海賊の子 | ナノ

テレパシー


電話が鳴った。バイブ音と共に鳴るその着信メロディは浩平の携帯電話から聴こえてきた。

洋平は自分の携帯に浩平と同じ着メロを設定させているので、一瞬自分の携帯が鳴ったものだと思ったがそれはあり得なかった。何故なら彼は、翔太を連れてカフェを出てから自分の携帯電話の電源を切っていたのだ。白石からの掛け直しを一時的に拒む為の対策だった。

ズボンのポケットに突っ込ませていた自分の携帯電話を引き抜いた浩平は、着信相手の名前をディスプレイで確認して「ゲッ」と声を漏らして眉根を寄せた。足を止めた浩平に、並んで歩いていた洋平も翔太も同じように足を止めた。

「どうした?」
「月島部長……」
「は? なんで?」
「心当たりがありすぎて思い出すのも難しい……」
「出ないとマズくないか?」
「出勤中に掛けてくるって相当だな……」
「めっちゃコール鳴り続いてるけど……」
「浮気に気付いたヒステリックな彼女かよ……。出るしかなさげだな」

怒鳴られる未来しか見えない浩平は電話に出るのを散々躊躇ったが、放置しても結局後で怒鳴られる結果にしかならないので彼は渋々電話に出ることにした。応答のマークをタッチして恐る恐る携帯を耳元に充てがう。

「もしもし……」
『二階堂!』
「はぁ……」

この声色と切り出し方からしていつもの怒鳴られるパターンだろうと予想し、浩平はため息をついて肩を落とした。月島の馬鹿でかい声で鼓膜をやられないように浩平は携帯を少し耳元から浮かす。

「……何でしょうか」
『貴様いまどこにいる!』
「はい? あー……今はたぶん、第七駅付近の歓楽街ですけど……何でそんなこと訊くんですか?」
『今すぐ翔太くんを連れて第七駅前交番まで行け!』
「は? な、何で月島部長が俺たちが翔太といること知ってるんです?」
『いいからさっさと行け!貴様ら二人揃って誘拐の容疑者にされたいのか!』
「誘拐ィ!?」

予想外の台詞に浩平は素っ頓狂な声を上げて思わず携帯を耳から離した。何かをまだ怒鳴っている月島の声に浩平は慌てて離したばかりの携帯を耳に充てた。

「いやっ、意味わかんないんですけど……!」
『翔太くんの叔父に当たる男性から先ほど署に通報があった。その叔父と名乗る男性は相当の資産家で……警察署の人間も下手に扱えない人物だ』
「マジで通報したのか、あの男……」
『先ほど喫茶店の監視カメラから、お前達が翔太くんを連れて店を出て行く姿が確認された。事態を知った鯉登警部補が今警察署で大暴れしていて大変なことになっている。俺も今警察署に着いたばかりで──』
キエェェェーッ!!
落ち着け、鯉登警部補。おぉ、月島か。ちょうど良かった。今から……
『ッもう切るぞ!早く交番に連れて行け!今すぐにだ!いいな!?』
「いやあのっ」

浩平が何かを言う前に通話は一方的に切られてしまった。みるみるうちに顔色を悪くさせる浩平の横顔を見て、洋平は訝しげな表情を浮かべた。浩平のこの様子からして只事ではないことが窺える。

「……浩平、月島部長何だって?」
「……俺たち、誘拐犯に仕立て上げられそうになってる……」
「は!?」

突然聞かされたとんでもない話に洋平は目を見開いた。しかし思い当たる節が自分達のすぐ側にいたので、二人は苦虫を噛み潰したような表情で翔太を見下ろした。翔太はそんな二人の様子に首を傾げながら、先ほどもらったばかりの仮面サーファーの箱入りフィギュアを両腕に抱きしめた。

こんな平和ボケした顔をしているが、見えないところではかなり大ごとになっていると本人が知れば、この顔はどう変わるのだろうか。二人の脳裏に男の零した「年商2000億」「7兆」という言葉が過った。

翔太が実はかなりの重要人物であることに、二人はようやく気付いたのだった。

「双子のお巡りさん、どうしたの?」
「……これから交番に行く」
「えっ?」
「お前を返すんだよ」
「何で……? もう僕と遊んでくれないの……?」

翔太は不安げな表情で浩平の服を掴んだ。離れたくない、別れたくないと伝えるように強く服を握りしめる翔太の手を、浩平は手で叩き振り払った。

「浩平……っ」
「……交番に着いたら、そこにいる警察官には俺が遊びに誘ったって言えよ」
「おい浩平!何だよそれ!」
「全部カメラに撮られてたんだ!勝手について来たなんて言い訳があいつらには通用しないことは洋平だってよくわかってるだろ。俺が全部指示したことにすれば洋平の処分も多少は軽く──」
「ふざけんなよッ!お前にそんな腐った真似させるくらいなら徹底的に俺が悪者になってやるからな!」
「あっ!」
「おいッ!洋平!!」

勝手に自己犠牲を図ろうとした浩平に憤りを覚えた洋平は、突然翔太の手を掴んでその場から駆け出した。その際翔太はうっかり箱を落としてしまったが、後ろを振り返っても走らされている今はとても拾いに戻れるような状況ではない。ただ遠くなっていくその視線の先で、浩平が箱を拾い上げる光景だけが見えた。

二人と一人の距離は、あっという間に離されてしまった。


◆◆◆


第七団地公園──
団地の公園だというのに全く人気のないことでも有名な公園で、洋平と翔太は二人でドーム型の遊具の中で身を潜ませていた。複数の小さな穴が空いたそこは中が広い空洞になっており、大人でも屈めば中に入ることはできる。

わざわざ逃げて来たというのに自分の勤務先の交番近くにある遊具の中隠れるなどと、家出した子供でもあるまいし、普段の洋平なら普通はこんなお粗末な隠れ方を選ばない。それでもそんな浅はかな真似ができたのは、洋平が本気で逃げ隠れするつもりがなかったからである。

二人はドームの内側の壁を背にして、膝を抱えて蹲っていた。ここに身を潜ませてからというもの、二人は一言も会話を交わしていない。時折翔太が隣に座る洋平の顔をチラチラと確認しているくらいだ。翔太はここに来てから一言も話さず無表情を貫く洋平の顔を、下から覗くようにして見上げた。

「……洋平お兄ちゃん」
「……何だよ」

翔太から話しかけてようやく洋平は口を開いた。それでもその声色からして、話しかけて欲しくないという洋平の気持ちがはっきりと読み取れる。翔太は遠慮なく言葉を続けた。

「何で浩平お兄ちゃん置いて来ちゃったの……?」
「…………」
「……喧嘩しちゃったの……?」
「…………のせいだよ……」
「えっ?」
「お前のせいだよ」

聞き返した翔太に、洋平は顔を逸らしながらはっきりと言葉を告げた。翔太は目を見開いてしばらく黙り込んだが、やがて顔を俯かせると眉尻を下げた。抱きしめた足が土を引きずって、ジャリ、と音を鳴らす。その音がイヤにドーム内に響いた。

「……ごめんなさい」
「…………」

洋平は依然顔を逸らしたままで、翔太も暗い顔を俯かせてそれ以上何も話そうとしない。そんな時に遠くから聞こえてきたパトカーのサイレンの音に、洋平は肩を小さく跳ねさせた。翔太は全く気にしていないのか、サイレンの音にもちっとも反応をして見せない。

──もし、警察に見つかった時……俺が全部やったって言えば、浩平は見逃してもらえるかな。

洋平はドームの穴から漏れる外からの光を眺めながら、ふとそんなことを考えた。そしてその直後に、自分が浩平と全く同じことをしようとしていたことに気がついて洋平は自嘲の笑みを浮かべた。

「……どっちにしろ隠避罪と偽証罪と誘拐罪で捕まるか……」
「……?」

罪状を呟いてから、ようやく自分達が大きな間違いを犯してしまったことに気付いた。少し考えればわかることなのに、何故あの時は「やっぱりやめておこう」と思えなかったのか。何故浩平や自分自身を止めることができなかったのか。

いつもそうだった──昔から浩平がする事は俺がやりたい事だと思い込んで、その行動に何の疑問も抱かない。気が付けばいつも同じような行動をとっていた。自分達以外の“異端”を寄せ付けないようにしていた。

変わってしまうのが怖かったのだ。双子で一心同体であるこの関係が、別の誰かの手で変えられてしまうのが怖かった。自分達さえ良ければ他人なんかどうでも良かった。どうせ周りの人間は自分達を見分けることすら出来ないのだし、何ならお互いに自分の片割れのふりをして知らない人間と適当に話を進めることだってあった。

いつも一緒にいて、いつも同じような行動をとって、いつも同じ反応して見せる──名札がなければ区別なんかつきもしない。個性もクソもあるもんか。俺には浩平だけがいればいい。俺たちを区別して理解できるのは俺たちだけだ。

今までずっと、そんな風に思っていた。
なのにどうして──

「洋平お兄ちゃん」
「…………」

自分の名前を呼ばれた洋平は、視線を隣に座る翔太の方へと向けた。

「浩平お兄ちゃん、きっと洋平お兄ちゃんのこと心配して探し回ってるよ……? 早く戻ってあげよう……?」

──どうしてこいつは、俺たちのことがわかるんだ。

何で浩平が俺のことを心配しているなんて思うんだ。何で探し回っているなんてことが言い切れるんだ。お前に浩平の何がわかる。俺たちの何をわかっていて、そんな台詞を言えるんだ。

イライラする。子供は昔から嫌いだった。騒ぐし喚くし生意気だし、こんな職業に就いてなければありったけの怒りを込めて怒鳴り散らしてやりたかった。「本物の銃が持てるから」なんて理由で警察官になったのがそもそもの間違いだったんだ。俺は最初から反対だったのに、浩平がやりたいなんて言い出すから俺は仕方なく──


──あれ?


「……洋平お兄ちゃん、痛いの……?」

翔太は首を傾げながら自分の手を洋平の頬に伸ばした。頬に触れた指先に小さな水滴が移って、それはやがて翔太の指を伝って手の内に消えていった。洋平は視線をドームの上に向けてみるが、穴の空いたそこからは快晴の空しか見えない。雨なんか一粒も落ちていないことがわかる。

そこで初めて、洋平は自分が涙を流していたのに気付いた。浩平以外の人間の前で、初めて涙を流してしまった。洋平は唖然とした表情で涙の筋をもう一つ作った。

「洋平お兄ちゃん、大丈夫? ……お腹痛いの? ……由兄ちゃん呼んでこようか?」
「……何でだよ……」
「だって、お腹痛いときのお薬……」
「何でこいつの前で泣くんだよ……っ」

洋平は膝を抱えて顔を埋めた。

翔太の前だと何故か自分の気持ちに素直になってしまう。今まで浩平と同じものだと寄り添わせていた気持ちが、同じものだと信じていたその考えが、全て違うものなんだと気付かされてしまう。

「お前が事あるごとに俺のことを洋平、洋平って呼ぶからだ……!何で俺たちのことが見分けられるんだよ……!」
「えっ……ぁっ、だって……洋平お兄ちゃんは、優しいし……浩平お兄ちゃんのこと、いっぱいお世話してあげてて……」
「それだけかよ!たったそれだけで俺たちが区別できんのか!?」
「ぅっ……こ、浩平お兄ちゃんは……ちょっと怒りん坊で、洋平お兄ちゃんにいっぱい話しかけてるから……洋平お兄ちゃんのこと、大好きなんだってわかるもん……」
「……!」

そんなこと、浩平以外に一体誰がわかるって言うんだ。

「っ……浩平に会いたい。会って謝りたい……」
「ぁっ……ぁっ……」
「浩平……ごめんな、浩平……」

突然塞ぎ込んだ洋平に、翔太は立ち上がって側に寄り添った。丸まった背中を優しく撫でると、洋平は更に縮こまって鼻をすすった。その姿はまるで小さな子供のようだった。

「洋平!」

突然ドームの外から聞こえてきた声に洋平は弾かれたように顔を上げた。その声には聞き覚えがあり、そして今の彼にとっては待ち望んでいた声だった。

「洋平ッ!」
「浩平……!」

焦燥した顔をドームの穴から覗かせた二階堂浩平が、ドーム内にいる二人の前に姿を現した。目元を腫らした洋平は信じられないものを見る目で、中に入ってくる浩平を唖然と見つめていた。

「浩平、何でここが……」
「GPSと盗聴器つけてたから」
「は?」
「怒るなよ。お前もつけてるくせに」

浩平がケロッとした顔で言うものだから、洋平は出ていた涙も引っ込んでしまった。洋平もまさか浩平の口から「双子の絆」なんていう臭い台詞が出るとは思わなかったが、あまりにも現代的過ぎる発見方法につい先程まで涙を流していた自分が恥ずかしく思えてきた。

「それより聞け、洋平。俺たち犯罪者にならなくて済むぞ」
「えっ?」
「翔太の保護者が間に入って場を収めたらしいから、俺たちは後で厳重注意受けるだけで済まされる。翔太も、夕方までには家に帰せばいいらしい」

自分達の今後のことについて淡々と告げられた洋平は、肩の力を抜いて安堵のため息をついた。自分はともかく、浩平が捕まらずに済むのならそれで良かった──洋平の安心しきった表情を見て、浩平は苦笑いを浮かべた。

「……随分と翔太に優しく慰めてもらってたなぁ、洋平」
「ッ……どこから聞いてた!?」
「洋平達見失った後すぐに」
「全部じゃん!」
「ああ。だから今の俺の気持ち、洋平とほぼ同じ。ほら、翔太」
「あっ……」

浩平は洋平に寄り添っている翔太の元までにじり寄り、持って来ていたフィギュアの箱を彼の前に差し出した。恐る恐る受け取った翔太の頭を、浩平は上から撫でつけてポンポンと叩いた。

「完全にこいつのこと甘く見てた。第二の洋平みたいに俺のことほとんどわかってたから。……洋平もそう思っただろ?」
「……ああ。俺もそう思った」
「洋平、今何時?」
「え? ……15時くらい」
「で、どうする?」
「何が?」
「この後の話」

話を振られた洋平は、ふと視線を翔太へと向けた。翔太は浩平にもらった仮面サーファーのフィギュアを見つめて瞳を輝かせている。未だに浩平から頭をポンポンとされていても全く気にしていないようだった。

その様子に小さく吹き出した洋平は、苦笑いを浮かべながら浩平の顔に自分の顔を振り向けた。

「トン・キホーテ行くか」
「賛成」

ポン、と最後に翔太の頭を叩いた浩平が笑った。


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