海賊の子 | ナノ

似た者心配性


今日僕は、久しぶりに由兄ちゃんと一緒に杉元お兄ちゃんの会社に来ていた。由兄ちゃんが「制服を取りに行く」って言うから、僕も付いて行くって言ったんだ。

「翔太、大人しくしてるんだぞ?」
「うんっ」

大人しくするって約束をお家を出る前に一回、バスの中で一回、そして会社の前でもう一回して、僕は由兄ちゃんに連れられて会社の中に入った。今日は杉元お兄ちゃんも会社に行くって言っていたから、後で会えるかもしれない。ちょっとだけワクワクした。

「いらっしゃいませ」

中に入ると、前に来た時に見たことがある女の人が受付で挨拶してくれた。真っ黒な長い髪を後ろでまとめていて、まつ毛がすごく長い。赤い唇の横にはホクロがある。とっても綺麗な人だけど、この人は僕のことをじっと見つめてくるからちょっとだけ怖いのだ。僕は前と同じように由兄ちゃんの後ろに隠れた。

「あっ、家永さん……お久しぶりですね」
「あら、白石さん。今日はどういったご用件ですか?」
「貴女に逢いに……あっ、いえっ!制服を受け取りに伺いました」
「かしこまりました。担当の永倉に連絡致しますので、二階の第一応接室までどうぞ」
「ありがとうございます。……あの、こちらで働き始めた際は今後とも宜しくお願い致します。俺に何かお手伝い出来ることがあれば……」
「今日も可愛らしいですね、翔太くんは」
「ぅ……」

ニコリと笑いかけられて思わず顔を隠してしまった。またいつかの女の人みたいに、僕のことを叩いたりしないか怖かった。綺麗な女の人はみんな怖い。

「本当に、食べちゃいたいくらいに可愛らしい……」
「ぅぅ……」
「あっ、あー!あのっ!」

僕の顔を覗こうとする女の人の前に由兄ちゃんが飛び出した。由兄ちゃんの広い背中が僕をすっぽり隠してくれる。女の人の顔は見えなくなった。

「また今度二人きりでゆっくり話しましょう!今日はこの辺で……失礼します!」
「あっ……」

由兄ちゃんは僕の手首を掴んで、まるで逃げるみたいに奥にある廊下に走った。エレベーターまで向かうと、由兄ちゃんは上へのボタンを押してふぅと息をついた。じっと見ていたら、由兄ちゃんは僕に気が付いてニカッと笑った。

「もうすぐ由兄ちゃんの制服姿拝めるからな、翔太!」
「……うん」

ずっと楽しみにしていた。これからは由兄ちゃんが、尾形お兄ちゃんみたいにカッコいい制服を着て街の人を守ってくれるんだ。僕の由兄ちゃんがどんどんカッコ良くなっていくのが嬉しかった。

でも、またあの女の人の時みたいに由兄ちゃんが誰かにとられないか心配だった。由兄ちゃんは綺麗な女の人を見るといつもニコニコ笑って、嬉しそうな顔をする。その内僕のことなんか忘れちゃって、その女の人について行っちゃうんじゃないかって不安に思った。

「……由兄ちゃん」
「ん?」
「……もしね、由兄ちゃんが……結婚したらね……」
「えっ?」
「僕のことどうする……?」
「翔太……」

僕はドキドキした。由兄ちゃんは眉間にシワを寄せて僕を見下ろしている。僕がずっと前に一緒に暮らそうって言った時みたいに、困った表情をしていた。
でも由兄ちゃんはすぐに笑って、僕の頭を上から撫でてくれた。

「どうもこうも……俺はお前を一生面倒見るって決めたんだ。翔太はなんにも心配しなくていい」
「……ホントに?」
「ああ。由兄ちゃんを信じろ」
「……うんっ」

僕が頷いたのと同時に、エレベーターが下まで降りてきた。ニコニコ笑いながら二人で手を繋いで中に入って、二階のボタンを僕が押す。

「ああっちょっと待ってくれ!」

その時、閉まりかけたエレベーターのドアに突然大きな手が割り込んできた。僕がびっくりして由兄ちゃんの後ろに隠れたら、目の前のドアが強引に開けられて、大きな体がエレベーターの中に入ってきた。由兄ちゃんもびっくりしていて口をぽかんと開けている。

「ふぅ……間に合った」
「ぁ……」
「ん? ああ、すまんすまん。驚かせたな」

大きな人が僕達を見下ろして、着ていたスーツの襟を整えた。こんなに大きな人を見たのは初めてだったから最初はびっくりしたけど、話し方は落ち着いていてそんなに怖い人には見えない。僕は由兄ちゃんの後ろから少しだけ顔を出した。

「む……お前は確か……白石由竹か?」
「えっ……何で俺のこと……」
「お前のことは社長から聞いている。そっちのチビ助のこともな」
「ぁっ……こ、こんにちは……」

見つかったみたいで、大きな人は僕を見下ろしてフンっと鼻を鳴らした。僕は頭を小さく下げてご挨拶した。でも由兄ちゃんは僕の前に出て、大きな人から見えないように僕をエレベーターの隅っこにグッと押し隠してきた。

「じゃあ、同業者ってことっすね」
「まあ、一括りにすればそうなるな。だが俺とお前とでは担当業務が違う。お前は二号業務だが俺は四号業務専門だ」
「四号って……じゃあ、あんたは──」

由兄ちゃんが言い終わる前にエレベーターのドアが開いた。二階に着いたみたいだ。
由兄ちゃんはまだ何か言いたそうだったけど、僕の手を取るとそそくさとエレベーターから降りた。振り返ったら、大きな人が無表情で僕達を見つめていた。

「俺は牛山辰馬だ。杉元だけの警護に不安を感じたら俺を雇うという選択もありだぞ、白石」

その言葉を最後に、エレベーターのドアが完全に閉じられた。エレベーターがまだまだ上に行っているから、あの人は上の階で降りるみたいだ。

「……あの図体のデカさだと、兄貴の家でもないと収まらなさそうだな……」
「……?」
「……行くか、翔太」
「うん」

僕はあの大きな人の言っている言葉の意味はさっぱりわからなかったけど、由兄ちゃんは何かを考えているみたいだった。たぶん同じ会社の人だと思うけど、あの人は制服を着ていないから警備員じゃないかもしれない。一階の受付にいた女の人みたいに、別のお仕事をしているのかな。

僕は由兄ちゃんと手を繋いで、奥にあるお部屋の前にまで向かった。由兄ちゃんがお部屋のドアをノックすると、ドアの向こうから「どうぞ」と声が返ってくる。僕も由兄ちゃんもドキドキしていて、お互いの手をぎゅっと握りしめあった。

「失礼します」

由兄ちゃんがご挨拶しながらドアを開けると、お部屋の向こうには知らないお爺さんが立っていた。でもその隣には、僕も知っているお爺さんもいた。

「あっ……お爺ちゃん!」
「おお、ようやく来たか……翔太」

椅子に座っていた土方お爺ちゃんは僕を見て目を細めて笑った。隣に立っている知らないお爺さんが少しびっくりした顔をして見せた。

「では、あの子があの……?」
「ああ。白石松栄の息子だ。あの時と比べ、大きくなったものだろう?」
「……あの赤ん坊がここまで……時が経つのは早いものですな」

二人とも僕の方をじっと見て微笑んだ。僕も笑い返したら、突然由兄ちゃんが僕の手を引いてお部屋の中に入った。見上げたら、由兄ちゃんの顔は少しむすっとしていた。

「また何か翔太のことで隠してんのか?」
「言葉を慎まんか。自分が雇われの身だという自覚がないのかお前は」
「構わん。奴は雇われの身であるのと同時に我々のクライアントでもある。……最も、その資金源は全てそこの翔太のものであるがな」

なんだかまた難しい話をしている。僕にはお仕事の話はよくわからないから、少しだけつまんない。早く由兄ちゃんの制服姿が見たかった。

「今回は色々と手続きも兼ねて呼んでいるからな……待っている間は翔太も退屈だろう。隣の第二応接室が空いているから、そこで待っていなさい。後で杉元を向かわせる」
「ぁっ……僕、ちゃんと待ってる……」

別れるのが嫌で僕が由兄ちゃんの腕にしがみついたら、由兄ちゃんは僕の頭を上から撫でてきた。

「翔太、言うこと聞いとけ」
「でも……」
「大丈夫だ。ここはどこよりも安全らしいからな……。由兄ちゃんがカッコよくなったら翔太を呼んでやるよ」
「……由兄ちゃんは、今でもすごくカッコいいもん……」
「あぁぁぁんもう!」
「さっさと行かせんか」


せっかく由兄ちゃんがぎゅってしてくれたのに、僕はすぐにお部屋の外に追い出されてしまった。隣のお部屋だって言われたけど、右と左どっちだろう。たくさん悩んだけど、僕は適当に右のお部屋に入った。

「失礼します……」

声を掛けてみたけど、中には誰もいない。でもすごく広いお部屋だった。僕のお家で見たことあるような家具も沢山ある。綺麗な壺とか、木彫りの熊さんとか、額縁に入れられてある絵とか、いろんなもの。

僕のお家だとそういうもの全部がケースに入れられてあって、僕が勝手に触るとスーツを着た男の人たちが慌てて僕を止めてくるんだ。ここではケースに入れなくても大丈夫なのかな。

「あっ、地球儀!」

奥には大きな地球儀があった。くるくるさせると面白いから、僕はお家でよく地球儀で遊んでいた。先生に見つかると怒られるから、先生がいない時とかにこっそりと遊ぶ。

またくるくるさせようとして手を伸ばしたけど、コレは僕のお家のものじゃないから勝手に触っちゃダメだ。お母さんは僕をどこかに連れて行くと必ず「自分のものじゃないのに勝手に触ったりしないのよ」って約束させた。だから、僕は触りたくても自分の手を握って触らないようにした。

「こりゃ随分とまた可愛らしいクライアントだな」
「!!」

突然後ろから聞こえてきた声に僕は振り返った。ドアの前には、知らない男の人が立っている。

黒くて立派な髭を顎に生やしている。この男の人も大きい。さっきエレベーターで話した男の人ほどじゃないけど、由兄ちゃんよりも背が高かった。

「あの爺さん達の孫……って訳でもなさそうだな」
「ぁ……」

コツリコツリと足音を立てながら、男の人がこっちに近付いてくる。ここはお部屋の一番奥だから、逃げる場所も隠れられる場所もない。後ろには壁があって、それ以上退がることもできなかった。

どうしよう。怖くて声が出せない。足が動かない。殺されちゃうかもしれない。

「ぅっ……由兄ちゃん……」
「……! ……そうか。お前、あの白石松栄の──」
「その子から離れろ」

ドアの方から、低い声が聞こえた。男の人は立ち止まって視線を後ろに向けた。僕はそっと首を傾げて、ドアの方を覗き見てみた。

「あっ……」

杉元お兄ちゃんだ。杉元お兄ちゃんがドアの前に立っていた。でも、すごく怖い顔をしている。杉元お兄ちゃんのあんな怖い顔、今まで見たことがない。まるで別人みたいだ。

「……杉元か」
「聞こえなかったのか。その子から離れろと言ったんだ、キロランケ」
「お前が俺のことを信用していないのはわかるが……ここで暴れると後で困るのはお前の方だぞ、杉元」
「三度目だ。……その子から、今すぐ離れろ」

怖い声で言う杉元お兄ちゃんに、目の前の男の人は後ろを振り向いて僕に背中を向けた。僕はその内にこっそりと横に回って、机の裏に逃げ込んだ。机から顔を覗かせたら、二人はまだ向かい合っていた。

「俺は一応、ここに呼ばれて来た方なんだがな」
「ここは第二応接室だ。少なくとも今日のあんたがいるべき場所はここじゃない」
「そうか。いつもと部屋の様子が違っていたからもしやと思ったが……どうやら部屋を間違えたみたいだな。いやぁ、悪い悪い」

男の人は首の後ろを掻きながらドアの方まで歩いて行った。もう出て行くみたいだ。

「……本当はワザと入ったんじゃないのか」

でも、すれ違う瞬間に杉元お兄ちゃんは男の人に声を掛けた。男の人はドアノブに手を掛けて足を止めた。ここからじゃ男の人の顔はよく見えない。でも、杉元お兄ちゃんの怖い顔はここからでもよく見えた。

「情報屋のあんたが翔太くんのことを知らない訳がない。……本当は偶然を装って接触しようとしたんだろ、あの子と」
「……何のことだかさっぱりだな」
「あの子に手を出すな。……あの子のことも、白石のことも、どこにも情報を売るな」
「…………」

どうしたんだろう。杉元お兄ちゃんは何であんなに怖い顔をするんだろう。あの人は悪い人なのかな。ここは安全だって由兄ちゃんは言っていたのに、悪い人が入っていても大丈夫なのかな。

「……情報屋に情報を売るなってのは愚鈍の台詞だぞ? 杉元」

男の人はそう言うとついにお部屋から出て行った。僕は男の人が完全にいなくなったのを確認してから机の裏からそっと出た。

「杉元お兄ちゃん……」
「……!翔太くん、ごめん!遅くなっちゃったね!」

ぼんやりしている杉元お兄ちゃんに声を掛けたら、杉元お兄ちゃんは僕に気が付いて慌てて駆け寄って来た。もうさっきみたいな怖い顔はしていない。いつもの杉元お兄ちゃんに戻っている。

「杉元お兄ちゃん、さっきの人だぁれ?」
「あの男はキロランケっていう情報屋だよ」
「情報屋?」
「うん。他の人が知らないような秘密をいっぱい知っているんだ。それを売ったりするから情報屋。優しそうに見えるけど本当はすごく危ない人だから、翔太くんは近寄っちゃダメだよ?」
「うん」

僕が頷くと杉元お兄ちゃんは「いい子だね」と言って笑顔で僕の頭を撫でてくる。僕はその手を取って左右に振った。杉元お兄ちゃんの手は大きくてゴツゴツしているから、触っていると結構楽しい。

「どうしたの? 翔太くん」
「……僕、杉元お兄ちゃんの手、好き」
「えっ……ほ、本当に?」
「うん」
「な、何で? ……普通じゃないかな?」
「ゴツゴツしてて、硬くて、大きくて……」
「あー……」
「いつもこの手で僕を護ってくれる」

杉元お兄ちゃんの手は由兄ちゃんとは違う手だけど、由兄ちゃんと同じで優しい手をしている。ご飯を作ってくれたり、頭を撫でてくれたり、手を繋いでくれたり、由兄ちゃんと同じように僕に優しくしてくれる。

「だからね、僕……杉元お兄ちゃんの手が大好きだよ」
「……ッ翔太くっ……ぅ!うぅ……!」
「……? 杉元お兄ちゃん、痛いの?」

杉元お兄ちゃんは突然僕の前に膝をついた。僕の手を両手で握りしめて、えぐえぐと泣き出してしまった。何か悪いものでも食べたのかな。お腹が痛くなっちゃったのかな。どうしよう、由兄ちゃんを呼んだ方がいいかもしれない。

「翔太くんッ!」
「わっ!」

顔を覗き込もうとした瞬間、いきなり杉元お兄ちゃんが僕に抱きついてきた。すごく強い力で抱きしめられてちょっと苦しい。僕は杉元お兄ちゃんの背中をポンポンした。

「杉元お兄ちゃん、苦し……」
「翔太〜っ!」
「……!」

バンッとドアが開けられる音と、由兄ちゃんの明るい声が聞こえた。顔を向けたら、警備員の制服を着た由兄ちゃんが立っていた。

「どうだぁ〜? 似合ってるだ、ろ……」
「…………」
「…………」

由兄ちゃんは僕と、僕を抱きしめる杉元お兄ちゃんを見て言葉を切った。目がまん丸になっている。由兄ちゃんの後ろに立っていたお爺ちゃん達は僕達を無表情で見ていた。

「……何やってんの?」
「……杉元お兄ちゃん、お腹痛いの」
「そうかそうか。じゃあ今すぐ俺が病院に連れて行ってやるよ」
「やめんか白石」



せっかく警備員の制服を着ていたのに、由兄ちゃんはすぐに制服を脱いでしまって僕の手を取ると会社から出て行ってしまった。杉元お兄ちゃんは焦って色々と何か話していたけど、由兄ちゃんは聞く耳を持たなかった。

「ったく、尾形と言い杉元と言い……油断も隙もねぇ野郎ばっかだな!……牛山の線も考えとくか……」

どうしてそこで尾形お兄ちゃんの名前が出てくるのかわからなかったけど、怒っている由兄ちゃんに声を掛けるのはちょっと怖かったので、僕はお家まで黙っていることにした。

僕はみんなが大好きだからあまり喧嘩して欲しくないんだけどな──

最近の由兄ちゃんは少し心配性だと僕は思った。


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