短編小説 | ナノ

▽ レモン味の判別


嘴平伊之助は俺の幼馴染みで、住んでいる家がお互いに隣同士だった。俺も伊之助も家が二階建てで自分の部屋が二階にある。家と家との距離が近いから、自分たちの部屋も二階の窓から行き来できるくらい近い。小学生になった頃にはよくそこから部屋を行き来していた。そしてそれは中学生になった今でも変わらない。

漫画の貸し借りも、ゲームする時も、なんなら泊まる時だって俺たちはお互いの部屋にその窓を通って行って遊んでいた。俺の親は玄関使えってうるさいけど、伊之助ん家のお婆ちゃんは何も言わないらしい。俺は伊之助の優しいお婆ちゃんが大好きだった。だから俺は俺の家より伊之助の家に居る時の方が落ち着いた。


「おい、名前!」
「ん?」

窓を叩く音がした。そして伊之助の声も。
宿題を終わらせていた俺はシャーペンを机に置くと、椅子から腰を上げて窓辺まで行った。案の定、窓の外には屋根の上に屈んで窓を小突いている伊之助がいた。
伊之助は俺が窓辺まで来たのを見ると歯を見せて笑って窓に自分の顔を貼り付けた。

「名前!開けろ!」
「なんだよ」

俺は言われた通り窓を開けてやった。
鍵なんか別に掛けていないのに、中学生になってから何故か伊之助は俺に許可を得ないと窓から入らないようになった。だからといって玄関から来るような奴じゃないんだけど。

開いてやった窓から入ってきた伊之助は、窓の下に敷いていた足拭きマットの上に降りると俺に向かって突然拳を突き出してきた。

「なに?」
「これやるよ!」
「え?」

そうして開かれた手の中には、袋に包まれた飴があった。袋の色味からしてレモン味だろうと思われる。どうしてこんなもの急に出してきたんだろう。

「何これ。飴?」
「薬局のくじ引きで俺が当てたのど飴だ!いっぱいあるからお前にやる!」
「えーマジで? すごいなお前……ありがとう、もらっとく」
「ふん!感謝しろよ!」

飴一個だけを当てたのならたぶんそれはハズレ枠のものだろうと思うけど、伊之助から好意でもらえたものなら俺は何だって嬉しかった。素直に礼を言うと、伊之助は鼻を鳴らして腕を組み得意顔をして見せた。

「つーかお前のはいいの?」
「あ? 何がだ?」
「飴だよ。これ一個だけ当てたんじゃないのか?」
「はあーッ!? 舐めんじゃねぇ!ちゃんと袋で当てたに決まってんだろ!」
「えっ、じゃあマジで当たりじゃんそれ。すごいな」
「ふふん!それだけじゃないぜ!当てたのはもう一つあってだな……」
「なに? 石鹸とか?」
「違ぇ!温泉旅館だぁ!」
「えっ、うそ!マジか!?」
「マジだ!!」

興奮したのか、伊之助は俺のベッドの上に勝手に上がると仁王立ちしながら俺を見下ろしだした。お前普段靴も靴下も履かないんだから汚れた足で俺のベッドの上に上るなよ。

「一昨日ババァにくれてやったから明日から俺は家に一人だぜ!」
「えーいいなぁ〜……って、え? 一人? お前が? 家で?」
「ああ!」

それはいくらなんでも不安しか残らないだろう。こいつ料理も掃除も洗濯も全部適当で、とりあえず形になればマシってくらいの家事レベルなのに。一人で生活するって、そんな昔みたいに猪に育てられてた森の環境でもないのに無理があるだろう。

「お前一人であの家に生活させたら絶対火事になると思うんだが……」
「ならねぇよ!つーかほぼお前ん家で過ごすから問題ねぇ!」
「はあ? 何だよそれ。泊まるってことか?」
「ダメなのか」
「いや、ダメって言うか……まあ、母さんに聞いたらたぶん断らないと思うけど……」
「なら問題ねぇな!」

伊之助はそう言って盛大な笑い声を上げると、用が済んだのかそのまま「じゃあな」と言って窓から出て行った。

いや、じゃあな、じゃねーよ。何が“じゃあ”なんだよ。明日からよろしく頼んだぜって意味かそれ。こっちの都合とか少しは考えろ。

伊之助はこういう、ちょっと自分勝手というか強引なところがあるから昔から学校の中でもみんなに避けられている方だった。気に食わないことがあると暴力的に解決しようとすることもあるし、会話しても話が噛み合わなくて後々トラブルになることもあるし、そういった問題で教育委員会の中でも有名な問題児として扱われている。

でもあいつ、体は性格に見合ってムキムキマッチョだけど顔がいいから女子には割とモテている。顔だけは、本当に。でもやっぱり性格のせいで結局モテ度はプラマイゼロ。前に奇跡的に女子から告白されたらしいけど、そりゃあもう校内で噂になるくらい酷い振り方をしたらしい。あくまでも噂だから俺はそんなに気にしてないけど。

とまあそういうことで、現在伊之助の周りに寄り付いているのは昔から一緒に過ごしていた幼馴染みの俺と、菩薩級に気の優しい同級生の竈門炭治郎と超ビビりの我妻善逸くらいだ。寄り付いているというより、普通に声を掛けてきてくれるという感じだろうか。

俺たちの通う学園は中高一貫だから、きっとこのまま四人で同じ高等部にまでいくんだろうと思う。その時までこの関係を保っていられるかは正直わからない。

それは別に伊之助のことが段々嫌になってきたとかそういうのじゃなくて、逆に俺は伊之助のことがもっと好きになり始めてきたということだ。それも、友愛とかそういう感情を超えた意味での感情。

最近あいつのこと無意識のうちに目で追ってる自分がいて、一緒にいるとそれだけで嬉しいって気持ちになって、なんだか変な感じになるんだ。伊之助の名前を伏せて友達に相談したら「それは恋だ」と言われたけど、俺はまだこの気持ちに半信半疑でいる。

だって俺も伊之助も男同士だ。たしかに伊之助は顔は女の子っぽくて綺麗だけど、俺は別に伊之助のそこだけに惚れてるとは思えない。ぶっちゃけるなら顔なんか見えてなくても伊之助が隣にいてくれるだけで幸せなんだから。でもそれって、めちゃくちゃ仲の良い友達同士でも感じることじゃないのかって俺は思う。

だからまだ、この感情が友愛のものなのか恋愛のものなのか俺にはわからない。少なくとも、自分で文句を言いつつも伊之助が泊まりに来てくれることが嬉しいって感じてるのはわかっている。

「……部屋掃除しとこう」

宿題は後回しにすることにした。



◆◆◆



伊之助の泊まりに行く宣言から一日経って、ついにその日が訪れた。明日は休みだし、思い切り羽目を外す気で遊んでやろう。

この日の為に昨日借りてきた映画も部屋のDVDレコーダーにセットしといた。内容はもちろん伊之助の好きそうなアクション映画だ。お菓子もジュースも用意してあるし、あとは伊之助が来るのを待つだけ──

「名前!」
「!」

窓を叩く音が聞こえた。振り返ったら、案の定伊之助が窓の外にいた。すぐに開けに行ってやって、手ぶらの伊之助を部屋の中へと招き入れてやった。

「おはよう。手ぶらじゃん、荷物は?」
「いらねぇ。いるもんあるならここから取りに行く」
「だよなぁ。まあいいや、朝飯食った?」
「食った!でもあるなら食うぜ!」
「わかった。じゃあ下行くか」
「おう!」

相変わらず朝から元気な伊之助を連れて一階のリビングまで行くと、朝ご飯を既に作ってくれていた母さんが「あらまあ」と大して驚いてもいないような声を出して見せた。

「おはよう伊之助くん。早かったね」
「ババァが早く出て行ったからな!」
「さとさんは元気?」
「ああ元気だぜ!最近肩凝ったとか言ってやがったから俺がぶっ叩いてやったら元気になった!」
「お前それ……ちゃんと力加減したんだろうな」
「してなかったらババァは今頃元気じゃねぇだろ」
「だな。病院行きだ」
「不謹慎な話しないの。二人ともさっさと食べちゃいなさい」
「よしきたァ!」
「あぁ伊之助くん、あなたはまずは手を洗って来なさい」
「げぇ」
「洗って来いよ伊之助」

今日は伊之助がいるから騒がしい朝食になりそうだなぁと思いながらも、それが別に嫌でもなくてむしろちょっと楽しいと思っている俺は相変わらず伊之助のことが大好きらしい。



朝飯を食べると、母さんは用事があるからと言って早々に家を出て行った。今日は父さんも仕事で早く出て行ったから実質俺の家も伊之助と同じで保護者不在だ。

「伊之助、暇だしゲームでもするか?」
「何のゲームだ!」
「えーっと……お前何がいい? 前やった格ゲー?」
「あー? テレビのやつはやらねぇ!」
「なんだよ。前に俺が勝ったことまだ根に持ってんのか」
「ちげぇ!したくねぇんだアレは!」
「なんで。お前も熱中してたじゃん」
「しないったらしないんだよ!」
「わかったわかった」

困った。ゲームをしないとなると何をするか。映画はやっぱ夜見たいし、かと言って漫画を二人してだらだら読んでいてもそれはちょっとつまんないしいつもやってることだし、何して遊べばいいんだ。

「……伊之助、何かしたいことあるか?」
「何か勝負してぇ」
「じゃやっぱゲーム……」
「しねぇ!」
「えーじゃあ何すんだよ。腕相撲か?」
「お前弱っちいから面白くねぇ」
「怒るぞお前それは」

せっかく泊まりがけの遊びなんだから盛大なことしてみたいって思ってたのに、これといってやりたいことも思いつかない。もうこうなったらテレビでも見るしかなさそうだ。

「アニメかなんか見るか?」
「見ねぇ」
「はー? お前もう何なんだよ。何したいわけ?」
「別になんかしに来たわけじゃねぇ」
「え? じゃあ何……ああ、泊まりに来ただけか……そっか……」

別に俺と一緒に何かしたいから来たわけじゃないんだなって考えるとちょっと胸が苦しくなった。やっぱりコレって恋なんだろうか。だとするとコレは俺の初恋になって、そんで実ることもない初恋として終わるんだろうな。

だってこいつ男だし。俺のこと別に意識してる風でもないし。俺から告白したとしても絶対気持ち悪がられるし、最悪友達解消とかされそうだし。それならまだ幼馴染みの特権が使える関係であり続けたい。

「おい」
「ん?」

さてこれからどうするか──なんて考え出した頃に、ふいに伊之助から呼ばれた。部屋の床に胡座をかいて座っていた伊之助は自分の隣をぼすぼすと叩いている。

「こっち座れよ」
「……? うん」

意味がわからないがとりあえず言われた通り伊之助の隣に座った。自分の膝を抱えて、伊之助が次に何を言うかと待ち構えていたが彼は何も言わない。どこを見ているのかわからないが、何故かじっと前を見据えたまま黙っている。

「……え? なに? どした?」
「別に」
「いや、怖い怖い。なんだよ、何かあるならハッキリしろよ」
「…………」
「何か喋れよ!」

口を開けたと思えばやっぱり何も言わないから益々怖くなってきた。何がしたいんだこいつ。
しばらく大人しく待ってると、突然伊之助がその場から立ち上がった。

「なんか見せろッ!」
「何をッ!?」
「あるだろ何か!」
「えぇ? ……あ、映画!映画ならある!」

伊之助からの無茶振りに慌てたものの、最後の切り札として残していた映画があったのを思い出して俺はついDVDレコーダーの方に逃げてしまった。

「映画ぁ?」
「ああ、昨日借りに行ってお前の好きそうなの選んどいた!」
「……ふぅん」

コレじゃまるで伊之助のご機嫌とりみたいだな──そんな風に思ってしまう自分に悲しくなりつつ、俺は予めセットしておいた映画を再生させた。


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