海賊の子 | ナノ

魔性は懲りない


双子のお巡りさんとバイバイした後、僕が由兄ちゃんのお家まで戻ったらお家には怒った顔をした由兄ちゃんが待っていた。

「翔太!お前なぁっ!」

どうしてそんなに怒っているのか最初は分からなかったけど、由兄ちゃんが「心配かけるな」って何回も繰り返して言うから、たぶん僕が勝手に双子のお巡りさんと遊びに行ったことを怒っているんだと思う。

「それと何だよその仮面サーファーの大量のグッズは!!」

そう言って由兄ちゃんが指差したのは、双子のお巡りさんに取ってもらった仮面サーファーのオモチャだ。双子のお巡りさんはゲームでたくさんのオモチャを取ってくれて、それを全部僕にくれた。あんまりたくさんあると両手に持てないからってお店の人が紙袋に入れてくれたけど、たくさんあり過ぎて紙袋から少し中身が見えてしまっていた。由兄ちゃんはそれについても怒ってきた。

「双子のお巡りさんがね、くれたの……」
「ッ……あのな、翔太……」

由兄ちゃんはおでこを押さえて僕の前に屈んだ。笑っているのに口の角がヒクヒクとしている。

「今回の件はな……? 最初から最後まで杉元に見張らせていたからこそ、まだそこまで大ごとにならずに済んだんだよ」
「杉元お兄ちゃん?」
「そう、杉元お兄ちゃん。杉元お兄ちゃん、お前が双子のお巡りさんと遊びに出回ってる間もず〜……っと、遠くからお前のこと見守ってくれていたの。だからな? 何が起きても逐一俺のところに連絡が回ってきたの。そうじゃなかったら今頃、俺はお前のこと血眼になって捜し回ってるし警察もフル動員させてたからな? 場合によって双子のお巡りさんのことも訴えてたからな?」
「……?」
「そこで首傾げないの。これでも感情抑えて怒ってる理由を冷静に説明してるんだから」

由兄ちゃんは笑い過ぎて顔が少し変になっていた。顎が突き上がって、僕の肩を掴む手がプルプルと震えている。

「翔太、お前はな……知ってる人相手だとちょっと警戒心足りなさ過ぎ」
「そうなの?」
「そうなの。尾形ちゃんがいい例でしょ? お前何かあったらすぐ尾形ちゃんの所に行って構ってもらおうとするでしょ?」
「うん」
「もしも尾形ちゃんが翔太に悪いことしようとしたら、由兄ちゃんすぐに助けられないかもしれないでしょ? だからな? これからは尾形ちゃんの所に行く回数もっと減らそうな?」
「えぇ……」
「嫌そうな顔しないの」

何でそこで尾形お兄ちゃんの話が出てくるのがよくわからなかったけど、由兄ちゃんはとにかく僕があっちに行ったりこっちに行ったりするのが心配だったみたいだ。もしかすると、由兄ちゃんはひとりぼっちにされて寂しかったのかもしれない。僕は由兄ちゃんをぎゅっと抱きしめて背中をよしよししてあげた。

「……翔太、何してんの?」
「由兄ちゃんよしよししてる」
「何で?」
「寂しそうだから……」
「色々言いたいことあるけど、要約するとそうなるから言い返せねぇなぁ……」

僕がよしよししていると由兄ちゃんも僕の背中に手を回してぎゅっと抱きしめてくれた。そのまま抱っこされて、普段あんまり使わない隣のお部屋にまで運ばれる。由兄ちゃんは僕を畳まれたお布団の上に降ろすと、すぐにお部屋を出て行った。

「その部屋将来的にお前の部屋になるかもな〜」
「なんで〜?」

玄関の方から聞こえてくる由兄ちゃんの言葉に返事を返したら、由兄ちゃんは置いてきた紙袋を持ってこっちにまで戻ってきた。置いてある本棚の横にその紙袋を置いて、僕の方に振り返る。

「お前への貢物が増え過ぎてこの部屋がほぼ埋まりかけてるからだよ」

そう言った由兄ちゃんの言葉にお部屋の中を見渡してみたら、仮面サーファーのオモチャやぬいぐるみがたくさん置いてあるのが見えた。お部屋の隅っこには、開けていない状態の大きな箱もたくさん置いてある。あんなのいつもらったんだろう。

「身内の奴らが勝手に送ってきた貢物は送り返すとして……。その他の連中からもらったプレゼントは置いとくしかないもんなぁ」
「あの大きな箱なぁに?」
「全部売ったら新品の高級車買えるくらい高いプレゼント。でも全部送り返すから気にすんな。後でお礼の手紙書かないといけないから翔太も手伝えよ?」
「うん」

僕はお布団から降りて由兄ちゃんの所まで向かった。ぎゅっと腰に抱きついたら、頭をポンポンされてまた抱っこされた。今度はリビングにまで運ばれて、床の上に降ろされる。由兄ちゃんは床に座って僕を胡座の中に抱き寄せた。

「……叔父さんとの食事はどうだった?」
「おじちゃん?」
「ああ」
「僕、ご飯食べてない」
「いや、食べたとか食べてないとかじゃなくてだな……楽しかったかどうか訊いてんだ」
「全然楽しくなかったよ」
「……お前何でそんなに俺以外の親戚と仲良くないんだ?」
「だって、みんな全然知らない人だもん」
「あー……単純に翔太と会ってなかったのか。それなら納得だぜ」
「なんで?」
「俺は金持ち達と違って暇人だったからな。兄貴達が仕事でいない間もお前としょっちゅう会えたけど……そうか、結局会った回数か……。それならお前が尾形ちゃんや双子の警官と仲良くなるのも頷けるわ」

由兄ちゃんはそう言うと、テーブルの上に置いてある紙とペンを引き寄せて何かを書き始めた。スラスラと字を書く由兄ちゃんの手の動きに合わせて、僕の両腕が由兄ちゃんの腕に擦られる。なんて書いてあるのか読もうとしたけど、漢字がいっぱいでほとんど読めない。

「……由兄ちゃん、何書いてるの?」
「んー? 手紙……」
「誰に書いてるの?」
「お前の知らない人」
「だれ?」
「オサム」
「……?」
「ほらな? 知らないだろ?」
「うん」
「俺も会ったことが一回しかねぇ再従兄弟だよ。こんなのをあと十数枚書かなきゃいけないから大変なんだ」
「なんて書いてるの?」
「プレゼントありがとうございまーす。でも受けることが出来ないんでお返ししまーす。って、書いてんだよ」
「でも、難しい漢字いっぱい……」
「こんな風に書かなきゃうるさい奴なんだよ……。ほら、翔太も『プレゼントありがとうございます』って書いとけ」
「うん」

手紙を書き終わった由兄ちゃんが、手紙の空いたスペースを指差して「ここにな」と言った。僕は前に何回もお父さんに書かされたことがあったから、それと同じようなことを書いておいた。

「……翔太は魔性の子だなぁ」
「……?」

僕を後ろから抱きしめてきた由兄ちゃんが突然そんなことを呟いた。

「魔性ってなに?」
「人を惑わす天才だよ」
「まどわす?」
「翔太のこと、みんながどんどん好きになっちゃうってこと」
「ほんとに?」
「ああ。でもこういう奴らは結局、翔太の持ってる金しか見えてないんだろうけどな……」

由兄ちゃんはそう言って、書き終わった手紙を持ち上げてぼんやりと眺めた。その顔は少し寂しそうで、由兄ちゃんの口元はへの字に曲がっていた。

「……じゃあ、由兄ちゃんも魔性なの?」
「あ? なんで?」
「だって、お父さんもお母さんも、僕も由兄ちゃんが大好きだもん。杉元お兄ちゃんもアシリパお姉ちゃんも絶対由兄ちゃんのこと大好きだから、由兄ちゃんも魔性でしょ?」
「そりゃお前の両親とお前は俺のこと大好き過ぎるかもしれねーけど……。それは魔性とは言わねーよ」
「そうなの?」
「そうそう。翔太はすーぐ自分のファンを作るだろ? だから魔性の子」
「じゃあ、仮面サーファーは魔性なの?」
「仮面サーファーは……ちょっと難しいなそれ」

由兄ちゃんは苦笑いして立ち上がると、台所の方まで向かった。もうすぐ夕ご飯の時間だから、たぶんご飯の準備をするんだ。僕も由兄ちゃんを手伝おうと思って台所まで向かった。

「由兄ちゃん、ご飯にするの?」
「ああ。今夜はチャーハン作ってやるよ」
「焼いたご飯?」
「チャーハンな」
「僕も手伝う!」
「じゃあ後で卵割らせてやるよ」
「お野菜切りたい……」
「危ないからダメ」
「お願いぃ〜!」

後ろから服を引っ張ったら由兄ちゃんは「コラコラコラ」と服を引っ張り返した。僕だって包丁が使えるようになりたいのに、由兄ちゃんはいつも危ないからダメって言う。僕が包丁を使えるようになったら由兄ちゃんに美味しい料理を作ってあげられるのに、これじゃあいつまで経っても料理を作ってあげられない。

「何でそんなに野菜切りたいんだよ」
「僕も包丁使えるようになりたいもん……」
「じゃあ学校で一回習った後で使わせてやるよ」
「もうっ!」
「わかったわかった。……じゃあちょっとだけな?」
「うんっ」

約束した後に、由兄ちゃんは僕に玉ねぎを渡した。「向こうで皮剥いてこい」って言われたから、僕はリビングまで戻ってテーブルの上で玉ねぎの皮を剥く。乾いた薄茶色の皮がパリパリとテーブルの上に落ちて、そのうち白い中身が見えてきた。しっかり全部剥いた後、僕はそれを持って由兄ちゃんの元まで戻った。

「由兄ちゃん、皮剥いたよ〜」
「おう、サンキュー。じゃあ向こうで待ってろ、持って行くから」
「うん」

僕は言われた通りにリビングに向かった。台所だと背が届かないから、僕はこっちで作業しないと何もできない。

「ホントにちょっとだけだからな? それで我慢しろよ?」

座って待っていたら、包丁とまな板を持った由兄ちゃんがやって来た。テーブルの上にまな板を置いた由兄ちゃんは、僕の手から玉ねぎを取ってそれをまな板の上に載せた。もう切れるのかなって思っていたら、由兄ちゃんは先に玉ねぎの先っちょとお尻を切り落として、それから僕に包丁を渡した。

「じゃあコレを半分に切れるか?」
「うんっ」

由兄ちゃんは僕の後ろにぴったりとくっついたまま、包丁を僕の手と一緒に握って玉ねぎに刃を当てた。本当は僕一人でやりたいのに、由兄ちゃんは絶対手を離してくれない。仕方ないから僕はそのまま包丁を玉ねぎに下ろした。
ゆっくりゆっくり、慎重に包丁を下ろすと、一個の玉ねぎは綺麗な半分こになった。

「切れた!」
「切れたな!はい、終わり!」
「え〜っ!」
「えーじゃない。ちょっとだけって約束しただろ?」
「もう一回〜!」
「ダメダメ。半分は残しとくの」
「じゃあ、もう半分の方僕が切る」
「ダメだって」
「お願いぃ〜!」
「だあぁもう、危ねーからまとわりつくなって!仮面サーファーのDVD観て待ってろ!」
「僕、由兄ちゃんのお手伝いしたいの!」
「翔太がDVDを大人しく観ててくれた方が由兄ちゃんとしては助かるな〜」
「ぅ……」
「そんなショック受けたような顔して精神攻撃してくんな。毎度毎度、こう見えてこっちは大ダメージなんだよ」
「……もういい……」

それでも由兄ちゃんは僕に包丁を渡してくれない。これ以上言ってもダメなんだってことがわかって、なんだかすごく寂しい気持ちになった。

由兄ちゃんはお父さんと一緒ですごく心配性だ。顔も声もやることも全部似ている。お母さんに叱られるとお父さんは由兄ちゃんみたいに「クーン」と鳴いて、僕を盾にしながらお母さんにごめんなさいって言う。由兄ちゃんも時々誰かに叱られると「クーン」と鳴くクセがあるから、お父さんと由兄ちゃんは似た者同士だ。

「もうちょっと大きくなったら使わせてやるからそんな拗ねるなよ、翔太」
「…………」

台所の方から聞こえる由兄ちゃんの声に僕は聞こえないフリをして、そのままベランダの外まで出て行った。お空はすっかり暗くなっていて、周りの団地には明かりがポツポツと見える。チカパシくんはどこに住んでいるんだろう。今度遊びに行かせてもらおうかな。

「翔太〜。そんなとこで何してんだ〜?」
「チカパシくんのお部屋探してる〜」
「早く戻ってこいよ〜」
「はぁい……あっ」

怒っていたからしばらく口をきかないようにしていたのに、気が付いたらもう由兄ちゃんと話していた。なんだかもうどうでもよくなってきちゃった。

それでもまだお部屋に戻るのが少し嫌で僕がベランダでしゃがんでいたら、隣の方からガラガラガラと網戸が開けられる音が聞こえた。尾形お兄ちゃんのお部屋がある方だ。

「……尾形お兄ちゃん?」
「…………」
「そこにいるの?」
「…………」

返事が返ってこない。どうしたんだろう。
僕は柵をよじ登って隣を覗こうとした。

「登るな」
「わぷっ」

そうしたら突然にゅっと手が伸びてきて、覗こうとした僕の顔をベランダに押し戻した。ちらっと見えた顔は、たしかに尾形お兄ちゃんの顔だった。僕はベランダの間にある壁に向かって声を掛けた。

「尾形お兄ちゃん、風邪治ったの?」
「……ああ」
「ほんとに? 良かったね!」
「…………」
「あのねぇ、今日ね、双子のお巡りさんと遊んだよ」
「……二階堂か?」
「うんっ。それでね、一緒にお蕎麦食べてね、そのあと仮面サーファーのオモチャも取ってもらったんだよ」
「あいつらの弱味でも握ったのか?」
「弱味?」
「お前にそんなことするような奴らじゃないだろ」
「ホントだよ? 仮面サーファーのオモチャもいっぱいあるもん。全部双子のお巡りさんが取ってくれた」
「取るって何だ。買ってもらったんだろう」
「えっとね……なんかね、こう……ウィーンって機械が動いてね、オモチャを取ったの」
「……あぁ、クレーンゲームか」
「すごかったよ!浩平お兄ちゃんがねっ、こうやってガチャガチャってしてね、何回かやったらオモチャが持ち上がって下に落ちるの!そしたらね、そのオモチャもらってもいいんだって!」
「……良かったな」
「うんっ!……でもね、持って帰ったら由兄ちゃんに怒られた……」
「あいつは一緒じゃなかったのか」
「うん。今日は本当はね、親戚の人と二人だけでご飯食べに行く約束だったんだけどね、そこでね、双子のお巡りさんと偶然会ってね、僕がもう行きたくないって言ったら双子のお巡りさんが遊びに連れて行ってくれたの」
「…………」
「そしたら由兄ちゃんが怒ってね、尾形お兄ちゃんと遊ぶ回数減らしなさいって言うの」
「何でそこで俺の話が出てくるんだ」
「わかんない……」
「どうでもいいが、お前も知ってるやつだからって簡単についていくような真似するなよ。そのうち痛い目にあうぞ」
「尾形お兄ちゃんも由兄ちゃんみたいなこと言う……」
「お前を見てれば俺に限らず誰でもそう言うぞ」
「えー……」
「翔太〜!いつまでそこにいるんだ〜?」
「あっ」

尾形お兄ちゃんと喋っていたら、台所の方から由兄ちゃんの声が聞こえた。そういえばもうすぐご飯の時間だった。

「尾形お兄ちゃん、僕もうすぐご飯だからもう行くね」
「ああ」
「バイバイ。また後でね」
「もう来なくていい。俺も部屋に戻る」
「じゃあ、また明日ね」
「…………」

返事が返ってこない。少ししたら、ガラガラガラと網戸が閉められる音が聞こえた。その後にパタン、と窓も閉じられる音が聞こえたから、たぶんもうお部屋に戻っちゃったんだ。

「翔太〜!」
「……! はぁい!」

もう一度呼ばれて、今度こそ僕はお部屋に戻った。尾形お兄ちゃんと話したら、さっきまで怒っていた気持ちもすっかり忘れてしまう。

尾形お兄ちゃんがお隣さんで良かったな。
僕はこれからもずっと、尾形お兄ちゃんといっぱい遊ぼうと思った。


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