海賊の子 | ナノ

平等愛


イルカさんのショーが終わったあと、僕と尾形お兄ちゃんは音之進お兄ちゃんを捜しながら水族館を見て回った。見たこともないお魚をたくさん見て回れたのは嬉しかったけど、音之進お兄ちゃんはどこを捜しても見つからない。

「音之進お兄ちゃんどこだろう……」
「どこにいても面倒な奴だな……」

歩き疲れて僕がベンチに座ると、尾形お兄ちゃんは眉間に皺を寄せてポケットから携帯電話を取り出した。すごく嫌そうな顔でどこかに電話を掛けている。

「……今どこですか」
尾形ァ!貴様よくも私を置いて行ったな!翔太はどこだ!

すごい。こんなに離れていても音之進お兄ちゃんの声がハッキリと聞こえる。尾形お兄ちゃんは少しうるさそうにして携帯電話を耳から離していた。

「今は俺が貴方の居場所を訊いているんですよ」
ついさっきまで携帯の電源を切っていたくせに何だその言い草は!私がどれだけ館内を捜し回ったと思っている!
「だったらどこかですれ違ったんでしょうな。そろそろ翔太の返却時間なので、どこかで合流するのならさっさと合流場所を決めましょう」
貴様が偉そうに言うな!そもそも今貴様はどこにいる!
「はい? あー……壁にラッコの絵が見えますが……今は出入り口付近の……土産屋の近くです」
土産屋だな!? 絶対にそこを動くんじゃないぞ!いいな!?
「わかりましたよ」
それと翔太に妙な真似はするんじゃないぞ!
「ではお待ちしておりますので」
おい!おが──

まだ何か叫んでいる音之進お兄ちゃんの電話を尾形お兄ちゃんは勝手に切ってしまった。携帯電話をポケットに入れた尾形お兄ちゃんはやれやれと肩をすくめて、ベンチに座る僕の横に腰を下ろした。

「……もうすぐこっちに来るらしい」
「うん……聞こえてた」
「だろうな……」

尾形お兄ちゃんは足を組ませて、膝の上に肘を置いて頬杖をついた。僕たちが座るベンチの少し先にはお土産屋さんがあって、たくさんの人がお買い物をしている。僕も見てみたかったけど、尾形お兄ちゃんの顔を横から見上げたらちょっとつまんなさそうな顔をしていたから、僕はあっちに行きたいって正直に言えなかった。由兄ちゃん達にお土産いっぱい買ってあげたかったのにな。

「……見たいのか」
「え?」
「土産だよ」

お土産屋さんを真っ直ぐに見ていた尾形お兄ちゃんが、ちらっと僕の方に視線を向けた。僕は慌てて頷いて見せた。

「……行ってこい」
「……!」

それって、見てきてもいいってことなのかな。

僕は嬉しくなってすぐにベンチから立ち上がった。でも、お土産屋さんを一人で見てきてもちょっと寂しい気がする。僕は後ろを振り返って尾形お兄ちゃんの手を掴んで引っ張った。

「尾形お兄ちゃんも一緒に来て……」
「人混みは嫌いだ」
「お願い……」
「…………」

尾形お兄ちゃんはぐっと眉間に皺を寄せて、深いため息をつきながらベンチから立ち上がった。僕がグイグイと手を引きながらお土産屋さんまで引っ張ると、尾形お兄ちゃんはゆっくりだけどちゃんと僕の後について来てくれた。

「さっさと決めろよ」
「わあぁ……!」

お土産屋さんは人でいっぱいだったけど、その分お土産もいっぱい並んでいた。僕は尾形お兄ちゃんの手を引いてお土産屋さんの奥の方まで行った。

「尾形お兄ちゃん!見て見て!イルカさんのぬいぐるみ!」
「それを買うのか」
「アシリパお姉ちゃんにあげる!」
「……サイズ間違えてないか?」

アシリパお姉ちゃんへのお土産は、この一番大きなイルカさんのぬいぐるみに決めた。僕の背丈とおんなじくらい大きくて可愛い。プレゼントしたら、きっとすごく喜んでくれると思う。

「由兄ちゃんのお土産も決めるから、尾形お兄ちゃんこのぬいぐるみ持ってて〜」
「…………」

そう言って尾形お兄ちゃんにイルカさんのぬいぐるみを差し出したら、尾形お兄ちゃんはまた眉間に皺を寄せて嫌そうにぬいぐるみを受け取った。すごく可愛いのに何でそんなに嫌そうな顔をするんだろう。尾形お兄ちゃんもぎゅって抱きしめたらいいのに。

「……早く決めろ」
「ん〜……由兄ちゃんはねぇ〜……」

由兄ちゃんは何にしようかな。お魚模様のタオルも可愛いし、消しゴムや鉛筆もたくさんあってすごく迷う。どれなら由兄ちゃんは喜んでくれるんだろう。

「んー……」
「……どれを選んでもあいつなら泣いて喜ぶからさっさとしろ」
「待ってぇ……あっ!アレがいい!尾形お兄ちゃん、アレとって!」
「……? アレってどれだ」
「アレ!あの……おっきいお魚のぬいぐるみ!」
「……おい、アレはジンベエザメの枕だろ。何でお前はそう無駄にデカい物にこだわるんだ」
「カッコいいから!」
「やめとけ。どうしても買う気ならせめて最後にしろ。俺も流石にアレは持ちたくない」
「じゃあ、後で買う」
「正気か……」

尾形お兄ちゃんはびっくりしてるけど、由兄ちゃんならきっと喜んでくれるから僕は絶対後であのお魚のぬいぐるみを買うんだ。そうと決まったら、次は杉元お兄ちゃんへのお土産だ。

「じゃあ杉元お兄ちゃんは……」
「100円のキーホルダーとかでいいだろ」
「あっ!ラッコさんの靴下!」
「速攻で決めたみたいだがお前あいつの足のサイズわかってんのか」
「じゃあ……このシャチのぬいぐるみ!」
「だから何でそんなデカいぬいぐるみばっか選ぶんだ」
「だって可愛いもん……」
「デカくて可愛けりゃ何でもいいのかお前は」
「……じゃあ、尾形お兄ちゃんが杉元お兄ちゃんのお土産選ぶ?」

さっきからダメ出しばっかりしてくる尾形お兄ちゃんにどれならいいのか訊いてみたら、尾形お兄ちゃんは辺りをキョロキョロ見渡して、近くにあった商品を一つ手に取った。

「あいつにはコレで充分だろ」
「それなぁに?」
「消しゴムだ」
「可愛い?」
「ああ」
「見せて」

僕が手を出したら尾形お兄ちゃんは消しゴムを渡してくれた。見てみたら、セイウチさんの消しゴムだった。たしかに可愛いけど、これだけじゃちょっと寂しい。

「じゃあ、もう一個はこのシャチのぬいぐるみね」
「結局それも買うのか」
「次はチカパシくんと、インカラマッさんと……」
「おい。お前あといくつ買う気だ」
「え? えっと……月島おじちゃんと、双子のお巡りさんと、谷垣さんと、土方お爺ちゃんと……」
「もういい。数えるな。……それで、ちゃんと金は足りるのか」
「うんっ!」

僕は首から下げていた小銭入れをシャツの下から引っ張り出した。中身を尾形お兄ちゃんに見せたら、尾形お兄ちゃんは顔をくわっとさせてすぐに小銭入れを僕のシャツの中に押し込んできた。

「……ガキがそんな大金持ち歩くな」
「だって……」
「だってじゃない。支払いは俺がするから金は後で俺に払え。それを人前で絶対に出すな」
「なんで?」
「危険過ぎるからに決まってるだろ」

なんでか分からないけど怒られた。どうして由兄ちゃん以外の人はこれを見せたらびっくりして怒るんだろう。

「そろそろ面倒な奴が来るから選ぶなら早く選べ」
「ぁっ……じゃあ、月島おじちゃんはアレ!」
「……だからお前は何で……ああ、もういい。早く次の選べ」

早くしろ早くしろって尾形お兄ちゃんがしつこく言うから、僕は急いでみんなへのお土産を次々と選んでいった。そうするとだんだん尾形お兄ちゃんの腕の中はぬいぐるみでいっぱいになって、そのうち尾形お兄ちゃんの顔も見えなくなった。周りにいたお客さん達はみんなびっくりした顔で尾形お兄ちゃんをじろじろと見ている。

「これくださ〜い」
「あ……は、はい……」

尾形お兄ちゃんはレジの上にぬいぐるみを置こうとしたけど、ぬいぐるみが大き過ぎて全部レジに乗り切らない。ズレ落ちそうになるぬいぐるみを二人の店員さん達が必死に支えていた。

「あ……あの、配達されますか?」
「ああ。全部同じ場所に配達で」
「尾形お兄ちゃん、どこに配達するの?」
「お前の家にだよ」
「……由兄ちゃんのお家の方?」
「それ以外どこにあるんだ」

それ以外──僕の本当のお家は、由兄ちゃんのお家じゃない。でも、僕の本当のお家にはもう帰ることはないんだ。そう考えると、ちょっとだけ寂しい気がした。

「……尾形お兄ちゃん、由兄ちゃんの住所わかるの?」
「俺の隣だろうが」
「あっ……そっか」

ぬいぐるみを箱に入れてくれている店員さんの横で、尾形お兄ちゃんは配達の手続きをしながら呆れたように言った。僕は待っている間退屈だったから、レジの近くのお土産を見て回った。

「……あっ」

さっきはよく見ていなかった場所に、イルカさんのコップが売ってあった。キラキラしていてすごく可愛い。似たようなもので、二つ種類がある。僕はその二つのコップを持って、尾形お兄ちゃんがいるレジとは別のレジに並んだ。

「これください」
「はい。1084円になります」
「んっと……これでお願いします」
「かしこまりました」

僕は小銭入れから一万円札を出して、店員さんに渡した。店員さんはお金を受け取って支払いを済ませると、袋にコップを入れて僕に渡してくれた。

「……! おい、何やってんだ」
「お土産買ったの」
「勝手なことするな」

僕がお土産を買ったのに気付いた尾形お兄ちゃんが渋い顔で怒った。配達の手続きも終わったみたいで、さっきまで持っていたぬいぐるみも何もない尾形お兄ちゃんが、空いた両手を腰に当てて僕をじとっと見下ろす。何でそんなにぷりぷり怒っているんだろう。

「また馬鹿でかいもの買ったんじゃないだろうな」
「ううん」
「じゃあ今度は何を買ったんだ」
「尾形お兄ちゃんのお土産」

僕がそう言って袋からコップを出して見せると、尾形お兄ちゃんはびっくりした顔で急に押し黙った。なかなか受け取ってくれないけど、もしかして気に入ってもらえなかったのかな。

「……欲しくない?」
「……えらくファンシーなデザインだな」
「好きじゃなかった……?」
「いや……もらっておく」

ありがとな──小さな声でお礼を言って、尾形お兄ちゃんはコップを受け取ってくれた。気に入ってもらえたのなら良かった。いらないって言われたらどうしようかと思ってた。

「翔太!」
「あっ……」

突然名前を呼ばれと思ったら急に後ろから抱き上げられてびっくりした。振り返ったら、音之進お兄ちゃんが汗だくになって息を切らしていた。

「音之進お兄ちゃん!」
「よ、ようやく見つけたぞ……!」
「随分遅かったですな、鯉登警部補」
「黙れ!そもそも貴様が勝手に行動するのが悪いんだろう!」
「あっ……喧嘩しないで……!」
「翔太!尾形に何もされなかったか!? 虐められたりしなかったか!?」
「ううん。尾形お兄ちゃんそんなことしないよ」
「ああ……良かった。翔太の身に何かあればと思うと私は居ても立っても居られず……」
「周りの目も気にせず突っ走ってしまう悪い癖がある」
「そうだ。周りの目も……ッおい!勝手に付け足すな尾形!」
「そろそろ時間ですので出ますよ、鯉登警部補」
「少しは上司の話を聞け!貴様は!」
「喧嘩しないでぇ!」
「ぅっ……す、すまん翔太……」

どうして二人は会うと喧嘩ばっかりするんだろう。でもよく見てみると、喧嘩しようと声を荒げるのはいつも音之進お兄ちゃんの方からだ。音之進お兄ちゃんは尾形お兄ちゃんより怒りっぽい性格なのかな。

僕がじっと考えていると、音之進お兄ちゃんは僕を抱っこしたまま悲しそうな顔で僕の顔を見つめてきた。急にどうしたんだろう。僕が首をかしげると、音之進お兄ちゃんは悲しそうな顔でため息をついた。

「今日はあまりお前と過ごせなかったな……」
「あっ……」
「だが……今日お前に私のことを思い出してもらえたのは嬉しい誤算だ。それだけでも私は充分幸せ者だな」
「ぁっ……あのっ、僕……」
「良いんだ。何も言うな翔太……。にぃにはお前の言いたいことは全部わかっている。……私もお前が大好きだぞ」

そう言って僕の頬っぺたに頬ずりをする音之進お兄ちゃんはすごく嬉しそうだ。
僕はただ、まだ音之進お兄ちゃんのことをよく思い出せていないって言いたかっただけなんだけどな。でもなんだか嬉しそうだったから、僕は余計なことは言わないようにした。

「時間ですよ」
「あっ……」
「なっ……おい尾形!」

ずっと頬ずりをする音之進お兄ちゃんの手から尾形お兄ちゃんは僕を取り上げた。離れていく音之進お兄ちゃんの顔がみるみるうちに鬼のような顔になっていく。

「翔太を返せ!」
「返せ? 返却して頂くのはこちらの方ですよ」
「私が家まで送る!」
「生憎、こいつの保護者から送迎を任されてるのは俺なんですよ」
「くっ……どこまでも食えない奴め……!」
「金だけで動かない部下に金より欲しいものを奪われた気分はどうですか? 鯉登警部補殿」
「貴様ッ……!」
「今後、ボンボンのエスコートはこいつ限りにさせて頂きますよ」

「それではまた」って言って、尾形お兄ちゃんは僕を前に抱き直すと、片手を挙げながら音之進お兄ちゃんに背中を向けた。音之進お兄ちゃんはお顔を真っ赤にさせて、意味がよくわからない言葉を早口で叫んだ。言ってることはわからないけど、なんだかすごく怒っているみたいだ。

「……尾形お兄ちゃん、音之進お兄ちゃん怒ってるけど……置いて来ちゃっていいの?」
「投げキスでもしてやれ」

ハッと笑った尾形お兄ちゃんの言われた通りに、僕はまだ向こうで怒っている音之進お兄ちゃんに向かって投げキスをしてあげた。

「キエェェェーッ!!」
「お、お客様!?」
「お客様!大丈夫ですか!? お客様ッ!」

そうしたら音之進お兄ちゃんはまた叫び声を上げて後ろから倒れてしまった。何で音之進お兄ちゃんは投げキスをすると毎回倒れちゃうんだろう。投げキスって本当にチュウなのかな。

「……尾形お兄ちゃん」
「なんだ」
「投げキスって、本当は何なの?」
「……必殺技だ」

尾形お兄ちゃんは僕を持ち上げるように抱き直すと、無表情でそう答えた。

どうやら僕は、新しい必殺技を手に入れたみたいだった。


◆◆◆


「翔太〜ッ!!」

尾形お兄ちゃんに連れられてお家まで帰ると、団地の下で既に由兄ちゃんがお迎えに来てくれていた。僕を見つけた由兄ちゃんは泣きながらこっちまで走って来て、僕を抱っこするとぎゅうっと抱きしめてスリスリと頬ずりをする。擽ったいし少し苦しいけど、大好きな由兄ちゃんにぎゅうってされるのは嬉しい。僕も由兄ちゃんにぎゅうっと抱きしめ返した。

「尾形に何もされなかったか〜? 俺はもうお前がいない間心配で心配で……飯も喉を通らなかったんだぞ〜!」
「由兄ちゃんお腹空いてるの?」
「う〜ん、食欲がないって意味なんだけど、ちょっと翔太にはまだわかりにくい表現だったかな〜」
「鍋パーティーする?」
「鍋パーティーはしません〜」
「…………」
「今度してあげるからそんな顔しないの!」

しょぼくれていたら由兄ちゃんは苦笑いして僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。髪の毛はぐちゃぐちゃになっちゃったけど、僕は由兄ちゃんにこうされるのが嬉しくて元に戻す気にはならなかった。肩に顔を埋めたら、由兄ちゃんの匂いがしてすごく落ち着く。僕の大好き匂いだ。

「何だよ翔太、急に甘えん坊だなぁ」
「ん〜……由兄ちゃんの匂いがするもん」
「はうぅぅぅん……」
「気色の悪い馴れ合いは家でやれ」
「何よ尾形ちゃん、僻み?」
「…………」
「えっ……うそ、否定しない……」
「明日明後日、宅配便が届くからちゃんと受け取っておけよ」
「宅配便?」

尾形お兄ちゃんはそれ以上何も伝えずに僕たちの横を通り過ぎて行った。僕は慌てて尾形お兄ちゃんに手を振った。

「尾形お兄ちゃん、ありがとう!バイバイ!」
「…………」
「バイバイ!」

最初のバイバイは無視されちゃったけど、もう一回言ったらちゃんと手を挙げて応えてくれた。大きな声でバイバイって言ってくれればいいのに、やっぱり尾形お兄ちゃんは照れ屋さんだ。

「本当に、あいつの考えてることってわけわかんねーなぁ……」
「尾形お兄ちゃんねぇ、怒ると色々話してくれるよ」
「あー……確かにそうかも。っていうか翔太、さっきから持ってるそれ何?」
「……? あっ」

由兄ちゃんが見たものはお土産屋さんで買ってきたコップだった。一つは尾形お兄ちゃんにあげたけど、もう一つは音之進お兄ちゃんにあげるつもりだったのにすっかり忘れてた。

「……うーん」
「どうした?」
「……ううん、なんでもない」

今度また会えた時、覚えていたら渡そうと僕は思った。


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