うん。内容はね……ちょっと」
「……?」

手招きをされたので名前の元まで近付いた。少し屈んで耳を傾けると、手を添えた名前が俺の耳元に唇を寄せた。

「実はね……トミーの赤ちゃん出来ちゃった……って言おうと思ってた」
「…………」

──そんな粗末なドッキリでよく俺を脅かそうと考えたものだな。逆に感心する。

全く心に響かなかったせいか眉一つ動かなかった。きっと名前が期待していた反応とは真逆の反応だろう。案の定名前が「反応なしかよ!」と叫んで俺の肩を叩いてきた。

「……俺とお前とで性交した経験もないのにそんな嘘が通じるはずがないだろう。そもそもお前は男で俺も男だ」
「トミーならその辺信じそうかなぁって思ってたのに……」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「寡黙な天然ドジっ子」
「子宮を持って出直してこい」
「何だとこのーっ!トミーのスケベ!」
「スケベじゃない」
「無自覚スケベ!むっつり!」
「帰るぞ」
「むぉーっ!」

肩を殴りつけてくる名前の片手を捉え引っ張った。後ろでまだ喚いている名前に顔を見られないようにしながら、そっと微笑みを浮かべて前を歩いた。


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