海賊の子 | ナノ

歩みを揃えて


「翔太、おはようっ!」

朝、由兄ちゃんのお家の玄関を開けたらすぐ目の前にチカパシくんがいた。黒いランドセルを背負って、半袖半ズボンなチカパシくんは元気いっぱいな挨拶をしてくれた。

「……おはよう、チカパシくん」
「おー、約束通りやって来たな。お前の友達」

僕も挨拶をしたら、後ろから由兄ちゃんがやって来た。でも由兄ちゃんとチカパシくんはお互いに挨拶はしない。チカパシくんは僕の方ばかりを見ていて、そのまま僕が立っていると突然手を取ってグイグイと引っ張ってくる。

「早く!早く一緒に学校行こう!」
「ぅ、うん……」
「気を付けて行けよ、翔太」
「由兄ちゃんも来て……」
「俺は行けねぇよ、大人だから」

バイバイと手を振る由兄ちゃんを何度も振り返りながら、僕はチカパシくんに手を引かれて団地を出て行った。団地を出てから振り返ると、由兄ちゃんはまだ僕の方を見下ろして手を振ってくれている。僕も振り返しながらチカパシくんについて行った。

「翔太のクラスどこ?」
「えっ?」
「だからぁ、クラス!」

前からチカパシくんが声を掛けてきたから、僕はようやく前を向いて歩き出した。

「……一年二組……」
「二組かぁ……わかった!休み時間遊びに行ってやるよ!」
「うん」

チカパシくんは僕の手をグイグイ引くから、他に歩いている生徒もどんどん追い抜いてしまう。僕はちょっと疲れてきた。

「チカパシくん、疲れた……」
「え〜っ!翔太、体力なさ過ぎ!」
「だって……」
「じゃあ歩くか?」
「うん」

チカパシくんはようやく僕の手を離して歩いてくれるようになった。それでもチカパシくんが歩くと僕より少し早い。僕は置いて行かれないように急いでチカパシくんの後を追いかけた。

「チカパシくん、待って……」
「もぉ〜遅いぞ翔太!」

立ち止まって振り返ってくれたチカパシくんに追いついて、僕はすぐにチカパシくんの手を繋いだ。チカパシくんはびっくりした顔で手を見下ろして、それから僕の顔を見た。

「僕、チカパシくんとおしゃべりしながら学校行きたいから……ゆっくり歩こう……?」
「ぅ……」
「だめ……?」

僕が首をかしげると、チカパシくんはお顔を真っ赤にさせて俯いて、小さな声で「いいよ」って言ってくれた。そうしたらチカパシくんも僕の手を握り返してくれて、今度は二人で並んで学校に向かう。

でもせっかくゆっくり歩いてくれるようになったのに、チカパシくんはそれ以来口をきいてくれなくて、僕が横から話しかけてもちゃんとした言葉を返してくれない。もしかして怒らせちゃったのかな。

「……チカパシくん、ごめんね」
「えっ……な、なんで?」
「だって、怒ってるかと思って……」
「お、怒ってない!」
「ほんと?」
「うんっ!俺、翔太とゆっくり歩くの……っす、好きになるから!」
「……!」

真っ赤な顔で叫ぶからちょっとびっくりしたけど、チカパシくんがゆっくり歩いてくれるのを好きになってもらえるのは僕も嬉しい。僕は笑顔でチカパシくんと繋いだ手を振った。

「ありがとぉ」
「ぅっ……うん。子分を大事にするのは、隊長の務めだから……」
「……探検隊?」
「そう!翔太は俺の子分!」
「子分……」
「うん。本当なら子分は俺のこと親分って呼ぶんだけど、翔太は特別に俺のこと名前で呼んでていいよ」
「いいの?」
「うんっ」
「わぁい」

チカパシくんは優しいお兄ちゃんだ。僕の友達になってくれたのがチカパシくんで良かった。
でも、新しいクラスではチカパシくんみたいな友達ができるのかな。どんな子がいるのか想像できなくて、考えるとちょっとだけ怖い。僕はチカパシくんの手を強く握りしめた。

「翔太……?」
「…………」

僕もチカパシくんと同い年だったら、チカパシくんと同じクラスになれたかもしれないのに。どうして僕は一年生なんだろう。早く大きくなってチカパシくんと同じクラスになりたいな。あとどれくらいしたらチカパシくんと同じクラスになれるんだろう。

僕はチカパシくんと同い年になった時のことを想像して、少しワクワクした。


◆◆◆


神威小学校 一年二組 教室前廊下──


「皆さん、今日はこのクラスに新しいお友達が来ています」

教室のドアの向こうで、江渡貝先生の声が聞こえる。男子と女子の騒ぐ声もいっぱい聞こえてくる。僕は心臓をドキドキさせながら下を俯いていた。

「せんせぇ!男子ィ!? 女子ィ!?」
「男子ですよ」
「えーっ!」
「やったぁーッ!」

ガッカリした声と、喜ぶ声が混ざり合って教室から漏れ出てくる。僕はさらにドキドキしちゃって、今すぐ帰りたくなった。

「じゃあ、入ってもらいましょうか。白石さん、どうぞ」

名前を呼ばれた。僕はハッと顔を上げて、目の前のドアに手をかけた。震える手でドアを開けると、教室の中にいる生徒のみんなが僕をじぃっと見ていた。僕はそのままドアを閉めたくなったけど、頑張ってご挨拶しないと行けないから、僕はぺこりと頭を下げた。

「ぁ……し、失礼します……」
「なんで頭下げてんの〜?」
「こらっ。そういうこと言わない。……丁寧なご挨拶をありがとう、白石さん。それじゃあ、ここに立って改めて自己紹介してもらおうか」
「は、はい」

僕はドキドキしながら、江渡貝先生の隣まで行った。先生は黒板にチョークで僕の名前を書き始めて、それをみんながじっと見ている。

「はい、じゃあ自己紹介をお願いします」
「ぁ……僕の名前は、白石翔太です。……よろしくお願いします」
「…………」
「…………」
「…………」
「それだけ〜?」
「……っ」

ちゃんと名前を言ったのに、知らない男子がそう声を上げた。僕は他に何を言ったらいいのかわからなくて、隣に立つ江渡貝先生を見上げた。先生は教室のみんなを見ていて、少しムッとした顔をしていた。

「頑張って自己紹介できたんですから、皆さん拍手しましょう」

先生がそう言うと、教室のみんながパチパチと拍手し始めた。僕はまだちょっと怖くて、拍手を嬉しいとは思えなかった。

「じゃあ、白石さんは窓から二列目の……あの一番奥の席に座ってください」
「はい……」

先生に指差された場所に向かうと、ポツンと空いている席があった。席に座る僕をみんながじっと見ている。僕はランドセルで顔を隠しながら、下を俯いた。

「始業式がもうすぐ始まりますので、時間になるまで皆さん教室で待っていてくださいね。先生が戻って来たら廊下に並びます」

みんながきちんと返事を返すから、僕も一応返事を返した。でも江渡貝先生が教室を出て行くと、すぐにみんなが席を立って僕の周りに集まってきた。僕は怖くて今にも震えだしそうだった。

「なぁー、名前何だったけー?」
「……翔太……」
「声ちっせー」
「どこから来たのー?」
「俺、ママから聞いたけど、お前ってすごいお金持ちの息子なんだろ?」
「えー!いいなぁ!」
「お小遣いいくらもらってるの?」
「一万円? 二万円?」
「すげぇー!」
「俺三万もらったことある〜」
「どうせお年玉だろ〜」
「白石のママって海外のモデルだってお姉ちゃんが言ってた!」
「えー!俺の母ちゃん、女優だって言ってた!」
「じゃあパパは何してんの?」
「知らねー!」
「お前ら知らねーの? こいつのパパ死んだんだぜ?」

「……っ」

僕は席を立った。泣きそうになりながら教室を飛び出して、すぐ近くにあるトイレに駆け込んだ。個室に入ってドアの鍵を閉めて、僕はトイレに座ると膝を抱えた。

「ぅ……うぅ……っ」

どうして逃げ出しちゃったんだろう。せっかく声を掛けてくれたのに。何で僕はすぐに泣いちゃうんだろう。僕は弱虫だ。僕は弱虫だ。僕は弱虫だ──

「ほら、ここにいた!」
「ホントだ、トイレに逃げてる!」

外から男子の声が聞こえた。僕は怖くなって身を縮めた。

「ねぇ、何で逃げんのー?」
「うんこしたかったのかー?」
「うんこマン?」
「あはははっ!うんこマン!」
「コラ!」
「あっ!」
「先生来た!」
「せんせぇ、白石がトイレにこもったー」
「早く廊下に並びなさい。白石さんは先生が連れて行きます」
「じゃあなうんこマーン」
「またなー!」
「そんな呼び方しない!」

ドアの向こうで騒がしい声が遠くなっていった。そしてトイレが静かになってから、僕の前にあるドアがノックされる。僕は鼻をすすって膝を抱きしめた。

「……白石さん? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫です……」
「……お腹が痛くなったのかな?」
「…………」
「……みんなに、何か言われた?」
「…………言われてないです……」
「……出て来れそうですか?」
「…………」

僕はトイレから降りて、ドアの鍵を開けた。そっとドアを開けたら、江渡貝先生が膝を折って待っていた。

「……先生」
「うん?」
「僕ね……」
「うん」
「………………」
「……少し、先生とお話しましょうか。始業式には出なくてもいいですから」
「……うん」

先生は僕の涙をハンカチで拭いてくれた。手を握って、二人で静かになった廊下に出る。廊下には誰にもいない。教室からは何も聞こえない。みんな、始業式に行っちゃったんだ。僕だけ出なくてもいいのかな。

「白石さんはサッカーとか野球は好きですか?」
「ぇっ……」

二人で歩いていたら、隣にいた江渡貝先生が突然そんなことを訊いてきた。

「ぁ……僕、したことないです……」
「そうですか。実は先生もしたことないんです」
「えっ……?」
「先生は昔から、お勉強とかお裁縫とかの方が好きで……あまり外で遊んだことがないんです。だから当時は他の男の子達ともあまり馴染めなくて、周りからは内気な性格に見られていたんですよ」
「…………」
「でも、大人になる少し前に……ある人が先生のこの生き方を肯定してくれたんです。……僕はすごく嬉しかった。僕の味方になってくれる人がこの世に存在していたんだということが……認めてもらえたことが……」

江渡貝先生は頬っぺたを赤くして、ほぅっと息を吐いた。

「あぁ……鶴見さん……」
「……先生?」
「ハッ……!す、すみません。要するに先生が言いたいことは──」

江渡貝先生は照れたように笑って、知らない教室のドアを開いた。

「今は分かり合えなくても、白石さんのことを認めてくれる人は必ず存在します。先生は白石さんの味方ですから、どんなことも先生に打ち明けてください」

そう言って先生は、僕を教室の中に引き入れた。教室の中には誰もいない。少ない机と椅子が並べてあって、奥には見たこともない機械が置いてあるのが見えた。

「ここは先生の秘密の家庭科室です」
「家庭科室……?」
「はい。隣は普通の家庭科室ですが、ここは空き教室なので授業に使う裁縫道具を置いているんです。クラブ活動にも使っているんですよ。……と言っても、上級生の女の子達くらいしか来ませんがね」
「……?」
「白石さんはお裁縫は好きですか?」
「……僕、わかりません……」

僕はお裁縫がよくわからないから、小さな声でそう返事を返した。わからないって言ったら怒られるかと思ったけど、江渡貝先生は怒ったりしないで僕に向かってニコリと笑ってくれた。

「じゃあ、時間がある時は先生と一緒にお裁縫をしませんか?」
「ぇ……」
「したくなければ、お話しするだけでも大丈夫です。白石さんが不安に思っていることや何か相談したいことがあるなら、この秘密の場所でこっそり先生に教えてください」

「先生は口が固いですよ」そう言って江渡貝先生は片目を閉じて笑った。僕は何だかホッとした気持ちになって、涙もいつの間にか引っ込んでいた。


その後先生は秘密の家庭科室で、僕にミシンを見せてくれた。先生は僕にミシンの使い方を教えてくれて、僕が着ている服もこういう機械を使って作っているんだってことも教えてくれた。江渡貝先生と話していると、楽しいことがたくさん頭の中に入ってきて、嫌なことも全部忘れてしまう。

江渡貝先生は、僕が今まで会った先生の中で一番優しい先生だ。


◆◆◆


始業式が終わる頃、江渡貝先生は僕を連れて教室まで戻った。クラスのみんなはまだ戻ってきていないみたいで、二組の教室はガランとしている。

「先生はちょっと体育館に行ってきますから、白石さんはここで待っていてくださいね」
「はい」

江渡貝先生は僕を教室に残して一人で行ってしまった。僕は言われた通りに大人しく待っていようと思って、自分の席まで向かった。

「あ……」

席に着いた時、引き出しの中に何か入っているのが見えた。引っ張り出してみたらそれは手紙みたいで、僕は恐る恐る手紙を開いて中を確認した。

『こんど いっしょに あそぼ』

手紙にはそう、ぐにゃぐにゃの字で書かれていた。僕は何だか胸がポカポカして、また泣き出しそうになってしまった。どうして今日はこんなに涙が出てくるんだろう。

僕は手紙をぎゅっと握って、胸に抱きしめた。早くみんなと仲良くなろうと、そう思った。


◆◆◆


「翔太!遅いぞ!」

下駄箱に向かったら、ランドセルを背負ったチカパシくんがいた。腕を組んで、ちょっと怒った顔をしている。

「ごめんね、チカパシくん……」

僕はチカパシくんの元まで向かって、小さな声で謝った。そうしたら何故かチカパシくんは益々怒った顔になって、僕の方を指差してきた。

「何だよっ!その女子達!」
「ぁっ……わ、わかんない……」

僕の左右にはたくさんの女の子達がいた。教室を出てから、みんな僕の後をぞろぞろとついてくる。僕もよくわからないから、ずっと困っていたんだ。

「翔太くん、この子だれー?」
「友達〜?」
「ぁ……チカパシくん……」
「へんな名前〜」
「なッ……」
「翔太くん、早くいっしょに帰ろ〜」
「そういえば翔太くん、どこに住んでるの?」
「スマホ持ってる?」
「ぁっ……ぅ……」

さっきまで隣にいた女の子達がみんな僕の前にまで回ってきた。僕はどれから答えたらいいのかわからなくて、今すぐ逃げ出したい気持ちになった。でも、せっかく声を掛けてくれてるのに逃げたり無視をするのは良くないことだ。僕は答えを一生懸命考えた。

「……ッ翔太!」
「きゃあっ!」
「いたい!」
「あっ……」
「ほらっ!もう行くぞ!」

僕がオロオロしていたら、チカパシくんが女の子達の壁を無理矢理割って僕の手首を掴んできた。跳ね飛ばされた女の子達がすごく怒った顔でチカパシくんを睨んでいる。

「やめてよ!」
「サイテー!」
「謝ってよ!」
「翔太は俺と帰る約束してたんだから、こっち!」
「ぁっ……でも……」

チカパシくんはグイグイ僕の手を引っ張るけど、ぶつかった女の子が心配で僕は立ち止まりながら後ろを振り返った。そうしたらチカパシくんがもっと怒って、近付こうとしていた女の子達の前に立ち塞がった。

「ちょっとー!」
「どいてよー!」
「翔太!早く靴履け!」
「ぁ、ぅ……うん」

僕は急いで靴に履き替えた。そうしたらチカパシくんは僕の手首を掴んで自分の靴置き場にまで引っ張った。急いで靴に履き替えて、二人で下駄箱を抜け出した。後ろからは相変わらず女の子達が声を上げている。

前を走るチカパシくんの顔が見えなくて怖い。きっとすごく怒っている。でもどうしてそんなに怒っているのか僕にはわからない。謝りたいけど、走っているからうまく声が出せない。

「はぁっ……チカパシくんっ……まっ、待って……!」
「翔太のバカ!俺以外と帰ろうとするなよ!」
「ご、ごめっ……」
「翔太は俺のこと嫌いなの!?」
「はぁっ、はぁっ……す、好き……っ」
「……じゃあ、許してあげる」
「はぁっ……はぁっ……」

ようやく立ち止まってくれたチカパシくんは唇を尖らせて下を俯いた。僕はもう息が苦しくて、ずっとはぁはぁとしか言えない。何でチカパシくんはそんなにいっぱい走れるんだろう。大きくなったら僕もいっぱい走れるようになれるのかな。

「……翔太、大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……ぅ、ん……」
「いっぱい汗かいてる……」
「だって……走ったから……」
「……ごめん」
「ううん……」

シュンとした顔で謝るチカパシくんに僕は首を振った。でも僕はもう疲れちゃって、これ以上走れない。少しでもいいから休みたくて、僕はその場に屈んだ。

「ぁっ……だ、大丈夫か? お腹痛いのか?」
「……ううん」
「俺がおんぶしてやろうか?」
「大丈夫……」
「どうしよう……谷垣呼んできた方がいいかな……」
「ふぅ……ふぅ……」
「翔太くん?」
「!」

僕がふぅふぅと息を吐いていると、突然後ろから名前を呼ばれた。振り返ったら、帽子を被ってマスクをした杉元お兄ちゃんが立っていた。下からチラリと見えた顔の傷は杉元お兄ちゃんのものだからすぐにわかった。

「……杉元お兄ちゃん?」
「えっ!? 杉元なの!?」
「えっ!? いやっ、あのっ……よ、よく俺だってわかったね……」
「うん……」

やっぱり杉元お兄ちゃんだった。杉元お兄ちゃんはマスクをずり下げて、少しだけ帽子を上げてくれた。

「何でバレたんだろ……いや、っていうかどうしたの? 具合悪い?」
「疲れた……」
「え?」
「もう走れない……」

僕がそう言うと杉元お兄ちゃんはキョトンとした顔をして、それから困ったように苦笑いを浮かべた。

「学校出た時からここまでいっぱい走ったもんね……そりゃ疲れるか」

そう言うと、杉元お兄ちゃんはそのまま僕の前まで回って突然その場に背を向けて屈んだ。何をしているんだろうと思ったら、後ろに手を回した杉元お兄ちゃんがこっちに顔を振り向けた。

「ほら、おんぶしてあげるから乗って」
「えっ……」
「あっ……だめ!俺が翔太おんぶする!」
「いや、流石に無理だと思うよ……?」
「できる!」
「じゃあさ、ほら。翔太くんのランドセル持ってあげてよ」
「えー……」

いっぱい話し合った後、結局杉元お兄ちゃんが僕をおんぶしてくれた。チカパシくんは不満そうな顔で僕のランドセルを持ってくれている。さっきからずっとそっぽを向いていてた。

「……チカパシくん」
「なにぃ?」
「……ありがとう」
「…………」

頬っぺたを膨らませるチカパシくんに、僕はお礼を言った。そうしたらチカパシくんはそっぽを向いたまま顔を赤くさせて、小さな声で「別に」と言った。そのすぐ後に、前から杉元お兄ちゃんの笑い声が聞こえた。

「笑うな杉元!」
「ごめんごめん、可愛くてつい……」
「っ……俺が大きくなったら絶対翔太抱っこする!」
「僕も大きくなったらチカパシくん抱っこしたい」
「それはダメ!」
「なんでぇ……?」
「あはははっ!」

杉元お兄ちゃんは大きな声で笑った。
本当はチカパシくんと二人で帰るはずの約束だったけど、いつの間にか杉元お兄ちゃんは僕たちの間にすっぽりと入っていた。でもチカパシくんはあの時みたいに怒らなかったから、きっと杉元お兄ちゃんは一緒に帰っても大丈夫なんだ。

どうしてチカパシくんは他の子が一緒だと怒るんだろう。杉元お兄ちゃんの背中で僕は考えたけど、結局よくわからないまま僕たちはゆっくりと歩いてお家に帰った。


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