海賊の子 | ナノ

新しい友達


今日、僕は杉元お兄ちゃんと一緒に団地の公園まで遊びに来ていた。ここは公園なのに相変わらず人がいない。ブランコも砂場も滑り台もあるのに、どうして誰もこないんだろう。

「……ねぇ、杉元お兄ちゃん」
「ん? どうしたの?」

砂場で山を作りながら杉元お兄ちゃんに声を掛けると、滑り台の滑り終わりの場所に座っていた杉元お兄ちゃんが首を傾げた。

「どうしてここは公園なのに誰もいないの?」
「えー……それは俺にもわかんないかなぁ。俺が住んでるところ知多々布だし、ここの団地のことはちょっと……」
「……子供は僕だけなのかなぁ……」
「んー……そんなことないと思うけど……」

杉元お兄ちゃんは困った顔で辺りをキョロキョロと見渡した。また、鬼ごっこする人を探しているのかな。僕も鬼ごっこしたいって言ったら杉元お兄ちゃんは絶対ダメって言う。何で僕だけ仲間はずれにするんだろう。僕も誰かと一緒に遊びたい。

「夏休みだし、一人か二人くらいは子供がいてもおかしくないと思うけど……やっぱり最近の子はこう暑いとプールとか海とかに行くのかなぁ……」
「……いいもん。杉元お兄ちゃんが遊んでくれるから……」
「あはは。どうしたの翔太くん、そんなむすくれちゃってさ」

杉元お兄ちゃんは苦笑いして僕の顔を覗き込んできた。杉元お兄ちゃんはきっとわかっていないんだ。僕と遊んでるのに勝手に鬼ごっこしちゃう悪いところがあるって。僕だって、鬼ごっこしたり隠れんぼしたりできる友達が欲しいのに。

「……ん、あれ? ねぇ翔太くん、あれ……子供じゃない?」
「え……?」

杉元お兄ちゃんの言葉に僕は顔を上げた。杉元お兄ちゃんが指差している場所には、女の人と歩いている男の子がいた。僕よりちょっとだけ年上みたいだ。

「翔太くん、せっかくだし声かけてみようよ!お友達になれるかもしれないよ!」
「ぁ……で、でも……僕……小さいから……友達になってもらえないかもしれない……」
「シャイだねぇ〜」

杉元お兄ちゃんはニコニコと笑って滑り台から立ち上がった。そして俯いていた僕の手を取ると、何故かあの男の子の方まで連れて行こうとする。

「ぁっ……ぁっ……だめっ!杉元お兄ちゃんやだぁっ!」
「大丈夫だよ。怖くないって」
「だって、僕っ……まだ、心の準備できてない……!」
「こんにちは、って挨拶すればそれだけで知り合えるキッカケになるから、ね? 俺も側にいるから頑張ろう?」
「……ん」

本当はまだちょっと怖かったけど、杉元お兄ちゃんが側についていてくれるなら頑張れそうだから、僕は迷ったけど小さくうなずいた。
でも、色々話しているうちに結構近付いていたみたいで、僕が心を決める頃には向こうにいた男の子が僕達に気付いて顔を向けていた。

「あっ……インカラマッ!あれ見て!」
「……?」

男の子が僕達に向かって指を差した。すると、一緒に歩いていた女の人が僕達に気付いて足を止めてこっちに向いた。すごく綺麗な人だった。

「あー……こんにちは。お散歩ですか?」

ぎこちなく挨拶をする杉元お兄ちゃんに、女の人はニコニコと明るい笑顔を見せた。

「こんにちは。今日は天気が良いので出掛けてみようかと思っていたんです」
「そうですかー。実は俺達も今公園で遊んでいて〜……あ、この子は知り合いの子で、名前は……あれ?」
「ぅ……」

僕は杉元お兄ちゃんの後ろに隠れていた。男の子が、ずっと僕の方を見ているからだ。あんまり見られると恥ずかしくて、前に出にくい。

「もぉ〜何隠れてるの、翔太くん。友達になりたいんでしょう?」
「まあ!チカパシと友達に?」
「ぁっ、ぅ……ぅん」
「チカパシ、ほら、新しいお友達にご挨拶ですよ」
「あっ、翔太くんもほら、ご挨拶しなきゃ」

男の子は女の人に背中を押されて、僕は杉元お兄ちゃんに背中を押されて前に出された。僕はどうしようともじもじしていたけど、男の子はきょとんとした顔をしたかと思うと、突然僕の頬っぺたをペタペタと触ってきた。

「女の子?」
「えっ……」
「ちょっ……!」
「いけませんよ、チカパシ」

僕はショックを受けた。女の子だと思われていたのが、すごくショックだった。

「でもインカラマッ、この子もじもじしてるし可愛いから……」
「そういう男の子もいるんです」
「あ、あの、翔太くん……!大丈夫だよ、普通に見たら翔太くんは男の子に見えるから!そんな落ち込まないで……」
「ちゃんとちんちんついてる?」
「ちょっとキミ!もう言わないであげて!」

僕は恐る恐る自分のパンツの中を確認してみた。
……良かった、ちゃんとついていた。

「翔太くんも確認しなくていいよ!」
「ふふふ……面白い方達ですね。私は白木マツと申します。こっちが私と一緒に暮らす近橋タツです」
「チカパシって呼んでくれ!なあ、お前の名前は何て言うんだ?」
「……白石、翔太……」
「俺は杉元佐一」
「お会いできて嬉しいです。チカパシも、年の近い子が近所にいると知れて嬉しいんだと思います。こんなに興奮して……」
「勃起!勃起!」
「あの、興奮してるのはわかるけど……翔太くんの前で勃起連呼はやめて欲しいかな……」

チカパシくんは僕の両手を握って大きく上下に振った。新しいご挨拶かな。僕も真似した方がいいのかな。チラチラと杉元お兄ちゃんに視線を送ったら、杉元お兄ちゃんはダメダメと言うように眉間にシワを寄せて首を振った。言っちゃダメみたいだ。

「翔太!一緒に公園で遊ぼう!探検隊ごっこだ!」
「探検……?」
「うん!俺が探検隊の隊長で、翔太は俺のことが大好きな隊員!俺の言うことは何でもきくの!それで、インカラマッはおっぱい触っても怒らない探検隊の優しい看護師さん!で、杉元は探検隊の元隊長だったけど、インカラマッに振られて除隊した悲しい一匹狼!」
「ねぇ、その設定って俺の存在する意味あるの?」
「いいですね、面白い!……ですが、私はここに長く留まるわけには参りませんので……失礼ですが、私は先に家に戻らせていただきますね」
「えっ、ちょっと!?」
「それでは、またの機会に」

マツさんはひらひらと手を振りながら公園から居なくなってしまった。さっきまでお出掛けしようとしていたのに、どうしてお家に帰っちゃうんだろう。
僕がじっとマツさんのことを見つめていたら、突然横から腕を引かれた。びっくりして顔を向けたら、ムッとした顔のチカパシくんが僕を見ていた。

「ほらっ、翔太は俺と遊ぶんだからこっち!」
「ぁっ……ぅ、うん……」
「新しいお友達ができて良かったね、翔太くん」

チカパシくんがグイグイと引っ張って行った先は、団地の公園──だと思ったのに、何故かチカパシくんは公園を通り過ぎて交番の方にまで向かっている気がする。一体どこまで進むんだろう。後を追いかけていた杉元お兄ちゃんも不審そうな顔をしていた。

「……チカパシくん、どこ行くの?」
「交番!谷垣に会いに行く!」
「谷垣……?」

やっぱり交番だった。でも谷垣って、確か交番にいるお巡りさんの名前だった気がする。チカパシくんは交番のお巡りさんに何の用があるんだろう。

「谷垣!」
「! チカパシ!」
「げっ、勃起小僧がまた来た……」

チカパシくんが交番に入ると、受付にいた谷垣さんが驚いた顔を僕達に向けた。一緒にいた双子のお巡りさんは嫌そうな顔でチカパシくんを見ている。もしかしてチカパシくんはこの交番によく来ているのかな。

「谷垣見ろ!俺の新しい子分だ!」
「チカパシ、それは子分じゃなく友達と言うんだ」
「今日は月島はいないの?」
「月島さん、だろう。月島部長は今日は署にいるからここにはいないぞ」
「尾形はー?」
「チカパシ、呼び捨てじゃなく“さん”をつけろと何度も言ってるだろう。尾形巡査長は事故の応援に行っているから今はいない」
「ふーん。つまんないの」

チカパシくんはここのお巡りさん達のことをみんな知っているみたいだ。僕も時々交番には行っていたけど、今までチカパシくんとは会ったことがない。それにチカパシくんは、僕よりもこの交番のお巡りさんと仲良しな気がする。きっと、僕よりもずっと前からここに遊びに来ているんだ。

「チカパシ、前にも言ったがここは遊び場じゃないんだ。友達と遊ぶなら公園か、別の場所で遊んできなさい」
「でもここ涼しいし、お菓子があるから好きだ。あっ、二階堂、飴ちょうだい!」
「帰れクソガキ」
「あー!警察官なのにそんなこと言っていいのか!? 訴えるぞー!」
「うるさいなぁ……」
「やめなさい、チカパシ。二階堂も口が悪いぞ」

チカパシくんは、この谷垣さんって人と仲が良いみたいだ。まるで、僕と杉元お兄ちゃんみたいに友達同士って感じで話している。双子のお巡りさんとは、あまり仲は良くないみたいだけど。

「さっさとそいつら連れて帰れよ。お前保護者なんだろ」
「……なあ、今の第七警察署の警察官ってみんなこんな感じなのか?」
「あ、いや……こいつが特別口が悪いだけで、大体の奴はまともだ」

杉元お兄ちゃんは双子のお巡りさんに対してムスッとした顔をして見せた。谷垣さんは少し困った顔で否定している。双子のお巡りさんは飴をくれる優しい人なのに、何であんなことを言うんだろう。ちょっと不思議なお巡りさんだ。

「じゃあ、飴くれたら向こうで遊ぶ!」
「……二階堂、一つくらいくれてやったらどうだ?」
「何でこんな奴にやらなきゃいけないんだよ。大体コレ、浩平が買った飴だぞ」
「後で俺が金を払うから……」
「早くちょうだいよー!」
「チッ……じゃあ目を閉じて口開けろ」
「うん!」

チカパシくんは言われた通り、目を閉じて大きく口を開いた。双子のお巡りさんは飴を一つ取ると、袋から出してそれをポイとチカパシくんの口の中に放り込んだ。チカパシくんの口から、コロコロと飴が転がる音がする。

「んっ……んー……ん? んんっ!? べっ!何これ!全然美味しくない!」

突然飴を吐き出したチカパシくんは怒って双子のお巡りさんに詰め寄った。双子のお巡りさんはニヤニヤと笑って空っぽの袋の飴を見せつけてきた。

「お子ちゃまにハッカ飴はまだ早かったか」
「ハッカ飴なんていらない!甘いのちょうだい!」
「一回舐めたなら最後まで舐めろ」
「意地の悪いことをするな、二階堂」
「仕事の邪魔だからあっち行ってろ」
「二階堂のケチ!翔太、向こうに行こう!」
「ぁ……うん」
「あ、翔太」
「えっ」

チカパシくんが僕の手を引くから僕もその後をついて行こうとしたら、後ろから名前を呼ばれた。振り返ったら、双子のお巡りさんが何かを投げるような素振りを見せていた。

「キャッチ」
「えっ……えっ……」
「はい」
「あっ……」
「あーっ!翔太だけズルい!」

双子のお巡りさんは僕に向かって何かを放り投げた。それを受け取ると、隣にいたチカパシくんがわあわあと騒いで双子のお巡りさんに怒った。見てみたら、僕の手のひらの中にはオレンジ味の飴の袋があった。

「お前は鬼か……」
「前の仕返し」
「何だよ!俺別に何もしてないぞ!」
「水鉄砲」
「……避けきれなかった二階堂が悪い」
「一生ハッカ飴舐めてろ」
「……っ二階堂のバカ!ウンコ垂れ!ブサイク!ちんちんお化け!」
「あっ……」

チカパシくんはありったけの悪口を叫ぶと、交番から走って出て行ってしまった。すると、何故か双子のお巡りさんは無表情でどこかに電話をかけ始めた。

「二階堂洋平です。緊急配備及び応援願います。犯人(ホシ)は8歳から10歳。男性。黒髪を一つ結びにしています。現在は半袖短パンで西に逃走……」
「やめろ二階堂!大人気ないぞ!」

谷垣さんに怒られて、双子のお巡りさんはむすくれた表情で電話を切った。杉元お兄ちゃんもちょっと呆れた顔をしている。谷垣さんはまだ双子のお巡りさんを叱っているけど、双子のお巡りさんはあんまり真面目に聞いていないみたいだった。

「……杉元お兄ちゃん、チカパシくん追いかけよう……」
「あ……そうだね。行こうか」

僕は出て行ってしまったチカパシくんを追いかけることにした。


◆◆◆


交番から出て、杉元お兄ちゃんと別々でしばらく公園の中を捜していたら、ブランコの近くにある茂みの中からガサガサと葉っぱが擦れる音が聞こえた。気になって側に行って覗いてみたら、茂みの向こうにチカパシくんがいた。こっちに背中を向けてしゃがんでいる。もしかして落ち込んでいるのかな。僕はそっと後ろから近寄った。

「チカパシくん……」
「あ……翔太……」
「……大丈夫?」
「べ、別に!大丈夫だよ!」

チカパシくんは僕から顔を逸らして唇を尖らせた。なんだかちょっと不機嫌みたいだ。

「……チカパシくん、コレ……あげる」
「えっ……」

僕はポケットに入れていたあのオレンジ味の飴をチカパシくんに出してあげた。チカパシくんはびっくりした顔で飴を見て、それからゆっくりと顔を上げて僕の顔を見た。きょとんとした目が僕を見ている。

「いいの……!?」
「うん」
「わあっ、ありがとう!ぁ……じゃ、じゃあ……翔太には俺の宝物見せてあげる!」
「宝物……?」

チカパシくんはキラキラした目で僕の飴を受け取ると、近くの茂みの中から何かを漁り出した。土と枯れ葉に埋もれていたそれは、何かの本みたいだった。

「チカパシくん、これなぁに?」
「おっぱいの写真がいっぱい載ってる本!」
「えっ」
「前にここで見つけたんだ!インカラマッと谷垣にはナイショだけど、翔太には特別に見せてあげる!」
「わぁ……ありがとう」

ナイショの本なんてなんだかドキドキする。チカパシくんは「誰にもナイショだぞ」と言って僕に本をめくって見せてくれた。本には、裸の女の人が赤い紐に体を縛られている写真が載っていた。

「なっ? すごいだろ?」
「……う、ん……」

この本、由兄ちゃんが持っている本とそっくりだ。

「おっぱいはインカラマッの方がおっきいけど、紐がこうやってギュってなってるの見ると、ちんちんがむずむずするんだ!」
「……この女の人、かわいそう……」
「うん。でも、翔太もちんちんむずむずしない?」
「ううん……」
「変なの。翔太は本当に男の子?」
「うん。僕、男だよ」
「本当にちんちんついてる?」
「ついてるもん……」

「あー!二人共こんな所にいた!」

その時、僕達がしゃがんでいた草陰の向こうから杉元お兄ちゃんが現れた。

「もぉ〜!翔太くんも見つけたのなら声かけてよ〜!随分捜し……た……」

杉元お兄ちゃんは歩きにくそうに茂みをわけてこっちまで来ると、チカパシくんが開いていた本を見下ろして突然黙り込んだ。チカパシくんはハッとすると、慌てて本を閉じて草陰に隠そうとした。

「だあぁぁぁーっ!!二人共何見てんの!!コラ!それ貸しなさい!!没収ッ!!」
「あぁぁっ!ドロボー!」

杉元お兄ちゃんは顔を真っ赤にさせてチカパシくんから本を取り上げた。チカパシくんはなんとかそれを取り返そうとするけど、杉元お兄ちゃんは背が高いから全然届かない。

「二人にはまだ早いの!こんなの見ちゃいけません!」
「なんで!? 何で見ちゃいけないの!?」
「こういうのは大人しか見ちゃダメだから!子供はダメ!」
「何で大人は良くて子供はダメなの!?」
「教育上よろしくないから!」
「でも、俺はインカラマッと暮らしてて毎日おっぱい見てもちゃんと成長してる!」
「そういう問題じゃないの!っていうか翔太くん、どこまで見た!? 変なの見てないよね!?」
「女の人が紐でね、ギュッて縛られてるの」
「うわあぁ……」

杉元お兄ちゃんは今度は赤い顔から青い顔に変わった。すると杉元お兄ちゃんは急に無表情になって、本を丸めると交番の方に向かって歩き出した。チカパシくんが慌てて後を追うから僕もチカパシくんの後を追った。

「すみませーん、遺失物でーす」
「返せよ〜っ!」
「またかよ……いい加減にしろ」

面倒くさそうな顔をする双子のお巡りさんの前に、杉元お兄ちゃんは持っていた本を放り投げた。双子のお巡りさんの顔が無表情になって固まった。杉元お兄ちゃんも何故か無表情で、交番の中は騒ぐチカパシくん以外誰も口をきかない。

その内谷垣さんがやってきて、まだ騒いでいるチカパシくんと僕を交番の外に追い出した。チカパシくんは泣いて帰ってしまった。

僕は、今度由兄ちゃんの持ってる宝物の本を持って、慰めに行ってあげようと思った。


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