海賊の子 | ナノ

第二次お兄ちゃん大戦


青い空、白い雲、輝く太陽──
真っ青な、目に沁みる濃い色の海が波の音を立てて熱い砂浜を削る。


「……っ!」

そんな、まさに海水浴日和とも言える風景の一角──白石翔太は波打ち際に足をつけた状態で、泣きべそを掻いていた。


◆◆◆


「お〜よしよし!怖かったなぁ〜!もう大丈夫だぞ翔太〜!」
「うぅぅ……!」
「…………」

白石由竹は目に涙を浮かべて震える翔太を腕に抱き上げて苦笑いしていた。傍に立っていた杉元が、その様子を横から怪訝そうに見ている。二人共水着姿だと言うのに、この海に来てからまだ一度も海に浸かっていない。その理由は翔太にあった。

「翔太くん、大丈夫? 何かあった?」
「あーいや……気にすんな。お前先に海行って来いよ。俺が翔太を見てるからさ」
「いや、翔太くんめちゃくちゃ怯えてるじゃん。え、なに? もしかして……翔太くんって海嫌い?」
「うぅぅ……っ!」

杉元から顔を覗かれて問われた翔太は、目をぎゅっと閉じて小さく呻いた。力んだことによって翔太の首を抱きしめる力が強まり、白石もつられたように呻く。

──そんな彼らの様子を、少し離れた位置から眺める者達がいた。

「おのれぇ〜っ!私の翔太を抱き締めて何を考えているんだ、あの男は!今すぐ引き離してこい!月島ァ!」
「落ち着いてください。彼は翔太くんの保護者ですよ、鯉登警部補殿」
「なかなか賑わっているようじゃないか。夏真っ盛りということもあって海水浴客も多い。お前達、休みだからと言って気を抜くなよ? 事件事故を未然に防ぐのも我々の仕事だ」
「…………」

その正体は、大勢の海水浴客に紛れた水着姿の警察官達である。全員海で泳ぐ気がないのか、水着姿と言っても上半身にはラッシュガードを着用しており、誰も海には関心を向けていない。鶴見はごった返しの海水浴客を眺め、鯉登は白石にしがみつく翔太を眺め、月島はそんな鯉登を横から牽制し、尾形はパラソルの下で寛いでいた。

尾形は元々来るつもりはなかったのだが、過去に起こした不祥事を鶴見に蒸し返されたことによって、仕方なく同伴している。一方で鶴見は事件事故の防止を念頭において、普段来るのことのない海を満喫してみようという算段だ。今現在尾形が使っているパラソルを含め、海水浴には欠かせないアイテムを用意したのも彼である。

「おい尾形!私は翔太を誘い出せとは言ったが余計なものまで連れて来いとは言っていないぞ!」
「さぁ……俺は月島部長に頼まれたことをしたまでですよ」
「……確かに、翔太くんを海に誘ってやってくれと率直に彼に頼んだのは私です」
「月島ァ!」
「まさか杉元まで付いてくるとは思いませんでした。こればかりは私の迂闊さに原因があります。申し訳ありません」

頭を下げる月島に鯉登はそれ以上何も言えず、やきもきとしながらも彼は腕を組んでそっぽを向いた。その姿はまさに拗ねた子供のそれである。

「まあ、そう言ってやるな鯉登。せっかくの休みだ。月島も、いつまでも頭を下げていないで少しはお前も夏を楽しんでおけ」
「はい。……お心遣い、感謝いたします」
「それにしても今日は人が多いな。こういう場所では盗撮や痴漢、喧嘩や窃盗のオンパレードだ。現逮が捗りそうだなぁ、月島ァ」
「……はい」

夏を楽しませる気など毛頭ないだろう──月島は鶴見の独特の夏の楽しみ方に同意したふりを見せつつ、心の奥底では早く帰りたいと切に願っていた。



一方、翔太達は未だに浜辺にいた。
借り出してきたパラソルの下で、翔太は白石達と一緒に砂の山を作っている。翔太と白石は楽しそうであったが、杉元はせっかくの海水浴なのに海に入ろうとしない二人に疑問を抱いていた。

「翔太、こっちの山も穴開通させてトンネル作ろうぜ」
「うん」
「水差すようで悪いけどさ……山いくつ作る気?」
「100個作る……」
「え〜……異様な光景しか思い浮かばない……」

「すまない!待たせたな!」

そこへ、遅れて駆けつけてきた者がいた。
三人の顔が一気に声の方へ向けられ、同時に目が見開く。

「アシリパさん……!」
「アシリパお姉ちゃん!」
「おー、やっと来たねアシリパちゃん!」
「女性用トイレが混雑してて……遅れてごめんな、翔太」
「わぁい!」

水着姿のアシリパの元へ、翔太は嬉しそうに駆け寄って行った。久々に会えた喜びで抱きつく翔太を、アシリパは屈んで抱き締め返してやった。その様子を微笑ましげに見つめる白石と杉元だったが、彼女達を見ているのは白石と杉元の二人だけではない。


「キエェェェッ!また翔太に抱きつく輩が……ッ」
「鯉登警部補殿、彼女は女性で、それもまだ子供ですよ。大目に見てやってはいかがですか」
「ぐ、ぅ……しかし、あれでは益々私が入る余地がなくなる……」

そう。鯉登達である。
鯉登にとって本来、ここへ来た目的は翔太に自分のことを思い出してもらうことであり、その為にもまずは翔太との接触を試みないことに話は始まらないのだ。完全に話し掛けるタイミングを見失い、鯉登は翔太が嬉しそうに笑う姿しか眺めることができないでいる。

「何を悩んでいる、鯉登。声を掛けてくればいいだろう」
「キエェェェッ!」

そんな時に背後から心酔する鶴見に突然肩を叩かれ、鯉登は奇声にも似た悲鳴を漏らした。その声の大きさに海水浴客達が何事かと視線を向け、辺りが少しざわつく。異変に気付いた杉元が、不意に鯉登達の方へと顔を向けた。

「あ゙あぁぁぁーっ!!」

ようやく鯉登達の存在に気付いた杉元が、鯉登の猿叫に負けないくらいの大声を上げた。これにはアシリパ達も反応して、三人の顔が一斉に鯉登達の方に向けられた。

「あーっ!あんたら、あの時の……!」

白石も鯉登達の存在に気付いたようで、彼は砂浜から立ち上がると彼らに向かって指を突き付けた。

「いやぁ、久しぶりだねぇ」
「何であんたらがここにいんだよ!まさかまた何か仕組んでんじゃねーだろうな!?」
「失敬だねぇ。偶然だとも、偶然。我々は休暇を取ってここに訪れただけだ」
「へぇ〜?」
「偶然か〜!」

白石と杉元は大股で彼らの元まで歩み寄り、パラソルの下で寛いでいた尾形の両サイドに屈みこんだ。ぼーっと海を眺める尾形の顔を、二人は横から睨め上げながら首を傾げた。

「偶然ねぇ〜? 偶然、偶然……」
「…………」
「あのお誘いも、この面子も、全部偶然だったのかねぇ〜?」
「…………」

恐ろしい形相で睨まれているにもかかわらず、尾形は平然としていて眉ひとつ動かさない。時折吹き付ける風に、ほぅ、と息を吐く程度だ。

「聞いてんのかよ、おい!」
「おぉっと、早速喧嘩かね?」

尾形の態度にイラついた杉元が彼のラッシュガードを掴むと、ウキウキした様子で鶴見が手錠を取り出した。

「尾形お兄ちゃん!」
「っ!」

そこへ、尾形の背後から翔太が突然飛びついた。尾形の体が前のめりになって、振り返った彼は嬉しそうに笑う翔太を見て眉間にシワを寄せた。

「……いきなり飛びついてくるな」
「あっちにね、砂の山いっぱい作ったんだよ。見て見て」
「引っ張るな。伸びるだろうが」
「翔太!いけません!めっ!」
「翔太くん、尾形から離れて!」
「え〜何でぇ〜!」

尾形のラッシュガードを掴んだままの翔太は、白石と杉元によって抱き上げられ引っ張られている。グイグイと引っ張られた尾形のラッシュガードは伸びに伸びて悲惨なことになっていた。尾形は益々眉間にシワを寄せた。

「やめないか、二人共!翔太を降ろしてやれ!」

そこへアシリパがすかさず止めに入ったので場の騒ぎはなんとか収まったのだが、険悪なムードは引き続いて変わらないままだ。鯉登に至っては白石や杉元だけでなく尾形にまで嫉妬心を剥き出しにしていた。

歓迎会以来のメンバーの対峙に、辺りの空気が張り詰める。鯉登は今すぐにでも翔太に声を掛けてやりたかったが、アシリパの後ろで様子を窺う翔太に対し、もし迂闊に駆け寄って行ってまた怖がられでもしたらと思うと、どうにも腰が引けて足が動かなくなる。

ここまで鯉登の翔太に対する熱心な想いを見聞きしてきた月島は、なんとか彼を翔太とうまく接触させてやりたいと思った。そうすれば少なくとも、彼が頻繁に交番に訪れることはなくなるだろうとも思った。とにかく月島は早くこの状況をなんとかしたかった。

「あんたら一体どういうつもりだ? 尾形ちゃんを使って俺達を呼んだってのはもうわかってんだよ。正直に言ってみな」
「私はこれといって君達に用はないがね。鯉登はどうやら、君達の……翔太くんの方に用があるらしい」
「なんだ、またあんたか」
「またとは何だ!またとは!」

白石は、鯉登が翔太に対し異常な執着心を抱いているのを知っていたため、彼の顔を見ると自然とうんざりしてしまう。一方で鯉登も、白石や杉元といった自分にとって邪魔でしかない存在にうんざりしていた。この劣悪な関係では、とても話し合いだけで翔太の貸し借りができるとは思えない。そんな時に、鶴見の中で一つの名案が浮かんだ。

「そうだ。ゲームをしよう」
「は?」

予想だにしない台詞に鶴見以外の全員が怪訝な顔をしてみせた。

「ゲームってったって……ここはあのゲームセンターじゃないんだから、できるゲームなんか一つもないぞ」
「何を言うんだ、ちゃんとあるじゃないか」

「あっ、すみませーん!」

その時、鶴見の元へ何かが飛んでくる。鶴見はそれを片手で受け止めて、にこやかに笑った。

「ビーチバレーという、ゲームがな」

そう──鶴見の手にあったのは、ビーチで使われるバレーボールであった。

「ビーチバレー!?」
「体動かすタイプかよ!」

鶴見は受け止めたバレーボールを持ち主に返すと、嫌そうな顔をしてみせる白石達に屈託のない笑みを見せて歩み寄った。

「おや、自信がないのかな?」
「んなっ……自信がねぇこたねーよっ!元体操部エースを舐めんなよ!」
「おい、熱くなんなよ白石……!」
「そうだ、無理は良くない。杉元も、もう以前のように体を張るようなことはしていないだろうから……現役の我々には勝てんだろう」
「!」
「今回は不戦勝ということにして翔太くんは……」
「上等だぜ。相手になってやるよ」

鶴見に乗せられた二人が見事に闘争心を燃やして前に出た。アシリパはやれやれといった顔で遠目から眺めている。翔太はみんなでボール遊びをするのかと思って一人ワクワクしていた。

「で? ビーチバレーってどんなルール?」
「いや、知らないのかよ!」
「しょーがないだろ!やったことねーんだから!インドアバレーしか経験ねーんだよ!」
「ビーチバレーは1セット21点の2セット先取で行われる。3セット目は15点で、デュースの場合は2点差がつくまで続けるぞ。タッチはブロックを含め3回までと決まっているので、忘れんようにな、杉元」
「……どうも」

鶴見からの補足に杉元は小さく礼を述べる。何故こうも詳しいのか。なんだか上手く乗せられているような気がする──杉元はようやく鶴見の企てに勘付き始めたが、白石はやる気いっぱいで疑う素振りも見せない。今更引き返せる訳もなく、杉元も腹を括ってコートに入った。

「さぁて、我がチームでは誰を出すか……鯉登はやる気に満ち溢れているようだから出てもらうとして……」

鶴見は自身の顎を撫でながら尾形と月島を見比べた。どちらも鯉登に比べて全くやる気を見せていない。闘争心のカケラもなかった。鶴見はこれらをどうにかして闘う気にさせなければならない。

「うぅむ……迷うな。身体能力的にどちらも申し分ないのだろうが……月島はぁ……」

ちらっとコートに向く鶴見の視線。そして並んだ尾形と月島の身長差に忙しなく動く鶴見の視線。

「よし、尾形巡査長。君に決めた」
「鶴見警部殿、私に何か仰りたいことでも?」
「何を言う、月島ァ。お前にはまだ第七北鎮高校の交通安全教室に出てもらわねばならないから、怪我をして欲しくないだけだ。気にするな」
「フブッ……」
「尾形、笑うな」

先にコートに入っていた白石と杉元はまだかまだかと待ちくたびれていたが、ようやく話し合いが済んだのか、警官チームの方から鯉登と尾形の二人がやって来た。

「前回と同じペアってわけか」
「ああ。だが前回と違って今回は協力し合う必要があるチーム戦だ。お前達はどうか知らんが、我々は団結精神を持つ警察組織。勝敗は火を見るよりも明らかだな」
「だろうな。あんた達じゃ相性悪すぎて仲間割れを起こすのが目に見えてわかる」
「ないじゃとぉッ!? そげんこっをゆていらるっとも今のうちじゃっでな!必ずきさん達を負かしておいは今度こそ翔太と二人きりで過ごすんじゃ!」
「えっ、ごめん、なに?」
「よく聞き取れな〜い」
「キエェェェェェッ!!」

「では、審判は私に任せてもらおう。サービス権はコイントスで行う。それで文句はあるまいな?」

両チームの了承を得たところで、鶴見は早速コイントスでサービス権を決める。表の白石・杉元チーム、裏の鯉登・尾形チーム。鶴見が弾いたコインが選んだのは──

「表だ。サービス権は君達にある」

青空の下で、試合開始の笛が鳴らされた。

出だしは、白石のサーブだった。

「行くぜっ!白石由竹のジャンプサーブを受けてみな!」

ボールを真上に高く上げ、軽やかに高く高く跳んだ白石の体が弓なりになった。元体操部エースの運動神経は伊達じゃないらしく、白石のそこそこに引き締まった腹筋がしなやかに伸びる。
そしてそこから繰り出される、強烈なサーブ。

「……っ!」

鯉登と尾形の頭上斜め上から、相手コートの右端に鋭くボールが打ち付けられた。砂浜を抉ったボールはワンバウンドすると、尾形の後ろの方まで転がっていく。

「チーム、白石・杉元!」

鶴見の笛が鳴らされ、得点が入った。
呆然としている二人の様子に、白石と杉元は満面の笑みでハイタッチを交わした。正気に戻った鯉登は怒りを露わにさせ、自分の後ろにいる尾形にキツい視線を送った。

「尾形ァ!しっかりしろ!どこを見ている!」
「…………」

鯉登からの叱咤に尾形は言い返さず、落ちたボールを拾うと相手コートへ向かって放り投げた。サーブ権は依然白石・杉元チームにある。

「いいぞ白石!その調子だ!」
「由兄ちゃん頑張って〜!」

側から応援するアシリパと翔太に白石はピュウッと決めポーズをして見せた。それが癪に触ったのか、尾形は眉根を寄せて白石を睨んだ。

再び笛が鳴る。
先程同様、白石のジャンプサーブが飛んでくるが、流石に次のサーブは尾形にカットされた。鯉登がトスを上げ、尾形の強烈なアタックが白石達のコートに向かう。
案の定、目に見えないほどのすごい速さのボールが打たれてきた。が、果敢にも杉元が地面に飛び込みなんとかボールを受けようとした。

「杉元!」
「くそッ!」

しかし惜しくも杉元はボールを受けきれず、彼の体は地面に滑り込んだ。笛が鳴らされるのと同時に、鯉登の口角が上がる。今度の得点は鯉登・尾形チームのものになった。
悔しそうに体を起こした杉元は、水着についた砂を払いながら尾形を指差した。

「グーでボール打つなんていいのかよ!明らかにボール殴ってたぞ!」
「ビーチバレーはインドアバレーと違って、手の平がグーの状態や指を曲げた状態、手の甲を使ったヒットは反則にならんぞ、杉元」
「チッ……!」
「なんだ、ルールも知らない癖に文句をつけて勝とうと思っているのか!見苦しいぞ!杉元佐一ッ!」
「ぐぬぬ……」
「気にすんな杉元!まだ始まったばっかだろ!」

苦い顔をする杉元に対して、犬が尻尾を振るが如く大喜びする鯉登。悔しそうに立ち尽くす杉元の腕を白石は引いて、彼をコートの定位置に戻した。

次は尾形のサーブだ。
銃を扱うことに慣れている尾形は絶対に狙いを外さないと見て、杉元の構えに益々気合いが入る。が、しかし──

「うお゙……ッ!」

鋭いボールが、白石の顔面を直撃した。
一瞬の出来事で、やはり目にも留まらぬ避けきれない速さだった。

「白石!」
「由兄ちゃん!」

まさか自分の顔面が狙撃されるとは思っても見なかった白石は一瞬よろけてしまったが、なんとか足を踏ん張らせて転倒、気絶は免れた。鯉登は爆笑し、尾形は涼しげな顔で手をプラプラと振っている。

「尾形テメェ……今のワザとだろ!」
「何のことだ?」
「くっ……しらばっくれやがって……!」
「ッ……いい、杉元。こういうの(・・・・・)には慣れてる」
「白石……」

鼻を押さえた白石はよろめきながら定位置に戻った。白石が構え、杉元も白石寄りに身構える。

尾形の二度目の狙撃。次は、白石の立ち位置寄りに二人が並んでガラ空きになったスペースへと飛んでくる。勘のいい杉元は想定していたのか、尾形が狙った瞬間すでに動いていた。たくましい腕をいっぱいに伸ばし、PK戦のゴールキーパーの如く、脚力を使って思い切り飛び込んだ。
だが間に合わず、失点。無情にも笛が鳴らされる。

「チクショウ……ッ!」
「いいぞ尾形!このまま封じ込めば必ず勝てる!」
「大丈夫かよ、杉元……!」

またも悔しそうに立ち上がる杉元に白石が声を掛けるが、杉元は一生懸命必勝法を考えている様子だった。

「取り敢えず、なんとかサーブ権を取り戻して……あとは急所を狙うしかない……」
「……杉元。尾形ちゃんみたいなタイプの奴は、一度サーブ権を与えるとなかなか手強いぜ。何か、不意を突かなきゃ同じことの繰り返しになっちまう」
「わかってる……!くそッ、何かないのか……何か……」

杉元は視線を走らせた。その時見たものに杉元の頭の中で打開策が閃く。杉元は白石の腕を咄嗟に引き、素早く耳打ちした。

「えーっ!? そ、それで本当に何とかなるのかぁ……?」
「やってみる価値はある」
「いつまでお喋りをしているつもりだ。そろそろいくぞ」

尾形が構え出したのを見て、白石は一瞬躊躇してみせるもヤケクソとばかりにコート外にいる翔太に突然手を振ってみせた。

「翔太〜!由兄ちゃんのこと応援よろしくな〜!」
「!」

ハッとした顔をした翔太が、白石からの応援要請に応えようと駆け出した。既にボールを打つ態勢に入っていた尾形はそれに気付かない。白石がよそ見をしている今がチャンスだと思ったのだろう。

「由兄ちゃんっ、頑張ってぇ〜っ!!」
「ッ!!」

ボールを打つ直前、尾形は相手チームのコートすれすれに立つ翔太を視界に捉えて目を見開いた。尾形の手から力が抜け、手元が狂う。狙いが逸れたボールはカーブを描いて杉元の方へ飛んだ。

「今だッ!白石!」
「おうよ!」

ボールを受け止めた杉元のトスが上がり、白石は高く跳び上がる。

「くそッ!させるか!」

白石の早い踏み込みを見てスパイクがくると予想した鯉登は、ブロックのために前へ出た。

「由兄ちゃ〜ん!」
「っ……!」

──翔太……!

決して自分の名を呼んでくれない翔太の甘い声援に、鯉登の脚から力が抜けた。案の定、腑抜けた鯉登のジャンプでは到底白石のスパイクを防ぐことは出来ず、打たれたボールは鯉登の横へと落ちた。

「杉元お兄ちゃんと由兄ちゃん、すごぉい!」
「やったぞ二人共!」
「へへへっ!」
「よせやぁい……」

「ぐっ……翔太の声援を使うとは卑怯な奴め……!」
「…………」

尾形はハイタッチを交わす白石と杉元には目もくれず、嬉しそうに頬を上気させる翔太を遠目から見ていた。

──危ない奴め。あと少し狙いが逸れていれば、確実に翔太に当たっていた。まさかコートに飛び込むまではないだろうが、興奮した子供は何をしでかすかわからん。目を離せはすぐにいなくなるところも油断ならない。

悔しそうにする鯉登の後ろで尾形は一人手首を回した。

「よぉ〜し!こっから巻き返していくぜぇ〜!」
「由兄ちゃん頑張って〜」
「お〜!勝ったらかき氷一緒に食べような、翔太〜!」
「わ〜い!」

「翔太……」
「……しっかりしてください、鯉登さん。勝って翔太と話したいんでしょう」
「っ、うるさい!貴様に言われなくてもわかっている!」

鯉登と尾形は力を合わせようとする白石達とは違ってどうも息が合わないらしく、その後の杉元の力強いサーブをうまく防げなかった。力で押す杉元と技を魅せる白石。鯉登がブロックに入っても、杉元が前に出れば力で押し抜けられてしまう。一方尾形はトスを上げようとするが、単独狙撃派の尾形にとって咄嗟の連携技は困難を極めた。次々と白石・杉元チームに点が加点されていく。

しかし鯉登・尾形チームもやられっぱなしではなかった。

「しまった……!」
「おい杉元!」

パワー系杉元のサーブミスが招いたアウト。コートの外に落ちたボールを、尾形が拾い上げた。鯉登の鋭い視線がボールから尾形に向けられる。

「尾形……わかっているな」
「言われなくても」

短い会話であったが、二人はそれだけで事足りた。下手なチームワークよりも、個々の力を出し惜しみせず発揮する。相性が悪く、お互いに相手を信頼していないからこそ自分の腕に全てを託す。

鯉登・尾形チームの猛反撃が始まった。


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