海賊の子 | ナノ

悪い双子


由兄ちゃんのお家の近くにある公園で遊んでいると、時々知らないおじちゃん達にカメラを向けられることがある。そういう時、近くで様子を見ていた杉元お兄ちゃんはすぐにおじちゃん達のところに行って、何か話しかけるんだ。そうしたら、おじちゃん達はぺこぺこ頭を下げながらカメラを持って帰っていく。最近そんなことがずっと繰り返しで続いていた。



「ねぇ翔太くん、さっきから何探してるの?」

僕が公園の茂みの中で屈んでいると、杉元お兄ちゃんは僕を上から覗き込みながら首を傾げてみせた。僕はグーにしていた手を杉元お兄ちゃんに突き出して、そっと手を開いた。

「え? うわっ!ダンゴムシ!?」
「うん」
「集めてたの!?」
「うん」
「えー……な、何でぇ……?」
「好きだから」

僕の手のひらの上にたくさん転がるダンゴムシに、杉元お兄ちゃんは苦笑いを浮かべた。杉元お兄ちゃんはダンゴムシ好きじゃないのかな。お父さんに持って帰ってあげたら逃しなさいって言われた覚えがあるけど、お父さんはダンゴムシが嫌いってわけでもなさそうだった。杉元お兄ちゃんはどっちなんだろう。

「……杉元お兄ちゃん、ダンゴムシ嫌い?」
「嫌いってことないけど……すごく好きってわけでもないかなぁ」
「じゃあ、好き?」
「えっ……う、うーん……」

たぶん、好きでもないんだ。じゃあ僕のお父さんと一緒だ。僕のお父さんは、虫でも動物でも僕が拾ってきたら、いつも元の場所に戻してきなさいって言う。僕がヘビを持って帰った時も、いけませんって言われた。杉元お兄ちゃんもきっと、逃しなさいって言うんだ。

「そんなにいっぱい集めてどうするの?」
「……わぁーって、逃すの」
「へぇ……それって楽しい?」
「うん。わぁーって、ダンゴムシがうろうろするんだよ」
「そっかー」
「あとね、ダンゴムシって葉っぱと土の匂いがするよ」
「そうなんだ〜」

杉元お兄ちゃんはニコニコ笑顔でウンウン頷いた。でも僕がダンゴムシをそっと近付けたら、すっと静かに顔を逸らす。杉元お兄ちゃん、ダンゴムシの匂い嗅ぎたくないんだ。僕はムッとした。

「あ……」
「……?」

杉元お兄ちゃんが顔を逸らした時、お兄ちゃんは何かに気が付いたみたいな顔をした。そのすぐ後に、杉元お兄ちゃんはキッと目を細めて茂みからゆっくりと離れた。僕は茂みから頭を出して、杉元お兄ちゃんの背中を見送った。

「杉元お兄ちゃん、どこ行くの……?」
「うん。ちょっと用事思い出したから……翔太くんはここで待ってて」

そう言って杉元お兄ちゃんは、遠くにある木の方に行ってしまった。杉元お兄ちゃんが近付くと木の陰から何人かの男の人が慌てて飛び出してきて、杉元お兄ちゃんから急いで逃げ出し始めた。その後を杉元お兄ちゃんが凄いスピードで追い掛ける。杉元お兄ちゃん達の背中はほとんど見えなくなった。

「……いいなぁ、鬼ごっこ……」

僕も交ぜて欲しかったな。杉元お兄ちゃんはいつもこの公園で誰かを追いかけている。そして知らない内に戻ってきて、僕と一緒に遊んでくれる。でも、僕はこのひとりぼっちで待っているのが好きじゃなかった。すぐに戻ってくるってわかっていても、待っているのは退屈だった。

「……あ」

ダンゴムシを見つけるために葉っぱをめくっていたら、葉っぱの下から変なカードを見つけた。見たことがないカードだ。知らない男の人の顔が写っている。誰かの落し物かもしれない。

「どうしよう……」

僕はカードを持ったまま立ち上がった。辺りを見渡したら、近くに交番があるのが見えた。交番の前には誰か立っている。僕はカードを持って交番まで走った。早く落し物を届けてあげようと思ったからだ。


「お巡りさん……!」
「ん……?」
「落しも…っあう!」
「!?」

走って行く途中でつまずいた。前から派手に転んでしまって、腕を擦りむいた。ズキズキじんじんして、すごく痛い。

「ちょっ……だ、大丈夫か?」
「ぅ……」

起き上がろうとしたら、僕の目の前に足が見えた。するとすぐに体を持ち上げられて、地面に立たされた。目の前にいたのは、どこかで見たことがあるようなお巡りさんだった。

「怪我はしてないか? どこか痛むところは?」
「……大丈夫」
「あ、キミは……尾形巡査長のところの……」
「……?」

服についた土を払ってくれていたお巡りさんが、僕の顔を見て驚いた顔をして見せた。お巡りさんは僕のことを知っているみたいだった。僕も、どこかで会ったような気がする。誰だったっけ──

「谷垣ィ、何してんの」
「ポスターの張り替えは?」
「……!」
「あぁ、すまん。まだ途中だ」

お巡りさんが僕と話していると、お巡りさんの後ろから突然ニュッとおんなじ顔が二つ出てきた。僕はびっくりして、声が一瞬出なくなった。オバケだと思ったからだ。
僕が震えていると、二つの顔は僕を見下ろして、おんなじように眉間にしわを寄せた。

「何? 子供?」
「また迷子か?」
「いや、今回は違う……と思う、が……」
「……ぉ……」
「お?」
「オバケ……?」
「何だこいつ」
「失礼だな」

二つの同じ顔はそう言って、お巡りさんの後ろから体を出した。体が二つある。同じ顔だったから体は一つだと思っていたけど、それぞれちゃんと体があったんだ。僕はそれに少しホッとした。

「チビの相手する暇あるなら巡回行ってこいよ」
「もうすぐ月島部長起きてくるから」
「いや、それが……怪我をしているみたいなんだ。軽く手当を……」
「そんなの保護者に任せろよ」
「近くにいるだろ」
「お前ら……月島部長がいないと本当に適当だな」

二つの同じ顔が辺りをキョロキョロ見渡している間に、目の前にいたお巡りさんが僕の手を引いて交番まで向かった。その後を二人が追ってきて、ブツブツと何か言っている。僕はそれがちょっとだけ怖かった。


◆◆◆


「よし、これでもう大丈夫だ」

僕を交番まで連れて来てくれたお巡りさんは、そう言って僕の腕にあるシールを撫でてくれた。このお巡りさんは、優しいお巡りさんだ。

「……ありがとう、ございます……」
「え? あぁ、気にしなくてもいい。当たり前のことをしただけだから」
「谷垣、この書類印鑑押して後でFAXしといて」
「谷垣、お茶淹れて」
「お前ら俺を雑用係にするな」

さっきの同じ顔の二人がずっと、谷垣、谷垣って呼んでいるから、この人の名前はたぶん谷垣さんなんだ。谷垣さんは尾形お兄ちゃんのことを知っているのかな。
そういえば、ここは交番なのに尾形お兄ちゃんがいない。尾形お兄ちゃんはどこにいるんだろう。僕は交番の中を見渡した。

「尾形巡査長を捜しているのかい?」
「ぁ……」

突然言い当てられて、どきりとした。谷垣さんは僕を見て優しい笑顔を見せた。

「あの人は今警察署にいるから、戻ってくるのは夕方になると思うよ」
「……ぁ、あの……」
「もういいだろ、早く帰しなよそいつ」
「ここは託児所じゃないんだから」
「何でお前らはそう冷たく当たるんだ」

谷垣さんの言葉に二人のお巡りさんは「面倒くさいから」と声を揃えて言った。この二人のお巡りさん、もしかして──

「……あのお巡りさんは、兄弟なの?」
「えっ? あ、あぁ、そうだよ。双子なんだ」
「双子……?」
「双子を知らないのか……? 参ったな、どう説明しようか……」
「同じ穴から一緒に出てきたって言っとけよ」
「おい!」
「何だよ」

谷垣さんが怒鳴ると、双子のお巡りさんは同じように眉間にしわを寄せた。本当にそっくりな顔をしている。双子って、同じ穴から一緒に出てきた兄弟のことなんだ。でも、それじゃあ──

「……どこの穴から出てきたの?」
「そりゃあ、女のま…」
「やめろ!」
「股座」
「二階堂!」
「だから、何だよ」

双子のお巡りさんは谷垣さんを見てニヤニヤと笑った。またぐらってどこだろう。そこから出てくる人はみんな同じ顔になっちゃうのかな。僕もちょっとその穴に入ってみたいな。由兄ちゃんと一緒に入って出てきたら、僕は由兄ちゃんとそっくりさんになれるのかな。

「またぐらって、どこにあるの?」
「う……っ」

僕が訊くと、谷垣さんは少し言いにくそうな顔をして双子のお巡りさんの方を見た。だけど双子のお巡りさんはどっちも知らん顔をしている。さっきまでおしゃべりしてたのに、急に話さなくなっちゃった。

「……そ、それより、何か交番に用でもあったのかな?」
「あ、逃げた」
「すり替えたな」
「黙ってろ!」

後ろの方で笑う双子のお巡りさんに、谷垣さんは赤い顔で怒鳴った。そこで僕はここに来た理由を思い出して、持っていたカードを谷垣さんに差し出した。

「落し物……」
「落し物? どれどれ……あぁ、これは免許証だな」
「めんきょしょ?」
「あぁ、車を運転するのに必要なものだよ。とっても大事なものなんだ。よく拾ってきてくれたな。偉いぞ、坊や」
「僕、翔太だよ」
「え? あぁ……そうだったな」

谷垣さんは僕の頭を撫でて笑った。その時、後ろの方からフン、と鼻を鳴らしたような音が聞こえた。双子のお巡りさんが、つまらなさそうな目で僕達を見ていた。

「届出どうすんだ」
「お前が書くの?」
「そうだな……どのみち聴取しなきゃならないから、この子にはまだここにいてもらう。ちょっとコピーと書類を取ってくる。二階堂、見ててやってくれ」
「はぁ〜?」
「ふざけんなよ」
「すぐ戻る」

谷垣さんはそう言って交番の奥に行ってしまった。僕は椅子に座らされたまま残されて、どうしたらいいのかわからない。勝手に出て行ったら怒られるかな。

ちらりと双子のお巡りさんを見てみたら、二人共僕の方なんか見向きもせずにずっと紙とにらめっこしていた。僕はそっと椅子から降りた。

「おい、動くな」
「……!」
「動くと撃つ」

僕は固まった。固まったまま動けないでいる。だって撃つって、鉄砲でバンってするってことだ。そうしたら僕は死んじゃう。
椅子の座る部分に両手をついたままじっとしていたら、突然背中にトントンと何かを突き付けられた。きっと鉄砲だ。僕をバンって撃つ気なんだ。

「ぅ……撃たないでください……」
「…………」
「…………」
「…………」
「バーン」
「っ!」


◆◆◆


「──ャァァァッ!!」

「ッ、翔太くん……!?」

遠くから聞こえてきた翔太の泣き声に、茂みの方まで戻る途中だった杉元は脇目も振らずに駆け出した。杉元の脳裏に嫌な予想が次々と浮かぶが、泣き声が聞こえる場所まで駆け付けるとそこは杉元にとってかなり意外な場所だった。

「えっ……交番!?」
「二階堂ーッ!!」

立ち止まると同時に聞こえてきた怒鳴り声。杉元が交番に入ると、中では杉元の想像を超えた事が起こっていた。

「貴様ァーッ!今すぐこの有様について説明しろ!」
「イデデデデ!!ギブ!ギブっす部長!」

交番の中で、何故か月島が二階堂の背中に乗り上げ逆エビ固めを決めていた。その傍らでは、もう一人の二階堂が青い顔をして固まっている。奥には谷垣に抱き上げられた翔太がいた。ブルブルと震えているのが見えて、杉元は急いで翔太の元まで駆け寄った。

「翔太くん!」
「杉元……!」
「杉元お兄ちゃん……!」

杉元の存在に気がつくと翔太はすぐに両手を伸ばした。もう落ち着いているのか、翔太は少し涙目になっているだけで泣き叫ぶまではない。むしろ今叫んでいるのは、床の上で寝技を掛けられている二階堂浩平の方だった。

「谷垣お前……ッ!仮眠中の部長召喚すんじゃねーっ!」
「黙れ!あんな悲鳴が聞こえたら誰でも起きるに決まっとるだろうが!」
「洋平助けてッ!洋平ーッ!!」
「喚くな!洋平、貴様も同罪だ!そこに直れ!」
「ヒェッ……」
「もういいでしょう部長……それ以上は傷害になります……」
「既に暴行だーッ!」
「人のことが言えた口か!猛省しろ、猛省!」

何やってるのこの人達──杉元は若干冷めた目で月島達を見下ろした。その時腕の中から鼻をすする音が聞こえて、杉元は腕に抱いていた翔太に顔を向けた。

「あ……翔太くん、大丈夫?」
「ん……大丈夫……」
「どうしたの? 何かされた?」
「……首の後ろ、バーンって、された……」
「バーン……?」
「うん……」

杉元は硬直したまま立ち尽くしている二階堂洋平の方に視線を向けた。よく見ると、彼の手は指鉄砲の形を保っていた。指には輪ゴムがかけられてある。杉元はなんとなく事のあらましを察した。この双子ならし兼ねないと、そう思ったからだ。

「……翔太くん、帰ろう。あの悪い双子は強いお巡りさんが何とかしてくれるよ……」
「うん……」

杉元は翔太のうなじを撫でてやりながら、静かに交番から出て行った。


──第七団地公園前交番に響き渡る悲鳴は、尾形が署から戻ってくるまで続いた。


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