海賊の子 | ナノ

愛の大きさ


午前9時過ぎ──
白石は学校に行く翔太を見送った後、昼前にある弁護士達との会談に向けて書類の準備をしていた。この親族との途方もないやりとりは、翔太の両親が亡くなってからもまだ続いている。もう慣れてきたとは言え面倒なことに変わりはない。

白石がうんざりした面持ちで黙々と書類を集めていると、不意に玄関のインターホンが鳴らされた。

──こんな朝早くに誰だ?

白石は作業を一旦止めると、首を傾げながら玄関まで向かった。ドアスコープを確認すれば、目の前には宅配便の配達員が立っている。その側には、何やら巨大な段ボール箱がいくつも重ねてあった。白石は思わず眉根を寄せた。

「……まぁた誰かクソ高い贈り物送ってきたのか……」

もう送るなって散々伝えていたはずなのに──白石が渋々といった様子でドアを開けると、汗だくになった配達員がヘトヘトな様子で笑顔を見せた。

「あっ……おはようございます……」
「あー……なんか毎回すみません……」
「いえ……毎度出てくれるのでそれだけでも助かってます……」

エレベーターのないこの団地では荷物を持って上り下りするのにも苦労するだろう。毎度毎度、白石宅に送られてくるその荷物の大きさや重さを考えると、白石自身も申し訳なく感じるくらいだ。

「でも今回はいつもよりちょっと軽かったんで、それもあって結構助かりました。……あ、ここに署名お願いします」
「毎度悪いっすねー……。俺も送るなって言ってんですけど……」
「いえ、今回のお荷物は全部水族館からですよ」
「えっ?」

署名を書き終えた白石は唖然とした表情でサイン表から顔を上げた。配達員はサイン表を受け取るなり爽やかな笑顔で「あざまーす」と言うと、荷物を置いて颯爽と立ち去って行った。

「水族館……?」

残された白石は首を傾げながら、置いていかれた荷物に顔を向けた。山積みにされた段ボール箱はどれも巨大サイズだ。

そういえば一昨日、尾形ちゃんが宅配便がどうのこうのって言ってたな──白石は自分の背丈を優に越している箱の山を見上げて、一つ思い浮かんだ嫌な予想に眉根を寄せた。

「……まさか……」

水族館、翔太、有り余る金──この三つのワードから成り立つ公式から見えてくる答えに、白石の額から大量の冷や汗が流れ落ちる。試しに目の前にある巨大な段ボール箱を開けて見ると、中からは丁寧に袋詰めされたジンベエザメのぬいぐるみらしきものの顔が覗いた。

「……っ、翔太〜……!」

崩れ落ちる白石の前には、未開封の段ボール箱がまだ大量に残っていた。


◆◆◆


「翔太、交番寄って帰ろう!」
「うん」

学校帰り──翔太とチカパシの二人は、通学路にある第七団地公園前交番に立ち寄ることにした。後をつけていた杉元は、二人の行き先が交番に向かったことに気づいて「またか」と呆れた表情で後を追った。


「谷垣〜!いる〜?」

無遠慮に交番に入ってきたチカパシの声に、奥でファイルを整理していた谷垣巡査は少し驚いた表情を振り向かせた。

「チカパシ……」
「また来たのかよ勃起小僧」
「あっ、二階堂もいる〜!今日は片割れいないの?」
「お前に話すことなんてないから帰れ」
「なんだよ、ブサイク」
「黙れマセガキ」
「二階堂、口が悪いぞ」
「うるさい」
「やめろ二人共。二階堂も何度も注意されたくないなら少しは態度を改めろ」
「はいはい……」
「はいは一回だ」
「はい」

相変わらず口の悪い二階堂に、奥から現れた月島が咎めに入った。今日はこの交番に一番偉い月島がいることに気付いたチカパシは、ここぞとばかりに胸を張って二階堂を指差した。

「やーい!月島に怒られてやんの!」
「ゴム鉄砲食らわすぞ」
「二階堂」
「チカパシ」

やめろと言ってるだろう──月島と谷垣にそれぞれ叱られた二人が気まずげな表情で口を噤ませる。

「こんにちは……」

谷垣に叱られて若干テンションが下がってしまったチカパシの後ろから、翔太が恐る恐るといった風に顔を出した。すると、翔太の存在に気付いた月島達がほぼ同時に皆目を見開いた。

「あっ……翔太!」
「翔太くん……!」
「……?」

突然声を上げた月島達に翔太は首を傾げた。谷垣と顔を見合わせた月島は小さく頷き、不思議そうにしている翔太の前にまで向かった。彼は被っていた制帽を外すと、穏やかな笑みを浮かべて翔太の前に屈んでやった。

「素敵なお土産をありがとう」
「えっ……あ!水族館!」
「ああ、君の保護者から事情は聞いている。ここにいない者の分のお土産は俺が責任を持って本人に渡しておくよ」
「月島おじちゃん、お土産見てくれた?」
「ああ。……あの、えらく大きなエイのぬいぐるみだろう? 『月島』と付箋が貼られていたからすぐにわかったよ」
「……? あっ、そっか……尾形お兄ちゃんが書いてくれんだ」

翔太は以前水族館の土産屋で、選んだぬいぐるみを誰宛にするのか全て尾形に話していたので、機転を利かせた尾形はそれら全てに名前を書いた付箋を貼り付けていた。

段ボール箱を全て開封した白石はその付箋を頼りにして、団地からここまで大量のぬいぐるみを運んできた。そうでなければ今頃、ここに翔太が選んだぬいぐるみが届いているはずがないのだ。

「翔太お前、何だよあの馬鹿デカいタツノオトシゴのぬいぐるみ。あんなのどう使えばいいんだよ」
「あっ、あれね、洋平お兄ちゃんの分は赤だからちゃんと渡しておいてね?」
「えっ、じゃあもう一つあったあの青いのが俺の?」
「うんっ!」
「その色分けの基準何なんだよ……」
「翔太くん、俺にもわざわざありがとうな。あんな大きなラッコのぬいぐるみは初めて見たよ」
「谷垣さん、あれね、抱き枕なんだって」
「そうか……どうりで大きいわけだ……」
「え〜っ!いいなぁ、谷垣達!翔太からお土産もらえて!」
「チカパシくんのもあるよ」
「えっ!本当!?」
「うん。インカラマッさんの分もあるから、後で渡すね?」
「やったぁ〜っ!翔太ありがとう!じゃあ早く帰ろう!」
「えっ、あっ、うん……!」

自分の分もお土産があると知ったチカパシは満面の笑みを浮かべて翔太の手を引いた。チカパシに強引に手を引かれて交番から連れ出された翔太を見送りながら、月島達は何とも言えない表情を浮かべる。二階堂は小さなため息をつくと、傍で立ち尽くす月島に視線を向けた。

「……で? 休憩室にある“アレら”……どうやって全部署に持って帰るんですか? 月島部長」
「……とりあえず今日は、人が一人休める程度のスペースくらいは確保するつもりだ」
「あんな……休憩室がプチ水族館になってる交番、ウチだけですよ」
「……後で門倉に応援を願うか」

月島は眉間にできた皺を指で押し広げながら呟いた。


◆◆◆


「はい、チカパシくんのお土産」
「わぁい!翔太、ありがとう!」

家に帰った翔太は、開封されたままの段ボール箱の中からチカパシ宛のお土産を出すなり、すぐにチカパシの手に渡した。チカパシへのお土産はタチウオのぬいぐるみだった。

白石のジンベエザメに比べれば大きさはそれほどまでにはない。せいぜい、チカパシの腕の長さと同程度だ。それでもお土産を貰えたことにチカパシは大興奮して、包装されたタチウオのぬいぐるみを強く抱きしめた。

「インカラマッさんはね、このラッコのハンカチ。女の子がいっぱい買ってたから、たぶん、インカラマッさんも好きだと思う」
「うん!インカラマッもきっと喜んでくれるよ!ありがとう、翔太!」
「うんっ」

自分だけでなく、同居しているインカラマッの分までお土産を用意してくれていた翔太に、チカパシは心からの感謝の気持ちを寄せた。

翔太が本当に俺の弟だったら良かったのに──チカパシは笑顔の中に少しだけ寂しげな表情を垣間見せると、目の前にいるニコニコ笑顔の翔太の頭に自分の手を優しく乗せた。

「いつか、翔太と一緒に暮らせたらいいのにな……」
「……!じゃあ、一緒に暮らす?」
「えっ!翔太、ウチに来る?」
「あっ……僕はダメ。由兄ちゃんのお家からは出られないから……」
「なぁんだ……じゃあ俺と一緒だ。俺もインカラマッとは別れられないもん」
「……一緒だね」
「ああ、一緒だ。これからもずっとな?」
「うん」

二人がどんなに一緒に暮らしたいと願っても、それは大人が許してはくれない。そう簡単な話ではないことだと、翔太より年上のチカパシは既に察していた。インカラマッと谷垣のもどかしいやりとりをずっと見ていたチカパシは、同年代の他の子よりも大人の事情というものをわかっていた。

「じゃあ俺、このお土産インカラマッに渡してくる!」
「うん。またね、チカパシくん」
「ああ!またな、翔太!」

チカパシは二つのお土産を腕に抱えると、翔太に手を振りながら去って行った。残された翔太はチカパシの背中が見えなくなるまで見送ると、やがて自分の部屋へと戻った。

しかし玄関のドアを閉めた直後に、突然部屋のインターホンが鳴らされた。翔太はすぐに振り返って、閉めたばかりのドアを開ける。

「翔太くん」
「あっ……杉元お兄ちゃん!」
「うん。今回も勝手にドア開けちゃったね」
「あっ……」
「知らない人だったら危ないでしょ? 今度は気を付けなくちゃダメだよ?」
「はぁい……」

ドアを開けた先にいたのは杉元だった。翔太は見慣れた杉元の笑顔に思わず笑顔で返してしまったが、その笑みには若干説教の色が滲んでいたので、翔太はすぐに笑顔を曇らせて反省の様子を見せた。

このやりとりも何回目かな──杉元は呆れを含ませた苦笑いを浮かべて、下がったままでいる翔太の頭を優しく撫でてやった。

「もういいよ。別に怒ってないから……ほらっ、顔上げて?」
「……あっ」
「ん?」
「お土産!」
「お土産……?」

顔を上げたと思えば急に部屋の奥へと駆け出してしまった翔太に杉元は唖然とした表情を浮かべた。何事かと思いながらも、杉元は突如隣の部屋へと姿を消した翔太が戻って来るまで、大人しく玄関先で待つことに決めた。奥の方からは、何やらガサゴソと物を漁る音が聞こえてくる。

交番からここまで、既にお土産のやりとりを見聞きしていた杉元は何となくこの先の展開を予想できていたのだが、いつまで待っても翔太は部屋から出てこない。

どうしたんだろう──杉元は心配そうに眉尻を下げて翔太が戻って来るのをじっと待った。

「……杉元お兄ちゃん……」

すると、隣の部屋から姿を現した翔太が暗い顔で杉元の前にまで戻ってきた。杉元は慌てて翔太の前に屈んでやった。

「えっ? どうしたの?」
「……お土産、大きのがいっぱいあって僕一人じゃここまで持って来れない……」
「あっ、そ、そっか!そうなんだ!じゃあ俺運ぶの手伝ってあげるよ!」
「うん……」
「そんな暗い顔しなくて大丈夫だから!」
「だって、せっかくビックリさせたかったのに……」
「いや、もう超ビックリしてるから!この時点で最高にビックリしてるよ!」
「でも、杉元お兄ちゃんお土産まだ見てないよ……?」
「見てなくても、お土産を買ってくれてたことにビックリだよ〜」
「……えへへ……ビックリした?」
「うん、すごくビックリした」
「んふふ〜」
「あ〜……もう、翔太くんが最高に可愛くて今俺の心臓がビックリしてる……」
「早く、早くこっちに来て杉元お兄ちゃん」
「うん。今行く……」

胸を鷲掴みながら悶える杉元のことなどお構い無しに、翔太は彼の手を引いて奥の部屋にまで連れて行った。さて、一体どれだけの大きさのお土産なのか──杉元はだらしなく緩んだ顔を部屋の中へと向けた。大きくてもせいぜい子供の背丈ほどだろうと、この時杉元は思っていた。

しかし彼は、部屋いっぱいに置かれた巨大な段ボール箱の山に我が目を疑った。

「こっちの箱から……こっちの箱までが、杉元お兄ちゃんとアシリパお姉ちゃんとヴァシリお兄ちゃんと土方お爺ちゃんと夏太郎お兄ちゃんと亀蔵お兄ちゃんと……」
「ちょっ、ちょっと待って翔太くん!」
「なぁに?」
「これっ……まさか全部、俺の知り合いの人へのお土産?」
「うんっ!」
「翔太くん……!」

流石にこの数でこの大きさは俺一人じゃ持てない──杉元は涙を飲む思いで翔太の両肩に手を置いて項垂れた。子供であるのに自分以上の大人買いをして見せてきた翔太に、杉元は財力の格差を痛いほど感じた。

愛と金と純粋な気持ちが揃うと、ここまでおぞましい展開になってしまうのか。翔太の無垢な瞳を切なげに見つめて、杉元はきゅっと唇を噛み締めた。

「……ありがとう、翔太くん。翔太くんの気持ちはすごく嬉しいよ。……でも、一つだけ言わせて欲しいことがあるんだ……」
「なぁに?」
「今度翔太くんがお買い物をする時は、誰かまともな金銭感覚の人が一緒じゃなきゃだめだからね……?」
「……?」
「あと、やたらいっぱい大きいものは買わないようにね……?」
「……うん」
「ウン……。じゃあ、これ全部……少しずつ持って帰らせてもらうね……」
「うんっ!」
「ああ可愛い……」

目元を手で覆い隠した杉元は、目の前でニコニコと笑う翔太の愛の大きさに泣きそうになった。


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