海賊の子 | ナノ

後悔の夜


夜遅く、ぼんやりした光の向こうでお父さんが誰かと喧嘩していた。お父さんの周りには沢山の大人の男の人達がいて、その人達はみんなでお父さんに向かって怒鳴り声を上げていた。

でもお父さんは怒鳴り返したりしないで、真剣な顔でみんなに何かを伝えていた。それでも怒鳴り続ける大人の人達が怖くて僕が動けないでいると、僕に気付いたお父さんがこっちを向いて驚いた顔をして見せた。その後に、お父さんの周りにいた大人の人達もこっちに顔を向けた。

みんな、怖い顔をしていた。
怒った顔の人、ニヤニヤ笑う人、不機嫌そうな顔の人、困った顔の人──みんなそれぞれ違う表情をしてるのに、その顔のどれもが僕には怖く見えた。

「翔太、早くお部屋に戻ってベッドに入りなさい」

お父さんの声が聞こえた。優しい言い方なのに、聞こえるその声が少し怖いと思ったのはどうしてだろう。怖いと思う声なのに、どうしてお父さんは悲しそうな顔をしているんだろう。

「どこに隠した」

どこかから声が聞こえた。誰の声かわからない。何のことなのかわからなくて首を傾げたら、お父さんの周りにいた大人の人達が一斉に僕の方に駆け寄ってきた。

「いやっ……!」
「翔太!」

伸びてくるたくさんの手が怖かった。たくさんの手が僕のシャツのボタンを外そうとしたり、スボンのポケットに入ろうとした。

「おい、やめろ!」

その時、後ろから伸びてきた手が僕の前にいた大人の人を押し離した。

「子供相手に寄ってたかって何やってんだあんたら!」
「由兄ちゃん……!」

振り返った先に由兄ちゃんがいた。僕の肩を抱きしめて、怒った顔で大人の人達を睨んでいた。いつも笑っている由兄ちゃんの怒った顔を見たのはその時が初めてだった。怒った顔だったけど、僕は不思議とその顔を怖いとは思わなかった。

むしろ僕は、その時の由兄ちゃんのことをカッコいいと思っていた。



──大人の人達みんなをお部屋から追い出した後、今度はお父さんと由兄ちゃんが喧嘩していた。

「待てよ!それってどう意味だよ兄貴!」
「……頼んだぞ、由竹」

何の話をしていたのかはよく覚えていない。ただ、眠くて目蓋が落ちそうになっていた僕の頭をお父さんが優しく撫でてくれていたのは覚えている。

「おい、兄貴!」
「ん……けんか?」
「……大丈夫だ、喧嘩じゃない」
「……お父さん、由兄ちゃんとチュウして仲直りして……」
「フッ……ほら由竹、仲直りのチュウするぞ。こっち来い」
「ふざけんな!誰がするかそんなの!」
「チュウするのぉ……!」
「ほらほら由竹〜。お兄ちゃんと仲直りのチュウしないと翔太が安心して眠ってくれないぞ〜」
「いい歳した妻子持ちが弟相手にキスなんか求めんなよ!」
「仕方ないな……。じゃあ翔太とチュウするか」
「すんな!」

由兄ちゃんにするなって言われてもお父さんは僕のおでこにチュウをした。その後に頭を撫でるとお父さんは「もう寝なさい」って言って今度こそ僕をお部屋から出した。

閉じられた扉の向こうから、ドタバタと大きな音が鳴った。


◆◆◆


ドタバタドタバタ音が聞こえてぼんやりと目が覚めた。
まぶたを開けたら真っ暗なお部屋の天井が見えて、僕は目を擦りながら体を起こした。

なんだか夢を見ていた気がする。アレはなんだったんだろう。

「ん〜……よしにぃちゃん……?」

いつの間にか握り締めていた手の方に顔を向けた。最初は由兄ちゃんだと思っていたけど、よく見たら由兄ちゃんじゃなかった。

「……尾形お兄ちゃん……?」

僕の隣で寝転んでいたのは尾形お兄ちゃんだった。何でかわからないけど服を着ていない。どうして尾形お兄ちゃんが僕の隣で裸になって眠っているんだろう。

『あぁん……いいわぁ……もっと激しくして……』

「……?」

女の人の声が聞こえる。なんて言ってるのかはよく聞こえないけど、その声は隣のお部屋から聞こえていた。

僕はお布団から出て、尾形お兄ちゃんが風邪を引かないように毛布を掛けてあげた。そのまま隣のお部屋に繋がる引き戸まで歩いて行ったら、ドスンって何かが倒れるような大きな音が聞こえた。

さっきから変な音ばかり聞こえるけど何の音なんだろう。僕は気になって引き戸をゆっくりと開けて見た。

「ハァ……ハァ……」
「もぉ〜……無理だ……」
「あっちぃ……」

引き戸の隙間から由兄ちゃん達の姿が見えた。みんな床に寝転がってハァハァと息を切らしている。よく見たら由兄ちゃん達も尾形お兄ちゃんみたいにパンツ一枚の裸になっていた。何でみんなパンツ一枚で寝転がっているんだろう。

『あぁ……最高よダーリン……!もっと……もっと奥まで……!』

「っていうか何の映画だよコレ……」
「明らかにR指定作品だろ……」
「もういいから早く消してくれ……」
「由兄ちゃん……?」
「!!?」

僕が声を掛けたらさっきまで寝転がっていたみんなが急にガバッと起き上がった。みんな僕の顔を見て口を開けてポカンとしている。

『あぁっ!あぁん!はぁん……ッ!もう我慢できない……ッあ!あぁーっ!』
「……………………」
「……………………」
「……………………」

テレビを見てみたら、一生懸命体を動かす裸の女の人の背中が見えた。アレは何の番組だろう。スポーツかな。

「うおあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「翔太!!おおおお前なんでまだ起きてんだ!!」
「おしっこ……」
「おい杉元ッ!!今すぐテレビを消せ!!」
「ちょっ……待てって!おい白石!リモコンどこにあるんだよ!」
「はぁ!? 知らねーぞ!? こたつの下とかよく探したのか!?」
「あったぞ!」
『んっ、はぁん……はぁっ!』
「おい早く消せ!!」
「わかってる!」
「早く消せッ!!」
「わかってるッ!!」
「由兄ちゃん、なに見てるの……?」
「相撲!!」

そう由兄ちゃんが叫んだ瞬間、テレビの画面が突然パッと真っ暗になった。テレビには杉元お兄ちゃんが背中を張り付けていて、谷垣さんはテレビにリモコンを向けていて、由兄ちゃんは僕の前に両腕を広げて立っている。
みんなの顔はリンゴみたいに真っ赤になっていた。

「……お相撲……?」
「そ、そう!相撲!」
「僕も見る……」
「ダメッ!!」
「なんでぇ〜……!」
「アレは翔太には過激だから!」
「え〜!」

何で僕は見ちゃダメなんだろう。お相撲なら僕も由兄ちゃんとずっと前にやったことがあるのに、何でテレビで見るのはダメなんだろう。

「僕も見たい〜!」
「今度!今度翔太にも見せてやるから今日はとりあえず寝ろ!」
「由兄ちゃん達ばっかり遊んでてズルい〜!」
「なんっ、はぁ!? 何!? 翔太お前何のこと言ってんだ!?」
「由兄ちゃん達、僕が寝てる時絶対お相撲してた!」
「いやっ……いや、したけど!したけどそれが何だよ!」
「僕もお相撲する!」

僕は履いていたズボンを脱ぎ下ろして、パジャマのボタンを外そうとした。そうしたら急に両手を握り締められて、僕がびっくりして顔を上げると由兄ちゃんは真っ赤な顔で「コラ!」と僕を怒鳴った。

「何で脱いでんだよ!」
「だって由兄ちゃん達も脱いでる……」
「コレはっ……」
「お相撲って裸でするんじゃないの……?」
「いや……まあ、裸っちゃあほぼ裸だけど……」
「流されるな白石!」
「……!」

谷垣さんの大声にハッとした顔になった由兄ちゃんは、僕の足に絡んでいたズボンを急いで上げようとしてきた。

「とにかくパジャマ着ろ!んで、その後すぐ寝ろ!」
「いやだぁ〜!」
「あーもうジャンプすんなって!着せにくいだろうが!」
「僕もお相撲する〜!由兄ちゃん達とお相撲したい〜!」
「だからまた今度してやるって!」
「いやぁ〜!」
「ったくもうこいつは……ッ!おい杉元!ちょっと手伝ってくれ!」
「えっ……あ、わかった!」

由兄ちゃんに呼ばれた杉元お兄ちゃんが僕の後ろにまで回ってきた。両手をとられて万歳させられて、その間に由兄ちゃんが僕のズボンを履かせようとする。僕は一生懸命に足踏みした。

「いやぁ!僕もする!」
「ダメだって……ああもうコラ!動くなって!」
「翔太くん、相撲がやりたいなら明日の朝やろう? それなら……」
「ん〜……ッ!痛い〜!」
「えっ!? あっ、ご、ごめん!痛かった!?」
「あっ、バカッ……杉元!手ェ離すなって!」

杉元お兄ちゃんがパッと僕の手を離した隙に、僕は半分まで上げられていたズボンをまた脱ぎ下ろして隣の部屋まで逃げた。

「コラ翔太!」

そうしたら後ろから由兄ちゃんの怒鳴り声が聞こえて、僕は慌てて尾形お兄ちゃんが眠ってるお布団の中に潜り込んで隠れた。裸の背中にぴったりくっついたら、びっくりしたのか尾形お兄ちゃんの体がビクッと震えた。

「翔太!」
「あっ……尾形お前何でこんな所で寝てんだよ!」
「えっ!? 尾形!?」

お布団の外から由兄ちゃんと杉元お兄ちゃんの声が聞こえる。どうしようと思っていたら、さっきまで寝ていた尾形お兄ちゃんの体がむくりと起き上がった。僕はお布団から体が出ないように尾形お兄ちゃんの腰にしがみついた。

「尾形さん……」
「………………」

急に静かになった。お部屋の中はシンとしていて、尾形お兄ちゃんも座ったまま動こうとしない。どうしたんだろう。

僕はちょっとだけお布団から頭を出そうとした。そうしたら上からぎゅっと頭を押さえつけられて、僕はまたお布団の中に戻された。

「……お、尾形ちゃんそこで寝てたの……?」
「何でお前が翔太くんと同じ布団で寝てんだよ」
「尾形さん……いつからそこで寝ていたんですか……?」

気になって何度も頭を出そうとするけど、尾形お兄ちゃんは絶対僕をお布団の中から出そうとしない。仕方ないから僕はお布団の中で丸まっていることにした。

「……寝入った時間はわからん。お前らの馬鹿うるさくて騒がしい声に目が覚めたのがついさっき……一度目だ。それからこいつが飛び込んできて二度目が覚めた……」
「普通に二度寝してんじゃねーよ」
「相変わらず太々しい奴だな、お前って」

由兄ちゃん達の呆れた声が聞こえる。もう怒ってないのかな。僕はお布団からそっと顔を出そうとした。また頭を押さえつけられるかと思ったけど、今度は尾形お兄ちゃんに邪魔されなかった。

「尾形さん、自分はそろそろお暇させていただきますが……宜しいですか?」
「一々俺に許可を取ろうとするな……帰るなら勝手に帰ればいいだろ」
「あっ、もう帰る感じ?」
「……? おい、キロランケはどうした?」
「ああ、キロちゃんなら先に帰るって言って出て行ったような……」
「なっ……!白石お前っ……そういうことは早く言えよ!」
「え? だってお前ら夢中で相撲取ってたし……」
「……僕もやりたい……」
「あっコラ!翔太!」
「ぁっ……」

小さい声で話しかけてみたら僕に気付いた由兄ちゃんに怒られた。僕は慌ててお布団の中に頭を入れて尾形お兄ちゃんの後ろに隠れた。

「何でお前はそう都合悪くなるとすぐ尾形ちゃんの後ろに隠れるんだよ!」
「だって由兄ちゃん怒ってるもん……」
「怒られたくないならそこから出てきなさい!パジャマ着て寝るぞ!」
「眠ったらみんな帰っちゃうもん……」
「翔太くん、そんなこと言われるとホントに帰れなくなっちゃうからお願いパジャマ着て……」

早くパジャマを着て寝ないとダメだってわかってるけど、そうしたらその間にみんなが帰っちゃうって考えるとすごく寂しい気持ちになる。僕はお布団の中で黙ったまま体を丸めた。

「……翔太くん、今度俺からチカパシに声を掛けておくから、その時相撲を取らないか?」
「……チカパシくん?」
「ああ」

谷垣さんの声に僕はゴソゴソとお布団から顔を出した。谷垣さんは優しい顔で僕を上から見下ろしていた。

「翔太くんが一緒ならチカパシもきっと喜ぶだろう」
「……ホント?」
「ああ。チカパシはいつも翔太くんとの学校生活を交番で話しているから、翔太くんが一緒だと誘えばきっと話に乗ってくれると思うぞ」

谷垣さんの話に、僕は何故だかちょっとだけ恥ずかしい気持ちになった。僕は熱くなった顔を見られないようにお布団の中にそっと顔を隠した。

「……じゃあ、そうする……」

そう返事を返すと谷垣さんは満足そうにニコリと笑って、僕の頭を撫でると「じゃあまた今度な」と言ってお部屋から出て行った。

「……どっかの誰かさんと違って子供の面倒見はいいんだなぁ」
「……今度二階堂達に伝えといてやるよ」
「あくまでも自分の事を言われてるとは思わないのね、尾形ちゃんって……」
「こいつには何言っても無駄だぜ。俺が現役の頃はしょっちゅう人任せだったからな」
「帰る」
「えっ? そんな急に?」

尾形お兄ちゃんはお布団から出るとのそりと立ち上がった。お兄ちゃん達が次々と帰っちゃうのが寂しくて、僕は咄嗟に尾形お兄ちゃんのパンツを後ろから掴んで引っ張った。

そうしたら尾形お兄ちゃんのお尻が半分だけパンツから出てきて、振り返った尾形お兄ちゃんがジロリとした目で僕を睨んだ。その後ろでは由兄ちゃんと杉元お兄ちゃんが口元を手で押さえて肩を震わせている。

「……手を離せ」
「……いや……」
「……お前が手を離さない気なら俺はお前ごと部屋に連れて帰るぞ。それでもいいのか」
「ダメに決まってんだろ」
「由兄ちゃんと杉元お兄ちゃんも一緒ならいいよ」
「ダメだって。っていうか翔太は早くズボン履いて寝なさい」
「由兄ちゃんの意地悪……!」
「そんな顔してもダメ」
「サーファーガードォ……!」
「パリーン。はい、ガード突破」
「もぉ〜っ!」

サーファーガードしたのに由兄ちゃんは僕を無理やり抱っこしてリビングまで運んだ。抱っこされたままズボンを履かされて、赤ちゃんみたいに扱われてすごく恥ずかしかった。

でもその間にも杉元お兄ちゃんと尾形お兄ちゃんはどんどん着替えていって、僕はバイバイも言わせてもらえないままお布団まで運ばれてしまった。遠くの方で杉元お兄ちゃんの「またね翔太くん!」という声だけが聞こえた。でも尾形お兄ちゃんからは何も言われなかった。

「……みんな帰っちゃった……」

静かになったお部屋の中で僕がそう呟くと、由兄ちゃんは大きなあくびをしてから僕の体をお布団の上からポンポンと叩いた。

「由兄ちゃんだけじゃ不満か?」
「ううん……」
「なら別にいいだろ?」
「……うん」
「そんな顔すんなって。あいつらみんな近くにいるんだからよ、会おうと思えばまたいつでも会えるじゃねーか」
「……死んじゃったら会えないもん」
「えっ……」
「……お父さんとお母さんとはもう会えないもん……」
「!!」

僕が小さな声で呟いたら、由兄ちゃんは目を大きく見開いて悲しそうな顔をして見せた。その顔を見て僕はすごく胸が苦しくなって、すごく嫌な気持ちになって、今すぐ消えてしまいたくなった。

「……ごめんな」

由兄ちゃんは低い声で僕に謝った。謝って、僕の頭を胸に抱き寄せるとまた「ごめん」と謝った。

どうして由兄ちゃんが謝るんだろう。由兄ちゃんは何も悪いことをしていないのに。僕が由兄ちゃんを傷つけたのに。

今日だっていっぱいわがままを言って由兄ちゃんを困らせたのに。僕は悪い子だ。もうサンタさんも来てくれない。僕はすごくすごく悪い子だ。

悪い子なのに、由兄ちゃんは怒らない。僕をぎゅっと抱きしめて、最後に「ごめんな、翔太」と小さな声で呟いた。

謝らないといけないのはきっと僕の方なのに、僕は結局何も言えないまま由兄ちゃんと同じお布団で眠った。

「おやすみなさい」がない夜はすごく寂しかった。


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