海賊の子 | ナノ

不死身の弱点


「アシリパお姉ちゃん、これ……」

杉元お兄ちゃんのお部屋やって来たアシリパお姉ちゃんに、僕は公園で摘んできたお花をプレゼントした。アシリパお姉ちゃんはお花を受け取って驚いた顔をして見せたけど、すぐに嬉しそうに微笑んでくれた。

「ありがとう、翔太。これは……カタバミだな?」
「カタバミ?」
「あれ? アシリパさん、その花の名前知ってるの?」

テレビを見ていた杉元お兄ちゃんがやって来て、アシリパお姉ちゃんの持つお花を覗き見た。

「ああ。カタバミの茎や葉にはクエン酸が含まれているから、昔はよく毟り取って来るように祖母から言われていたんだ。この酸の作用を利用して鏡を磨くとピカピカになるんだぞ」
「へぇ、面白いね」
「だろう? だから花言葉は『輝く心』なんて言うらしい。翔太は磨かなくてもいつも心が輝いているな」

そう言われながらアシリパお姉ちゃんに頭を撫でられて、僕はちょっとだけくすぐったい気持ちになった。今度はもっともっと綺麗なお花を見つけて、アシリパお姉ちゃんにプレゼントしたいな。そして僕が大人になったら、お父さんみたいに沢山のお花を買ってプレゼントしてあげたい。

「あれ〜? 翔太くん、お顔が真っ赤だよ〜?」
「!」
「もしかして、アシリパさんに褒められて照れてるの?」
「……うん」
「どうしよう。素直に肯定しちゃう翔太くんが可愛過ぎて俺の心臓が止まりそう」
「安心しろ、杉元。私もだ」

僕は恥ずかしくてどこかに隠れたかったけど、ここは隠れられる場所がないから僕は顔を俯かせた。二人共僕のことを可愛い可愛いって言うけど、僕は男の子なんだからカッコよくなくちゃダメなのに。

早く大きくなって、お父さんみたいにカッコいい海賊になりたい。そうして、お父さんみたいにジェントルマンになって、女の子をお姫様抱っこしてあげて「俺のマイハニー」って言うの。お母さんはお父さんにそうされるとお顔を真っ赤にさせてきゃあきゃあ言うから、きっと女の子はそうされると嬉しいんだ。でもそのためには、僕も女の子を抱っこできるようにならなくちゃいけない。

「……杉元お兄ちゃん」
「ん?」
「あのね……ちょっと耳貸して?」
「うん」

僕は隣で屈んでくれた杉元お兄ちゃんの耳に口を近づけた。アシリパお姉ちゃんに聞こえないように、手で筒を作って小声で話す。

「あのね……僕、力持ちになりたいから……今度、強くなる方法教えて?」
「え? 翔太くん強くなりたいの?」
「もう!言っちゃダメ!」
「あ、あはは!ごめんごめん!」

アシリパお姉ちゃんには内緒にしたかったのに、杉元お兄ちゃんはせっかく内緒にしたことを全部声に出しちゃった。杉元お兄ちゃんは笑って謝るけど、もう今度から杉元お兄ちゃんに内緒話はしないでおこうと僕は決めた。

「でも翔太くんはそのままでいいと思うよ。俺、翔太くんが将来ムキムキになってたらちょっと凹むかな〜」
「僕、ムキムキになるもん!大きくなってムキムキになったら、杉元お兄ちゃんだってお姫様抱っこできるようになるもん!」
「ごめん翔太くん、想像つかない。って言うかあまり想像したくない」
「なんだ、翔太は大きくなったら杉元をお姫様抱っこしたいのか?」
「ぁっ……」
「変わってるなぁ、翔太は。そこがまた可愛いんだがな」
「ぁっ、ぁっ……」

違うのに。本当はアシリパお姉ちゃんをお姫様抱っこしてあげたいのに。違うって言いたかったけど、アシリパお姉ちゃんには内緒だから本当のことが言えない。僕はまた恥ずかしい気持ちになって顔を俯かせた。

「……もういいっ!杉元お兄ちゃんなんか知らない!」
「えっ!? ちょっ、翔太くん!?」

僕は走ってお部屋の隅まで逃げた。杉元お兄ちゃんの畳まれたお布団の中に潜り込んで隠れたら、後ろの方からアシリパお姉ちゃんの笑い声が聞こえた。僕はもうすごく恥ずかしくなって一生出たくなくなった。

「翔太く〜ん。そんなところに隠れないで出てきてよ〜」
「……やだ」
「ごめんってば〜。アシリパさんも何とか言ってあげてよ〜」
「杉元、飯にするぞ。お腹が空いたら翔太もきっと出てくる」
「もぉ〜お父さんみたいなこと言うのやめて〜? その流れだと俺がお母さんみたいじゃん」
「いいから野菜を切るのを手伝え、杉元」
「はぁい。……翔太くんも、早く出てきなよ?」
「…………」

お布団の中で、杉元お兄ちゃんの足音が遠くなっていくのが聞こえる。台所の方から二人の話す声が聞こえる。トントントンと包丁の音と、ジャバジャバと水の流れる音が聞こえる。

僕は、こういう音が大好きだ。僕のお父さんもお母さんもいつもお家にいなかったから、聞こえるのは大体僕のお世話をしてくれる人たちの声ばかり。ピアノのレッスンとか、外国語の勉強とか、あれをしましょうこれをしましょうばっかりだった。たまに帰ってくるお父さんとお母さんの話し声は、僕にとって一番好きな音。

「アシリパさん、これどっちから炒めるの?」
「鶏肉は蒸すから根菜からでいい。強火にして焦がすんじゃないぞ、杉元」
「焦がさないよ。そういえばまだケチャップってあったっけ……」
「安心しろ。私の家から持ってきた。杉元の家の調味料は全部少ないからな」
「一人暮らしだとこれがちょうどいいの」
「味噌だけは無駄にストックしてあるのに何で他はこんなに少ないんだお前は」
「毎朝味噌汁飲むから!いいじゃん、もう!」
「拗ねるな。翔太に比べたら全然可愛くないぞ」
「翔太くんと比べないでよ。俺に勝ち目なんかないじゃん」
「ほら、焦げるぞ」
「あっ!あーもう、アシリパさんが変なこと言うから……」
「私のせいなのか!? このッ」
「イタッ!ちょっ、やめて!危ないから!」

「ふふふ……」

こんなに賑やかなのは久しぶりな気がする。聞いていて楽しいし、会話から想像するともっと面白い。でも──

『翔太、ご飯できたぞ〜』

由兄ちゃんの笑顔と声を思い出すと、なんだか少し寂しくなる。杉元お兄ちゃんとのお泊まり会も楽しいけど、やっぱり僕は由兄ちゃんと一緒がいい。由兄ちゃんの作ったご飯を由兄ちゃんと一緒に食べて、二人で「美味しいね」って言って笑い合う。

由兄ちゃんが待っているお家に帰りたい。由兄ちゃんは今、何をしているんだろう。ご飯はちゃんと食べてるのかな。またあの美味しくないカップ麺を食べてるのかな。ひとりぼっちで、寂しくないのかな。

「翔太くん、ご飯できたよ」
「……!」

お布団から出ていた足の裏を指でつつかれて、僕はもぞもぞとお布団から出た。振り返ると、テーブルの上にオムライスが三つ並べてあって、奥の方からアシリパお姉ちゃんがケチャップを持って来ていた。

「なんだ、今出てきたのか。髪の毛がぐしゃぐしゃになってるぞ、翔太」
「ぁっ……」
「あーいいよ、じっとして」

アシリパお姉ちゃんに言われて慌てて髪の毛を戻そうとすると、杉元お兄ちゃんが僕の頭に両手を伸ばした。両側から撫でるように髪の毛を触られると、そのまま何故か頬っぺたを持ち上げられた。

「ほぅら、これで男前」
「ふふっ!杉元、それじゃハムスターだ」
「あっ、ホントだ」
「っもう!」
「あはは、ごめんごめん」

杉元お兄ちゃんはいつも僕をからかって遊ぶ。何でアシリパお姉ちゃんの前で恥ずかしいことばっかりするんだろう。

「ほら、二人共遊んでばかりいないでもう食べるぞ」
「そうだね。ほら翔太くん、こっちにおいで」
「アシリパお姉ちゃんの隣に座る……」
「えー!」
「杉元が翔太で遊ぶからだ」
「ごめんってば〜」
「知らない……」
「嫌われてしまったなぁ、杉元」
「えー……仲良くなりたかっただけなのに……」

杉元お兄ちゃんは苦笑いしながらスプーンを持った。アシリパお姉ちゃんもスプーンを取ったから、僕もスプーンを持って手を合わせる。三人で「いただきます」と言うと、杉元お兄ちゃんは何故か自分のオムライスとケチャップを僕の方に寄せてきた。

「翔太くん、せっかくだからケチャップで何か書いてよ」
「……いいの?」
「うん。せっかくのオムライスだし、やっぱりこういうのって定番でしょ?」
「と言うよりもまず、翔太は字を書けるのか?」
「僕、いっぱいお勉強したから書けるよ」
「すごいね翔太くん。じゃあ早速書いて見せて」

僕はケチャップの蓋を開けて、杉元お兄ちゃんのオムライスに字を書いてあげた。でも、ケチャップで字を書くのは難しくてなかなか上手にできない。頑張ったけど文字が歪んで、少し変になっちゃった。

「……できた」
「……翔太、これは……」
「……うづ?」
「……“ラブ”だもん」
「あ、あー!ラブね!ラブ!いい!最高!ありがとう、翔太くん!」
「翔太、私のも書いてくれ」
「もう書かない……」
「拗ねるな拗ねるな。絵でもいいから頼む、翔太」

アシリパお姉ちゃんがお願いするから、僕は仕方なく絵を描いてあげた。本当はもう恥ずかしくて嫌だったけど、アシリパお姉ちゃんはワクワクしながらオムライスを見ているから描いてあげなくちゃ可哀想だ。

「……できた」
「おお!これは……」
「……猫? 犬?」
「ヒーポくん……」
「えっ、ヒーポくん……」
「翔太は絵が上手だなぁっ!なあっ、杉元!?」
「えっ、あっ……そうだねぇアシリパさん!」
「もう描かないぃ……」
「うわっ、ウマッ!翔太くんがラブって書いてくれたオムライス超美味しいッ!」
「うん!このヒーポくんのオムライスもヒンナヒンナだ!」
「ぐすっ……ヒンナ、ヒンナ?」

恥ずかしくて泣き出しそうになっていたら、アシリパお姉ちゃんがヒンナヒンナと言ってオムライスを食べた。ヒンナヒンナってなんだろう。

「あ、ヒンナっていうのは食事に感謝する言葉なんだよ、翔太くん。アイヌの言葉なんだって」
「アイヌ……」
「私は今学校でアイヌを勉強しているんだ。アイヌの文化は面白いぞ、翔太。今度教えてやるから私の部屋に来い」
「コラ。そうやってすぐ翔太くんを部屋に誘い込もうとしないの」
「私は翔太に言っているんだから杉元は関係ないだろう」
「だからぁ、年頃の女の子がそんな簡単に……」
「年頃年頃って、杉元は心配性の母親か!」
「俺はれっきとした男です!」

楽しそうに口喧嘩し始めた二人を見ながら、僕は自分のオムライスを一口食べた。それはすごく美味しくて、優しい味がして、温かかった。

「……ヒンナヒンナ」
「えっ」
「ヒンナヒンナ」
「……ふふっ、ヒンナヒンナだな」
「そうだね、ヒンナヒンナだ」

二人共、ヒンナヒンナと言いながらオムライスを食べた。明日、由兄ちゃんにヒンナヒンナを教えてあげようと思いながら、僕は杉元お兄ちゃんのお皿にグリーンピースをそっと入れてあげた。

でも杉元お兄ちゃんはそれをヒンナヒンナしないで、ちゃんと僕にヒンナヒンナさせた。杉元お兄ちゃんは、意外と厳しかった。


◆◆◆


「翔太くん、明かり消すよ?」
「……うん」

アシリパお姉ちゃんが帰った後、僕と杉元お兄ちゃんは一緒にお風呂に入って、一緒のお布団に入ることになった。
お部屋の電気を消した杉元お兄ちゃんが、お布団で寝ている僕の隣にまでやって来たけど、お兄ちゃんは何故かお布団に入ろうとしない。横に座って、じっと僕の顔を上から見下ろしている。

「……杉元お兄ちゃん?」
「うん?」
「寝ないの?」
「寝るよ。……でも、翔太くんが眠った後に寝るから、俺のことは気にしなくてもいいよ」
「……一緒に寝よ」
「参ったな……」

杉元お兄ちゃんは困ったように笑って、僕の前髪を撫でてきた。それでも、杉元お兄ちゃんはお布団の中に入ろうとしない。どうして一緒に寝てくれないんだろう。

「……僕と一緒に寝たくない……?」
「それは違うよ、翔太くん。俺はね、翔太くんを護るお仕事を任されているから絶対翔太くんより先に寝ちゃいけないんだ。それに、もし俺が横になっている時に悪い人が突入してきたらすぐに動けないでしょ? だからこうして座って見守っているんだよ」
「……でも、僕……一緒に寝て欲しい……」
「……大丈夫、俺が側にいるから。離れたりなんかしないよ」

杉元お兄ちゃんはそう言うと目を細めて笑って、僕の頬っぺたを優しく撫でた。ゴツゴツとしていて、太くて硬い杉元お兄ちゃんの手は、見た目と違ってすごく優しい手つきをしている。僕を護ってくれる優しい手。

「ほら、もう目を閉じて。今日はきっと楽しい夢が見られるから。でも、いつまでも起きていたらそんな夢も見られなくなっちゃうよ?」
「……そんなの、いい」
「えっ……」

僕は、頬っぺたを撫でる杉元お兄ちゃんの手を取って握りしめた。

「楽しい夢なんか見なくてもいい。杉元お兄ちゃんが僕と一緒に寝てくれないなら、僕ずっと起きてる」
「っ……あー、もう……」

杉元お兄ちゃんは、握られていない方の手で自分の顔を覆い隠した。

怒らせちゃったのかな──僕が不安に思ってると、杉元お兄ちゃんは突然掛け布団をめくって僕の隣に寝転んできた。前からぎゅっと抱きしめられて、身動きができない。


「そういうの弱いんだよ……!」


ドキドキと音が聞こえる。杉元お兄ちゃんの心臓の音だ。僕よりも大きくて力強い音。杉元お兄ちゃんとそっくりだ。

「……杉元お兄ちゃんは強いのに弱いの?」
「……翔太くんにだけだよ」
「じゃあ、僕強い?」
「……それとこれとは話が違う」
「え〜なんでぇ」
「何でもっ!ほらっ、早く寝る!」
「きゃあーっ!あはははっ!」

掛け布団をガバッと被せて杉元お兄ちゃんがこしょこしょする。僕は杉元お兄ちゃんの胸を押して体をよじった。杉元お兄ちゃんはすぐにこしょこしょをやめて、クスリと笑うと僕の頭を胸に抱き寄せた。

「おやすみ、翔太くん」
「……おやすみなさい」

僕は目を閉じて、杉元お兄ちゃんのシャツを握り締めた。やっぱりこうしている方が、僕は一番安心できた。


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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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