短編小説 | ナノ

▽ 見合ったカラダ


朝、交番にて今日一日の報告書を作成し終えた尾形は、腕時計を見てそろそろ引き継ぎ作業に移らなくてはならない事に気付いた。

「交通整理に行ってきます」
「ああ、頼んだ」

席を立ち、引き継ぎの者が出勤してくる前にいつもの学童の交通整理へと向かう。少し前までは子供が苦手で避けていた作業だったが、名前と付き合っている内に尾形の子供への苦手意識もだいぶ変わってきた。

その日の配置によっては登校中の名前ともたまに会うことがあり、そういった時は不思議と少しばかり仕事の疲れが消えるのだ。

しかし今日の配置からして名前と会うことはないだろう。尾形は曜日ごとに決められた配置表を確認して、今日の配置が名前の登校ルートでないことを知って無意識のうちにため息をついた。
突っ立っていても仕方ないので、尾形は時間に間に合うよう少し早めに交番を出た。


「おはようございまぁす!」
「おはようございまーす!」
「おはようございます!」

現場に着くと、横断歩道の傍に立って登校中の子供達を見守る。その際ほぼ必ずと言っていいほど、警察官の尾形は小学生達に挨拶をされる。それも敬礼付きでだ。真面目な月島や谷垣などはここで笑顔で挨拶を返すのだろうが、尾形や二階堂のような警察官はほぼ無表情で敬礼を返すだけである。一日分の仕事の疲れが溜まっているのだ。無理もない。

そんな不真面目な警察官でも、着ている制服というのは強い力を持つ。走る車はスピードを落とし、すれ違う人間からは物珍しげにジロジロと見られる。警察官の前で堂々と悪さをしようと考える輩はそういないだろう。

しかし、そんな小学生達の憧れの的のような存在である警察官でも、仕事にだらしのない人間が含まれているのは事実だ。あくびを噛み殺し、淡々と子供達を横断歩道の向こう側に送り出す。無論、挨拶は無しだ。

「あっ……尾形お兄ちゃん!」
「……!」

聞き知った声が聞こえた。尾形は背後を振り返り、声の主に眠たげに落ちかけていた瞼を見開いた。

「おはよ〜」
「名前……」

尾形は困惑した。ここは名前の登校ルートではないはずだからだ。場所を間違えたかと一瞬思ったが、周りを見渡してもここが今日の配置であることには間違いない。尾形はもう一度名前の方を見た。

「お前、こっちからも通るのか」
「ううん。あのね、こっちが近道だよってクラスの子が教えてくれたの。だから今日はこっちから来たの」
「……団地から行くとこっちは遠回りだぞ」
「えっ」

名前は少しショックを受けたような顔をしたが、すぐに首を傾げて「間違えたのかなぁ」と呟いた。自分がからかわれて偽情報を掴まされたとは微塵にも考えていないのだろう。尾形は呆れた顔をして見せた。

「……その近道とやらを教えたクソガキとは二度と付き合うな。こっちの道から行けばお前の登校ルートと合流するから、こっちを通れ」
「うん。尾形お兄ちゃん、ありがとぉ」
「車に気を付けて行け」
「うん。バイバ〜イ」

終始にこやかな笑顔でいる名前と別れ、尾形は小さくため息をついた。気が付けばまた、今日一日分の疲れがどこかに吹き飛んでいた。しかしその代わりに、名前との交友関係が気になって気付かぬ内に心労が増える。

「……あいつの身内だからな……」

能天気でお調子者な坊主頭の顔を思い出し、尾形は目を細ませる。
その後すれ違う子供達は、相変わらず尾形に対して敬礼して見せながら挨拶を投げ掛けてくる。尾形は適当に応えつつ、横断歩道を渡る子供達をぼんやりと眺めた。

──子供は気楽でいいもんだ。

早朝に出勤し、立番、巡回、交番勤務の繰り返し。事件が起きれば駆り出され、それが交替直前に起きれば残業だってしなくてはならない。警察官一人がカバーする住民の人数は平均すると500人程度。人口の多いここは他所に比べれば更に忙しくなる。

大人になるまでの間、勉強と運動を取り敢えず頑張ればいいだけの子供達は、今の尾形の目に気楽に映った。しかし先ほどの名前同様、人間関係での問題が生じればそうお気楽とも言ってられないだろう。それでも尾形は、何も考えずに生きていけたかつての学生時代を思い出し、懐かしさに目を瞑った。

「おはよぉございます!」
「…………」

元気な朝の挨拶に、尾形は無言を貫いた。


◆◆◆


勤務終了後、警察署で着替え終えた尾形は真っ直ぐに団地へと帰宅した。
シャワーを浴びて部屋着に着替え、何も考えずにベッドへ直行する。その時点で時刻は朝の10時になろうとしていた。明日は非番であるのでゆっくりと休める。尾形は何の心配もなく瞼を落とした。



──あれからどれほどの間眠っていたのだろうか。尾形はカーテンの隙間から漏れた暖かな日差しで目を覚ました。

明日は休みなのでこの際もう少し寝ていようかとも思ったが、空腹を告げる腹の音に尾形は無言で体を起こした。

「……っ?」

その時、ベッドのシーツの上に見えた自分の素足に尾形は違和感を感じた。筋肉もほとんど見当たらない、細く白い小さな足。恐る恐る指を動かすと、それは自分と意思と同じように動いた。尾形はそれにゾッとして手を見てみた。
細い、小さい、白い。指先にあったはずの肌の荒さもほとんど見当たらない。尾形は恐ろしくなって掛け布団を一気に翻した。

「……ッ!」

視界に映った自分の体に尾形は言葉を失った。眠る前に比べて体が縮んでいたのだ。

夢でもみているのかと思ったが、今は動揺の方が勝っていて確かめようという気にもならなかった。

取り敢えず尾形はこの姿を確認すべくベッドから降りてみた。床に足がつくとゆっくりと立ってみる。歩行や動きに問題はないらしい。そのまま洗面所まで走ってみるが、足音が普段のそれと全然違う。ペタペタと軽い裸足の足音が尾形の嫌な予感を助長させた。

洗面所にたどり着いた尾形が、いつもより少し高い位置に見える鏡を覗いた。

「ど、どういうことだ……」

そこに映っていたのは、一人の少年の姿──尾形百之助の子供の頃の姿だった。

声を出してみても大人の頃より高くなっている。声質までも若返っているらしい。
尾形は思わず自分の頬に触れていた。肌質は柔らかく、顎髭も傷跡もない。見た目から察するに、10歳前後の少年期の自分だと思われる。この頃にあまりいい思い出のない尾形は、鏡に映る自分の姿に眉根を寄せた。

「……どうすればいいんだ、こんなの……」

若い自分の声に違和感を感じながら、尾形は頭をひねって考えた。
誰かに相談しようにも、自分の少年期を知らない人間には冗談に受け止められるだろう。それどころか、この容姿では場合によっては大人の自分の子供だと思われてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

幸い明日は非番である。取り急ぎ休みの連絡を入れなくて済むことに尾形は息をついた。何となしに時計を確認すれば、時計の針は午後4時を指していた。この時間なら、地域巡回から戻った警官が交番に戻る頃だろう。

面倒だがやはり月島か谷垣に相談すべきかと尾形は一瞬考えた。しかし今の格好で外に出るのは無理だ。何故なら尾形の今の格好は、大人の頃に着ていた服装をそのまま子供の自分が着ているからだ。サイズがちぐはぐでズボンや下着すら落ちてしまっている。

「……子供服なんかどうしろと……」

呟いた直後に尾形は閃いた。しかしその閃きに尾形の顔が一気に曇った。

──名前はダメだろう。着れたとしても、この姿でどう説明する。

考えに考え抜いて、尾形は一度ベランダに出た。柵をよじ登り、隣側のベランダを覗いてみる。体が小さくなると大人の頃のように上手くいかず、尾形は覗くだけの行為にだいぶ手を焼いた。

尾形が頑張って覗いてみると、隣の窓は閉じられた状態だった。夕陽に反射した窓の向こう側はかなり見えにくかったが、窓の向こうで何かが動いたのが見えた。しばらく眺めていると、それが名前だということが確認できた。幸いにも杉元や白石の姿は見えない。

尾形は更に柵をよじ登り、隣のベランダまで渡るといつもより高く見える柵を降りた。今度ははっきりと見える窓の向こう側で、名前が何かノートに書いている。どうやら宿題をしているようだった。

構わず尾形は窓をノックした。音に気付いた名前がキョロキョロと辺りを見渡し、そしてベランダの向こうにいる尾形に顔を向けた。

「……!」

名前の目がみるみる内に大きく見開かれていく。尾形はどう説明すべきかと、今更ながらに考え始めた。しかし考えがまとまる前に名前がベランダの前にまで駆け寄って来たので、尾形は考えることをやめた。ガラガラと窓と網戸が目の前で開けられた。

「だれ……?」
「…………」

尾形ははっきりと名乗るべきか一瞬躊躇った。しかしここまでやって来た以上、名乗らずにいるのは名前の不信感を買うだけだ。せめて下に履くものだけでも貸してもらおうと思っていた尾形は、名前に名乗ることを決意した。

「尾形だ」
「…………」
「…………」
「……尾形、お兄ちゃん?」
「…………」

尾形は黙って頷いた。
自分なら疑ってかかるが、名前はどう思うだろうか。尾形は冷や汗を伝わせながら名前の顔を見つめた。名前はキョトンとした顔でじっと尾形の顔を見ていた。

「……縮んじゃったの?」
「は……」

たしかに縮んだには縮んだが──尾形は素直に尋ねてくる名前に呆気にとられた。

「どうやって縮んだの? 僕にもできる?」
「……知らん。大体、お前がそれ以上縮んだところで何が変わるんだ。俺はただ借りたいものがあってここに来たんだ」
「借りたいもの?」
「ああ。……お前のズボンが借りたい」
「僕のズボン?」

名前はぱちぱちと瞬きをすると、突然自分の履いていたズボンを脱ぎ始めた。尾形はギョッとして思わずその手を止める。名前は不思議そうな顔を上げた。

「バカ!お前が今履いてるものが欲しいんじゃない!」
「えっ……でも、ズボン……」
「予備でないのか、他のズボン!」
「お洗濯してる……」
「…………」

尾形は無言で上を見上げた。物干し竿に吊るされた洗濯物の中には、確かに名前のズボンが干されてあった。尾形はさっと手を伸ばし、掛けられてあったズボンを引っ張りとった。朝に干されたものなのか、幸い洗濯物は乾いていた。

そのまま視線を同じように干された子供用の下着に移したが、そこは曲がりなりにも警察官だった尾形には拝借するのに抵抗を感じさせた。仕方なく尾形は「コレ借りるぞ」と一言伝えてズボンを履いた。小さめサイズなので少しキツいが、履けないことはない。

「尾形お兄ちゃん、小さくなっても洗濯物に手が届いていいなぁ」
「そんなところ羨ましがるな。俺はこの姿が嫌いなんだ」
「なんで?」
「一々聞くな」

尾形はそのままベランダを伝って自分の部屋に戻ろうとしたが、名前のズボンはキツめなのでなかなか足が上がらない。下手をすれば柵から落ちてしまう。尾形は深いため息をついて、一度登った柵から下に降りた。

「一度脱いで渡った後に履き直すか……」

尾形が別の策を考えていると、唐突に玄関の方からドアが開けられる音が聞こえた。尾形は勢いよくドアの方に顔を振り向かせた。

「名前〜、ただいまぁ〜」
「あっ、由兄ちゃ……っわ!」
「ん? 名前〜?」

振り向こうとした名前を尾形は慌ててベランダの隅に引きずり込んだ。口を押さえ、声を出さないようにさせて名前の背後から耳元に口を近づける。

「あいつに俺が尾形だってことは絶対に言うな。友達が遊びに来たとでも言え。いいな?」
「……っ」

コクコクと頷く名前を見て尾形はようやく手を離してやる。そして名前を探し回る白石の前に、探されていた本人が現れた。

「由兄ちゃん!」
「あっ、名前〜。どうしたんだよ、そんなところで」
「あのね、僕の友達が来てるの」
「友達? チカパシか?」
「ううん、おが…っむぐ!」
「うお!?」

突然ベランダから現れた謎の少年──尾形に、白石は肩を跳ねさせて驚いた。尾形は名前の口を後ろから押さえ、強い力で腕を掴んでいる。尾形の硬い作り笑顔が白石に向けられた。

「お邪魔しています。名前くんと同じ学校で遊んでいる尾賀です」
「あ、あー……どうも。白石由竹……です」

明らかに怪し過ぎる行動に白石は若干引いたが、名前がチカパシ以外の友達を連れて来たことには少し嬉しさもあった。二人でぎこちない挨拶を交わした後、白石は何か飲み物を用意してやるべく台所へと向かった。

しかし白石が見えなくなった途端、尾形は先ほどの作り笑顔を一瞬にして消して名前の体を自分に向き直させた。無表情で顔を詰め寄らせ、圧をかける。

「……俺が尾形だってこと、あいつに言うなってついさっき言わなかったか……?」
「……ごめんなさい……」
「もう余計なことは言うな。俺に合わせてお前はただ黙って頷いてろ。いいな?」
「うん……」

今は子供になっているにしてもその圧迫感は変わらず、名前は尾形の気迫に眉尻を下げて頷いた。

「尾賀……くん、だっけ? お茶と牛乳どっちがいい? ジュースとか置いてなくって申し訳ないけど」
「お構いなく。すぐに出て行きますので」
「え〜もっとゆっくりして行けばいいじゃん。お菓子あるよ?」
「いえ、本当に……」
「あっ、ゲームする? 最新式なものはないけど、少し古いのでいいならソフトはたくさん……」
「チッ……いらねぇって言ってるだろ」
「えっ?」

ボソリと聞こえてきた言葉に白石は自分の耳を疑った。思わずリビングの方に顔を向けるが、そこには口を結んだ名前と相変わらずニコニコ笑顔の少年が立っている。

──おかしいな。今確かに子供らしからぬ発言が聞こえた気がしたんだけど。

白石は不審に思いつつ二つのコップにお茶を注ぎ入れた。白石が視線を外したところで、またも尾形は作り笑顔を消して足早に玄関まで向かった。自分の後ろを凄い勢いで通り過ぎって行った尾形に白石は気づかない。

尾形は何も考えずに自分の部屋にまで戻ったが、ドアを開けようとした時点でようやく思い出した。自分が玄関から来ずに、ベランダを渡って名前の部屋に来たことに。そうなるともちろん、この部屋のドアの鍵は施錠されたままである。尾形は自分の愚かさに頭を抱えた。

「尾形お兄ちゃん、お部屋入らないの?」
「!!」

自分のすぐ斜め後ろから聞こえた声に尾形は勢いよく顔を振り向かせた。そこには何故か置いてきたはずの名前が立っている。尾形はハッとして自分の右手の見下ろした。その手はしっかりと名前の手を握りしめてあった。尾形は二度続いた自分の失態に死にたくなってきた。

「名前!?」

そこへ遅れて現れた白石にとどめを刺され、尾形はいよいよ八方塞がりだと逃走を諦めた。白石の方へと振り返り、大人しく彼の元まで向かう。

自分の方へと無表情で近付いてくる少年に白石は軽く恐怖を覚えた。初めて会ったにも関わらず、この言いようのない圧力にはどこか既視感を感じた。そして目の前で立ち止まった少年に白石は息を飲んだ。

「……もう隠さずに言わせてもらう」
「えっ?」
「俺は……」
「尾賀くん、尾形お兄ちゃんの親戚なんだって」
「!?」
「でも遊びに来たのに尾形お兄ちゃんがいないから、お部屋に入れなくて困ってるの」

言葉を続けようとした尾形に、突然名前が言葉を被せてきた。尾形は唖然とした顔で名前の横顔を見つめ、白石は尾形というワードに怪訝な顔をして見せた。

「尾形ちゃんの……親戚?」
「うん。だからね、僕のお家のベランダからなら入れるよって言ったらね、遊びに来てくれた」
「お前……」
「そういうことか〜。どうりでなんか見覚えある顔だなぁって思ったぜ」

尾形は名前の咄嗟のフォローと白石の単純さに救われた。ホッと息を吐き、冷や汗を拭った。

「けどベランダからの出入りは危ないぜ? 俺の部屋でいいなら尾形ちゃんが帰るまで待ってれば?」
「……わかった」

ここにきて突然タメ口になった少年に、白石は益々この少年が尾形そのものに見えてきて背筋を震わせた。そもそもよく見れば裸足であるし、着ている服も体に見合っていない大きさで怪しさ満点だ。しかし下手な扱いをして後で仕返しを受けると怖いので、白石は不審に思いつつも彼を丁重に扱おうと心に決めた。


◆◆◆


白石は名前と尾賀──基、子供の姿の尾形を連れて自分の部屋に戻った。

見れば見るほど尾賀少年はどこか尾形に似ている。子供のくせにほとんど無表情で、何も話そうとしない。出したお茶やお菓子にも全く手を付けなかった。白石は少し離れた位置でそんな無愛想な少年をぼんやりと眺めた。

一方名前はやりかけだった宿題を進めていた。算数のドリルに取り組む名前の横で、尾形はドリルの内容を覗き見ている。中身が大人である尾形にとってそのドリルの問題集は簡単過ぎた。元々英才教育を受けていた名前にとっても、その宿題は簡単過ぎたようだ。問題はあっという間に全て解かれた。

「尾賀くん、遊ぼぉ」
「……何して遊ぶんだよ」

終わった宿題をランドセルの中に詰めた名前が笑顔で尾形に遊びを持ちかけた。ひねくれている尾形はニコリとも笑わず言葉を返す。その問いに名前はあまり使うこともない白石のゲーム機を取り出して、コントローラーを尾形に渡した。受け取った尾形はコントローラーを見下ろして目を見開いた。

「ピクミン〜」
「……随分古いの出したな」
「え〜そんな古くないでしょ〜。楽しいよ? なぁ、名前」
「うん」

楽しそうな表情でゲームの準備を進める名前に尾形は息をついて肩を下ろした。

たまにはこんな風に遊んでみるのも悪くない。どうせ元に戻る方法もわからないのだ──尾形は諦め半分の気持ちで名前の遊びに付き合うことにした。

「コレ二人で遊べるのか」
「うん。ミニゲームもあるよ」
「普段は俺と名前でやってるぜ」
「ふぅん……」
「うわ、全然興味なさそー……」

苦笑する白石の前で名前と尾形はゲームを始めた。
最初は操作方法が分からず尾形も操作に手こずったが、ミスをする度に名前と白石が横から一々アドバイスをしてくるので嫌でも操作を覚えてしまった。それに、何度か遊び進めている内にミニゲームの内容も大体理解できた。

「尾賀くん、そこそこ!蜜入った卵あるよ!」
「あっ!僕も欲しい〜!」
「いらんから全部やる」
「わぁい、ありがとう〜」

尾形は正直何が楽しいのかよく分からなかったが、この姿でこうして名前と一緒に遊んでみて「もし昔の自分にこんな過去があれば、今頃どういう大人に育っていたのだろうか」と考えるようになった。

そんなことを考えている内に、自分の連れていたピクミンがいつの間にか謎の生き物に食い殺されかけていた。名前が必死に助けに入っている。

「あ〜っ!」
「ああ……悪い」

尾形はすぐに連れていた紫ピクミンで敵を殲滅させ、失った分の人員を確保すべく的確に動く。最初こそ抵抗を感じていたものの、やってみると案外楽しく尾形は結構はまり込んでいた。

「……あ。一つ思ったんだけどさ」

白石がそこで何かを思い出したかのように一本指を立てた。

「尾形ちゃん、今交番にいるんじゃないの?」
「……!」
「呼んでこようか?」

提案する白石に尾形はすぐ振り返った。

「ああ。そうしてもらえるなら、そうしてもらいたい」
「オッケー。じゃあ俺交番まで行ってくるから、二人とも仲良く遊んで待ってろよ」
「由兄ちゃん、行ってらっしゃ〜い」
「は〜い」

白石が呑気な表情で玄関から居なくなったのを確認するや否や、尾形は持っていたコントローラーを放るとすぐにベランダにまで出て行った。

「尾賀くん?」
「何が“尾賀くん”だ。俺はもうこっちから部屋に戻る」
「危ないよ……!」
「一回来れたんだからちゃんと戻れる」

心配そうに引き止める名前の言葉も聞かず、尾形は窮屈なズボンを脱ぎ去るとベランダの柵によじ登った。

「尾形お兄ちゃん……」
「持ってろ」

駆け寄ってきた名前に尾形は脱いだズボンを渡し、柵を伝ってなんとか隔てを越えた。滲み出た額の汗を拭い、隔ての向こうにいるであろう名前に手を伸ばした。

「おい、ズボンを……」
「んっ……しょ」
「……!」

尾形が隔ての壁から顔を覗かせると、なんと名前が柵をよじ登っていた。あまりにも危険過ぎる行為に流石の尾形も狼狽えた。

「お前っ……何やってんだ!降りろ!」
「だい、じょぶ……」
「やめろバカ!俺は今子供なんだぞ!落ちたりしたら助けられな──」
「あ」

ズルッ、と名前の足が柵の向こうに滑り落ちた。傾く体を見て、尾形は咄嗟に手を伸ばす。

「ぅ、わっ、ぁっ!」
「くそッ……!」

なんとか名前のシャツは掴めた。しかし大人の頃に比べて筋肉の少ない子供の尾形の体では、名前の体はなかなか持ち上がらない。宙吊り状態の名前を、尾形は懸命に引き上げようとした。

「ぁっ……こ、怖い……ッ」
「下を見るなッ」
「……っ」

叫ぶ尾形に名前は固く目を閉じた。尾形は歯を食いしばり、全力を出し切って名前の体を上へと引きずり上げる。

──大人だったなら……!

更に力を込めようと尾形が目を固く瞑ったその時、急に全身が熱くなった。ついさっきまで重たく感じられた名前の体が一気に軽くなる。是幸いとばかりに尾形は名前の体を柵の内側へと引きずり込んだ。

その際勢いがつきすぎて尾形は尻餅をつき、その上に名前が落ちてくる。痛みに呻いた尾形がゆっくりと瞼を開けると、自分の腹の上に涙目の名前が載っていた。

「尾形お兄ちゃん……」
「……バカだな、お前」

──落ちなくて良かった。
尾形はホッと息をついて、名前の頬に手を添えて目尻の涙を親指で拭ってやった。

「ぐすっ……も、戻ってる……」
「あ……?」

名前の言葉に、尾形はまさか、と自分の体を改めて見下ろした。

サイズの合ったシャツ、鍛え上げられた筋肉のある大きな体、年月を重ねた結果の手肌の荒さ──見えるもの全て、どれもが大人の自分の体だった。

「……戻ったのか?」

一体何故だ──尾形は困惑して自分の手のひらを見つめた。

「名前!? まさかそっちにいるのか!?」
「!!」

その時、出掛けていたはずの白石が何故か突然隔ての向こうから顔を覗かせた。
忘れ物でもしたのか──尾形が眉根を寄せて白石を見るが、白石の方は青い顔をみるみる内に赤くさせて、興奮が抑えきれないような震えをして見せた。

「尾形ァッ!!おまっ……なん、何だよその格好はァ!!」
「……?」

怒鳴られた尾形は一瞬何のことかと首を傾げたが、自分の姿を改めて見て彼は言葉を失った。

今の尾形は、下半身裸の状態でシャツ一枚の姿である。おまけに、尻餅をついた自分の腹の上に涙目の名前が乗りかかっていた。尾形は名前の頬に添えていた手をゆっくりと引いた。

「そこ動くなよ!? 今からそっちに行ってやるからな!!」
「……玄関を開けてやるから落ち着け」
「うるせぇ!この変態野郎!絶対許さねぇッ!」

最早怒りで涙目になっている白石がなんとか柵をよじ登ろうとする。尾形は頭を抱えて、この後の対処について考えた。

「……尾形お兄ちゃん」
「考え事をしているから後にしろ」
「……楽しかったね」

こんな状況でも、目元を腫らした状態でニコリと笑った名前に尾形は面食らった。

「……そうだな」

──子供は気楽でいいもんだ。

尾形は名前を見習うようにして、口端に気楽な笑みを浮かべた。


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