海賊の子 | ナノ

継ぎ接ぎの想い


僕が学校に行くと、いつも机の引き出しの中に手紙が入っている。それも、一枚だけじゃなくて、たくさんの数で入れられている。

僕がそれを一枚一枚読んでみたら、どれも「かれしになって」とか「かのじょにしてほしい」とか、そればっかり書いてある。よく意味がわからなくて、僕がその手紙を江渡貝先生に見せて意味を訊いてみたら、先生は困った顔で笑って「まだお友達でいたいですって言えば大丈夫ですよ」って答えてくれた。

でも僕はまだ転校してきたばっかりで、手紙に書かれた名前の人が誰なのかわからない。そうしたら今度は名前の知らない女の子から「好きなタイプの子いる?」とか「誰かと付き合ったことある?」とか訊かれる。僕はよくわからなくて、いつも答えられないまま首を振ってばかりいた。

帰り道でそのことをチカパシくんに相談したら、何故かチカパシくんはすごく怒って僕を置いて先に帰ってしまった。そうしたら後から杉元お兄ちゃんが現れて、僕が相談したら杉元お兄ちゃんは「保留にしておこうね」と言ってなんだか悲しそうな顔をして見せた。

僕はもう、女の子ことが全然わからなくなってきた。


◆◆◆


「ねぇ、尾形お兄ちゃん。僕、女の子の言ってることがよくわからない」
「…………」

公園前の交番で、僕は椅子に座って尾形お兄ちゃんに今日のことを相談した。尾形お兄ちゃんは僕が交番に来てもチラッと僕を見るだけで全然相手にしてくれなかったけど、僕が相談すると尾形お兄ちゃんはようやく僕の方を見てくれた。尾形お兄ちゃんは、なんだか変なものを見たような顔をしていた。

「お手紙いっぱいもらっても、僕全然意味がわからない。名前もわかんない。どうしよう……」
「……意味がわからないなら捨てればいいだろ、そんなもの」
「え……」

尾形お兄ちゃんはそう言って、また下を俯いて何かを書き始めた。捨てちゃってもいいのかな。僕はランドセルから、7枚の手紙を取り出した。

「見せてみろよ」
「あっ……」
「おい、二階堂!」

そうしたら突然、浩平お兄ちゃんが僕の持っていた手紙を全部取り上げた。谷垣さんがすぐに叱ったけど、浩平お兄ちゃんは知らん顔をして手紙を読み始めた。

「…………ふーん、マセガキばっかだな。それで、お前何て答えたの?」
「二階堂、仕事をしろ」
「えー、でも部長も気になりません?」
「いいから、早くそれを返してやれ」
「はいはい……」

月島おじちゃんに怒られた浩平お兄ちゃんが、つまらなさそうな顔で僕に手紙を返してくれた。でも僕はそれを月島おじちゃんのところまで持って行って、手紙を広げておじちゃんに中身を見せた。すると、月島おじちゃんはギョッとした顔になって僕から一歩離れた。

「月島おじちゃん、かれしとかのじょって何?」
「えっ……それは……」
「先生に訊いても杉元お兄ちゃんに訊いても教えてもらえなかった……」
「……それは、翔太くんがまだ知らなくてもいいってことじゃないかな」
「でも、女の子は知ってるよ?」
「……そうだな。その……何て言ったら正しいのか……」

月島おじちゃんは頭を抱えて考え込んだ。そんなに難しい言葉なのかな。僕は、今度は谷垣さんのところまで手紙を持って行った。何か書いていた谷垣さんは僕を見て少し驚いた顔をしたけど、僕から逃げずにちゃんとこっちを向いてくれた。

「谷垣さん、わかる?」
「彼氏と彼女の話か?」
「うん」
「どちらも相手にとって大切な存在だってことだ」
「そうなの?」
「ああ」

ハッキリそう教えてくれた谷垣さんに、月島おじちゃんが拍手をしながら「よく言ったな、谷垣巡査」と褒めてあげた。やっぱり月島おじちゃんもちゃんと答えは知っていたみたいだ。じゃあ何でさっきは教えてくれなかったんだろう。そんなに難しい言葉じゃないと思うのにな。

「じゃあ、このお手紙は……大切な存在になってって書いてあるの?」
「そうだな」
「じゃあこっちは、大切な存在にしてって書いてあるの?」
「ああ」
「……じゃあ僕、このお手紙書いてくれた女の子達みんなに『いいよ』ってお返事書いてくる」
「いやっ、それは良くない翔太くん……!」
「……?」

僕が手紙を持って交番から出ようとしたら、何故か谷垣さんに肩を掴まれた。何が良くないんだろう。ちゃんとお返事を書かないと、手紙を書いてくれた女の子達が可哀想だ。

「何で良くないの?」
「翔太お前、その歳で七股ふっかける気か? 一番マセてるのお前だな」
「黙れ二階堂」
「翔太くん、それは……相手を好きにならないと『いいよ』と答えてはいけないんだ」
「……?」
「要するに……その手紙は、翔太くんとお付き合いしたいという恋文なんだ」
「フッ……」
「……何だ、尾形巡査長」

突然鼻で笑った尾形お兄ちゃんに、月島おじちゃんがムッとした顔をして見せた。尾形お兄ちゃんは椅子に座ったままこっちを向いて、僕達にペンの先を向けながらからかうように笑った。

「今時“恋文”だのと……貴方は何時代の人間ですか、月島部長」
「月島部長……もう少し現代に寄り添った言い方をしないと翔太くんには難しいと思います……」
「総務の女達の間で最近“月島ごっこ”流行ってますよ。リゾットを粥とか言ったりして」
「貴様ら揃いも揃って俺に喧嘩を売りたいのか」

月島おじちゃんに教えてもらってもよくわからない。もう一度ちゃんと教えてもらおうかと思ったけど、月島おじちゃんは黒色の細長い棒で浩平お兄ちゃんの頭をグリグリしていて忙しそうだ。僕は尾形お兄ちゃんに訊いてみることにした。

「尾形お兄ちゃん」
「ん……?」
「尾形お兄ちゃんは、お手紙の意味わかるの?」
「ああ」
「どういう意味なの?」
「…………」

尾形お兄ちゃんは、向こう側でぎゃあぎゃあと騒ぐ浩平お兄ちゃん達を遠くに見ながら黙り込んだ。また教えてもらえないのかなって思っていたら、尾形お兄ちゃんは突然僕の前に手を差し出してきた。

「手紙、出してみろ」
「えっ……うん」

僕はランドセルから手紙を出して、尾形お兄ちゃんに全部渡してあげた。尾形お兄ちゃんは手紙を一枚一枚全部読んで、最後に「ハハァ」と笑った。

「どれも『私の都合のいいATMになってくれ』ってことだな」
「……?」
「デートには誘われたか?」
「……?」
「遊びに行こうとか誘われなかったかと訊いてるんだ」
「うん。みんなお買い物に行こうって誘ってくれた。でも僕、チカパシくんと遊ぶ約束してたから頑張って断ったよ」
「……だったら次はこう答えてやれ」
「あっ」

尾形お兄ちゃんは僕のお手紙を全部ビリビリに破いて、ゴミ箱の中に放り込んだ。びっくりして尾形お兄ちゃんの方を見たら、尾形お兄ちゃんは怖い笑顔を僕に向けた。

「『お前にくれてやる金なんかない』ってな」

そう言って尾形お兄ちゃんは椅子から立ち上がった。そしてまだ騒いでいる浩平お兄ちゃん達の間を通り抜けて、交番の奥に行ってしまった。

「…………」

僕は、ビリビリに破かれて捨てられた手紙の破片を全部拾った。それをランドセルに詰め込んで、僕は由兄ちゃんのお家まで帰った。


◆◆◆


「翔太、お前さっきから熱心に何やってんだ?」

さっきお家に帰ってきたばかりの由兄ちゃんが、僕の手元を見て首を傾げた。僕は破かれた手紙をそっとノートの下に隠して、「宿題」って答えた。そうしたら由兄ちゃんは「そうかそうか」と言って台所に行ってしまった。僕は由兄ちゃんがいなくなったのを確認して、ノートの下から破かれた手紙をそっと出した。

「うーん……」

バラバラになった手紙を繋ぎ合わせるのは結構大変だった。パズルは絵が描いてあるからわかりやすいけど、これはほとんど絵がないから繋ぎ合わせにくい。僕は頑張ってテープで繋げて手紙を元の状態に戻そうとした。

「で? ホントは何やってんだ?」
「あっ!」

集中していたら、突然後ろから由兄ちゃんが僕の手元を覗いてきた。僕は慌てて隠したけど、由兄ちゃんは繋ぎ終わった手紙の一枚を引っ張り出して、それを勝手に読んでしまった。

「何だこりゃ。……か、れ……し……に?」
「あっ、あっ……」
「しー……て、ほし、い? ……かれしにしてほしい?」
「由兄ちゃん、返してぇ……」
「かれし……彼氏? ……彼氏ィ!?」
「あ〜っ!」

目を大きく見開いた由兄ちゃんは、もう一枚の手紙も取ると目を見開いたまま手紙を読んだ。

「かの、じょ……に、なって……?」
「返してぇ〜っ」
「彼女になってって……ちょ、おまっ、翔太ちゃん!?」
「いやぁ〜っ!」

由兄ちゃんは僕を抱っこして、すごく怖い顔で僕の顔を覗き込んだ。何でかわからないけど、由兄ちゃんがすごく怒っている。チカパシくんとおんなじように怒っている。でも何で怒っているのか全然わからない。

「誰これ!? 誰が書いたの!?」
「ぼ、ぼ……僕の、クラスの……」
「お前のお友達が書いたの!?」
「ぅっ……うん……」
「お前っ、これ……ちゃんと意味わかってる!?」
「えっと……えっと……」

僕は交番で教えてもらったことを頑張って思い出そうとした。でも由兄ちゃんの顔が怖くてうまく思い出せない。

「ぼ、僕の……大切な存在になって、あげたい? って、言って……お付き合い、したいって……」

僕は急いで答えないと怒られると思って、思い出したことは全部話した。そうしたら由兄ちゃんはお顔を真っ青にさせてブルブルと震えた。そうしたら今度はギュウッと強く抱きしめられて、頬っぺたをスリスリされた。

「そりゃ翔太は可愛いさ……可愛いけどよ……いくらなんでも男同士はダメだろ……」
「……由兄ちゃん?」
「つーか翔太が彼女って……何考えてんだ最近の男子小学生は……」

由兄ちゃんは何だかさっきからずっとブツブツと呟いている。もしかすると、由兄ちゃんもチカパシくんと同じで女の子達のことを相談したらすごく怒っちゃうかもしれない。そうしたら由兄ちゃんは、僕を置いてどこかに行っちゃうのかな。
僕は急に怖くなってきて、由兄ちゃんにギュッと抱きついた。

「……由兄ちゃん」
「ん?」
「……あのね……」
「ああ」
「……僕が、お手紙のお返事書いたら……由兄ちゃんは、僕のこと嫌いになる……?」

僕はドキドキしながら由兄ちゃんに訊いてみた。ギュッと抱きついているから由兄ちゃんの表情はわからないけど、由兄ちゃんは僕の背中に手を回してギュッと抱きしめ返してくれた。

「バカ……嫌いになるわけないだろ」
「……ほんとに……?」
「ああ。……もし、お前が……将来自分の彼氏だって言って野郎を連れて来ても……由兄ちゃんはお前のことを嫌いになったりしねぇよ」
「……うん」

僕はその答えに胸がいっぱいになった。でも急に恥ずかしくなって、僕は由兄ちゃんの肩に顔をグリグリと押し付けた。由兄ちゃんはヨシヨシと僕の頭を撫でて、しばらくの間抱きしめてくれた。

「……何があっても、翔太だけは嫌いにはならねぇよ……」
「……?」

僕を抱きしめたまま由兄ちゃんは何かを呟いたけど、聞き返す前に由兄ちゃんは僕を離して手紙をどこかに持って行ってしまった。
本当はお返事を書くために必要な手紙だったけど、僕は何故かその時由兄ちゃんに返してとは言えなかった。

僕はその時初めて、由兄ちゃんの背中が怖いと思った。


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