海賊の子 | ナノ

寄り道仲間


二階堂浩平と二階堂洋平はたまの休日を二人で過ごすということがほとんどない。大体が入れ替わりの交番勤務なので、どちらかが非番でどちらかが出勤という場合がほとんどだ。

だが今日は久々に二人しての休日が取れた。特に予定も決めていなかったが、せっかくなので二人は一緒に外出することにした。行き先はまだ決めていない。しかし一度外に出れば二人とも足並みを揃えて同じ場所に向かうのだから不思議な話だ。

「洋平、どこ行く?」
「浩平が決めていいよ。俺合わせるから」
「朝飯は寮で食べたもんな……。昼までまだ少し時間あるし……」
「あ」
「なに?」
「翔太だ」
「えっ?」

洋平が指差した先には確かに翔太がいた。翔太はカフェのテラス席で椅子に座り、テーブルの上に置かれたケーキとジュースを前に顔を俯かせている。よく見ればその格好は白いシャツに黒の半ズボン、紐ネクタイやベストまで着て、完全にフォーマルスタイルである。ただのお出掛けには見えなかった。

「あいつ一人で何やってんの……」
「さぁ……あの白石とかいう奴も一緒なんじゃないの?」
「あ」

今度は浩平が声を上げた。見ると、翔太が座っている席に誰かが近付いてきていた。全く見覚えのない人物だ。若い男であるということだけは判明した。

「……誰?」
「知らない」

二人して首を傾げてしばらく眺めていると、男は一言二言話すなりニコリと微笑んで翔太の前にある席に座った。見計らったようにウェイトレスがやって来て、カップと追加のスイーツをテーブルに並べた。それでも翔太はニコリとも笑わない。ケーキやジュースにも反応を示していないようだった。

「……どうする?」
「どうもこうも……俺たち全然関係ないよな?」
「うん。関係ないな」
「洋平、今何時?」
「……もうすぐ11時」
「昼まで暇だからここで時間潰す?」
「じゃああのカフェ行く?」
「そうだな」
「そうしようか」

お互いに頷きあった二人は翔太のいるカフェへと向かった。適当にコーヒーを頼んでテラス席まで持っていくと、翔太が座っている席の後ろにある席に二人で座った。近寄った分、翔太達の会話がよく聞こえる。

「欲しいものがあるなら何でも買ってあげるよ?」
「……何も欲しくない……」
「本当に? 実は新しいオモチャとかゲームが欲しいんじゃないの?」
「いらない……」
「じゃあ、後で遊園地にでも連れて行ってあげようか。水族館でも動物園でも、博物館でも美術館でも、翔太の好きなところに連れて行ってやるよ」
「行きたくない……」

男の誘いを断る翔太の声は暗く沈んでいた。どうやら翔太はあまりこの状況を楽しめていないようだ。
二階堂達は買ったばかりのコーヒーに口をつけながら耳を澄ませる。男の小さなため息が聞こえた。

「せっかく久々に会えたんだから……もう少し甘えてくれてもいいんだぞ?」
「…………」
「……そんなに由竹がいいのか?」
「うん……」
「……翔太。はっきり言わせてもらうが、お前はあいつに夢を見過ぎているぞ。あいつが過去に何をしたのかお前は全くわかっていない」
「由兄ちゃんは由兄ちゃんだもん」
「あいつのせいで俺たちは酷い目に遭ったんだ。マスコミに連日報道されるし、謝罪会見までさせられたし、記者から付け回されるしで大変だったんだぞ。お前の両親だってどれだけ苦労させられたか……」
「もうっ!そんなことばっかり言うなら僕帰る!」
「っ……わかった。もう言わない」

翔太の本気で怒った声を初めて聞いた二階堂達は目を見開いて驚いた。普段交番に遊びに来る時はいつも呑気な笑顔を浮かべていたので、二人は翔太には怒るという感情がないものだとばかり思っていた。

「でも一つだけ聞きたい。どうしてそんなに由竹がいいんだ? 俺や他の親戚達も、時々お前に会いに来ていただろ?」
「…………」
「俺がクリスマスの日にピアノを買ってやったのを覚えているか?」
「…………」
「誕生日にはスポーツカーだって買ってやっただろ?」
「…………」
「由竹は何をお前に贈った? 手作りのオモチャか何かか?」
「……仮面サーファーの靴下……」
「フッ……ハハハッ!」

男は堪え切れなかった笑い声を上げて額を抑えた。翔太は膝上のズボンを握りしめて唇を噛み締めた。

「やっぱりな。白石家はウチとは違う感性をしている。俺の贈ったものも全部お前の父親が返してきた。ご丁寧にお前に書かせたお礼の手紙まで添えてな。その様子じゃ、他の連中が贈ったプレゼントも全部突き返してきたんだろう」
「…………」
「残念だよ、翔太。お前に喜んでもらえると思ったんだがな……。どうやらお前のお父さんは、お前のお母さんの兄弟を信用してくれていなかったみたいだ」
「……お父さん、そんなこと言ってなかった……」
「言わなくても行動でわかるもんさ。お前の父親と由竹はよく似ている。俺はお前が、父親や由竹のようにならないか心配だよ」

男はカップを取るとフチに口をつけた。翔太はしばらくじっとしていたが、突然黙ったまま椅子から降りた。男はすぐにカップをソーサーに載せて翔太を睨んだ。

「どこに行く気だ? まだ約束の時間は残ってるだろ?」
「……おしっこ」
「……全く。あいつと一緒にさせてると言葉も汚くなるのか……さっさと済ませて来なさい」

翔太は何も答えないまま店内へと入って行った。男は走り去るその後ろ姿を一目も見ずに自分の携帯電話を取り出した。無表情で何かを操作している。

「……翔太の親戚っぽいな」
「うん。知らないやつだけど」
「今何時?」
「11時20分くらい」
「まだ昼飯まで時間あるけどどうする?」
「まだ決めてない」
「俺も」

二人は飲みきったコーヒーのカップを手で弄ばせ、今後のことを考える。その時不意に男がどこかへ電話をかけ始めた。二人は口を噤み、無意識のうちに耳を澄ませた。

「……ああ、俺だ。やはりダメだな、由竹は。松栄の会社なんかさっさと買収させろ。…………年商2000億なんかにいつまでもしがみつくな。姉貴の方がよっぽど稼いでる。……ああ、わかってる。姉貴の7兆は流石に手放せない。……翔太をこっちに引き入れたらそれも全部俺たちのモンだ。……ったく、あいつが勝手に馬鹿な真似してくれたせいでここまで誘き出すのに苦労したぜ。ウチの家系の奴は由竹から完全に怪しまれてる。あの女も結局使い物にならなかったしな……お前が安物の女を雇うからあんな事になったんだ。余計時間が掛かっちまった」

男はタバコを一本出すと口に咥えさせた。苛立たしそうに火をつけて、眉間に皺を寄せる。テーブルに並べられたケーキやジュースの上にタバコの煙が這って、その煙の臭いは二階堂達の席にまで届いた。
二人はまだ何かを話している男を遠目に見て肩を竦ませた。

「……臭うな」
「ああ、臭うな」
「どうしようか」
「浩平ならどうする?」
「洋平ならどうする?」
「……翔太ならどうする?」

一瞬の沈黙の後、二人は同時に席を立った。突然同じタイミングで席を立った双子に男は驚いたが、少し物珍しげな視線を配るとすぐに興味をなくして通話に戻った。

二階堂達は店内に入ると男子トイレ付近にまで向かい、ドアの前にある壁に並んで寄りかかった。すれ違う客が先ほどの男同様、二人を物珍しげに一瞥して行く。浩平はしかめっ面をやや俯かせ、視線を横にいる洋平に向けた。

「……今何時?」
「11時半くらい」
「次どこに行く?」
「まだ決めてない」
「どうする?」
「…………」

洋平が黙ったままでいると、目の前の男子トイレのドアがゆっくりと開かれた。ドアの向こうから、暗い顔を俯かせた翔太が現れる。二人は顔を見合わせて、ニッと笑った。

「こいつに決めさせよう」
「それがいい」
「わっ!」

二人は出てきた翔太とすれ違う瞬間ワザとぶつかった。驚いた翔太が慌てて顔を上げて見せた。

「ぁっ、ごっ、ごめんなさ……」
「あー痛えなぁ」
「腕が折れた〜」
「あっ!」

白々しい様子で片腕を抑えた二人に翔太は驚きの声を上げた。ぶつかった相手が二階堂達だと知るや否や、翔太は先ほどまで見せていた暗い顔を一瞬で消し去り、目を輝かせて二人の手を掴んだ。

「双子のお巡りさん!」
「うわ〜面倒くさい奴に見つかった」
「ついてな〜い」
「ねぇねぇ、何でここにいるの? 二人で遊んでるの? 双子のお巡りさん、今日はお休みなの?」
「翔太に関係ないだろ」
「お前こそ何でここにいるんだよ」
「あのねっ、僕の親戚の人がね、一緒にご飯食べようって言って連れて来てくれたの。僕、由兄ちゃんと一緒ならいいよって約束したけどね、由兄ちゃんはダメって言ったから、本当は行きたくなかったけど約束だから夕方まで一緒にいるの」
「長ったらしいし圧倒的に言葉足りてなくて訳わかんねぇ」
「僕も双子のお巡りさんと一緒に遊びたい」
「えー……どうする? 洋平」
「どうしようかな……」
「お願いぃ〜!」

翔太が普段交番でも鬱陶しいくらいに絡んでくることを知っていた二人は、ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながらヒソヒソ話をして見せた。そうすると仲間外れにされたと思い込んだ翔太が必死な顔をして見せるのだ。一生懸命に二人の手を引いて飛び跳ねる翔太を、二階堂達は愉快そうに見下ろした。

「でも約束してるらしいもんな……」
「連れて行ったらいけないもんな……」
「由兄ちゃんに電話して。僕がもう帰るって決めたら由兄ちゃんに電話する約束してるから」
「ふーん、じゃあ翔太一人で帰ればいいじゃん」
「えっ」
「帰るんだろ?」
「帰るけど……帰らないの!双子のお巡りさんと遊ぶの!」
「……なんか本当に面倒くさくなってきた」
「どうしようか」
「やっぱり置いて行く?」
「お願いぃ〜!」

翔太があまりにもグイグイと引っ張るので、二人は後に引けなくなってきた。ひょっとすると自分達は何か大きな間違いを犯しているんじゃないかと感じ始めたが、翔太に見つかってしまった以上このまま放置して行くわけにもいけない。なにより、二人の手を翔太が頑なに離そうとしないのだ。あまりの必死さに二人は困惑した。

「でも俺達、お前の保護者の連絡先知らないし……」
「僕知ってる」
「携帯忘れた」
「俺も」
「さっきのおじちゃんが持ってるから借りに行こう?」
「あ、やっぱ持ってた」

これ以上面倒ごとを増やすのは御免だった。男のあの様子では翔太をただで帰すとは思えない。二人は男がいつまでも戻ってこない翔太を不審がって店の中にまで来ることを恐れて、少し焦った様子で携帯電話を取り出した。

「おい、早く番号言え」
「貸してー」
「ふざけんな!何でお前に俺のスマホ貸さなきゃいけないんだよ!」
「あーもう、俺の貸してやるから早くしろ!」
「はぁい。……あっ、浩平お兄ちゃんだぁ」
「ホーム画面なんか見てないで早くしろって!」

洋平の携帯を受け取った翔太が白石の電話番号を入力する。洋平は翔太のとなりに屈んで耳をすませ、浩平は立ったままテラス席の方を見張っていた。そして翔太が電話を掛けて数コールのちに、洋平の携帯電話は繋がった。

「もしもし? 由兄ちゃん?」
『えっ? ……翔太?』
「うん」
『えっ、お前何で……コレ誰の携帯電話で掛けてきてるんだ?』
「洋平お兄ちゃん」
『誰?』
「洋平お兄ちゃん」
『いや、名前じゃなくて……』
「あのね、僕これから双子のお巡りさんと遊びに行ってくる」
『は? ちょっと待て翔太、どういうこと? 一緒にいたおじさんはどうした?』
「向こうにいるよ」
『向こうじゃわかんねーよ!翔太、ちょっとこの電話の持ち主に代わって?』
「洋平、あいつが席立った」
「翔太、もう行くから電話切れ」
「うん。由兄ちゃん、バイバーイ」
『ちょっ……翔太待っ』

翔太は白石の返事も待たずに電話を切った。その直後、洋平は翔太の手から自分の携帯電話を奪い取って翔太の空いた手を掴んだ。浩平が翔太を隠し、三人で通路を足早に進む。テラス席から店内に入ってきた男は不機嫌そうな顔つきで浩平の横を通り過ぎて行った。

無事に切り抜けた三人は店から出て、しばらくまっすぐに道を進んだ。入り組んだ道を通り、男が追ってこれないところまで進む。いつの間か三人は見慣れない繁華街にまで来ていた。

「流石に追って来ないな」
「今頃警察呼んでるかもしれない」
「保護者には連絡させたから大丈夫だろ」
「そうだな。翔太がついて行きたいとか言い出したんだし」
「俺たち関係ないもんな」
「洋平、今何時?」
「12時」
「飯にしよう」
「うん」

先に進み出した浩平の後を追うように洋平も歩き出した。いつの間にか手を離されていた翔太は、自分と歩幅が違う二人の後を必死に追いかけた。ふつうに歩いているだけで結構な距離が開く。少しずつ離れて行く二人に翔太は不安げな表情を浮かべた。

「双子のお巡りさん、待ってぇ」
「は? ……なんだよ、歩くの遅いなお前」
「さっさと歩けよ」
「だって……」
「こいつ待ってたら日が暮れる。どうする? 洋平」
「この辺でいいや。飯にしよう、飯」

二人は辺りを見渡し、適当な飲食店を探した。すると、キョロキョロと動いていた二人の顔が同じ方向を向いた。老舗っぽい古びた看板が目に留まり、荒々しい字で『蕎麦』と書かれてあるのに気づく。二人の意見は脳内で一致した。

「蕎麦にしよ」
「ああ」
「行くぞ翔太」
「うんっ」

翔太はワクワクした顔で頷き、先頭を歩く二人の後を追った。

昼時ということもあって、店内に入ると中の席はほとんど埋まっていた。店主の「いらっしゃいませ」というお決まりの台詞を聞きながら三人は空いた席を探す。

「すみません、この席すぐに片付けますので少々お待ちくださいませ」

ついさっき空いたらしい四人席のテーブルを店員が急いで片付けていた。二人は顔を見合わせ肩をすくめるとその席まで黙って進む。翔太は店の中を興味深そうな目で見渡しながら二人の後を追った。

「お待たせしました、どうぞ」

ようやく片付いたらしい席に通され、浩平と洋平は当たり前のように二人並んで席に座る。一方翔太は二人に対面する位置に座ってお行儀よく手を膝の上に乗せた。二人は一枚だけのメニュー表を肩を並べて眺めた。

「洋平どれにする?」
「浩平はどれにする?」
「蕎麦メインっぽいし、シンプルにざる蕎麦かな……」
「あ、ニシン蕎麦がある」
「へぇ、珍しいな」
「洋平、コレにする?」
「浩平は?」
「ニシン蕎麦」
「じゃあ俺も」

品を決めた二人が同じタイミングでさっと手を挙げた。

「すみませーん」
「注文お願いしまーす」
「はーい」

奥から呼ばれた店員が歩み寄り、テーブルの前に立つとオーダーを受ける姿勢に移る。二人はテーブルの上にあるメニュー表からニシン蕎麦の文字を指差した。

「ニシン蕎麦二つで」
「はい、ニシン蕎麦二つ」
「…………」
「…………」
「…………」

オーダーを受けたまま動かない店員に二人は首を傾げた。店員は少し困惑した表情を浮かべて視線を横に向けた。

「あの……こちらのお客様は……」
「え?」

二人は同じ顔を目の前の席に向けた。そこにはニコニコ笑顔の翔太がいる。「あ」と二つの声が漏れた。

「……こいつはざる蕎麦で」
「一番安いので」
「かしこまりました〜」

速攻で注文を決めた二人に店員は笑顔でオーダーを受けた。店員がテーブルから離れた後、二人は顔を寄せ合い手で口元を隠し合った。

「こいつのこと忘れてた……」
「うん。完全に普段の流れで注文してた……」
「っていうかこいつ蕎麦食べるのか……?」
「食べなかったら置いて帰る……」
「じゃあ洋平がこいつの飯代払うの?」
「えっ、浩平が払うんじゃないの?」
「えっ」
「えっ」
「双子のお巡りさん、何コソコソ話してるの?」

笑顔で首をかしげる翔太に二人は顔を歪ませた。翔太に話せる内容ではないし、そもそも話す必要もない。しかし翔太は二人の会話に交じりたいのか、少しうずうずした様子を見せている。

「……お前さ、何でさっきケーキ食べなかったわけ?」
「ケーキ?」
「カフェであっただろ。ケーキとジュースと……あと、何か適当なの」
「……だって、欲しくなかったもん……」
「ふーん……」
「じゃあ蕎麦は?」
「食べるっ!」
「何でだよ」

呆れたように苦笑する浩平の横顔を見て、洋平も釣られたように口端に笑みを浮かべた。
子供なんか生意気でうるさくて大嫌いだったはずなのに、翔太といると不思議とそんな気がしない。からかうと素直に反応するし、ここまで信頼されるのも悪い気はしなかった。

「お待たせ致しました。ニシン蕎麦二つとざる蕎麦でございます」
「ああ、ざる蕎麦はそっちで」
「ニシン蕎麦は俺たちなんで」

思ったより早く出来上がった蕎麦がテーブルまで運ばれてきた。翔太は自分の前に置かれたざる蕎麦に目を輝かせ、まるで蕎麦を初めて見たとでも言い表すかのように色々な角度から眺めた。

「……お前蕎麦見たことないの?」

見兼ねた浩平が声を掛けると、翔太は蕎麦に向けていた顔を浩平に向けて首を振った。

「前に由兄ちゃんと食べたことあるよ」
「ふーん」
「その割には初めて見ましたって感じがするけど」
「だって、この形のお蕎麦すごく久しぶりに見たから……」
「は?」
「なに?」
「由兄ちゃんと食べたお蕎麦、カップ麺のお蕎麦」
「何だそれ。じゃあその形の蕎麦最後見たのいつだよ」
「んっと……たぶん、一年くらい前だと思う……」
「お前普段何食ってんの?」
「最近はね、ご飯と、目玉焼きと、ウィンナーと、パンと、えっと……」
「野菜は?」
「魚は?」
「…………えっと……」
「…………」
「…………」
「……わかんない!」

満面の笑みで言い切った翔太を見て、二人は同じタイミングで渋い顔を俯かせた。そして自分達の前にあるニシン蕎麦から身欠きニシンの甘露煮を取ると、翔太のざる蕎麦の端っこに移した。突然二つのニシンの甘露煮をもらった翔太は驚いた顔を二人に向けた。

「双子のお巡りさん、食べないの?」
「なんか……思ってたのと違ったから……」
「香りだけ楽しめたからいい……」

ボソボソと呟いて視線を逸らす二人に翔太はぽかんとした顔をして見せたが、すぐに箸を持ち直すともらったばかりのニシンを半分に切り分けた。そしてそれぞれ半分ずつに分けたニシンを、翔太は浩平と洋平の蕎麦に移し返したのだ。二人はギョッとした顔でニシン蕎麦を見下ろした。

「じゃあ、半分こしよ?」
「……洋平、どうする?」
「……別に……」
「じゃあ……」
「うん……」

またもボソボソと話す二人だったが、翔太が「いただきます」と言ってざる蕎麦を食べ始めたので、二人も黙々とニシン蕎麦を食べ始めた。

自分達以外の誰かとこのように食べ物を分け合ったのは、二人にとって初めての経験だった。仕事や生活の都合上食事の席を別の誰かと共にすることはあっても、自分の食べ物を分け与えることは兄弟以外にいなかった。

何でまたこいつなんかに自分が本来食べたかったものを差し出したんだろうか──二人は全く同じ疑問を頭に思い浮かべながら、目の前で美味しそうに蕎麦を食べる翔太を見つめた。

「ヒンナ、ヒンナ」
「は?」
「何だそれ」
「あのね、食事に感謝する言葉なんだよ」
「あー……そういえばなんか前に言ってたっけ……」
「え? 言ってたっけ?」
「尾形がいない時。ほら、夏祭り前の……」
「……ああ。アレか」
「ヒンナ、ヒンナ。……双子のお巡りさんもヒンナヒンナって言って〜」
「嫌だ」
「断る」
「なんでぇ……?」

翔太はショックを受けたような顔をして見せるが、二人は顔をしかめさせて蕎麦を啜り、無視を決め込んだ。

無視された翔太は少し残念そうに眉尻を下げたが、蕎麦を食べるとまた先ほどと同じように笑顔を浮かべてヒンナヒンナを繰り返した。

二人は不思議と、それを耳障りには感じなかった。


◆◆◆


「ごちそうさまでした」

ようやく蕎麦を食べ終えて手を合わせた翔太を見て、既に食べ終わっていた二人は黙って席を立った。会計するべくレジ台まで行くと、二人は顔を見合わせてお互いに渋い顔をして見せる。

「……割り勘な」
「ああ」
「双子のお巡りさん、僕も払うよ」
「は?」
「何?」

服の裾を引かれた二人が見下ろすと、翔太は自分のシャツの下から何かを取り出して見せた。首からかけられてあったそれは小さな小銭入れで、二人が手に持つ長財布と比べれば中身への期待は薄く感じられる。

「ここでそんなの出されても……」
「周りの目とかあるし……」
「おいくらですか?」
「えっと……よろしいですか?」
「いや、よろしくないです」
「俺たちが払うんで、こいつは無視してください」
「え〜っ」

自分で払うと繰り返す翔太の前に無理やり出た二人は、翔太の分もまとめて支払いを済ませた。それでもまだ「僕も払う」と言い張る翔太を、二人は店の外まで引きずり出した。


「僕、ちゃんとお金持ってる!」
「じゃあ10万円な」
「わかった!」
「は?」

浩平の冗談を真に受けた翔太は首から下げていた小銭入れを開くと、ぎゅうぎゅうに中に詰めていたお札の束を二人の前に差し出した。折りたたまれた一万円札が、数十枚ほど目の前にある。二人は口を開けたまま唖然としていた。

「これで足りる?」
「バッ……」
「しまえそんなの!」

首を傾げた翔太に、二人は慌てた様子でお札の束を奪い取り小銭入れの中に押し込んだ。誰にも見られていないことを確認し、いそいそと翔太のシャツの中に戻してやる。

「お前な……ッ!そんな大金首からぶら下げて持ち歩いてんじゃねーよ……!」
「落としたらどうすんだ……!」
「だって、由兄ちゃんがおじさんに何か買ってもらったらコレで返しなさいって……」
「お前の保護者バカじゃねーの!?」
「由兄ちゃん、バカじゃないもん!」
「バカだろ!子供に大金なんか持ち歩かせるバカはバカ界の警視総監だよ!」
「バカじゃない〜!」
「もういいからこれ隠しとけ!絶対出すな!人に見せるな!」
「……うん……」

まだ少し納得していない翔太だったが、周りの目が集まり出したので二人は慌てて翔太の手を引きそそくさとその場を離れた。


「洋平、今何時?」
「え? あー……もうすぐ13時」
「次どこ行く?」
「決めてない」
「あっ!仮面サーファー!」
「うわっ、ちょっ……」
「おい!」

突然道を逸れるように動いた翔太に、手を繋いでいた洋平は足をもつれさせた。翔太は繁華街の脇にあったゲームセンターに向かっていた。店の脇の軒下には何台かのUFOキャッチャーがある。そこには、翔太の憧れのヒーローである仮面サーファーのフィギュアが入れられてあった。

「カッコいい!」
「勝手に動くな!」

洋平が手を引けばいとも簡単に翔太を引き寄せることは可能だが、特に行き先も決まっていなかった彼は翔太に手を引かれるままゲームセンターまでついて行った。浩平も洋平について行くようにして後を追ってきた。

翔太は仮面サーファーが入れられてあるUFOキャッチャーに張り付くと、大きな瞳をきらきらと輝かせて中身をのぞいた。

「わあぁ……」
「お前こんなのが欲しいのか?」
「トン・キホーテで大量に見かけるけど」
「大体この配置でこのアームだと落とすの結構厳しいぞ」
「滑り止めとか対策バッチリだな。バーの幅も絶望的過ぎる」
「諦めろ」
「お前には無理」
「ん〜……!」

翔太はガラスに自分の額を押し付けて、名残惜しそうな顔をして見せた。ゲームセンターを出入りする若者達が、そんな翔太の可愛らしい姿を微笑ましげに見て去って行く。側に立っている二人は小っ恥ずかしい気持ちで顔を逸らした。

「……もう行くぞ」
「もうちょっと見たい……」
「トンキで買えよ。そしたら家でいくらでも眺めていられるだろ」
「……わかった」

欲しいという気持ちをぐっと堪えた翔太が、ゲームセンター前の段差を降りて二人の前に戻った。まだ少し未練があるのか、もじもじとしている翔太を見下ろして、二人は同時に深いため息をついた。

「……洋平、小銭ある?」
「ある」
「いくら?」
「100円。浩平は?」
「200円」
「300円か……」
「両替したくねぇな……」
「じゃあこれだけにしよう」
「そうだな」
「えっ」

二人は翔太を通り過ぎると、仮面サーファーの箱入りフィギュアが置かれたUFOキャッチャーの前に立った。洋平は機械の側面に回り、浩平は正面に立つ。二人は真剣な表情でガラスの向こうにある景品を見つめた。

「洋平、幅は?」
「ギリギリイケる」
「入れるぞ」
「ああ」

浩平が100円を投入し、UFOキャッチャーは作動した。アームはしばらく右へと進み、箱の前にまで来ると今度はそれを前に押し進めた。箱の上をまっすぐ通過したアームは、狭い二本の突っ張り棒の間で止まると、そのまま下へ歪みなく降りて行く。翔太は浩平の隣に立って、目をまん丸にさせてアームを見つめていた。

「あー……」
「ああ、イケたイケた」

浩平が操作したアームは二本のバーの間に降りて、箱を上に持ち上げた。しかし確かに箱は一瞬だけ上がったが、アームの先端から滑り落ちた箱は手前のバーに引っかかって落下まではしなかった。翔太の眉尻が下がる。それでも二人は焦った様子は見せない。浩平は再び100円玉を投入させた。

「……あ、そこ」
「よし」

二人の掛け合いは全く同じタイミングだった。先ほどと同じ流れで、アームはバーの間に降りて箱の上部を持ち上げた。しかしこれも落下ならず。位置は先ほどとは変わったが、翔太はこれで取れるのかと胸をドキドキさせた。

「次ラスト」
「取れるな、これ」

確信が持てたのか、側面に立っていた洋平が浩平の隣にまで移動した。浩平は最後の100円玉を投入させ、アームを動かした。

「これで外したら浩平が両替な」
「ふざけんなよ」

軽口を叩き合いながら、浩平はアームを横に動かし箱の前で止めた。そのまままっすぐ前に進ませると、先ほどよりもやや手前でアームを止めた。ゆっくりと降りてきたアームが箱の上部を持ち上げ、ついにそれはバーの上から落下して景品取り出し口へと落ちた。

景品の落下判定にUFOキャッチャーの電灯がチカチカと輝く。屈んだ浩平が取り出し口から箱を引っ張り出し、隣で呆然としている翔太に突き出した。

「ほら、300円」
「……!」

浩平は冗談のつもりで言ったのだが、真に受け取った翔太は慌てて自分のシャツの中から首に下げている小銭入れを引っ張り出した。二人は慌ててそれをシャツの中へと戻してやった。

「だから出すなってバカ!」
「ほんっとバカだな!」
「バカじゃないもん。……でも……」

もらった箱を胸に抱きしめ、翔太は頬を赤らめた。

「欲しかったから、すごく嬉しい……。双子のお巡りさん、取ってくれてありがとう……」

微笑みながら礼を述べる翔太に、二階堂達は不自然に視線を逸らした。

「……質屋に売るなよ」
「交番の奴らには内緒だからな」
「うんっ」

思わぬ寄り道で得たものは、三人のいい思い出として残った。


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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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